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義兄弟と義兄弟

「くしゅんっ」


「ヘンリー、寒い?ハーブティーを入れて貰おうか?」

「ヘンリー、これを着なさい」

 朝から天気の悪かった昼下がり。とうとう降り出した雨に、室内で過ごす事にした兄様達と一緒にソファーで寛いでいると、僕のお口から クシャミがもれた。クシャミひとつした所で、どうと云う事も無いのに、すぐに反応する過保護まっしぐらな兄様達。

 ティム兄様はメイドにハーブティーの他に「念の為、薬湯の準備を…」って言ってる!きゃ〜ヤダもう!クシャミしただけだよ!

 テオ兄様は自分の上着を脱いで僕に着せてくれる。そして侍従に暖炉の準備をさせ始めた。


「くしゅん!くしゅんっ!」

 大丈夫って言おうとしたら、またクシャミが続けて出た。テオ兄様が さっと僕のおでこに手を当てて熱を測る。

「テオドール兄様、いかがですか?」

「まだ熱は無いようだが…これから上がるかも知れん」

 ウムムと唸るテオ兄様。

このままでは寝室に監禁されかねない!折角、あちこち行けるようになったのに、またベッド生活に逆戻りなんて、もう お腹いっぱいだよ!

 

「あの…っ だいじょぶですっ!」

「ヘンリー、良いかい?君の体はまだとても脆いんだ」

「そうだぞ、勝手な自己判断は破滅の元だ」

 は、破滅って…。本当に心配性なんだから…。何か言い返さないとって、お口を開く前に さっとテオ兄様に抱っこされてしまった。あー!

「ヘンリーを部屋で休ませてくる」

「分かりました!薬湯を持って 後から行きますね!」

 あー!ハーブティーが、薬湯に変わってるぅ〜!ぼ、僕は大丈夫ですからぁ〜!

 半泣きになりながら、寝室に連行される僕。


「ほら、ヘンリー。お口を開けて?」

 寝巻きに着替えさせられ、ベッドに座る僕に、薬湯を持って来たティム兄様が、あーんしようと スプーンでスタンバイしてる。ヤダよ〜、だって僕 クシャミしただけだもん!苦い薬湯を飲む必要ないもん!プイッと顔を逸らして、絶対に飲まないと両手でお口を覆う。

「ヘンリー…」

 眉毛を下げて困り顔のティム兄様。それを見てテオ兄様の眉が吊り上がる。

「ヘンリー」

 怖っ。テオ兄様の低い声が響く。テオ兄様は、ティム兄様を目に入れても痛くないくらい可愛がってるから、ティム兄様を困らせるものに容赦が無い。

 体がビクッてなったけど、絶対 お口は開けない!僕、悪くないもん!


「分かった、なら飲まなくていい。」

「えっ?テオドール兄様?!」

 絶対、お説教モード突入だと思ったのに。急展開にティム兄様だけじゃなくて、僕もビックリ。

「熱が出て辛いのは、お前なんだぞ。だが、飲みたくないのなら仕方ない。行くぞ、ウィリアム」

 えっえっ、促されて仕方なく部屋を出て行くティム兄様。わっ、か、勝った…?て、事?『勝った』てのも変だけど、こんな風に引いてくれるの、初めてじゃない? どうしたんだろう?

「くしゅんっ」

 またクシャミが出た。え…熱が出たり、しないよね…?


 

*****

「テオドール兄様!どうしてですか?まだ、ヘンリーに薬湯を飲ませていないのに…っ」

 瞳を潤ませて抗議するウィリアムに、テオドールは ニヤリと笑って言った。

「ヘンリーはもう薬湯の味を覚えてしまった。あれではいくら言って聞かせた所で、口を開けないだろう」

「それは、そうですけど…っ でも…!」

「お前が調合した薬を飲ませよう」

「テオドール兄様!あれは、まだ実験段階で…っ」

「家庭教師のお墨付きを貰ったんだろ?俺も試してみたが、体に悪影響は感じなかった。」

「それは、テオドール兄様はお体がお強いから…っ、ヘンリーに飲ませて もし何かあったら…っ」

 ウィリアムは毎日、家庭教師と共に 森へ薬草の研究に行っていた。以前から 薬湯を飲むヘンリーの辛そうな顔を、何とか出来ないかと苦心していたからだ。そして、ほぼ 完成形となる試作が出来上がっていたが、まだ体の弱いヘンリーに飲ませる度胸が無かった。


