村長の謝罪
それから数日後、玄関のドアが叩かれて、一人の男がやって来た。
「ミロウ殿、どうか今までの無礼をお許しください。」
「……誰ですか、この人」
リリサは突然家に押し入ってきた怪しい男を睨みつける。
「確か、この村の村長さんだった気がする。」
私をエイスのところまで連れていってくれた人だ。もしかしたらエイスに用があるのだろうか。
「……エイスを呼んでこようか?」
「いえ。構いません。それよりも、謝罪をさせてください。本当に、本当に、申し訳ありませんでした。」
(謝られるようなこと、された覚えがないけれど……)
そんなことを考えていると、村長は私の前に跪いて大げさに頭を下げた。頭を下げる習慣はこっちの世界にもあるのか。まあ、どちらかと言えば頭を下げるというより跪くような感じだが。
「崇高なるミロウ殿を生贄として差し出そうなんて、愚かにもほどがありました。どうぞお許しください。」
それを聞いて思い出したが、エイスは私の代わりに生贄に立候補したとか誰かが言っていた。つまり、本来ならば私が生贄に選ばれていたのだろう。それについて謝っているのなら、その必要はない。
「ああ、いいよ、気にしないから。」
手を横に振る。別に、彼に怒る理由などないのだ。それどころか、私が彼に謝るべきだ。エイスが急にいなくなったのが心配で暴走しかけてたし、なんだか脅迫まがいのことをした覚えもある。
(まさかこれは、謝罪というより怖がられているだけなのではないだろうか……)
そんな考えが頭によぎったが、気づかなかったことにする。
「私、エイスが生きていればそれでいいし。」
そう、私は竜に食べられようが嚙み砕かれようがピンピンしている。正直、怒る要素がないのだ。エイスが生きていたのだから全く問題ない。
「……ミロウ殿は、エイスのことをずいぶんと気にかけてくれているのですね。」
「うん。エイスにはいろいろと助けられているからね。」
それを聞いて、村長が感極まったように目をウルッとさせた。
オジサンが目をウルッとさせているなんてちょっと怖いが、あまり気にしないことにした。
「そうですか。あいつは朴念仁ですが、根はいい子なのです。……これからもどうぞ、エイスのことをよろしくお願いします。」
なんだかよく分からないけどエイスのことを頼まれたらしい。
あと、村長の性格が思っていたのと違う。
最初に出会った時は厳格そうな人だと思っていたが、今見ると近所のおじちゃんみたいな雰囲気を醸し出していて、正直イメージと違いすぎて反応に困る。
そんなことを考えていた時、部屋の扉が開かれて、エイスが入って来た。
「そ、村長⁉ なんの話をしているんですか?」
「ん? なんだ、聞いておったのか、エイス。」
「結構前から聞いてましたよ! 」
あれ? エイスが敬語で話してる。かなりレアだ。
「一応これでも、お前のことを息子のように思っておる。だから、これからお前を預ける人に、挨拶ぐらい必要だろう?」
それを聞いて、エイスの顔が真っ赤になる。今にも湯気が沸いてきそうだ。一体どうしたのだろうか?
「違います。恥ずかしいからやめてください。……それより、まさかそれが本題というわけじゃないすよね。他に報告があるんでしょう?」
その途端、村長の顔が妙に真剣になった。
部屋の空気が少し変わる。
「ああ。話しておきたいことがあるのだ。」
「話しておきたいこと?」
私は首を傾げる。
「最近、村の中で不穏な動きをするものが数名いる。恐らく、ミロウ殿の命を狙っているのだろう。」
その瞬間、エイスの空気が変わった。
「は?」
エイスが怒っているのは一目でわかった。エイスがこんな顔をするとは思わなかったので、ちょっとぎょっとした。私がマイト虫を吐き出した時ですらこんな顔をしていなかったのに。
「誰ですか? その人。教えてください。」
いつもと違う敬語を使っているせいで、怖さが倍増している気がする。
「村の若い奴らだ。竜神様を崇拝していた奴らだな。……ミロウ殿のおかげでこの村は救われたというのに、恩知らずな奴らめ。」
「今、この村の人間を全員滅ぼしたくなりました。」
あれ、今なんかさらっと怖いこと言わなかった?
さすがに聞き間違えだと信じたい。
「竜神様、なんて呼ばれているが、あんなのはただの災厄だ。だが、この村には面倒な奴らもいる。そういう奴らには話が通じない。……何かあったら、いつでも助けになる。すぐに呼んでくれ。」
そう言って彼は去っていく。
まるで、嵐のような人だった。
去っていく背中を見ながら、一つため息を付いた。
「すごい人だったねぇ。エイスが敬語で話すなんて、初めて見たよ。」
「ああ。親のいない俺を、しばらく村においてくれた恩人だからな。一応あれでも、尊敬している人なんだ。」
「なるほど。……私には言葉遣いが雑なのにね」
「……別に、お前が敬語で話せと言うのならそうするが?」
ん? なんだかエイスの顔が赤い気がする。
まあ気のせいか。
そんなことを考えていると、リリサが小さくため息を付いた。
「はぁ。ミロウ様は本当に恐ろしい人ばかり従えていますよね。」
「え? どういうこと?」
「いえ……なんでもありません。」
リリサは少し疲れているようだ。一体何かあったのだろうか。
「そういえば、私がいない間、リリサ達はどうしていたの?」
「えーっと、いろいろありましたね。まず、レアルドの冒険者ギルドがあって、そしてアンドリューと会って……」
「アンドリュー?」
はて、誰だっただろうか?
「えっ? てっきりミロウ様の知り合いなのだと思っていました。」
知り合い……?
私が異世界へ来てから出会った人なんて、あまりいない気がするが。
記憶を張り巡らせると、どこかで聞いたことがあるような名前な気がしてきた。
竜神国で会った? いや、それよりもっと前? ダンジョンの中? もしかしたら、ダンジョンの宿で出会った人かな?
すると、渡された金の懐中時計が頭に浮かんだ。
一人だけ心当たりがある。
いや、きっと違う。違うと信じたい。
「リリサ……まさかだけど、その人は黒目黒髪の男の人?」
「そうですよ。やっぱり知り合いなのですか?」
う、嘘でしょ⁉ 竜神国まで来たのになんでいるの?
私は、宿を営業していた時に押し付けられた大量の金貨を思い出して、眩暈がしてきた。
「ぎ、ぎゃあぁあああ。借金取りだあああぁあああぁ」
「み、ミロウ様⁉」
リリサは慌てたように一歩後ろに下がった。
「も、もうダメだ!! リリサ、終わった!! 助けて……」
リリサの肩に手を置いて泣きつく。
「と、取り合えず事情を説明してください。訳が分かりませんから!!」
私はリリサの腕の中で泣きじゃくった。
うう。地獄だ。まさか追われていたなんて。
アンドリューにもらったお金なんて、もう全部使い果たしちゃったよ。
どうやってお金返そう……




