第五章-6-『恋の嵐』
「うーん」
朝早くから起き出したロージーは腕を組んで唸っていた。アデルバード国王陛下から詫び状が届き、結局 ロージーのエスコートはサイラス王国陛下(父親)がする事になった。基本的にパーティーなどのエスコートは身内が務めるものであり 全く問題は無いのだが、大いに手を貸してくれたサイラス王国に花を持たせる為、ロージーのエスコートはアデルバード王国で請け負う手筈だった。しかし第一王子も第二王子も婚約者が戻って来てしまい、エスコートの話は白紙に戻されてしまった。サイラス王国陛下は、これ幸いとばかりにアデルバード国王陛下に『お願い』をひとつする事が出来たし、不安の種である愛娘ロージーが相手に迷惑をかけなくて済む事に安堵していた。
しかし第二王子ジェームズを攫って行きたいロージーにとってエスコートが父親に代わるのは嫌だった。侮辱だとすら思っている。何とかしてやりたいが、ここは他国で手駒もなく、ガードが厳しい『王子様』に手を出すのは至難の業だ。昼過ぎにはパーティーが始まってしまう為、急いで手を打たねばならない。それで唸っているという訳だ。
(折角、媚薬まで手に入れたのに!こうなったら、さりげなく近づいてワインに媚薬を入れるくらいしか手がない…!)
まだ幼く、経験値も乏しいロージーは コッソリ聞いたメイド達の猥談くらいしか情報がない。酔わせたジェームズを介抱する振りして応接室へ連れ込み既成事実を作るつもりらしいが、たとえパーティーといえども護衛や側近が居る。体調を崩せばロージーで無く、どちらかが対応するのが当たり前なのだが、その事にロージーは気が付かない。固く拳を握るロージーの元に、メイドが来客があると伝えに来た。
「こんな朝早くからから一体誰…?!」
◇◇◇◇◇
広いダンスホールに貴族達が続々と集まって来る。僕はそれを2階のバルコニーからジェーちゃに抱っこされながら眺めている。皆、素敵なドレスやスーツを着てるね!『祝賀パーティー』に相応しいね!最初は下位の貴族から集まって、最後に王子 国王陛下夫妻と続くんだ。だからまだ僕らは待機してるの。
「ヘンリー寒くはないか?」
「へいき!」
ニコッて笑ってジェーちゃを見上げると、ジェーちゃもニコッとした。お日様は出でるけど もう秋節も終わり、風が冷たくなって来たよね。レイラがスっと傍に来て、フワフワのショールを首に巻いてくれる。暖かい♡
「義兄上達はまだだろうか…」
ジェーちゃがちょっと緊張したお顔で前を向く。あんまり公式の場に出て来なかったから、ドキドキしてるんだね。この間までアンチがうるさかったけど、今のジェーちゃは『英雄』なんだから胸を張って良いんだよ! って思いながら僕が フンッと胸を張る。それを見てジェーちゃが フッと表情を和らげた。
「やあ、ジェームズ、ヘンリー」
その時後ろにルーカス王子殿下がアシェル様とテオ兄様を連れて現れた。
「すまない、待たせてしまったかな?」
そう言うルーカス王子殿下に「わたくしの支度に手間取ってしまったのよ、ごめんね」とアシェル様が謝る。
「いや、大丈夫だ。それよりアシェル、体は本当に問題無いのか?」
アシェル様をあそこから連れ戻したのは昨日の夕方だもんね。神官さんがアシェル様の健康状態は診てくれたみたいだけど、ジェーちゃは心配なのです。
「ええ、本当に、わたくしはサングリア王妃殿下とお茶をしていただけですから。ぜーんぜん、元気ですよ!」
フンッと力こぶを作るアシェル様の両脇で、ルーカス王子殿下とテオ兄様が ヤレヤレ…ってお顔してる。本当ならゆっくり休ませてあげたいんだけど、ずっと行方不明だったからこの機会に無事な姿を知らしめたいんだって。なんか、悪巧みしてる人が もう居るらしくて、王宮って本当に魔窟だよね!
「…ヘンリー、良いか、直ぐに戻るんだぞ?」
「はぁい」
テオ兄様が声を潜めてまた言ってくる。もう何度も聞きましたよぅ〜、でも それだけ心配かけちゃってるんだろうな、今日はちゃんと言う通りに 早めに帰らなきゃね!
そして僕達は揃ってバルコニーから階段を降り、普通の貴族達が入って来た大扉じゃなくて、奥の方の扉から現れた。途端に「わぁ〜!」と歓声が上がる。ここ最近、災害続きだったもんね、やっとお祝い出来る事に皆 喜んでいる。僕達の後は 反対側の扉からサイラス王国の国王陛下と王女様が 静かに現れ、その後に国王陛下アーヴィン様とフローラ王妃殿下が歩いて来た。歓声はドンドン大きくなる。サイラス王国の王女様って初めて見たけど、可愛らしい方だねぇ〜。艶々の茶髪をクルクルっと頭の上でとめて、白い肌に桃色のドレスが良く似合ってる。瞳はルーカス王子殿下と同じ 赤色なんだね。血を感じる。
ダンスホールは天井が高くて、シャンデリアが幾つも神々しい光を放って下がっているし、それ以外にも壁に魔石が沢山設置されてて 明るい光を灯している。これなら夜になっても全然 明るいね!それに壁際には長いテーブルが並んでて、その上に美味しそうなご馳走が たっくさんある!どれも片手で食べられるようなひと口サイズで、お皿とカトラリーも準備されてるし、使用人の方々が飲み物を持って行き交ってる。こういう風景、懐かしいなぁ〜。懐かしいって言っても、そんなにパーティーに参加してた訳じゃないけど、誕生日とかお祝いとか、やっぱり呼ぶ人数からも大広間でパーティーやる事になるんだよね。これでもノアは公爵家の三男でしたから!
