義兄弟ほのぼの暮らし 1
カツーン… カツーン……
暗く静まり返った長い廊下を、壮年の男性がゆっくりと歩いていく。品のある衣装は華美では無く、深いシワのよった顔に合っていた。
教会の奥まで行くと、この国を創ったとされる『女神アレクシス』の銅像が中央に飾られた部屋がある。ここまで入って来られるのは高位貴族か王族だけだ。
男性は、アレクシスの前で跪き祈りを捧げる。まだ日も空けていない夜の刻とあって、この部屋に人の気配はない。
――女神、アレクシスよ。どうして貴女は私に試練をお与えなさるのですか。もう三度の世界を見ております。次にこの身が朽ちた時、この魂に平安は訪れるのでしょうか。
私に出来るのは ただ書き残す事だけ。――――
◇◇◇◇◇
ディラン伯爵家三男の僕、ヘンリーです。
色々あって、今は公爵家管轄の小さな森に囲まれた御屋敷に来ています。
「ヘンリー、そろそろ薬湯の時間だよ」
そう言ってニッコリ笑うティム兄様。
この間 家族でピクニックへ行ったんだけど、川で溺れて熱が出ちゃったから、また薬湯生活に逆戻りしたんですよ。やっと 飲まなくて良くなったのになぁ〜。
ソファに並んで座ってるから、逃げられないのは分かってるんだけど、ぷいって顔を逸らしてみた。
「ヘンリー、ダメだよ。ちゃんと治さないと お外へ行けないよ?」
もう熱 無いんですけど〜。あれからティム兄様はグッと距離が近くなって、それは嬉しいんだけど、ちょっと過保護過ぎるんだよね〜。
「どうした?」
ガチャリとドアを開けてテオ兄様が入って来た。あ、もうこれお説教コースですわ。
「テオドール兄様、薬湯の味、もう少し何とかなりませんか?ヘンリーは頑張って飲んでいますが、これは大人が飲んでも苦いですよ」
可哀想です。って言ってくれる、優しい〜!
「薬湯なんてそんな物だろう。苦い方が効くんだ」
あー、テオ兄様は嫡男で、『我慢してナンボ』の当主教育受けてるから、こんな感想になるんですね〜。長男は辛いよ。
「ヘンリー、口を開けなさい。全部飲めたら、スイーツがあるだろう」
「あぃ」
こくんと頷いて 素直にお口を開ける僕。ここで ごねると長くなりますからね。やっぱり、テオドール兄様の言う事は聞くんだな〜ってティム兄様が ちょっとしょんぼりしてる。ごめんね、どっちも大好きなんだよ!
ええーっと、この間 お昼寝してたら暴君殿下がやって来て、警備が心配だから僕を他所へ移すって言い出したんだけど、義父と国王陛下が話し合いをして、結局 僕のお母さんエイダン・オーブリーの実家が治めてる領地に来る事になったんだ。オーブリー家は公爵だし、領地も広くて多いの。
その中でも、静かな御屋敷を貸してくれる事になったんだ。公爵が行く屋敷だから、警備も万全だし ステルス対策もされてるんだって。
ステルス対策って凄いよね。透明なのにどうやってるんだろうって不思議に思ってたら、やっぱり不思議そうな顔してるティム兄様に義父が説明してた。
ステルスで透明になったとしても、実体はあるから障害物はすり抜けられなくて、しかも透明になれるのは体だけで、服とか…例えば手に刃物とか持ってたら、それは透明にする事は出来ないんだって。それを聞いて ちょっと安心したよね。
何も無い所から、急にブスッとされたら もう防ぎようが無いじゃん。まだ凶器が見えてる方が良いよね!
