第四章-2-『天外』
まだ11歳なのに 既に”聖女”と呼ばれるアシェル嬢は、必死だった。
崩れる壁や天井、暴れ回る大魔人、自身を庇って頭から血を流す 首謀者である青年を肩に担いだまま、外へと繋がる転移魔法円まで ジリジリと進む。自我が無く、無造作に放つ大魔人の攻撃を黒い影のメンバーでKの助手である神官が足止めしてくれたお陰で彼女達に向かって攻撃魔法が飛んでくる事は無かったが、この地下広間が崩れるのも時間の問題だろう。
(早く外へ出て、応援を呼んで来なきゃ!)
治癒魔法と呼ばれる木魔法使いであるアシェル嬢は、大魔人を相手に攻撃手段が無い。アシェル嬢は応援を呼ぶ為に転移魔法円へと向かった。
アシェル嬢が転移魔法円へと足を踏み入れると、詠唱を唱える前に魔法円が光り出した。緊急脱出用なのだろう、本来であれば魔力を詠唱と共に注がなくては作動しない筈だ。辺りが真っ白に染まり、目を瞑ったアシェル嬢が再び その瞳を開くと、そこは巨大な本棚が木々のように立ち並ぶ、どこかの蔵書室のようだった。
(ここは…どこかしら。これだけの本が揃えられるという事は高位貴族…いえ、王宮…?)
教会と敵対、とまでは言わないが 決して王宮と教会は仲が良い訳では無い。その教会の 隠された地下広間の緊急脱出用の転移魔法円が、王宮と繋がっている筈が無い。アシェル嬢は混線したのでは、と思った。
転移魔法円は、遠く離れた場所でも、設置された二つの空間をゼロにする事が出来る。行き来するには全く同じ術式を二つの魔法円に書き込み、決められた言葉を詠唱し無ければならないのだが、ごく稀に別の魔法円と繋がってしまい、予想外の場所へ出てしまう事もある。
もしここが、黒い影の隠れ家でなく、王宮であるなら助けを求めるには打って付けである。アシェル嬢は担いでいた青年をソッとおろし、誰か居ないかと辺りを見回した。すると、奥の本棚からコチラに歩いてくる靴音が響いた。
「…あら、ここに人が来るなんて…」
現れた女性は大変に美しく、王族とひと目で分かるドレスを身にまとっていた。
「…私はアシェル。アシェル・アードルフと申します。ここは王宮でしょうか?」
アシェル嬢はサッと立ち上がり、礼の姿勢を取りながら尋ねた。
「…いいえ。ここは王宮では無いわ。…その人はどうしたの?怪我をしているようだけれど…」
暗い顔をした女性は ため息をつきながら、それでも俯いたまま意識が戻らない青年の事を気にかけた。
「あ、そうですわね、少々お待ち下さい。」
ハッとしたアシェル嬢は、直ぐに木魔法を使い、青年を治療した。すると、ようやく青年が目を開ける。
「あいてて…あ?ここは…?」
「大丈夫?どこかまだ痛い所はない?」
軽く頭を振る青年に、アシェル嬢が問いかける。その様子を見ていた女性は、二人にソファに座るように進め、自身も向かい側へ座った。
「あの、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
沢山の疑問があったが、とりあえず現状把握に努めようと、アシェル嬢は女性の正体を探ろうとした。
「…ふふ、名乗る程の者ではありませんよ。それより、どうしてここにいらっしゃったか、聞いても良いかしら?」
「…実は、混線したかも知れないんです。私達は教会の転移魔法円から外へ出ようとしたのですが、出た先がここでした。そして今は一刻を争う自体なので、直ぐにお暇したいと思っております。」
直ぐに陛下の元へ行き、騎士団を召集してもらわねばならない。こうしてる間にもルーカス達に危険が迫っているのだ。しかし、ここが黒い影の隠れ家でも王宮でも無く、名のある貴族の館だとすれば、自分達は不法侵入者でしか無く、警備の面から見ても厳しい追求は免れない。
「残念だけど、貴女達はここから出られないわ。本当に、どうして入って来られたのか不思議ね。」
「えっ、それは どういう…」
本当に不思議そうに女性が頬に手をあてる。
