第四章-3-『伯爵令嬢の打算』
伯爵家の令嬢 フランソワ・エミューズは、三大公爵であるオーブリー公爵家の縁戚だ。今代ではオーガスト公爵家からアシェル嬢が王妃になる予定の為、フランソワは”即妃”として後宮へ行く事が 内定していた。勿論、黄金王のように即妃を拒む事も出来るが、それには息子を二人以上産む必要がある。このアデルバード王国は女子の出産率が極めて低い為、世継ぎとなる男子を産む事はそう難しくは無いが、出産まで至る事が容易いとは言えない。
女子が生まれれば『子を産む宝』『姫』として大切に育てられ、その多くは幼い内に婚約を結ぶ事となる。フランソワは、ルーカスより二つ年上だ。その為、当時は王子が生まれて居らず、伯爵家の息子と婚約を結んで居たのだが、その息子が事故死した為、急遽 次代国王との呼び声が高いルーカスの即妃となる事が決まったのだ。エミューズ伯爵家としては、伯爵家へ嫁がせるよりも王家に嫁がせる方が利がある。即妃とは言えども息子を授かれば、その地位は高く、更にその子が王となれば大いなる権力を掴む事が出来る。
サラサラの青髪に白い瞳。可愛らしい顔立ちのフランソワは”姫”と呼ばれ、甘やかされて育てられた。そしてそんな自分の境遇を『ツイている』と認識していた。
この国では『女子』として生まれただけで優遇される。国民の殆どが男性のアデルバード王国は血の気の荒い者が多く、建国時から争いや戦争が絶えなかった。今でこそ平和と呼ばれているが、それもいつまで続くか分からない。子を産む女子の価値は高く、宝石と同等か、取引の材料として重宝される。いくら絶大な地位や富を持って居ても、続く血族が居なければ 何の意味も無いからだ。高値で取引される『姫』は、嫁ぎ先も様々だ。二十も上の旦那の所や妾として嫁ぐ事もある。その点で言えば、フランソワの婚約者は歳も近く、家柄も良かったので ”当たり”と言えた。しかし、頭と顔立ちがあまり良くなかった。伯爵家の次期当主である事を鼻にかけるような人間だった。嫡男以外は『男嫁を貰うか』、『男嫁になるか』、しか無いので『姫』を嫁に貰うと言うのは かなりの自慢になるのである。
そんな状況なので、王家だけではなく ほかの貴族でも当主争いは激化している。その中でフランソワの婚約者は事故死してしまった。それが本当に ”事故” だったのかはフランソワの知る所では無いが、次男が次期当主に繰り上がっても、フランソワの婚約者が繰り上がる事は無かった。フランソワの父親が、伯爵家では無く王家と取引をしたからだ。通常、即妃となるにはまずルーカスが王太子として立場を確立し、更に受け入れて貰わねばならない。その為、エミューズ伯爵は『王家』と取引をした。つまり、王太子がルーカスだろうが、ジェームズだろうが、はたまたその親族だろうが、王となった人物の即妃として後宮へ居れる、と云うものである。これならば、ルーカスが例え拒否したとしても後宮入りが確実になり、『王家』は世継ぎを産む為、沢山の即妃を抱える必要があるので破談と云う事は ほぼ有り得ない。
(あんな男よりも ルーカス王子殿下の方が良いに決まってる!)
