竜に食べられるのは慣れてるからね!!
光が見える。
ドラゴンの歯の隙間だ。
真っ白な光に照らされて、一つの影が見えた。
ミロウ⁉
彼女は片手でドラゴンの歯を押さえて、もう片手で俺に手を差し伸べている。
ドラゴンに食われた時点で普通なら絶望的なのに、彼女はなぜか微笑んでいた。
「手、掴んで」
『あの人』が差し出してくれた手を思い出して、手が小さく震えた。
涙で視界がぼやけたせいだろうか、ミロウが彼女と重なっているように見える。
「なん、で?」
また、助けてくれるのだろうか。
こんな俺を?
俺はミロウを生贄にするつもりで村に迎え入れた。
竜に食われて当然のことをしたのだ。
それなのに、どうして?
「なんでって、当たり前でしょ。エイスが大切で、死んで欲しくないからだよ。」
そう言って、ミロウは竜の口をこじ開けた。
あの細い腕のどこからあんな力が出ているのか。
バキバキ、という音で、竜の口が開かれた。
だが、ドラゴンも口をこじ開けられて黙っていられるわけではなかった。
ドラゴンは抵抗するように暴れる。
その拍子に、俺の体は喉の奥の方に落ちていった。
ミロウは慌てたように俺の手を掴む。
けれど、片手で人を一人支えるのは難しい。
そのうえ、ドラゴンの唾液のせいで手がつるつる滑ってしまう。
このままだと、二人一緒にドラゴンに飲み込まれてしまう。
それは、絶対に嫌だ。
「ミロウ、俺のことはいい。だから逃げ――」
「大丈夫だよ。」
俺の言葉を遮るように、ミロウは言った。
どういう意味だろうか。戸惑っていると、ミロウはもう片方の手を離した。
ドラゴンの歯を押さえていた方の手だ。
そして、その手で落ちかけていた俺を引っ張る。
「何やっている、そんなことしたら……」
ドラゴンを押さえていた手がなくなり、竜の口が勢いよく閉じられた。
鋭い歯がミロウの腹に食い込む。
その数秒後、その歯は腹を貫通した。
潰れるような音とともに、ミロウの口から血液が零れた。
「うわぁああああああああ!!!」
俺は叫んだ。
真っ赤な血が、全身にかかる。
思い出したのは、『あの人』が竜に食べられた時のこと。
また、俺は周りの人間を犠牲にした。
あの時と同じ。百年経ったのに、結局結末は変わらないのか。
ミロウは最後に微笑み、そして何かを呟いた。
その声を聞くより前に、俺の意識は途切れた。
◇◇◇
エイスの叫び声が聞こえる。
そんなに心配しなくてもいいのに。
「なんせ、竜に食べられるのは慣れてるからね」
竜にかみ砕かれながら、私は微笑んだ。
◇◇◇村長視点――
その光景を言葉で表現するのなら、『闇』だ。
真っ白な雪の中で、その『闇』は静かに揺れていた。
竜が叫ぶ。
その音で、大地が揺れる。
この世の生き物の頂点に君臨すると言われるドラゴンの断末魔。
天は割れ、空は漆黒に染まり、地は苦しむように軋むような音を立てた。
真っ黒な魔力はぐるぐると渦巻いて、辺りに漂っていた。
この世のありとあらゆるものを混ぜて集めたら、このような色になるのだろうか。
やがて、闇は一つになった。
まるで集まるように、中心へと動いていく。
霧が晴れるように、淀んでいた魔力の空気が晴れていく。
「ドラゴンが、蒸発している。」
息を吞む。
そこから現れたのは、蒸発したドラゴンの骨。
その上に、人影が揺れるように浮かんでいた。
赤い瞳。
それは、まるで血で染まったようだった。
彼女は自分の膝の上に寄りかかったエイスを見て、安心したように微笑んだ。
目がゆっくりと閉じられる。
そして、彼女はパタンと倒れた。
辺りの魔力が、彼女を支えるように集まっていった。
「雪が、解けていく。」
この竜が生まれてから二千年間、解けることのなかったという雪。
それが、まるで最初からなかったかのように消えていく。
空が晴れ、まるで光が差すように、ゆっくりと辺りが明るくなった。
「一体、何が起きているのだろうか……」
この村で村長となり、すでに数百年も経つ。
村には何もない。
雪に包まれた村には、何も届くことがないのだ。
しかし、今は違う。
真っ白な雪が消え、茶色い地面が現れている。植物だって育つだろう。そうすれば、食料になる動物だって集まってくる。
これからは雪に悩まされることも、食事に困ることも、……竜神様に生贄を捧げなければならなくなることもなくなる。
まさに、この村はたった今、救われたのか。
私は彼女に目を向ける。
彼女が教会の扉を開いて入って来た時、一体何事かと思った。
厳重に警備が敷かれている教会の中に入るのは困難だ。
しかも、足音を全くせずにいつの間にか部屋の中にいた。
間違いなく、普通の人間ではない。
その時の彼女の目は、恐ろしかった。
目が真っ黒に染まっているようにも見えた。そこにいるのが本当に人間なのか、疑ったほどだった。
だがもう、彼女がどんな存在でも別に構わない。
彼女がこの村を救ってくれた。その事実には変わらないのだから。
どこまでも続く青空の下で、私はいつの間にか涙を流していた。




