番外編 湖の中のリゾート地
お客様がいらっしゃって早二日。そろそろ彼らもここのホテルでの生活を名残惜しく思っているのではないでしょうか。
本日はモーニングサービスで紅茶いうものを用意しました。これはダンジョンに生えている草を発酵(魔法のようなものでしょうか?)して、それを温かい水に加え香りをつけたものだそうです。きっと喜んでいただけることでしょう。
私は扉をノックして彼らを呼ぶ。
「おはようございます皆様。朝早くに失礼します」
「「「「「ひ、ひぃ!?」」」」」
彼らはそろいもそろって私を怯えた目で見つめました。本当にどうしたのでしょう?
もしかして、突然現れたことに驚いているのでしょうか? このダンジョンにはあちこちに魔法陣というものが仕掛けられていて、魔物が罠としても使います。人間が踏んでしまった場合、ダンジョンのあちこちに飛ばされますが、私たち魔物が魔法陣を使う場合は好きな場所に移動することができるのです。
「すみません。驚かせてしまいましたか?……ところでどうしたのですか? 五人で同じ部屋に集まって?」
仲が良いことはわかるが、五人で同じ部屋にいるのはなぜだろうか? 私は首をかしげる。
「ひいっ!! べ、別に逃げようとしていたわけではないからね!!」
「? どういう意味ですか?」
私は首をかしげる。
「こ、殺さないで!!」
「殺さないでとはなんでしょうか? 私をなんだと思っているのですか?」
「危険でおかしな魔物」
「危険生物」
「半分人間の皮をかぶった化け物」
彼らは口々に言いました。悲しいです。私は何だと思われているのでしょう?
「うう。みんなひどいです。なぜ私はそんなに嫌われているのですか?」
しょんぼりと肩を落としていると、一人の冒険者が私を冷たい目で見つめました。
「決まっているだろう? お前が魔物だからだ。それ以外に理由などあるのか?」
「お、おい。待て、カイト!!」
慌てたようにもう一人の冒険者が止めに入る。
「だってそうだろ⁉ お前たち魔物はいつも俺たちを殺しているだろ? 逆になんで嫌われていないと思うんだ?」
「それは何のことですか? 私は生まれて一度も、人間を殺したことなんてありませんよ?」
「はぁ⁉ 嘘に決まっているだろ? お前たち人魚は人間を海の中に引きずりこむ魔物として有名だからな。今更言い逃れか? 見苦しい」
「確かに人魚は人間を襲いますよ。でも、私は違います」
「違うとはなんだ? お前も人魚だろう!どうせ今も俺たちを殺す算段を立てているのだろ? そうだ、魔物はすべて滅びるべきなんだよ!!!」
「人魚だから、とはなんですか? あなたは人間だから、という理由で殺されても理不尽とは思わないのですか?」
久しぶりに、すごく静かな声が出た。私は、『静か』が嫌いだ。だからずっと、明るくふるまってきた。
彼らはおびえたように体を強張らせていた。
今の私は、彼らにどのように見えているのだろうか?
(やっぱり彼らにとっては、私はただの化け物なんでしょうね。)
人間と魔物。そこには大きな壁がある。最初から、分かり合えない運命なのだろう。
「ふ、ふざけるな。やっぱり、魔物は危険なんだ。すぐに討伐するべきなんだ!」
そういって彼はどこに隠し持っていたのか、短剣を取り出して私に襲い掛かってきた。
(これは……正当防衛なので仕方ないですよね)
水魔法で反撃しようと手を前に出す。
だが、短剣が私に振り下ろされることはなかった。
パーティーメンバーの一人が彼を手刀で気絶させたのだ。
確か名前は……『レイド』だっただろうか。
「すまないルルカさん。彼は小さいころに親が魔物に襲われてから、魔物の存在を極端に嫌っているんだ。本当は、悪いやつじゃない。許してやってほしい」
彼は頭を下げていた。
私はその様子を感情のない目で見つめる。
「ええ、別にいいですよ」
「そ、そうか―――」
「ええ。……別にどうでもいいです」
「っ!!」
彼は辛そうに息を吞んだ。
「今更、人間と仲良くなろうと思った私が愚かだったんです。もう、そんなことは期待しない。だから、どうでもいい。」
「……お、俺は……あなたの思いをどうでもいいとは思わない」
「?」
私は顔を上げて、彼を見た。彼は静かに私を見つめていた。
「誰かと仲良くなりたくて努力した、あなたのことをどうでもいいとは思えない。」
少し目を見張る。そんな言葉をかけてもらったのは初めてだった。
「それに、たった二日だけれどあなたと一緒に過ごしてみて、あなたは優しい人だと思った。だから、」
彼は息をゆっくりと吸い込んだ。そして、言葉を選ぶように言った。
「ルルカさん。付き合ってくれませんか?」
彼は私の前に跪いた。
突然のことに、思わず目をぱちぱちと見開く。
だけれど私にその言葉の意味はよく分からなかった。
”付き合って”というのはどういうことなのか?
人間の使う言葉の一つなのだろうか?
私が首をかしげていると、彼は思い出したように説明を加えた。
「あなたの一番になりたいという意味です」
なるほど、そういう意味ですか。
でも、私の心はもうずっと前から決まっています。
「無理です」
即答した。
「……な、なぜだ?」
とっさのことに、言葉遣いがもとに戻っている。それがおかしくて、くすくすと笑いが漏れてしまう。
「私の一番大切な人は、ミロウ様ですもの」
私はそう言って、にこッと笑った。
しばらくして、彼は苦しそうな顔をして一言だけ「そうか」とつぶやいた。
その顔が消え入りそうな表情に見えたのは気のせいではないでしょう。
「俺たちはこいつを地上に連れていく。気絶しているし、運んでいくか」
「そうですか。では、湖の外まで送っていきますよ。」
私は紐を引っ張って、水中ホテルを水面に上昇させる。
これで全員、外に出られるはずだ。
「すまない。迷惑をかけたな。」
「いえ。大丈夫ですよ。」
私は敢えて微笑んだ。
「……またのご来館をお待ちしています」
「……ああ。」
彼はもう、振り返ることはなかった。
そして、私はまた一人で湖の中に戻った。
そこにはただ、今までと同じ静けさだけが残されていた。
小さいころ。この深くて暗い湖で、私は寂しさだけを覚えていた。
『いつか、人魚でも人間さんと、仲良くお話ができる世界を作りたいな』
私の小さいころの、小さな夢。
それはすぐに捨ててしまったものだ。
すぐに消えてなくなってしまった、もうまぶしくて見ることのできない夢。
でも、そんな夢でもミロウ様なら成し遂げることもできる気がする。
なぜだかわからないが、そんな予感がするのだ。
(ミロウ様、一生ついていきますから。)
両手を組んでミロウ様のことを思い浮かべます。
湖の中はとても静かで、とても深くまで続いているようでした。
私は、静けさが嫌いです。
人間達にも魔物達にも分かってもらえずに、ずっと孤独だった小さなころを思い出すから。
でも、今日はその静けさがどこか心地よいのです。
……なぜでしょうか。本当に不思議です。
ミロウ様のことを思い浮かべるだけで心が明るくなるのは、きっと気のせいではないでしょう。
レイド、告白は急展開過ぎるだろう……
そりゃあ振られるって……
次回は本編に戻ります!
お楽しみに!




