美味しいご飯 2
ぼんやりと、景色が見えた。
俺は静かな場所で、一人座っている。
暖炉の火がパチパチ燃える。
窓の外に視線を向けると、雪がしんしんと降り続いていた。
確かここは……
すると、声が聞こえた。
『大丈夫?』
その声を聞いて、やっと思い出した。
そうだ、ここは彼女の家だ。しばらくの間、二人で過ごした小さな小屋。
またか、と思った。
この夢を見ることはよくある。
だけど、まるで目が覚めるのを拒むように、夢から覚められない。
明晰夢、というやつだろうか。
そんなことを考えていると、再び彼女の声が頭に響いた。
『ちゃんと手当てをしないと』
記憶の中の俺は、差し伸べられた手を振り払った。
『触らないで』
それを聞いて、彼女は寂しそうに俯いてしまう。
(本当に、何をしてるんだろう俺は。)
彼女は俺のことを心配しているのに。自分はなんで、こんなことを言うんだろうか。
『お腹空いているでしょう。スープはいる?』
そこにあったのは、まだほんのり湯気が出ているスープ。
今だから分かるが、雪に囲まれたこの村でスープを作るのには簡単ではない。
このスープにどれほどの手間と、そして愛情が込められているのか、この時の俺は知らなかった。
『いらない』
『でも、ちゃんと栄養取らないと』
『いらないってば!』
俺は差し出されたスープを放り投げる。
食器の割れる音が響いた。
『しつこい。俺に関わらないで。』
彼女は目を伏せた。
『……ごめんなさい』
その時の彼女の、寂しげな表情が胸から離れない。
なんで俺は、彼女にこんな態度を取ってしまったのだろう。
最後まで、『母さん』と一言呼ぶことすらできなかった。
昔の俺が、嫌いで嫌いで……本当に嫌になる。
ごめんなさい、お母さん。
最後まで、こんな態度を取ってしまった。
あの時、スープを受け取っていたら、何か違う未来があったのかな。
二人で、食事を食べて。一緒に楽しい話をして。
そうやって、過ごせたのだろうか。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
最後に思い浮かんだのは、差し出してくれた手だ。
温かい手だった。
もう一度、手を繋いで欲しい。
『母さん……』
その時、ほんのりと温もりを感じた。
次第に意識が浮上していく。
(誰か、いるのだろうか。)
うっすらと目を開ける。
そこには、不安げな表情で俺の顔を覗き込むミロウがいた。
一瞬、ミロウが母さんと重なるように見えて、俺の心臓が止まった気がした。
俺が目を見開くと、ミロウは安心したような表情を浮かべた。
「エイス、これ食べる?」
ミロウは俺の膝の上に、何かを乗せた。
そこに置いてあったのは、木製の小さなお皿だった。中に入った白い食べ物からは、まだほんのりと湯気が出ている。
(料理なんてできたんだな。)
いつも俺が作ってやっていたからか、全く知らなかった。
だが、わざわざ作ってもらって悪いが、食欲がない。
それどころか、食べ物を口に入れる体力すらもすでになくなっている。
いらないと言って断ると、ミロウは不満そうに頬を膨らませた。
「いいから食べて。こういう時はちゃんと食べないと良くならないよ?」
そう言って、俺の口元に木製のスプーンを近づける。
逆らう気力もなかったので、おとなしく口を開いた。
すると、どこか優しくて温かい味わいが口の中に広がった。
素朴で無味だが、よく噛めば少し甘い。
初めて食べるのに、どこか懐かしい味わいだ。
いったいなぜだろうか。
「どう、美味しい?」
俺はごくんとそれを飲み込む。
水分が多く、柔らかいためすぐに喉を通った。
「ああ。おいしい……美味しいよ。」
するとミロウはいつものように嬉しそうに、そして少し得意げに笑った。
それが嬉しくて、俺もミロウに微笑み返した。
ちょっとだけ、心が軽くなった気がした。足りなかったものが、次第に埋まっていくようなそんな感覚。
「かあ、さん。」
ぽつりと、呟く。
視界が歪んで、目の前がよく見えない。
いつの間にか、ミロウの腕の中で泣いていた。
「エイスは子供だねぇ。」
(お前も子供だろ……)
そんな憎まれ口を叩こうとしても、涙で言葉が詰まって声が上手く出てこない。
「よしよし」
そのままミロウに頭をもみくちゃにされる。その手は次第に撫でるようにゆっくりになり、やがて頭の上にぽふっと置かれた。
頭を撫でるだけ撫でて満足したのか、ミロウの腕が離れていく。
その瞬間、俺はなぜかミロウの服の袖をつかんでいた。
まるで離れたくない、とでも言うように。
何をしているんだ、俺。
これじゃあ本当に子供みたいだ。
ミロウの瞳が驚いたようにパチパチと瞬かれた。
「エイスは、寂しがりやだね」
それを聞いて、やっと気づいた。
そうか、寂しかったんだ。
ずっとずっと、寂しかったんだ。
父親と兄には捨てられて、お母さんは死んでしまって。
それから二百年もずっと一人で。
本当は、すごく寂しかったんだ。
今まで溜まっていた分の涙が流れ出すように泣きじゃくった。
ミロウは黙って、俺の頭を撫でてくれた。
それだけで、心は救われた気がした。
……ミロウには、貰ってばかりだ。
命を救ってもらって、俺の寂しさを満たしてくれて。
これだけしてもらったのに、俺は何も返せていない。
(今度は、俺がミロウを守る。)
ミロウが俺を守ってくれたみたいに、今度は、きっと。
その決意を噛みしめるように、ミロウの服の袖をぎゅっと握りしめた。