フランソワはウキウキとドレスを選んでいた。こんなに晴れやかな気分は久しぶりかも知れない。伯爵家の嫁から王家の即妃にランクアップしたのだ。しかも、今、ルーカス王子殿下の婚約者である アシェル・アードルフ公爵令嬢は『行方不明』である。もし、このまま見つからなければ、フランソワが『王妃』となるかも知れない。軽やかに クルクルと回るフランソワは幸せに酔っていた。
◇◇◇◇◇
「高貴なる光、ルーカス王子殿下にご挨拶申し上げます。」
桜色のドレスを身にまとい、優雅にお辞儀するフランソワの前には、王子様然としたルーカスが居る。フランソワが王宮で行儀見習いを始めるにあたって、王子達とのお茶会が開かれたのだが、なんと第二王子である ジェームズはドタキャンした。
「ありがとう。この場に義弟が居なくて申し訳ないね。さぁ、座ってくれ。」
内心、こんな事をしている場合では無いと思っては居ても、貴族達の手前 無下にも出来ない。事実としてアシェル嬢は行方不明のままで、このまま戻ら無ければ 王妃の座が空いてしまう。そして出席予定だったジェームズは、『俺には関係無い』と言って拒絶した。もしジェームズが王となったなら王妃の座にヘンリーをつける事は出来ない。仮につけたとしても、世継ぎの為に 即妃は絶対に必要である。関係ない訳がないのだが。そして今はまだ、王太子がどちらか決まっていない状況なので、王子の立場としても フランソワを歓待しなければならないのだが、王に成る気の無いジェームズは『必要無し』と勝手に判断しドタキャンした。
ため息を飲み込んで ルーカスはニッコリとフランソワに微笑みを与えた。途端、フランソワの頬がバラ色に染まる。優秀で光魔法使いでもある第一王子ルーカス。隣国から和平の為に嫁いで来た王女との混血だが、そんな事も気にならないくらい麗しい。フランソワはまた「私はツイている」と独りごちた。
暫く歓談したのち、ルーカスが後宮入りについて聞いた。
「もう既に契約を交わしたそうだけれど…、後宮入りについて、君は本当にそれで良いの? もし私が王と成ったとしても、後宮に出入りするとは限らないよ?」
ニッコリと残酷な事を云うルーカスは、フランソワが天狗にならないように釘をさした。フランソワとの対談で、どうやら王妃の座まで狙っているような素振りが見られたからだ。だが、王子に近付いてくる令嬢は、似たり寄ったりなもので特別に警戒した訳では無い、筈だったが――――。
「ルーカス王子殿下は、アシェル様をとても愛していらっしゃったのですね。でも大丈夫ですわ、私はきっとルーカス王子殿下にとって『必要な人間』だと思いますわ。」
夢見るような表情でそう言い切ったフランソワ。
「私に…『必要な人間』?随分と自信があるみたいだね。」
そう答えるルーカスの後ろに控えるテオドールですら、フランソワの言い方に違和感を感じていた。
「ふふ…それはまた時間のある時に、二人きりで…」
蠱惑的な微笑みを浮かべ、フランソワがルーカスへと手を伸ばそうとした時、
「ご歓談中、押し入る無礼をお許し下さい〜」
ファーニー、ジェームズの侍従が軽やかなくちどりで二人の間に立った。その為、フランソワの手が途中で止まる。王子の手を勝手に触るなど無礼極まりないが、令嬢の手を叩き止める訳にもいかず、どうしたものかと悩んでいたテオドールはファーニーの乱入にホッと胸を撫で下ろした。
「ファーニーか、どうした?」
「ルーカス王子殿下、緊急の用にて私と一緒にご同行願えませんか?」
これまた無礼な申し出だが、ルーカスは快く応じた。
「良いだろう、エミューズ伯爵令嬢、本日はこれまでで良いかな?」
聞いてるていだが、ルーカスが席を立ったので事実上の帰れである。フランソワは不機嫌になる事もなく、またニッコリと笑って席を立った。
「ええ、私の為に 本日はお時間を頂きまして、真にありがとうございます。またお会いしましょう。 」
フランソワが侍女と去ったのを確認してからテオドールが口を開く。
「…良かったのか?」
「もう少し、彼女がどんな意図を持っているのか聞いて見たかった気はするけどね。なんで過去形だったのか、とか…」
「すいません、お邪魔でしたか?」
ルーカスとテオドールのやり取りに、ファーニーがすまなそうな顔になる。
「いや、特に実になる話でも無い。助かったよ、ファーニー。ところでどこへ行くって?」
軽く頭を振って応えるルーカス。
「魔女様がお呼びです。」
◇◇◇◇◇
((ヘンリー!ヘンリー?居る?))
えっ、この声って魔女たん?
こんにちわ、ディラン伯爵家の三男 ヘンリーです!
