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ゆびきりげんまん

「リリサ~。荷物まとめるの手伝って~。」


「はーい。分かりました~。」


 アンドリューがいつ来るのか分からないため、いつでも逃げられるように荷物を一つにまとめて準備して置くことにした。


「これだけでは、いざという時の食事が足りないかもしれません。」

 

 確かに、保存食がこれだけでは心もとないだろう。

「森に何か取りに行ってくるね~」


 せっかくだから、異世界っぽい食材がいいだろう。この前森で見つけた巨大なキノコか、空中を浮いている小魚とかを取ってこようと思う。


「いや、俺が行ってくる。お前は家で休んでいろ。」


「大丈夫だって。……エイスこそ、風邪引いてたんだからゆっくりしていた方がいいよ。」

 少し前まで熱を出して寝ていたのに、いったい何を言っているんだか。


 エイスを置いて、一人で外に出る。


 森の中に入るには、町を抜けなければならない。

 そう思って、広場の方へと歩いて行った。


(エイスと一緒に行った祭りもここだったっけな~)


 あの日は、いろんなイベントが盛りだくさんだった。

 祭りへ行って、その後は教会に突撃して、エイスを救出して……と大変だった覚えがある。懐かしく感じるが、まだそれから数日しか経っていない。


 村の中がまだざわついているのは、祭りの余韻が残っているからだろうか。

 そう思って辺りを見回していると、なんだか違和感を覚えた。


(……あれ? みんなこっちを見てない?)


 自意識過剰なのかもしれないが、広場を歩いている人がみんな私を見ているように感じる。気のせいだろうか。


 そう思っていると、顔に向かって何かが飛んできた。


 反射的にそれを手でキャッチする。


 そこにあったのはゴツゴツした黒い石。

 飛んできた方向を目で辿ると、子供が数人、遠くからこっちを睨んでいた。


「……何?」

 石を投げつけられるようなことをした謂れはない。こんな子供達、会った覚えすらないのだから。この村に来てから、基本的に部屋に閉じこもっていた私に、一体何の恨みがあるというんだか。


 睨みつけると、彼らは怖気づくように一歩下がった。


 怖がるぐらいなら意思なんて投げてこなければいいのに……そう思っていたら、一人の少年が全員を守るように前へ出て来た。


「おい、お前のせいでこの村は大変なことになってんだぞ、出ていけよ!!」


 五、六歳だろうか。こっちを指差してしきりに喚いている。

 いかにもやんちゃそうな子供だ。前歯が一本かけていて、手には武器のつもりなのか、木の枝があった。


「う~ん。私何かしたっけ?」

 首を傾げると、少年は手に持った木の棒を私に向けて来た。


「とぼけるな!! お前が白竜様を殺したんだろ!!」


 白竜?ああ。あの白い竜のことか。


「……何がダメなの? 」


 別に、竜を殺してダメな理由なんてないはずだ。むしろ魔物だし、人間を食べるのだから駆除の対象だと思うのだが。


 そう思ったが、少年は私の言葉に反応して、声を荒らげた。


「はぁ⁉ 竜神様はこの村の守り神なんだぞ、殺していいわけないだろ?」


「竜も私を食べようとしていたんだよ。正当防衛、お互い様じゃない?」


「なんだよ。せーとうぼーえいって。変な言葉使うなよ。」

 

 そうか、こっちの世界にはない言葉だったか……

 思わずため息を付く。


「おい、何か言ったらどうだ?」


 少年は、手に持ったたくさんの石を次々と投げて来る。ほとんどは当たらずに地面に落ちていくが、いくつかは体に当たり、そのたびに鈍い痛みが走る。 


 石が一つ、顔に向かって飛んできたので、当たらないように手をかざす。

 鱗のない部分の肌に石が当たり、手のひらが擦り切れしまう。

 

 傷口から血が滲み出した。


 残念だが、話は通じなそうだ。



 掌を握りしめて、血を拭う。


 その血は魔力となり、右手に集まっていく。

 魔力はまるで影のように地面へと伸びていった。



(面倒だな……仕方ないけど、殺——)



 その時、後ろから声が聞こえて来た。


「ミロウ⁉」


 振り向くと、エイスが駆け寄って来るのが見えた。

 心配して追ってきてくれたのだろうか?