「…長いお話になるわ。お茶を入れるわね。」
そう言って立ち上がり、怪訝な顔で見合わせる青年とアシェル嬢の前に、暖かな紅茶と数冊の立派な装飾の本を置いた。
「まずは、貴女達はこのアデルバード王国について、どれ程知っているかしら?」
女性の言葉に、青年がアシェル嬢を見て「どうぞ」と促す。女神から話は聞いているとは言え、異世界から来た自分より この国の聖女と呼ばれるアシェル嬢の方が答えるには良いと思ったのだろう。こくり と頷き、アシェル嬢が口を開く。
「…この国は慈愛の女神によって創られました。民は魔法を使う為の魔肝という器官を持って生まれ、女神に愛された子は祝福と呼ばれる特殊な魔法を使う事が出来ます。」
「…ふ、『慈愛』ね…。」
女性はヒクリと頬を軽く引き攣らせた。
「私が知っているお話をしましょう。どう思うかは、勿論 貴女達次第よ。」
深いため息をついて、女性は語り出した。
むかーし、昔。
この辺りは草木も生えない砂漠地帯だった。そこへどこかから現れた魔女がひとり、その大地に座りこんだ。魔女は疲れ果てていた。そして砂に種を植え、魔法を使いその種を成長させた。ひとつ、また ひとつと種を植え、葉を茂らせ、地下の水脈を引き出しオアシスを作った。魔女はしばらくここに定住する為に、必要な物を創った。
馬車で輸送されていた奴隷が、監視の目を掻い潜り逃げ出した。奴隷は力が尽きるまで走り、運良く追っ手に捕まる事無く魔女の元までたどり着いた。魔女は彼を住まわせる事を承諾し、心から感謝した奴隷は魔女の良き友人となった。その後も、何人かがこの地へやって来たが魔女は拒む事なく、その全てを受け入れた。やがてその内のひとりが魔女を心から愛し、二人の間は子供が生まれた。魔肝を持ち、魔法を使う事が出来る子供。
やがて小さな集落は村となり、町となり、国となった。
国とはいっても小さな国だ。魔法を使える魔女の子孫達は「領主」と祭り上げられ、近くに幾つもの町や国が出来上がった。利権争いは日毎に大きくなり、戦争が起こる事もあった。魔女は求められれば祝福を与えた。魔女にとって人の寿命は短く、親しい隣人であったからだ。狡猾な人々は、あの手この手で魔女を惑わし、祝福を貰い受け、その力を使って人々を支配した。
魔女が、このままでは良くない と気付く頃には、取り返しがつかなくなっていた。
それでも、与えた祝福を取り上げる事はしなかった。どんな悪人であっても、あげたものを取り上げるだなんて、考えもしなかった。魔女にとったら ほんの百年程で死んでしまう弱い生き物でしかなかったから。
『このままではいけない』そう言ったある王子は、この幾つにも分かれた国をひとつにしようと立ち上がった。彼が授かった祝福は透明化、その力を使い、一つ一つの国を飲み込んで行った。しかしそれだけでは駄目だ。祝福を請われるままに振りまく魔女を止めなければ、戦況は簡単に翻ってしまう。
王子はやがて王となり、その決意に共感した王妃は、『女神』と呼ばれる魔女を閉じ込める事にした。失敗は許されない。王妃はその身と引替えに魔女を閉じ込める事に成功したが、時 同じくして祝福を使い過ぎた王は魔肝が壊れその生涯を終えた。
散らばった幾つもの国は『アデルバード王国』としてひとつに統一され、新たな道を歩き始めたが、まだ『平和』と呼べるようなものでは無かった。策略や暗殺、魔法使いによる圧政、それらが少しずつ抑えられて行くのは、『女神』が消え 望んだ祝福が与えられなくなってからだ。
「それが…アデルバード王国の歴史、ですか…?しかし、祝福は今も…」
青い顔でアシェル嬢が問いかける。
「ええ、生まれた時にランダムで付与されるようにしたのよ。それが一番、『公平』だと思ったから。でも魔女の力を吸い上げるのは大変で、全員には与えられ無かった。祝福を一切与えない、という事も考えたけど…それは魔女の本意では無いし、正しく使う人間だって沢山居ると信じたいから…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!その言い方では…貴方が『王妃』様だと思ってしまいますよ…?」