大魔人戦で 初の魔力枯渇した僕は、無茶した事もあり、しばらく意識が無かったんだ。その間に治癒魔法かけてもらって体は大体、治ったんだけど、魔肝が壊れてて魔法が使えなくなってたの。いつの間にか王宮の一室が僕の部屋になってるし、訳分からんのに何故か声が出ないから質問する事も出来ないし、常にジェーちゃが居てくれて、退室する時でも代わりにファーニーさんを置いてってくれたから、安心ではあるんだけど 今どうなってるのか教えてくれる人が居ないんだよね。
この間、テオ兄様がお見舞いに来てくれて、その時に アシェル様と女神の使者が行方不明だって言うのは聞いたんだ。心配だよね〜!あの青年、そんなに悪人には見えなかったけど、僕の事 オアシスに放置したもんね!ダニエルくんに拾ってもらえなかったら今頃、魔獣のお腹の中だよ!そんな人と、もしかしたら一緒に居るかも知れないんだもんね、アシェル様が心配〜。かといって、今の僕に出来る事なんて無いんだけど…。
気を失ってる時に、暗い空間で本物の『ヘンリー・ディラン』と出会って別れたから、もうヘンリーの月魔法を使う事は出来ないと思うけど、魔肝が機能してない状態では 元々の僕の闇魔法もちゃんと使えるか、分かんないからなぁ。今の僕に出来るのは、フカフカのベッドをゴロゴロと転がるか、ファーニーさんに魔術の本を読んで貰うか、ジェーちゃに好物のイチゴを ”あーん” して貰うかしかない…。あぁ、無力…。
そんな事をして過ごしてる時に、魔女たんから通信が入ったんだ。でも、応えようとしても 僕の魔肝が治ってないせいか、送信が出来ない。受信は出来たのにね。
((ヘンリー?ヘンリー?もしかして、聞こえてない?
まあいいや、もし聞こえてたら、アタシが閉じ込められてた本が置いてある あの蔵書室に来てくれない?待ってるよ〜!))
魔女たんはそう言うと、それきり沈黙した。
閉じ込められてた本かぁ、なんかそれも最早懐かしい気がする。どんな用事か分からないけど、取り敢えず行かなくちゃね!僕は側で書類を観てるジェーちゃの裾を引っ張った。
「…ん?どうした、ヘンリー」
あ、いっけね、僕 今、喋れないんだった!
口を開いて声が出てない事に気が付いた僕は、バタバタと手を振った。勘のいいジェーちゃは「何か言いたいことがあるのだろう」と紙とペンを手渡してくれる。まあまだ字も上手くないんですけど…。
『まじょたん が ぞうしよしつ に きてほしいって』
ゆっくりそう書くと、「フム…」とジェーちゃが少し考える。長文がスラスラ書けたら良かったんだけどね。いきなりこんな事、書かれても分かんないよね…。でもそこはジェーちゃ!「あそこか」と言って僕を抱き上げてくれた。そんなに遠くも無かったようで、僕とジェーちゃ、そしてファーニーさんは無事、あの本があった蔵書室に到着した。
「ヘンリー!良かった、聞こえてたんだね!」
魔女たんが 笑顔で近寄ってくる。コクコク頷く僕。
「魔女よ、今までどこに行っていたんだ?報告義務を忘れた訳じゃないだろうな?」
ギロリと睨むジェーちゃ。魔女たんは女神アレクシスで、凄い魔法使いだから、行先を必ず王家に報告しなきゃいけないんだってさ!なんか面倒だよね〜。ていうか、ジェーちゃ達も魔女たんがどこに居たか、知らなかったんだね!僕だけかと思ってた。
「まあまあ、良いじゃないか。報告義務なんてアンタらが勝手に言い出した事だし、今までそんな事した事ないんだから、忘れたって大目にみておくれよ。それに、アタシは奪ったモンを返すのに忙しかったんだから。」
「奪ったモン?」
「そうだよ、そっちの若いのが特殊魔法円を作るって言って、民から魔力を集める手伝いをしただろ?集めるつーか、まあ魔力を奪った訳で…中には魔力枯渇になる奴も居たしね。その埋め合わせで、奪った奴らに魔力を返して回ってたんだよ!」
「魔力を返す…だと?」
魔力っていうのは、魔肝で作られる魔法の元だ。血みたいなもんかな。だから、それを人に譲渡するとか、奪うとかいう発想が そもそもないの。でも、この間、ファーニーさんの主導で魔力枯渇したジェーちゃに、皆から魔力をちょっとずつ集めてそれで攻撃するって方法をとったの。
その時の事だと思うけど、奪った魔力を返して回ってたんだ!だから姿が見えなかったんだねぇ。魔女たんって、律儀だよねぇ。
「涙草って知ってるかい? 海の中にある海藻なんだけど、すり潰して飲めば魔力が回復するんだよ。勿論、少し、だけどね。それを配ってたのさ。」
「へえ!それは初耳ですっ、どの辺に生息してるのですか?!」
魔力と聞いて、ファーニーさんの目の色が変わる。ほんとそういうのが好きだよねぇ、研究者ってみんなこうなのかな?