この御屋敷は王都から三刻(約6時間)も行かないと着かないから、暴君殿下は反対してたみたいなんだけど、まあ 諦めて貰うしかないよね。暴君殿下だって勉強とか色々忙しいんだろうし。
忙しいと言えば、テオ兄様とティム兄様もなんだけど、『心配だから』って言って着いてくる事になったんだよ。こっちに家庭教師も連れて来てて、流石に義父は領地管理があるから来られなかったんだけど。
領地の無い伯爵家も有るけど、ディラン伯爵家はなかなかの広さの領地を持ってるからね、だからテオ兄様は今からしっかり領地運営を学ばないといけないの。
それに、義父は陛下と、犯人探し?をしないといけないからね。
犯人が捕まるのが1番だけど、何か動きがあるまではここで過ごす事になる。人の出入りが多いと隙がうまれるからって、使用人も少人数で、基本 庭までしか出てはいけない事になってる。別荘地の周りを、森と塀が囲んでるからちょっと圧迫感は有るけど、安心だよね。
この御屋敷が隠居用だった事もあって、あまり部屋数が無いんだ。だから兄弟三人、一緒の部屋で暮らしてる。それが地味に嬉しい! 大きいベッドに三人で寝たり、小さめのダイニングテーブルで並んでご飯食べたりとか、伯爵家では、基本ひとりだったから!
いや、甘えん坊なんて言わないで。何でも出来る健康人間だったら、そりゃひとりで色々した方が楽しいかもだけど、僕は目覚めた時から大怪我してて、ちょっと良くなったと思ったら川に落ちて、ほぼほぼ ベッドの住人なんだから!
する事といったら寝るくらい…。レイラは黙って控えてるし。
だから、こんなに一緒に居れて楽しいの!ご面倒おかけしてて、誠に申し訳ないと思うけど〜仕方ないよね!しっかり兄弟仲良くなって、僕の、悪役令息街道フラグを 折らなくちゃ!
◇◇◇◇◇
チュンチュン…チチチ
森に囲まれてるせいか、朝は特に小鳥の声が良く聞こえる。この世界の夏はそんなに暑かったわけじゃなかったけど、やっぱり秋に近くにつれて過ごしやすくなって来たよ。シャーとカーテンを開けるレイラ。一緒に日差しが部屋の中に入ってくる。
「ヘンリー、朝だよ。起きなさい」
左側にテオ兄様。コロリと寝返りをうつと、右側にはティム兄様。お顔がにこーっとしちゃう。両手にイケメン。
「ウィリアム、起きなさい。朝だよ」
「んんん、おはよう…ござ…います…ておどーるにいさま…」
ティム兄様は朝が苦手みたい。テオ兄様に起こされても、いつも目があいてない。僕はちょこんっとお座りして その様子を見てる。
「ほら、ヘンリーはもう起きてるぞ。ウィリアム」
僕の背中越しに、ティム兄様の体を揺するテオ兄様。
「ンンン…お、おきてます。おきてますってば…」
「なら、目を開けなさい」
これが毎朝のやり取り。朝から ホンワカしちゃう。
その後、メイドが持って来てくれたお湯で顔を洗って、身支度をする。いつもなら、たくさんのメイド達に着替えさせて貰う兄様達だけど、ここは最小限の人数しか居ないから、着替えも自分達でしてる。ティム兄様のシャツは、たまにボタン掛け間違えてるけど…。
そうして寝室の隣の、お部屋のソファに座って、温かい紅茶を飲む。それからダイニングへ行って三人で仲良く朝ご飯。
伯爵家にいた時は 朝から豪華なご飯だったみたいだけど、ここでは仕入れも厳選してるから質素めなんだって。それでも我儘言わないお兄様達!偉いね!
因みに僕は、いつもスープだよ!あと1日1回の薬湯だよ!!!
幼児食なのかな?それとも僕が怪我してたからかな。具だくさんの野菜が良く煮込まれてて美味しいんだけど、ステーキ!とかニンニクたっぷりのバケット!とか食べた事ない。3食スープ。お陰で順調に回復したけど。
そう思って席についたら、なんと!今日のご飯は、コーンスープに 野菜とベーコンがサンドされた白パンでした!
サンドイッチがある!凄い美味しそ!!