キョロキョロしてるうちに国王陛下のお言葉があって、サイラス王国陛下と王女様が軽く挨拶する。また皆が拍手と歓声を上げる。その後に、ルーカス王子殿下とかジェーちゃとかの紹介になった。さっきも言ったけど ジェーちゃはこういう、公式の場がほぼ初めてだから、お顔が険しい。僕を抱く手にも ぎゅうっと力が入った。でも皆が拍手してるのを観たら、ほわっと気が抜けたみたい。ジェーちゃは今や、悪役じゃなくて 英雄なんだから!ふふんっ!勝手に僕が得意気になってると広間に音楽が流れる。2階の広い所に演奏家の人が沢山居て、なんか ファーニーさんが合図を出してるのが見えた。もしかしたらファーニーさんの独断だったのかも…他の使用人さん達が「あれ?」みたいな顔してたから。でも音楽が聞こえるとジェーちゃは「ヘンリー!」って、お顔を パアァ と輝かせてホールの中央へ。「おおぉ!」とどよめきが起こる。きっと、みんな挨拶しようと準備してたんだろうね、突然のダンスタイムに戸惑ってる!
僕達がクルクル踊り始めると、ルーカス王子殿下がアシェル様を伴って やって来た。王子様達のダンスに(ジェーちゃは僕を抱っこしてるだけだけど…)パチパチと拍手が起こる。そして、皆もそれぞれ踊り始めた。とても良い感じでパーティーが始まりましたよ!
ジェーちゃは一曲踊ると、スッと壁際に移動して使用人が持つトレーからジュースを取って僕にくれた。ジェーちゃも同じジュースを取ると、バルコニーへと隠れるように移動する。ここは高位貴族じゃないと入れないし、入口には護衛さんも居るから安心だね!手すりに寄りかかると「はぁーっ」と空を眺めるジェーちゃ。星がきらめく夜空――だったら、ロマンチックなんだろうけど、まだ昼下がりだからね(笑) サンサンとお日様の温かさを感じます。それにしても、ずぅーっと僕の事 抱っこしてるけど、重くないのかな?一般の四歳よりは軽いかもだけど、ずっと抱っこしてたら疲れるでしょ?
ジュースを飲みながらお日様の下で他愛ない話をしていると、護衛さんが「お客様がお見えになっておりますが、いかが致しますか?」って聞きに来た。お客様?誰だろ。ジェーちゃが了承すると、なんと、サイラス王国の王女様がやって来た!
「お前は…」
「ジェームズ王子殿下、ご機嫌よう」
近くで見ても、やっぱり可愛い!いくつくらいだろ?ジェーちゃよりは年下だろうな。
「エスコートの件、済まなかったな」
「いいえ、良いんです。そちらが婚約者の方ですか?可愛らしいですね」
ジェーちゃが、王女様に謝ってる。エスコートの件て、あれか、最初ジェーちゃがエスコートするはずだったんだよね?
「それより、私は明日、サイラスに帰る事になっているんです。だから、もう一度、魔法を見せて貰えませんか?」
赤色の瞳をキラキラさせてお願いする王女様。
「魔法か…そうは言っても俺が使うのは攻撃魔法くらいで…お前が喜ぶようなものは…」
戸惑うジェーちゃ。
「あら、この間素敵なお花を下さったじゃないですか!また見たいわ!」
ムムッ どういうこと? なんか浮気の気配を察知……。
「あの花は――、あれは雪花を燃やしただけだからな。それなら…いや、待て」
何か考えてる様子のジェーちゃは僕を見て、ストップをかけた。ハテナマークの僕。ジェーちゃは入口まで歩いて行くと、護衛さんに僕を預け、裏口にレイラが待機しているからヘンリーを連れて行くようにって指示してる。えっと思ってるうちに、アレヨアレヨと、僕はレイラの腕の中。「さあ、帰りましょう!」とニコニコのレイラと共に馬車まで移動して、我に返ると自室のベッドの上だった。
え? どういう事?
確かに、僕は一曲踊ったら帰るって事になってたけど!スムーズに帰れたけど!でもジェーちゃは?! まさか、今、王女様とイチャコラしてる訳じゃないよね?! あの花って…前にも会ってたって事?! 僕が居ない時に?!