「後で教えるよ、それより昨日、ルーカスに言われて 転移魔法円を調べたんだけどさ…」
「! 教会の地下のか?」
「そう、それだよ。ちょっとおかしな歪みがあってね。入ろうとしたんだけど上手く入れなかったんだ。」
「会議では『特に問題無し』と判断された筈だが…」
「ちょっとちょっと、あんなボンクラ共とアタシを一緒にするんじゃないよ。それルーカスにも言われたけどさ、あんなにハッキリ歪みがあったのに分かんないとか、どうなってる訳?まあ、狭かったから結局入れなかった訳だけど。そこでだ!ヘンリー!」
クルリと僕の方へ向き直ってビシッと人差し指を立てる魔女たん。
「…まさか、ヘンリーなら小さいから入れる、とかじゃ無いだろうな?」
ジロリと魔女たんを睨むジェーちゃは、大魔人戦の時、僕の要望に応じて放り投げた魔女たんを許してない。サッと僕を後ろへ隠す。
「いくらヘンリーが小さくても、あの隙間には入れないよ。生まれたてでも無理だろうね。」
「なら、なんだ?」
「ここにはアタシを閉じ込めてた本があっただろう?あれと同じ気配を感じたんだよ。だから、繋がってるんじゃ無いかと思ってね!でも、アタシ達だけで入っても、また閉じ込められるだけだろ?でもヘンリーが居れば…」
「なるほど、出て来れるという訳か…」
フム、とジェーちゃが頷く。え、待って、確かにあの時は闇魔法を使って、かけられていた魔法を無効化したけど、今 僕、魔肝が壊れてて…。
「なら、ルーカス王子殿下も呼んで来ましょうか?アシェル様の行方を寝ずに探してらっしゃって、お気の毒ですよ。」
よよよ、とファーニーさんが口を挟む。
「そうだね!何か分かればスグ呼んでくれって言われてたし…じゃあ呼んで来てくれる?」
魔女たんがそう言うと、「合点承知之助!」とファーニーさんは駆け出した。あ〜!ちょ、ちょっと…!
「しかし、同じ気配とは間違い無いのか?もし、全員で入って不測の事態にでもなったら…」
ジェーちゃは、アシェル様の事は勿論心配だけど、ルーカス王子殿下の身も、凄く心配してるんだよね。次期国王陛下だし、昔は口を聞く機会も無かったのに、今は誰より強い絆で結ばれてるから。
「まあ、アタシとアンタが居るし…攻撃面では問題ないでしょ。それにヘンリーが居れば出れないって事は無いでしょ? アタシはあの中で、気が遠くなる程、色々頑張ったのにビクともしなかったモンを、ヘンリーは簡単に解いたんだからさ!」
ちょ、ちょっとちょっとちょっと〜!だから、僕の魔肝、まだ直ってないってばさ!言語通信だって出来て無かったでしょ?!
「…なあ、それなんだが、ヘンリーのアレは月魔法由来では無いよな?」
僕の心うちとは裏腹に、ジェーちゃと魔女たんの話は続く。月魔法は補助魔法だからね、流石にジェーちゃにもバレたか…。
「アレがヘンリーの祝福ということか?」
スゴーーーーッ!
う、でもまあ、属性魔法じゃないなら祝福かと思うのが普通だよね。
「え?アタシが知る訳ないじゃん? でもそうなんじゃないの?強固な束縛魔法を解いたんだから。」
「と言うことは…、透明化を見破ったのも、やはりヘンリーの祝福だったんだな。」
ジェーちゃがひとりで納得してる。ああ〜、川で溺れた時ね!なんで透明な男を見ることが出来たのかって、ざわつかせちゃったんだよね…。あの時も、祝福って事で落ち着いたんだった。まあ、本当は闇魔法使いなんですけど…、でもこれがバレたら王家の影部隊に入団させられそう!義父が心配するからバレないように頑張ろ!