「それにっ、通常の薬湯よりは 苦味を抑えられていますが、根幹となる薬草がどうしても苦味が強いので、幼子が飲むにはまだ…」

 いつもヘンリーが飲んでいる薬湯よりは苦くないが、それでもヘンリーが苦味を感じるレベルだと云うのがウィリアムの見解だった。

「乾燥させて固めた錠剤も作ってみましたが、大人なら飲み込めてもヘンリーのお口には粒が大きく、結局噛み砕くしかないので、苦味が消える事はありませんし…」

「それなら、ゼリーの中に入れるのはどうだ?」

「え?テオドール兄様、それはどういう…」


「ゼリーを1口ずつの大きさにして、その中に乾燥させた薬湯を入れるんだ。ゼリーなら つるんとしているから、ヘンリーも1口で飲み込めるだろう。」

「でも、1口ずつのゼリーを作るなんて…」

「俺の祝福効果(ギフトスキル)を使えば、出来なくも無いだろう。そうだな、1口ずつの玉を 色んな味のジュースで作れば、見た目も綺麗だし、ヘンリーも喜ぶんじゃないか?」

「テオドール兄様!!!天才ですっ!!」

 テオドールの提案に、瞳をキラキラさせて興奮するウィリアム。かくして、ヘンリーはスイーツとして薬湯を食べさせられる事になったが、本人はその事実に気付く事は無かった。



 ◇◇◇◇◇

「ヘンリー、今日はもう寒いから、中に入ろうか? 」

「あい」

 最近、天気が悪いです。今日も朝から曇り空、夏節が終わったので、仕方ないのかも知れないけど、なんだか秋を飛び越えて冬になったみたい。

 あれから、特に体調を崩すことなく あちこち うろちょろしてます。たまに こうやって兄様に捕まって抱き上げられちゃうけど、ベッド生活より全然楽しい!

 今日は お庭で、アリが行列を作っているのを見てたよ。えへへ。

 

「お前達!そろそろ室内に入りなさい。雨が降りそうだ」

 テオ兄様が中から、庭にいる僕とティム兄様に声をかける。テオ兄様が言った途端、空から ポツン!と雨粒が降って来た。ティム兄様が僕を抱いたまま、慌てて走る。

 濡れたって程じゃ無いのに、テオ兄様がタオルで僕とティム兄様を代わる代わる拭いてくれる。

「テオドール兄様っ、ぼ、僕は大丈夫ですからっ」

 ティム兄様、お顔が 真っ赤。僕には ビックリするくらい過保護なのに、自分が面倒みられるのは 恥ずかしいみたい。

「…ウィリアムは、何だか急に大人になってしまった気がするな…」

 寂しそうな顔をするテオ兄様。なるほど!僕が居ない時は、ティム兄様が僕のポジションだった訳ね〜!

「そうですか…?」

 ティム兄様は、『大人』の単語に反応してる。ちょっと嬉しそうに お顔を赤らめてる。ほほ〜!僕のお顔がニコニコしちゃう。


「ふっ、なんだ?ヘンリー。ご機嫌だな。やっぱり外は楽しいか?」

 僕がニコニコしてると、テオ兄様が僕の頭を撫でながら聞いてくる。ふふ、もうその撫で方も随分、慣れた手つきだ。最初に目覚めた時は、近くに寄るのが精一杯だったのに。”仲良し義兄弟” 出来てるよね!

「あい!」

 ティム兄様の腕の中で、コクコク頷いて、両手を握る僕。

「ふふ、ヘンリーは お外が 大好きだもんね?」

 ティム兄様も嬉しそうな顔して、僕に頬ずりしてくれる。一節前には考えられなかった光景だよね〜。


「大変です!テオドール様!!!」

 外は雨が本格的に降り始めたけど、応接室は 和やかこの上ない雰囲気。そこに稲妻のようにテオ兄様の侍従が飛び込んでくる。

「どうした?」

 途端に険しい顔になるテオ兄様。ティム兄様は ぎゅうっと僕を抱きしめて、顔を強ばらせる。だって、いつも静かなテオ兄様の侍従=リーフ が、あんなに取り乱してるんだもん!これは大事件の予感!!


「それが…っ」と云うリーフを押し退けるようにして、応接室に入って来たのは、なんと…!

