0歳児の悲しみ
その後、私たちは宿に移動した。
異世界の宿は前世の宿と違い、物々しい雰囲気があった。
私は見るからに人外な雰囲気を醸し出しているが、竜神国の国境にあるのが関係しているのかあまり不審がられなかった。しかし、なぜだか受付の人には怖がられていた気がする。理由を聞いてみたら、この宿は冒険者が使うことが多いため、強い人間が一目で分かるそうだ。つまり私がものすごく強そうで怖かったということだろう。なぜだろう。解せぬ。
そういえば、私の体に鱗が生えていたりすることはすでに二人にはバレているため部屋の中で変身魔法を使う必要はない。その点は気が楽だ。
ちなみに、私の鱗がバレてしまった時の反応だが、二人ともあまり驚かなかった。なぜだか聞いてみると、『まあ、ミロウ様のことですから鱗の一つ生えていても今更驚きませんよ。』と言われてしまった。どうやら私は常日頃から化け物のオーラを放っているため、人間じゃないと思われていたようだ。
私、一応人間なのに……
そんなことを考えていると、ちょうどリリサが部屋に入ってくる。
「服、似合っているでしょうか?」
リリサが来ているのは白と黒の、theメイド服みたいな雰囲気の服だ。
ものすごく似合っている。
今までずっとこの服だったのではと思うほど違和感がない。
むしろものすごく馴染んでいる。
「すごい! やっぱりリリサはセンスがいいね!」
「そ、そうでしょうか? 嬉しい限りです。」
「私の服もリリサが選んでくれない?」
私はさっき買った服の山を指さす。あまりにもたくさん買ってしまったため、選ぶのが大変そうだ。
「わかりました。……ミロウ様にはこちらの青いワンピースはどうでしょうか? 大人の魅力を際立たせる、今一番人気の商品だそうです」
「おお! 着てみるね。」
早速私は服を着替える。といっても、今まで来ていたローブを脱いで、その上から被るだけだが。
ちょうどよいサイズだと思っていたが、少し生地がぶかぶかしていることに気づいた。
「あれ? 少し緩いね」
「そうですか? 一応、ミロウ様は細いですから、Sサイズのものを選びましたが……」
不思議そうに首を傾げるリリサを見て、私は悟った。というか、気づいてしまった。
「……リリサ、私に大人の魅力ってあると思う?」
「大人の、魅力ですか?」
リリサは首を傾げたままこっちを見る。私は反射的に、胸元を隠してしまった。
それを見てすべてを察したのか、リリサはゆっくりと口を開く。
なぜだか分からないが、死刑宣告を受けている囚人のような気分になる。
そして、非情な現実が私に突きつけられた。
「そんなもの、なくてもミロウ様は魅力的だと思います。」
リリサよ。それは遠回しにないと言っているようなものだ。
「うう。ふええぇん。リリサの意地悪!」
どうせ私はすとーんですよ。崖になってますよ! ふぇーん。
「な、泣かないでください。ミロウ様」
「な、泣いてないもん!」
「ミロウ様には栄養が足りていないと思うのです。ちゃんとご飯を食べれば、大きくなりますよ!」
私は何となくリリサの胸元に視線を向ける。
「リリサみたいになる?」
「なります!」
「本当に?」
「もちろんです!」
私はこくんとうなずく。大人らしからぬ行動を見せてしまった。
あ、でも。よく考えたら私、0歳だ。私まだこっちに来てから数か月もたっていないもんね。きっと今から成長期が来るのだ。うん、そう思うことにした。
でもはたから見ると二十歳ぴちぴちだから0歳だという言い訳は通じないんだよね……
うう。悔しいよ。この0歳児の苦しみは誰にも分かってもらえない……
「やっと泣きやみましたか?」
こくんと頷けば、リリサは胸を撫で下ろした。
「では早速、食事を持ってまいりますね。待っていてください。お嬢様!」
リリサはそう言って台所へと走っていく。
完全に子供扱いされていたよね? さらに悲しくなってきた。
しばらくすると、リリサが料理を持ってきた。
ずいぶん作るのが早い。
「お待たせしました。たくさん食べてくださいね」
