置いて行かれたリリサ
リリサの過去編を少し。
◇◇◇
「レアルド、アンドリュ~、置いて行かないでくださいよぉ」
私は泣きながら言った。
もちろん、返事は帰ってこない。
私一人でどうしろと言うのだろう。
とりあえず、レアルド達が走って行った森の方へと向かう。
もうすでに日は沈みかけている。早く二人を探さなくては。このままでは、魔物の餌食だ。
(寒い……)
雪が降っているせいで、足が冷たい。
凍え死にそうだ。
「二人とも、まさか本気で私を置いて行くつもりだったなんて……」
だが、その考えをすぐに振り払う。
置いて行かれたことも辛いが、今一番辛いのは寒さだ。
歩けば歩くほど吹雪がひどくなっている。
(足、冷たい)
雪に触れている部分の肌が白くなっていた。
素足が雪にさらされて、チクチクと刺すような痛みを感じる。
(誰か、助けて)
足がじくじく痛むせいで、うまく歩けない。
思わずぱたりと近くにあった木の陰に座り込んだ。
(疲れた……)
ここで、一休みでもしておこう。
そんなことを考えているうちに、段々と意識が薄れていく。
最後に、ドラゴンの呻き声のような声が聞こえて来た。
恐らく、ただの幻聴だったのだろう。
目が覚める頃には、朝になっていた。
空を見上げると、雪はすでに止んでいる。
森の中には、動物一ついない。
雪が辺り一面溶けて、葉から雫が滴り落ちている。
しばらく歩き続けると、遠くの方にいくつかの建物があるのが見えた。
「なんでしょうか? 村?」
地図にはなかったような気がする。
雪が止んで、見えるようになったのだろうか。
こんな山奥にある村、空から探しでもしない限り見つからなそうだ。
震える足で、ゆっくりと歩いていく。
雪がなくなったおかげで、ずいぶんと歩きやすい。
「よかった……このままなら、何とかあそこの村までたどり着けそう。」
どこか宿か何かに泊まれば、あとはゆっくりレアルド達を探そう。
そんなことを考えていた時、影が地面に降りた。
後ろに誰かいる。
「レアルド? アンドリュー?」
二人とも、私を探しに来てくれたのだろうか。
やっぱり、なんやかんや言って二人とも私を置いて行ったりしなかったんだ。
そう思いながら振り向いた。
そこには十メートルを超える巨大な熊がいた。
(……ジャイアントベア)
声が、出ない。
恐怖のあまり、地面にへたり込む。
一時期、冒険者をやっていた私だから分かる。
私はここで、殺されるのだ。
ジャイアントベアの推奨討伐ランクはC
ランクFのほぼ雑用係だった私に、勝ち目なんてないに等しい。
(そうか、辺りに魔物が少なかったのは、ジャイアントベアがいたからなのか……)
今更になって気づく。
もっと早く気づかなかったのだろうか。
(うわ……私、死ぬんだ……)
そう思った瞬間、今までの人生が走馬灯のように頭に流れ込んできた。
冒険者になって、必死に働いた記憶。
家を追い出された記憶。
大事に思っていた義妹に裏切られた記憶。
思い出してみると、最悪な人生だった。
挙句の果てに、仲間だと思っていたレアルド達に置いて行かれてしまった。
そして、魔物に食われて誰にも見つけてもらうことなく死ぬのだろう。
『あなたは今から下民に落ちるのよ。無様ねぇ。』
思い出したのは、世界で一番嫌いな義妹の顔だった。
記憶を振り払うように、遠くへと走る。
ジャイアントボアは、必死に走る私を見て楽しむように後ろから張り付いて追って来た。
『ねえねえ。いくら足掻いても意味ないわよ。あなたなんて、何の役にも立たないのだから。』
記憶の中の義妹はいつも楽しそうに笑っていた。なぜなのかは分からない。
けれど、その笑顔がいつも嫌いだった。
涙でにじむ目をこすって、必死に走る。
だが、影はいつまでも追って来る。
『いつもそうやって、うじうじ泣いてばかりだったでしょう? ずっと目障りだったのよ。』
(うるさい。)
『あなたなんて、誰からも必要とされていないのよ。もう全部諦めてしまったら? 』
(うるさい、うるさい、うるさい。)