スチャッと両手にナイフとフォークを持つ僕。食べる気満々です!
「ヘンリー、そのお皿貸して」
えっ このサンドイッチですか?
返事は要らなかったみたいで、そう言うと僕のサンドイッチ皿を サッと持ち上げるティム兄様。
「はい、あーん」
パパッと1口サイズに切り分けると、僕に差し出してくれる。そんな、もう赤ちゃんじゃ無いんですけどぉ。
「あー」
まあ、折角ですから…。何かと あーん してくれるティム兄様。もう慣れきってしまった僕は、素直に食べさせて貰う。おいちい。
ふわふわの白パンに、噛むと新鮮なトマトの果肉を感じる。じゅわっとお口に溢れて、そこへ塩が効いた噛みごたえのあるベーコン!レタスも瑞々しいですね!モグモグが止まりませんよ!チーズかな?コクのある味もするぅ。
僕が頬に両手をあてて モチモチ食べていると…。
眉間にシワを寄せるテオ兄様。
「ウィリアム…少し、甘やかし過ぎではないか?」
「でもヘンリーはまだ小さいんですから…」
ムッとして言い返すティム兄様。ンンっと言って黙るテオ兄様。そう言われちゃうと反論出来ないんだよね、大怪我してたのを見て来たのもあるだろうし…。テオ兄様が黙ったので、あーん を続行するティム兄様。
「うぐうぐ、ティムにいさまも…ごはん」
「ふふ、大丈夫だよ。ヘンリーが いっぱいモグモグしてる間に自分の分を食べてるからね」
母親のような微笑みを浮かべるティム兄様…。優しい。最初の頃とお顔が全然違うよね、僕のニコニコキャンペーンの成果かも!
それで言うと、テオ兄様は全然 お顔変わらないよね。寧ろ益々、無表情に磨きが掛かったかも。あ、でも暴君殿下と一緒にいる時は 表情豊か…。
「何を見ている、ヘンリー」
「んん…」
考え事してたら、テオ兄様を凝視してたみたい。不審がられてる!ひえっ
「食事中に考え事は止めなさい、食べ物に失礼だよ」
「あぃ…」
そんなに顔に出てたかな?怖っ。テオ兄様の祝福効果が気になる〜。
「良く噛んで食べなさい。全て、お前の血となり肉となるんだから」
「あい」
真面目で正しいテオ兄様。もう大人みたいな振る舞いをしてて、凄く頼りになるけど 本当はまだ13歳の子供なんだよね…。
いつも具だくさんスープだけだったので、サンドイッチ半分しか食べられなかった。残念。ティム兄様は、たくさん食べれて偉いねって褒めてくれたけど、完食したかった〜。残ったサンドイッチはテオ兄様が一口でバクりと食べてた。一口が大きい。
いつもより いっぱい食べたせいか、凄く眠くなっちゃった。頭がふらふら揺れる。
「ヘンリー眠い?少し、お部屋でお昼寝しようか?」
ティム兄様が僕の背中を支えてくれる。
「あい…」
「俺が連れて行こう。ウィリアムは、キチンと食事を終わらせなさい」
スクッと立って僕を横抱きにしてくれるテオ兄様。何だかんだ優しいよね〜。ティム兄様も笑顔で頷いてる。ユラユラ揺れるのが気持ち良くて、部屋に戻る前に夢の中へ旅立つ僕なのでした…。
◇◇◇◇◇
起きたらベッドでひとりでした。
「お坊ちゃま、起きますか?」
直ぐに気づいて声を掛けてくれるレイラ。
「ん」と頷いて、背中を起こして貰う。
「どうぞ」
コップに水を注いで渡してくれる。この辺は湧水があるみたいで、お水が凄く美味しい。ごくごく コップ1杯飲み干しちゃう。
「テオドール様は庭で剣の鍛錬をなさっています。ウィリアム様は家庭教師と森を散策しておられます。」
僕が周りをキョロキョロしてたせいか、レイラがお兄様達の居場所を教えてくれる。
うむ。2人とも忙しいんだねー。さて、どうしようかな。
「お坊ちゃま、お庭を見に行かれますか?」
「いいの?」
庭までは出て良い事になってるけど、お兄様のどちらかがいないとダメって雰囲気あったから…。
「ええ、お坊ちゃまが目を覚まされたら、少し日光にあてるようにと仰せつかっております」
「いきます!」
日光にあてるようにって…僕は物じゃないんだけど…、まあ似たようなもんか!