「……ええ。そうよ、私が魔女を閉じ込めたの。その代わり私もここへ閉じ込められてしまったわ。人を呪わば穴二つ、ね。」
「王妃様……」
唖然としてアシェル嬢が呟く。ずっと大人しく話を聞いていた青年は、腕組みをして王妃に問いかける。
「じゃ…何か?もしかして俺を召喚したのはアンタか?」
最初は動揺していて気が付かなかったが、この声には聞き覚えがあった。
「え、…貴方は『貝塚 和也』さん?」
「『貝塚 和也』?!」
アシェル嬢が驚いて青年を振り返る。
「う…、その名で呼ぶなよ。俺は今、Kっていうカッコイイ名で通ってるんだからさ…」
ガリガリと頭をかいて顔を紅くする青年。
「えっ!待ってください!では王妃様がこの人を召喚した『女神』様って事ですか?! …なぜ!何故、ジェームズ王子殿下を殺すようにと仰ったのですかッ」
アシェル嬢が立ち上がって抗議する。王妃はため息をついて、アシェル嬢に座るように促した。
「それについても、お話があるの。」
王妃はこの本だらけの部屋に閉じ込められた。最初はどうにか出られないかとアチコチ探っていたが徒労に終わった。ここでは不思議と喉が渇く事も、お腹が減る事も無かったが、小さなキッキンがついて居たので、気分転換にお茶を入れたりするようになった。そしてここにある本を手にとって読む内に、これは王国や人の物語である事に気が付いた。無限に思えるこの本棚には幾つもの国の歴史が詰まっている。その中から『アデルバード王国』を探し出すのにそれ程時間はかからなかった。
そこには自分達が紡いだ歴史が文字として刻まれていた。その本を通して、母国がどんな道を進んだのか王妃は知った。そうしてしばらく読み進めて居ると、突然 本が眩い光を放ち、慌てて瞳を閉じた。もう一度、瞳を開くと読み進めていたページは真っ白になっていた。
王妃は真っ白のページを遡った。それは第二王子ジェームズ・オン・アデルバードの五歳のバースデーパーティーから先の事が白紙に戻っていたのだ。王妃はどうしたものかと悩んだが、ここから出来る事は何も無い。そもそもココがどこであるかも解らず、魔法をもってしてもアデルバード王国へ干渉が出来ないのだ。
その後、真っ白だったページに文字が浮き上がって来た。前回読んだ内容とは違う。今度は第一王子ルーカス・オン・アデルバードが殺されてしまった。
(歴史が変わっている…)
王妃は恐怖に震えた。
つまり、誰かが時を遡ったのだ。そんな事が出来る人間を見た事がない。王妃はもう一度、ここにある本を調べて回った。すると、『アデルバード王国』の本はもう一冊あったのだ。しかしその本も内容は同じだった。第一王子ルーカスでは無く、第二王子ジェームズが王となる物語。二つの本を並べ、王妃は深いため息を着いた。
(これはどういうこと? 他の国もこんな風になってるのかしら…)
最初の物語は、悪役とも云える第二王子が処刑され、第一王子が王となった。その後も魔獣暴走も勇者達と勝利を収め、より良い国へと育って行く。
しかし白紙に戻った本は、第二王子が王となり第一王子派を全て処刑した為、戦力が足りず王国は壊滅寸前まで追い詰められた。その後、立て直しに長い時間がかかる。
驚く事に、また本が光り出した。
そうして、またもやページは白紙に戻ったのだ。
(どういう事…また時を遡ったの…)
そんな事が出来る人間は最早、普通の人間では無い。本物の神か、または悪魔か…。しかし、白紙に戻ったのは片方の本だけだった。
「? どういう事…今度はコチラの本は改変されて無い…。」
理由は分からなかったが、このまま放っておく訳にはいかない。一縷の望みをかけて、別の国の本を開き、白紙のページに重ねた。
(どうか…誰でも良いから、私に手を貸して…)
「なるほど。それで俺が選ばれた訳だ。」