「久しいな、ディラン伯爵家諸君」

「兄上!俺より先に行くなんて…!」

 蜂蜜色の金髪に珍しい赤色の瞳。スラリとした体つきは王子然とした、この国の第一王子 ルーカス・オン・アデルバード13歳。その後から慌ててやって来たのは、お馴染み、濡れた様な黒髪に 蒼を煮詰めた様な紫色の瞳の、第二王子 ジェームス・オン・アデルバード10歳だ。


「王子殿下!? お揃いで、どうして此処へ?」

 驚きを隠せない僕達。この国の王位継承者が 揃いも揃って、どうしてこんな辺境へ?

「いやなに、ジェームスが君達の所へ行くと駄々を捏ねて居たのでな。私もそれに乗ってみたと云う訳だ」

 にこやかに第一王子が言う。イヤイヤイヤ、”乗ってみた” じゃ無いでしょ!ユーチューバーじゃ無いんだから!

「駄々など、捏ねておりません!夏秋収穫祭が終わったら、ヘンリーの見舞いに行く予定だったんですから!」

 プンプン怒って暴君殿下が言う。わ〜!何か、暴君殿下懐かしいな〜!最後に会ってから そんなに時間は経ってないけど、ここでの暮らしが充実してるせいか、懐かしく感じる。


 キラキラしたお顔しちゃってたのかも知れない。無意識だから分かんないんだけど、目が合った瞬間 嬉しそうに駆け寄って来たから。

「ヘンリー!随分、ツヤツヤになったな!」

 僕をティム兄様から奪って抱き込む暴君殿下。ツヤツヤって…果物じゃ無いんだから…。戸惑うティム兄様には目もくれず、これまでの事を話し出す暴君殿下。こうなるともう周りに気が回らないから諦めるしかない。


 キャッキャッしてる僕達から少し離れた所で、テオ兄様と第一王子が話してる。ティム兄様はテオ兄様の後ろに控えたみたい。何を話してるかまでは聞こえないけど、テオ兄様のお顔が 険しいから、あんまりいい話じゃ無いのかもな〜。


 *****

「成程、ジェームスは随分と君の弟にご執心の様だな。」

「…止めてください、ルーカス王子殿下」

「ハハ、そう言うな。アレはこの頃、精神が安定して居るらしく、魔力の制御も格段に上手くなっている。このまま行けば魔力暴走を引き起こす事も無いだろう。それが君の弟のお陰なのは良く分かる、良い事だ。」

「本当に止めて下さい、ルーカス王子殿下」

「随分と他人行儀だな、いつもはルーカスと呼ぶ癖に。ああ、弟の前だからカッコつけてるんだな?」

「おい、いい加減にしろと言ってるだろう」

 テオドールの低い声が響く。それを受けて咎める所か、第一王子は カラカラと楽しそうに笑う。


「気の置けない友人と云うのは、神からのギフトと同義、簡単には得られないものだ。この立場なら尚の事な。

 …少し前まで、殺気すら纏っていたジェームスが、今はどうだ?此処へ来る馬車の中でも感じたが、随分丸く、人らしくなっている。今までだったら、決して同じ馬車に乗ろうとは思わなかっただろうな。」

 しんみりと云う第一王子に、テオドールも言葉を控える。しかし、

 

「ジェームスに男嫁と云うのも、王位継承権から云っても望ましい!」

「ルーカス!!その話は流れただろう!」

 爽やかに笑う第一王子に怒り出すテオドール。


「怖いな〜、私はただ、可愛い義弟の幸せを願っているだけに過ぎんよ。」

「ふん、それなら俺と同じだ。ヘンリーが望まない道など歩ませる気は無い。どんな障害も取り除く」

「ああ、怖い。君の”弟好き” も困ったものだな」

「性癖みたいに言うな!俺は嫡男だから、弟達を護るのは当然だ!」

 最初は小声であったにも関わらず、段々ヒートアップする会話に、後ろで控えているウィリアムは目を白黒させる。テオドールは第一王子の側近候補として親しくしているのは知っていたが、まさか ここまで砕けた仲だとは思いもよらなかった。片や王位継承権第一位、片や中流貴族の嫡男、慣例に従えば 言葉を交わし合う機会も中々無いだろうに。

 