目の前に見たことのない料理が並ぶ。
やはり異世界だからか、前世よりも料理の色がカラフルだ。
見たこともない料理がたくさん。食べれるのか不安になる見た目だ。
覚悟を決して、料理を口に入れる。
「んっ! おいしい!」
「よかったです。まだまだありますから、ゆっくり食べてくださいね。」
台所からどんどん食事が出てくる。
「すごい量だね。」
「ええ。全部で五キロあります」
「えっ⁉」
「ミロウ様は育ち盛りですから、念のためにたくさん用意しました。」
念のためって量じゃないでしょ。それ。
そうは言いつつ、料理をどんどん平らげていく。最初はこんなに食べられないと思っていたけれど、思ったよりお腹に余裕があったみたい。
そしてわたしは食べて食べて食べまくった。途中で自分が本当に人間なのか信じられなくなったけれど、あまり深くは考えないことにした。
その結果――
なんと私は食事五キロを平らげた。
このお腹のどこに入ったのだろう。不思議でならない。
自分でもおかしいことに、お腹は全然苦しくならないのだ。
(いや、むしろ)
私は床にパタンと倒れた。
「ど、どうなさいましたか? ミロウ様? さすがに食べすぎましたか?」
いや、違う。
「お、お腹すいた」
そう、お腹がすいたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぐううぅうぅぅぅ」
私のお腹がすごい音を立てた。
(や、やばい。お腹空きすぎて死にそう……なんで?)
その時ちょうど、部屋にレアルドが入ってくるのが見えた。
「レアルド、ミロウ様が……」
「ど、どうなさったのですか? ミロウ様……」レアルドが駆け寄ってくる。
私は保護者二人に見つめられる。
なんだか二人が風邪を引いて寝込んだ子供を心配する夫婦に見えるのだが、これは私の気のせいだろうか? そんなくだらないことを考えているうちに、私の意識は空腹により落ちた。
◇◇◇
「おい、何が起きた。リリサ。状況を説明しろ」
レアルドが私を睨む。彼はミロウ様の前では敬語だが、それ以外の人間には棒読みで冷ややかな声を出す。いつもは淡々とした話し方だが、今回は少し焦っているのか少しとげとげしい話し方だ。
「わ、わかりません。ミロウ様が突然……」
レアルドはミロウ様の首筋に指を当てる。
「この感じ……魔力が足りていないのか?」
魔力欠乏。それは通常、大規模な魔術を使った後などに起きるものだ。だが、今日ミロウ様は一度も魔術を使われていない。なぜ突然倒れたのだろうか。
私が首を傾げると、レアルドは何かに気づいたのか、私を見る。
「上位のドラゴンが、魔力の薄い場所で生きていけないというのは聞いたことがないか?」
「あっ! もしかして、ダンジョンの外に出たのが原因なのですか?」
「可能性としてはな。おそらくだが、ミロウ様は魔力の器が大きいため、ここでは生きていけないのだろう。」
魔力を入れる器。その中に魔力が足りていないと、人は倒れてしまう。だが、普通の人間なら空気中にある魔力を吸っていれば常に魔力が補充されるため、魔力を使いまくったりしない限り困ることはない。
しかし、魔力を入れる器の大きさが大きければ話は別だ。
定期的に大量の魔力を取り込み続けるために、魔力の濃い場所で過ごす必要がある。しかし、ダンジョンの外に出てしまったため、もう魔力を取り込むことはできない。
「一体どうすれば……」
「とりあえず、今から近くのダンジョンへと向かおう。」
「い、今からですか? 夜間のダンジョンでの活動は申請書が必要なのでは?」
「それなら問題ない。これがある。」
そう言ってレアルドは袖の中から金の懐中時計を取り出した。これは、この世界に10人しかいないS級冒険者の証だった。
「S級冒険者だったのですか⁉」
「ああ。言っていなかったな。」
「よかったです。では早速、ミロウ様を運びましょう」
こうしてミロウ(0歳)は、両親におんぶされながら自分の家へと戻ったのだった。




