-sides story- 孤独な王の回顧録
煌びやかな大広間の奥にある玉座。華やかな装いで踊る貴族達。隣の王妃席には大人の艶が満ちているアシェルに、3歳になったばかりの俺の息子であり、第一王子のエドモンドが居る。そして、俺の後ろに立つのは右腕であり共犯者でもあるアイツだ。
そこまで見回して、あぁ…これは夢だな、と思う。
なんと残酷な夢だろう。俺の人生は思えば後悔ばかりだった。どうして己の欲に勝て無かったのか、分かっていながら誤った道を進んでしまうのか。
『貴方の身体には悪魔が住んでいる』
母上の言葉が頭に浮かぶ。それを言われたのは幾つの時だったか…、膨大な魔力を持って産まれ、上手く操れずに魔力を暴走させ 周りの物や人を傷つける事が多かった。
決して俺が望んだ訳では無いのに、それでも俺の咎になる。”第二王子殿下に近づくと殺される” そんな噂が本人に聴こえる程度には、俺は恐怖の対象だったのだろう。実の母親ですら数える程しか会った事が無い。だがその言葉は、俺の心の奥にずっとある。
確かに、悪魔と呼ばれても仕方ない生き方をして来た。
誰もが遠巻きにする中で、最初に俺に笑いかけて手を差し出してくれたのはアシェルだった。1つ上のアシェルは、既に木魔法を使いこなしていて、聖女様なんて呼ばれるくらい、人に優しい女だった。少しでも長く彼女と居たかったが、アシェルは兄上…この国の第一王子 ルーカス・オン・アデルバードの婚約者だった。
兄上とは腹違いで、あまり交流も無い。俺と違って評判の良い人間なのだから、婚約者候補など幾らでも居るだろう。誰とだって きっと上手くやれる。だから、アシェルは譲って欲しい、俺にはアシェルしか居ないのだから。
嫌だと言うのなら、奪うしかない。アシェルも、王座も……。
*****
アイツと初めて会ったのは、何かのパーティだった。
並み居る高位貴族の中で、その姿は浮いていた。王家の血を感じさせる銀髪も気品を纏う装いも、見目麗しい整った顔も。だが、俺がアイツに目を止めたのは、そのどれでも無い。
アイツの虚無に満ちた空色の瞳だった。
怒りも喜びも、何の感情も宿さない、まるでただの穴。
その瞳を見た時に思った。どんな人生を歩んだら そんな瞳になるのか、その瞳に この世はどう写っているのか。
やがて側に置くようになっても、アイツの瞳が輝く事は無かった。つまらない簒奪に巻き込んで、結局、俺もアイツも処刑された。俺は まだ良い、勝手に事を起こして、やりたいようにやって、結果 負けただけの事だ。
でも、アイツは何を望んで俺の側にいたのだろうか。最後にアイツがなんと言ったか…、それを聞けなかったのが悔やまれる。
鋭い痛みの後、目の前が真っ白になった。
あぁ、俺は、こんなモンなのか…。
何の為に産まれ、何の為に生きて来たのだろう。
もし、もう一度…最初からやり直せるとしたら―――。
*****
確かに、俺は死んだ。処刑されたのだ。
だが目を開くと王城の広間で、なんと『俺の五歳の誕生日パーティ』中だったのだ。夢を見ていると思った。確かに願ったが、それが叶うと信じた訳じゃない。酷く混乱している俺の前に、一人の男が手を差し出して、挨拶している。
「おめでとうございます、ジェームス王子殿下。私が、必ずや貴方を最良の結果へと導いて差し上げます」
男は フォーニーと名乗った。その日から俺の相談役となり、常に俺に付き従った。
フォーニーはまるで預言者の様に、先の事が良く見えるようだった。彼の言う通りに動けば、失敗する事も無い。フォーニーは、アイツに会う場をセッティングして来た。この世界ではまだ出会って居ないし、出来れば関わりたく無かった。前回の事があったからだ。また俺と居て、あんな結末になったら…。
だか、フォーニーはアイツに纏わる事も良く知っていた。どうしてそんな事まで知っていたのか、もっと怪しむべきだったのかも知れない。しかし順調な時というのは、疑心など感じないし、初めて寄りかかれる人間が出来た事に、俺は浮かれていた。
だから、言われるまま、アイツに嘘の情報を流し、また側におく事にしてしまった。それが正しく無いと分かっていながら、結局、俺は自分の欲を優先させたのだ。
アイツは、義兄達を見事に失脚させ処罰し、伯爵の当主となった。勿論、そうなる様に俺たちが手をまわした。前回 虚無に染まっていたアイツの瞳は、今や復讐の色が燃えている。その瞳も、酷く綺麗だった。
幾つもの計略と、幾つもの無辜の命、前回叶わなかった道が俺の前に用意される。俺は浮かれていた。
兄上に反旗を翻し、王座とアシェルを奪った。アシェルは静かな瞳をしていた。俺が憎いだろうに、そんな素振りも見せなかった。だか、アイツは違った。いつ知ったのか、殺した義兄達が無実だったのが分かると俺を責め始めた。話し合いは平行線だった。確かに嘘を吹き込んだが、前回、俺達は彼奴らに殺されたんだ、殺し返したって構わないだろう?
今更、俺より義兄達を選ぶのか?
この俺から離れると言うのか?
我に返ると、目の前に血溜まりが広がっていた。誰かに盗られる位なら…そうだ、お前をここに縛り付ければ良いんだな。返り血を浴びた顔が ゆっくり笑む。
もうこれでお前は何処にも行けない。ずっと…
*****
不愉快な音がして目を開いた。
闇に染まった森の中で俺は倒れている。ああ、そうだ。魔獣暴走が起こったんだ。それを収める為に、こんな山奥までやって来たのに、身体中から血が吹き出している。俺もここまでか。
はあ。
さっき、束の間にみた夢を思い出した。何のパーティだったか忘れたが、玉座に俺が座り、隣にはアシェルと我が息子。そして、ヘンリーが居た。悲願を叶えたあの頃が一番幸せだった。
皆の顔が、虚無に沈んで居たのに――。
繰り返した所で、俺は結局、何も変われない。
己の欲に負け、周りを巻き込み、こうして一人死んで行く。
ヘンリー…、お前は 何を望んで居たのか。
俺はただ、お前が側に居れば、それで良かったのかも知れないな。初めて見たお前の瞳は、俺とそっくりだった。何もかも諦めた その瞳。俺の孤独と同じ物を持っているお前が、ただ、側に居てくれれば――――。
◇◇◇◇◇
「殿下、そろそろ起床のお時間です」
侍従に声をかけられ、薄ら目を開ける。何だか、凄く長い夢を見ていた気がする…。でも、何の夢だったのか、良く覚えて居ない。覚えて居ないくせに、酷く胸が締め付けられる。今にも泣いてしまいそうだ。
もう、10歳にもなったのに、何を子供みたいな…そう思えば思う程、不安は広がり悲しみが押し寄せてくる。
いつまでも起きない俺に、侍従は何も言わない。他の人間と違って俺と距離を取ろうともしない珍しい奴だ。仕方なく体を起こして、ベッドに目覚めの紅茶を持って来させる。ゆっくりそれを飲みながら、次の手を考える。
ヘンリーは随分 遠い所へ静養に行ってしまった。本当は俺の近くに監禁する予定だったのに。まあ、まだ、やりようは幾らでもある。ヘンリーを護れるのは、俺だけなんだから。
「殿下、本日の予定ですが…」
「ああ、待て。予定は変更する。すぐに馬車の手配をしろ、フォーニー」