 *****

「兄上が楽しそうだな…」

 仲良く喋る二人を見て、暴君殿下がポロリと零す。

「さみし?」

「フッ、逆だヘンリー。兄上は『完璧な善い人間』だと思っていたが、こうして見ると、兄上も普通に…『人の子』なんだなと思ってな…」

「?」

 首を傾げる僕に、暴君殿下が苦笑する。

「ヘンリーには、まだ少し難しいかな? …人の評判だけを聴いてその人を解った気でいるのは、なんと愚かな事だと思っただけだ」

 ハハ…と頼りない顔をする。こんな顔の暴君殿下は珍しい。


「あにうえ…、すき?」

「…!! そ、それは、随分 難しい質問だな…っ」

 暴君殿下の顔が強ばる。

「でもまぁ…そうだな。今の…テオドールと一緒に居る兄上なら、少しは…」

 お兄ちゃんが何でも出来る完璧人間だと、自分と比較しちゃって卑屈になるよね!それで無くても、王位継承者なんて周りに色々言われるだろうしね。

 テオ兄様も立派な人間だから分かるよ。でもそれは勿論、産まれ持った才能が有るからだけじゃなくて、努力の結晶なんだよね。


「しかし…まさか本当にここまで着いてくるとは思わなかったな。夏秋収穫祭が終わった後と言っても、何かと忙しい身の上だろうに。」

 そうなんだ〜、そう言えば 前に見た歴史書でも、第一王子と第二王子は殆ど会話が無いって書いてあったな〜。

 

「しかも『方向が一緒なんだから』と言って、同じ馬車に乗り込んで来るとは…。ここまで三刻もかかると言ったのに…」

「あにうえと、おはなち、した?」

「フッ まあ、そうだな。何しろ三刻も向かい合わせだったからな。会話くらいしかやる事が無い」

 そういう暴君殿下は、本当に嬉しそうに笑った。


 

 突然やって来たのは驚いたけど、これは暴君殿下にとっても”良い事” なんじゃ無いかな!二人の仲が良くなれば、この先も変わるかも!そう思うとニコニコしちゃう。

「王子殿下、ヘンリーは昼寝の時間ですので、返して貰います」

 いつの間にか側に来ていたテオ兄様が、スっと両手を差し出す。

「むっ、まだ幾らも喋っていないのに…」

「ヘンリーはまだ子供ですので。」

 嫌がる暴君殿下から 無理やり僕を取り返すテオ兄様。ウィリアム!とティム兄様を呼んで僕を渡すと「部屋で寝かせるように」と言いつけた。


「さっ、遅くなってしまいましたが、王子殿下方、お茶のご用意が出来ましたので此方へ」

 テオ兄様は2人の王子殿下とご歓談するみたい。大変だね〜。ティム兄様は 寝巻きに着替えさせられて、布団に埋まる僕の隣に座って、お腹の辺りをポンポンしてくれる。

 ティム兄様は”ご歓談” に加わらないのかな?


「ティムにいさま、みんなと、おしゃべり?」

「ん? 僕はここに居るよ。ヘンリーの侍女のレイラは優秀だけど、王権には逆らえないからね」

 にっこり笑ってそう言うティム兄様。

 え? 何それ、思ってた答えと違う。暴君殿下や第一王子が何か仕掛けてくる可能性があるって事? でもそれが本当だったとしても、王権に逆らえる人なんか居ないでしょ!ティム兄様、命かけないで!


「まあ、あの感じだったら大丈夫だと思うけど、僕はもう少しも油断しない事に決めたからね。」

 それって…

「かわ…」

「うん、ヘンリー怖かったよね。ごめんね、もう絶対離さないから」

 どうしよう、ティム兄様のトラウマになっちゃってる!僕はもう気にしてないのに!いや、僕はもう少し気にした方がいいか…。

「ティムにいさま、わるくない!だいすき!」

「ふふ、ありがとう ヘンリー。僕も大好きだよ」


 絵本を読んで貰ってる内に、いつの間にか寝ちゃってた。暴君殿下達は どんな話をしてるのかな?



 *****

「良い香りだ、この茶葉はここで採れるのか?」

「ああ、この地にしか根付かない品種らしい。ウィリアムが喜んでいた」

 外は変わらず雨が降り続き、暖炉を囲んで第一王子と第二王子、そしてテオドールがお茶を楽しんでいた。珍しい香りの茶葉を口にして、ルーカスが顔を綻ばせる。答えるテオドールも誇らしげだ。本来であれば、畏まらなければならない状況だが、ルーカスが許可を出した事で 砕けた会談になっていた。


「ヘンリーもこれを飲むのか?」

 ジェームスの問いかけにテオドールが答える。

「ええ、お気に入りですね。この茶葉を使ったスイーツも良く食べてますね」

「ほう!俺も食べてみたい。用意出来るか?」

「それは構いませんが…、お土産としてご用意しましょうか。ここまで三刻ほどもかかりますから、早めに帰路についた方がよろしいでしょう」

 