「どうした? 何があった⁉」


 エイスは私の手の傷を見て目を見開いた。

 数人の子供たちがバツが悪そうに目を逸らす。


 だが、最初に石を投げて来た茶髪の少年は、変わらずこっちを睨み続けている。


「おい、ジル。お前か?」

 エイスは茶髪の少年(ジルと言うらしい)を睨みつける。

 ずいぶんと怒っているのか、いつもより声が数段低い。


 たったそれだけで、空気が少し重くなった気がする。

  

「……誰に言われてやった?」


 ジルと呼ばれた茶髪の子供は、異様な空気に、手に持った石を握りしめながら一歩後ずさった。


「な、なんだよ。エイス。まさか怒ってんのか?」


「誰に言われてやったか聞いている。」

 その声に気圧されたのか、ジルはビクッと震えて話し始めた。


「か、 母さんだよ!! 父さんもそう言ってた。教会の大人たちだって、竜を殺した奴のこと憎いって言ってたぜ。」


 そう言って、少年は私を指差して睨みつける。


「エイスも、こいつに騙されんなよ。こいつは竜神様を殺した罪人なんだ。本当なら村を追放するべきなんだぞ。村長のおかげでまだ罰されてないだけで――」


「もういい。聞きたくない。……行こう、ミロウ。」


 エイスは少年の話を途中で遮り、私の手を取って歩いていく。

 少年の喚いている声が後ろから聞こえてきたが、何を言っているのかは分からない。


 ずいぶんと野次馬が集まって来ていたせいで通りにくい。

 手を引っ張られたまま、前へ前へと人ごみを縫うように進んで行く。


 広場を抜けて村から出ると、少しずつ人が少なくなった。


 結界をくぐり、森へと歩いていく。

 薄暗い森の中を、お互いに、何も話さずに進む。


 しばらく歩き、私たちは山奥にある、木陰の湖に腰かけた。


「ミロウ、何をしようとしていたんだ?」


「え?」


「ジルに何かしようとしてただろう?」


 そうだっただろうか。よく覚えていない。


 ジルとの会話を思い出す。


 確か、石を投げられて、傷口から魔力が溢れて……

 それで…… 


 そこまで考えて、私はあることに気づいた。


(もしかして私、あの子を……殺そうとしていた?)


 それも、ほとんど無意識に。


 その途端、悪寒が全身を巡った。手がガクガクと震える。もし、エイスが来てくれなかったら……私は少年を殺していたのだろうか。


「大丈夫か、ミロウ?」


「……うん。大丈夫。」


 真っ黒な感情が胸の中に渦巻いて、魔力が勝手に暴れ出すような感覚。


 確か今までにもそんなことがあった。ダンジョンで人狼や竜を倒した時や、エイスを助けるために教会へ行ったときもそうだった。


 自分の中で、歯止めが利かなくなってしまう。

 この力が暴走したら、一体どうなるんだろう。


――私、このままだと人を殺してしまうのかもしれない。

 そんな恐ろしい想像をした。



 さっき言われた言葉が頭の中で反芻する。


『おい、お前のせいでこの村は大変なことになってんだぞ、出てけよ!!』


 確かにそうだ。私の力は、周りのものを壊すことしかできない。大事なものを守ったり、治したりするようなこともできない。だから、周りを傷つけていくだけなのだ。


「ねぇ。エイス。」


「ああ。」


「私、この村から出て行こうと思う。」


「……なぜだ?」

 エイスは首を傾げる。


「私は、周りのものを傷つけることしかできないんだよ。……このまま村に居たら、この村の人を傷つけてしまうかもしれないから。」


 少し、怖くなった。いつか、周りの大事な人間を傷つけてしまうんじゃないかって。ドラゴンを食べた時みたいな黒い魔力が暴走して、周りを飲み込んでしまうんじゃないかって。

 そんな、恐ろしい想像がよぎった。


 だが、背中に広がった温もりに私の意識は現実に引き戻された。

「そんなことないに決まってるだろ、ミロウ」


「エイ、ス?」

 上を見ると、エイスは私を覗き込むように、後ろから抱えこんでいた。


「俺はお前に救われた。竜に食われる運命だった俺を、お前が救ってくれただろ。だから、傷つけることしかできないなんて、そんな訳ない。……ミロウが村を出て行くんだったら、俺も一緒についていく」


 その言葉に、少しだけ励まされたような気がした。


「でも、いつかエイスのことも、傷つけてしまうかもしれないでしょ?」


「大丈夫だ。絶対にそんなことはさせないから。もし、ミロウが暴走しようとしたら、俺が何に変えてでも止める。約束する。」


「本当に?」


「ああ。本当だ。」


「じゃあ、ゆびきりげんまんね。」


「……なんだそれ?」

 エイスが訝し気な表情を浮かべる。


「まったく仕方ないなあ。教えてあげよう。」

 湖の水が、光に反射してキラキラと輝く。

 森の中の小さな湖の畔で、二人で小指を絡ませて約束をした。


 ちなみに、「嘘ついたら針千本の~ます」と歌った時に、まさか本当に針千本飲ませる気じゃないだろうなと警戒した目で見られたけれど、さすがに本気で針を千本飲ませたりしない。


……エイスは私をなんだと思っているんだか。




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