Kが頷きながら言う。アシェル嬢はまだ唖然としている。
「ええ、駄目で元々…、でも上手くいって貴方が来てくれたのよね。でも声しか共有出来なかったから心配だったの。相手は普通じゃない。二度も時戻りを成功させてる。狂乱の魔術師といっていい程よ。油断したら何をされるか分からないわ。でもね、『第二王子を殺してくれ』なんてお願いしてないわ。私は歴史がどうして改変されてしまったのか、また防げるなら改変を止めて欲しかったのよ。」
ジロリとアシェル嬢がKを睨む。
「いやいやいや、正史がめちゃくちゃにされて腹がたってたんでしょ?元々、第二王子は死ぬ筈なんだから、第二王子が死ねば第一王子が王になる訳だし、そしたら元通りじゃん?」
あわあわ とKが弁解する。
「そういう問題じゃ無いでしょ? アンタがやった事は王妃様の依頼と違うじゃない!」
「何でだよ!第一王子が王になれば それで良いだろ!」
「それでアンタは別の世界に行くから、後は知らないって?随分な人ね!」
「そ、それは…ッ」
「狂乱の魔術師が居るなら、またページが白紙になる可能性があるわ。」
ふーっ とため息をついて王妃が言う。
「そうですよね! このままじゃ、本当に歴史がめちゃくちゃになるわ。…ちょっとアンタ!狂乱の魔術師に心当たりは無いわけ?ちゃんと仕事してたの?!」
アシェル嬢に睨まれ、Kが縮こまる。
「…いや、一応、探したんだけどさ…。ちょっと見当たらなくて…_」
エヘヘ…とはにかむ。
「アンタ、透明化使えるんでしょ?それでも分かんなかった訳?!」
「あのなぁ!透明化使うのだって、色々、条件があるんだぞ!一日三回しか使えないし…、ちゃんと目星をつけて乗り込まないと無駄足になるしさ…!」
いがみ合う二人を王妃がやんわり止める。
「でも、もう手遅れね。ココへ入ってしまってはもうアデルバード王国に干渉する事も、ココから出て行く事も出来ないもの…」
「そ、そんな…」
三人に沈黙が落ちる。
◇◇◇◇◇
「ヘンリー様〜、今日はどの御本にしましょうかぁ〜」
ファーニーさんが今日も魔術の本を読んでくれる。今日は朝からジェーちゃは陛下に呼ばれてて留守なんだ。だから代わりだと言って、ずっとファーニーさんが傍に着いててくれる。絵本や童話じゃないとこがファーニーさんらしい。でも僕の表情を見ながら、分かりやすく説明してくれるから とっても勉強になる!魔法って凄いね!
この国で言う『魔法』ってのは、攻撃魔法、治癒魔法、防御魔法、補助魔法だ。ノアだった頃に読んだ『物を浮かす』とか『変身する』とかいう魔法は、祝福に分類される。だから、攻撃魔法使いは、攻撃のバリエーションが多いだけで(かまどに火をつけたりは出来るだろうけど)パチンッとやってジュースを出したりとかは出来ないんだ。そういうのが出来るのは『神』。だからこの国を創った『女神アレクシス』は普通の魔法使いとは別物な訳。
人に祝福を与えたり出来るんだもんね。そりゃ別物ですわ。
でも魔女たんがあの水球から出たから、祝福を持つ子は これから先、生まれて来ないかも…。それどころか、もしかしたら魔肝を持つ子も生まれて来なくなる可能性があるよね…。だってノアだった頃の世界は、魔法使いなんて”絶滅危惧種”だったしさ…。僕みたいに先祖返りって言われてる子しか魔法を使える人は居なかった。
まあ魔法が使えなくても錬金学が発達してたから、それこそ魔法みたいな機械がいっぱいあったし、何の不便も無く暮らせてたもんね。
うーん、魔法とは………。
「ヘンリー様、疲れてしまいましたか? 少しお昼寝しましょうか」
ファーニーさんは僕がそんな事を考えてるとは思わず、ニコニコしながら本を閉じて 僕に毛布をかけてくれた。
ファーニーさんもずっと僕の相手じゃ疲れるだろうし、お言葉に甘えて少しお昼寝しようかな?その間、ファーニーさんも休憩出来るし。
僕はコクンと頷いて瞳を閉じた。
((ヘンリー!ヘンリー?居る?))
え、この声…魔女たん?