「今、着いたばかりなんだぞ!まだ帰るか!」

「しかし外は雨ですので、早く帰らないと大変な事になりますよ」

「雨なんだから、『泊まって行ってください』くらい言ったらどうだ?」

「ここは辺境の地、王族の方にとっては 警備が手薄過ぎます。」

「もう来てしまったんだから、仕方ないだろう!」

「常識的に考えれば、まず先触れを出すべきですけどね!」

「先触れを出したらお前、断るだろう!」

「解っているのなら、どうしてこんな所まで来たんですか!」

 久しぶりに始まったポメラニアン同士の口喧嘩に、ルーカスが盛大に吹き出す。


「ハハッ!アハハハハ!!」

 到底、王子らしくない 腹を抱えての大爆笑に、ポメラニアン達が一瞬止まる。

「いや、ハハ…ッ アシェルから聞いては居たが…、プッ…クク、まさか二人がこんなに気が合うとは思わなかったよ」

 ルーカスが涙を拭きながら、楽しげに言う。


「兄上…、別に仲が良い訳では有りません!テオドールが無礼なだけです!」

「私は至極真っ当な事しか言っておりませんよ」

 ジェームスがこう言えば、テオドールがああ言う。

「ふふ…っ。良いじゃないか、そうか。ジェームスが可愛くなったのはテオドールの存在も関係してるんだね」


「可愛い?!」「ルーカス!!」

 顔を真っ赤にするジェームスに、眉を寄せるテオドール。

「まあまあ、落ち着いて。これなら、話がしやすくて良かったと云う事だよ」

 人払いをして暖炉を囲む三人。世間話をする為だけに集まった訳では無い。


「ゴホン…では、本題をどうぞ」

 テオドールが気持ちを切り替えて、ルーカスに話を振る。ジェームスも神妙な顔で座り直す。


「ああ、それと最初に言っておくが、ここへは王族として来ていない。あくまでお忍びだ、だから馬車も家紋がついて無かっただろう?」

 ルーカスが話し出す。

「そもそも、馬車を見て居ませんよ。ここに居たら勝手に入って来たじゃ無いですか」

 軽くルーカスを非難するテオドール。

「ハハ!確かに。そうだな、まずはここで滞在中に使う 仮の名前を考えようか。爵位は、テオドールに合わせて伯爵にしよう」

「ルーカス!巫山戯るのも大概にしろ」

 気安い調子で言うルーカスに怒るテオドール。


「兄上…、仮の名前まで必要ですか?」

 やや呆れるジェームス。

「大事な事だぞ?暫くここで暮らすんだからな」

 ニヤリと笑うルーカスに、テオドールが驚愕の表情になる。

「ここで、暮らす? おい、どういう事だ?ルーカス」

「決まっている、君の大事な弟くんの事だ」


「まず、ヘンリーとエイダン夫人が乗った馬車の転落事故だが、人為的な痕跡が見つかった。」

「!」

「そうだ、俺はお前達が仕向けたと思っていたが…どうやらそれは勘違いだったようだ」

 ルーカスの言に驚くテオドール、続きを引き取ったジェームスは間違いを認めたが、謝る気は無いようだ。

 

「それと、先日の川での事件ね。あれも怪しげな男が付近の村で目撃されていたよ」

「調べて下さったんですね、ありがとうございます」

透明化(ステルス)を持ち出されては調べない訳にはいかないからね。あれは光魔法使いに与えられる祝福だ。そして、今の所、光魔法使いは王家の私だけだ。」

「ルーカスを疑った事は無いよ」

 肩を竦めて話すルーカスに、テオドールが言う。


「すみません、兄上。俺は貴方を疑いました」

 目を見てハッキリと言うジェームスに、ルーカスは目を見開く。そして、また大笑いを始めた。

「え? 兄上…?」

 気分を害するだろうと思ったのに、笑い出したルーカスに困惑するジェームス。


「アハ…!アハハ!ジェームス、お前、本人を目の前にして…アハハ!知らなかったよ、お前は随分と真っ直ぐな子供だったんだね…!」

「子供では有りません」

 ムッとしてルーカスに言い返すジェームス。

「ああ、ごめん、余りに可愛くてね。…ふふ、話を戻そうか。痕跡が見つかったんだが、それは高度な認識阻害魔法が使われて居たんだ。だから、普通に調べただけでは分からなかった」