いつの間にか寝巻きに着替えさせられてたので、洋服に着替えてレイラに抱っこして貰います。危険は無いと思うけど、庭に出る時はこうして誰かに抱かれていますね。貧弱な我が身が嘆かわしい〜。
今日は良い天気で、ポカポカです。ほわ〜としちゃう。お日様の匂いがしますねぇ。あまり塀に近くなと言われてるので、屋敷から少し出ただけだけど、凄く気分が上がる。日光にあたるって大事。流石、テオ兄様〜。
この屋敷に来てまだ1週間だけど、凄く毎日が平和でのんびりしてて楽しい。思えば、目覚めてから大変だったよね〜。主に暴君殿下…
「ヘンリー」
ビクッとなる僕。ま、まさか、噂をすれば何とやらじゃ無いよね?!レイラ越しに声がした方を振り向くと…
「父上から手紙が届いた。見るか?」
あ、テオ兄様だった…ほっ。そうだよね、王都から三刻もかかるんだから、そうそう来られる訳ないよね!
「あい!」
元気に返事すると、テオ兄様はレイラから僕を受け取って片手で僕を抱く。えーっ 凄くない?まあ、僕が小さいのは認めるけど、でも片手で抱ける程じゃないと思うんだけど…!
あ!あれかっ 川で溺れた時に、弟を二人いっぺんに抱えられていればって悔やんでたな…それで、鍛えてるのか…!そもそも、テオ兄様が飛び込んだ時点で、だいぶ下の方に引っ張られてたから、そういう問題じゃないのに…。
スタスタと歩くテオ兄様の腕の中で そんな事を思ってる内に、応接室に到着する。
ティム兄様は居ない。まだ森を散策してるのかな。
ソファに下ろして貰って、隣にテオ兄様が座る。手紙は3通、きっと兄弟分あるんだろうな。義父も結構マメな人だよね。
手紙にはまだ犯人は捕まって居ないこと、引き続き警戒を怠らないようにしろと言うこと、心配してる旨が書いてあった。
「そうか、もう夏秋の祭りの時期か…」
テオ兄様が読んでた手紙から目を離さずに独り言を呟く。この世界は春節、夏節、秋節、冬節の4節で区切られる。そして、節が替わる時に大きなお祭りが行われる。
特に夏節から秋節へのお祭りは、この国の第二王子殿下 ジェームズ・オン・アデルバードの誕生日が夏節の66日な事もあって、盛大な祭りとなっていた。
「ぼ、(じゃ無かった!)。お、おうじでんかの、おたんじょうび…」
「そうだな…」
暗い顔をするテオ兄様。折角、このへき地へ避難しているのに、祭りがあるなら王都へ戻った方がいいのかな?貴族は基本強制参加だよね?
「…だが、今回は非常時だ。祭りの事は、父上に頼む事にして、俺たちはこれまで通り控えていよう」
あ、そうなんだ!それで良いなら良かった!行って帰るだけでも大変だもんね!馬車って凄く揺れるんだよ〜。
「あい!」
暴君殿下に何か贈り物でもしようかな? 何だかんだ、いつも僕の心配をしてくれてるの事実だしね…。でもお金が無いんだよね…、未来の僕の国の貨幣は『スタ』で、多分 この世界も同じ貨幣だと思うけど…。兄様か義父に言えば買ってくれると思うけど、どんな物が売ってるかも分からないし、仮にも王子殿下に渡す物だしねぇ〜。