モヤモヤモヤ〜!と黒いものが胸いっぱいに広がる。
(あんなに僕の事 スキスキって態度に出てたのに…でも、そう言えば ちゃんと『好き』って言われた訳じゃない…。でも結婚するって…ハッ 僕が監視対象だからそう言ったって事…?! 国王陛下命令?! 本当はああいう女の子が好きだって事……?!)
ガガーン! と、頭に岩がぶつかったような気持ちになる僕。みるみる気持ちが沈んでゆく…。僕は…僕は…、歴史書みたいにジェーちゃを暴君にしたくないから、力になれるならって頑張って来たつもりだし、ジェーちゃが僕を好きなら、まあ、結婚しても(まだまだ先の話だけど!)良いかなって思ってたのに…。実は逆だったって事お?! 僕がジェーちゃに結婚してもらう立場だってことぉ?!
しばらくベッドに横になったまま立ち上がれなかった…。
レイラは「やっぱりお疲れ様ですなんですねぇ」なんて言ってたけど違うんだよ…。とんでもない勘違いしてて恥ずかしいの…!!!…そりゃそうだよね、こんな幼児より可愛い女の子の方が好きに決まってるよね…ハハハ…。
でも!
婚約者は、僕だから!
ジェーちゃの婚約者は、ぼ・く!だから!!!
好き合う二人の間に入るなんて『悪役令息』だって?
フンッ そうです!僕が『悪役令息』デス!!!
ガバリッと起き上がった僕は、実は僕の方がいっぱい好きだと言う、目を背けたくなる事実と向き合う事になった…。
◇◇◇◇◇
「ほら、これで良いだろう?」
「わあ〜!ありがとうございます!」
人混みを避けるように裏手の花壇にやって来たジェームズ達は、咲いていた薔薇に火魔法をかけ、赤く揺らめく花に変えロージーに渡した。紅く燃えているのに少しも熱くなく、それがロージーには不思議で仕方が無い。
「一生の思い出になりましたわ!」
「大袈裟だな、また来れば良いだろう。友好国なんだから、行き来はこれから先の方が盛んになるだろ?」
キャッキャとはしゃぐロージーに、少し笑ってジェームズがそう言う。
「まあ!なら呼んで下さる?それなら大手を振って来られるわ。なんなら留学してみたいわ!」
「留学か…確か義兄上の友人がサイラス王国へ留学したはずだ。国王陛下がお許しになれば可能なんじゃないか」
「そうなの?! 知らなかったわ!早速お父様に聞いてみるわ!その時は宜しくね♡」
喜びでクルクル舞うロージーは、ジェームズの話を聞くや否や、ジェームズの返事も聞かず ダッと駆け出した。その様子を影から見守る二人。
「…うーん、効いてる…のかな?」
「勿論ですわ。で、無ければ今頃ジェームズ王子殿下は攫われておりますよ」
ルーカスの問いにフランソワは自信満々に答える。
「ハハハ…この国一番の攻撃魔法使いを攫う…か、まあ、今見た限りじゃ、ジェームズに執着してるようには見えないな。とりあえず、”ありがとう” と礼を言うよ、本当ならもっと面倒な事になっていただろうからね。」
「お役に立てて、光栄ですわ」
ニッコリと微笑むフランソワ。それに極上の微笑みで返すルーカス。途端、ポッと頬を染めるフランソワ。アシェルはルーカスと一曲踊った後、ヘンリーと同じく家に帰っていた。
こうして、つつがなく『祝賀パーティー』は進んで行った。
◇◇◇◇◇
「それでは、頼めるだろうか?」
「我が国には人探しに長けた魔法使いもいる。必ず見つけるとは約束出来ぬが、最善を尽くそう」
王座に座ったアーヴィンは、円卓に座る面々を見回しながら、サイラス陛下との会談を思い出していた。
「ふむ…第一王子ギルバート殿が消えたのは五歳の時、なんですな?」
話を聞いたアードルフ公爵がアーヴィンに問いかける。サイラス王国陛下からの「お願い」は人探しだった。先代王妃との間に生まれた第一王子ギルバートは、王妃の体の弱さを受け継いでしまい、辺境の地で静養をしていた。やがて王妃が無くなり、即妃が第二王妃となったが、その頃にギルバートが静養していた屋敷から消えてしまった。王国全土を騎士団を使い探しているが、一向に見つかる気配が無い。しかし、サイラス王は亡き王妃との約束を忘れられず、ギルバートから王位継承権を奪っていない。しかしいつまでも見つからなければ、死亡を宣言し義弟を王太子に指名するしかない。焦りを感じるサイラス王は、一縷の望みをかけ、恥を忍んで魔法使いの国に頼る事にした。ロージーのエスコート交代の件もサイラス王な有利に働き、頼み事をしやすくなった。
「三年か…」
ディラン伯爵もポツリと零す。
「国王陛下が威信をかけて三年も探して見つからなければ…」
即妃プルクラも言いにくそうに 頬に片手を添える。
「まだ絶望的と言うほどには時間は経っていない。…せめて遺体を見つける事が出来れば、サイラス王も心の区切りがつくだろう」
アーヴィンの言葉に、皆が顔を見合せ頷き合う。画して、サイラス王国の第一王子 ギルバートの捜索隊が結成される事となった。