「良く調べられましたね」

 感心してテオドールが言う。伯爵家でも調べてみたが分からなかった。やはり王家の捜査能力は素晴らしい。


「ああ、闇魔法使いがいてね。知ってるかい?闇魔法は全ての魔法を無効化出来るんだよ。それで分かったんだ」

「闇魔法使い…、かなり珍しい属性ですが…」

「まあそれは王家アレ…って事で追求は勘弁して欲しいな〜」

「いえ、調べて頂いただけで感謝しております」

「硬いな、テオドール。いつもの調子はどうした?」

 巫山戯るルーカスに、テオドールが軽く睨む。


「つまり、透明化(ステルス)が出来るやつを探し出して依頼するにしても、認識阻害魔法を使える奴を探し出して依頼するとしても、これは組織的な犯罪で、公爵家以上の金持ちで無ければ資金が用意出来ないと云う訳だ」

 ふんっだから伯爵家では無理だろうと、ジェームスはテオドール達を疑うのを止めたらしい。

 ちと引っかかったが、また口喧嘩になっても話が進まないと、テオドールは言葉を飲み込んだ。


「そして、問題はこれからだ。穏やかな川にヘンリー落ちて、優秀な人間が揃って居たにも関わらず溺れた、と云う事や、前回の馬車事故の事を鑑みても、これはヘンリーを狙った暗殺である、と断言するしかない。しかし、何故、ヘンリーが狙われたのか?が解けなければ、いつまても解決はしないだろう」

 ルーカスの言葉に、二人が沈黙する。問題はソレだ。何故、伯爵家の三男であるヘンリーを、大金や時間をかけてまで殺さなくてはならないのか?ヘンリーに一体、どれ程の価値が有るのか?


「闇魔法…」

 ポツリと呟いたテオドールに、二人が反応する。

「闇魔法がどうした?」

「さっき、ルーカスは『闇魔法は全ての魔法を無効化する』と言ったな?」

「ああ、それが何…」

 そこまで言って、三人がバッと顔を見合わす。


「ヘンリーの属性は『月』だったよな?」

 ジェームスの視線が鋭くテオドールを指す。

「産まれた時に…、教会で診て貰った時にそう診断された筈ですが…」

 声がやや低くなる。あの頃は、エイダン夫人がディラン伯爵家に来たばかりで、出産の立ち会いは誰も行わなかった。それが夫人の希望でもあったからだ。その為、もし、そこで詐称が行われていても、露見する事はない。エイダン夫人は公爵家の娘で地位も金もある。神官を抱き込むくらい訳ないだろう。

 基本的に属性の詐称等は重い罰が下るし、魔法を使えば直ぐに分かる事なので、わざわざ偽る必要が無い。だから、ヘンリーは月魔法使いだと思っていたが、もしそれが違うのであれば…。


「ステルスを見抜いたのは、ヘンリーだったね?」

「………っ」

 ぼやかして報告したつもりだったが、ルーカスにはお見通しだったらしい。

「そもそも、ステルスを見抜け無かったら、この件は事故で処理されていた筈だ。」

「でも、兄上!闇魔法使いだから、なんだと言うんです?確かに珍しい属性ですが、全く居ない訳では有りません!それに、テオドールですら知らないのにどうやって知ったのでしょう?どうして、ヘンリーが狙われるんですか?」

「まあまあ、落ち着いてジェームス。それを探る為にここに来たんだから」


「まずは、そうだね。ヘンリーが本当は何属性なのか、それを調べよう。夏秋収穫祭が無事に終わって、暫く休みをとったから、時間はある。」

「ルーカス…申し出は有難いが、お前は第一王子としてやる事が他にもあるだろう」

「それを言うなら、ジェームスだって同じじゃないか?」

「だから、お二人とも…」

 テオドールが言い終わらない内に、ジェームスが立ち上がる。


「ヘンリーは、俺の母上の妹の子だ!しかもあの銀髪は王家の血を思わせる。紐解けばこれは王家に対する脅威になるかも知れない事件なんだぞ!今、王族が捜査しなくていつやると言うんだ!」

「それに私達は、王家にしか使えない手も使えるしねぇ」

 

「はぁ…陛下は勿論、この件をご存知なんですよね?」

 言い出したら聞かないのは血なんだろうか?流石のテオドールも、この二人の王子が相手では分が悪い。仕方なく、客室の手配に奔走する事になった。

 



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