ただ、ひたすらに走った。
けれど、歩幅が違う。体力が違う。
逃げ切ることは不可能だった。
隠れるように、森の奥地へと入る。
逃げ込んだのは、赤い花がたくさん咲く茂みのような場所だった。
植物の蔦が複雑に絡み合っている。
ちょうど朝焼けがきれいに見えて、花がキラキラと輝いた。
現実逃避するように、きれいだな、と思った。
そういえば、彼女に出会ったのはちょうどこんな美しい森だった。
『こんにちは。ようこそ森の宿へ!』
ダンジョンの中とは思えないような場違いなまでに明るい声に、ずいぶんと驚いたものだ。
――ミロウ様。
旅に出る前、ミロウ様は私に一緒に着いてきて欲しいと言ってくれた。
その時の言葉を思い出す。
『リリサも一緒についてきてくれない?』
ミロウ様はあの時、嬉しそうにほほ笑んでいた。
それが、私にとってどれだけ嬉しいことだったか、彼女は知らないだろう。
「そうだ、こんな私でも、必要としてくれている人がいる。」
ミロウ様は私に、メイドとして働かせてくれた。
自分で作ったという宿にも住ませてくれた。
こんな私を、必要としてくれた。
(ミロウ様に会いたい。)
一人でいることが、どれほど辛いことなのか、私は今やっと気づいた。
レアルドに置いて行かれ、たった一人になった今、心細くて仕方がない。
ミロウ様は数週間も、迷子になったままだ。
きっと、寂しい思いをしているに違いない。
だから、ミロウ様を助けに行く。
そのためには――
「私、こんなところで負けるわけにはいかないんです!!」
近くにあった植物の蔦を握る。
花のとげが指に刺さるが、そんなことは関係ない。
蔦を握ったまま、ジャイアントベアの周りを素早く走った。
素早さでは私の方が上だ。
ジャイアントベアは、胴体が大きい分、俊敏な動きが苦手なのだ。
蔦が見事に足に足に絡まったのか、ジャイアントベアは地面に倒れこんだ。
「今のうちに……」
一応、護身のために取り出していた短い短刀を取り出す。
そして、それをジャイアントベアの目に突き立てた。
何度も、何度も繰り返し刺す。
びくびくと動いた後、次第に動かなくなった。
「倒した……?」
もしかしたら、これで倒したのかもしれない。
そう考えたとき、絶望が私を襲った。
そう、ジャイアントベアが立ち上がっていたのだ。
ジャイアントベアはうめき声を上げて暴れると、しまっていた爪を出す。
爪を一振りすれば、私が足に絡ませた蔦は、一瞬にしてボロボロに裂かれてしまった。
普通に考えれば、FランクがCランクの魔獣とまともに戦えるわけがないのだ。
「ダメでした……」
結局、私なんて何をやってもダメなのだ。
最後まで、義妹の言う通りだった。
ジャイアントベアが手を振り上げる様子が、妙にゆっくりになって見えた。
鋭い爪が、私に伸びる。
私はあきらめて目を閉じた。
だが、何秒待っても爪が私の顔を引き裂くことはなかった。
「なん、で?」
おかしいと思って顔を上げると、倒れたジャイアントベアがいた。
その上には、誰かが立っていた。
黒い角に、長い藍色の髪。
私は目を見開いた。
「あれ? こんなところでどうしたの? リリサ。」
正直、泣くかと思った。
ミロウ様がいつもと変わらない朱色の瞳で私を見つめていた。
その瞳は心配そうに揺れている。
「み、ミロウさま。どうしてこんなところに?」
「ああ。ジャイアントベアの声が聞こえたから魔力補給のために慌てて来てみたら、リリサがいたんだよね。」
大丈夫だった? とミロウ様は顔を覗き込む。
「み、ミロウさまぁ~」
思わず駆け寄って抱きしめてしまった。
「よしよし。リリサ。どうしたの?」
ミロウ様は私の頭の上に手を当てて、ゆっくりと撫でてくれた。いつの間にか、涙がこぼれてくる。
(やっぱりミロウ様が一番です。)
そうだ、レアルドやアンドリューなんていなくてもいい。
ミロウ様がいればいいのだ。
私は背負ってもらいながら、ミロウ様がしばらく住んでいるという家に向かったのであった。




