第三章-2-『援軍』
《円卓会議》
「各地の魔獣暴走の後始末の進捗はどうだ?」
王宮に急遽集められた三大貴族と、それに連なる伯爵家の当主達、騎士団長と宰相、王妃が円卓を囲む。同時多発的に起こった魔獣暴走は既に終息し、目を覆うような惨状は回避されたものの、怪我人の手当や家屋の撤去、魔獣達の第二波に対する準備で、殆どの精鋭陣は各地に散ったままだ。疲労の滲む顔を隠す気も無い貴族達は、この急な招集に寝ずに参加した者も多い。
「国王陛下、予想された第二波も無く、怪我人の移送と瓦礫の撤去は予定通り進んでおります。あと一週間程もすれば完了するでしょう」
代表して答える公爵に、国王は更に質問を重ねた。
「今すぐ招集出来る精鋭はどれ程居る?」
「それは――どう言う意味ですか?」
労いの言葉を期待していた公爵は、質問の意図が解らすポカンとする。
「ここに居る者は、この国を共に築き上げる者たちだ。だからこそ言うが、今 この国は、未曾有の危機に直面している。」
ザワザワと貴族達が揺れる。
「陛下…それはどう言う……」
貴族達にしてみれば、その未曾有の危機、魔獣暴走は終着し、後始末の段階だと云うのに、何を言うのかと緊張が走る。
「これは、口外禁止の事実だ――」
そう前置きして、『大魔人』と云う禁忌と、それに伴う損害、またジェームズ達の奮闘を話して聞かせた。
「そ、そんな馬鹿な話がありますか――?!ジェームズ王子殿下は、魔獣相手でも圧倒的な戦い方をしていたんですよ?そのジェームズ王子殿下が、魔力枯渇する程の……」
魔獣暴走が各地で起こっている時、ジェームズはその姿を隠すこと無くその場に現れ、次々と魔獣を無力化して行った。その噂は直ぐに広がり、まるで見て来たように語る貴族達。
「ジェームズ王子殿下の魔力量は、この国一です。それで駄目なら――…」
絶望的な空気が円卓を覆う。
「何か、何か手は無いのですか?」
青ざめた顔で王妃が国王に問い掛ける。
「資料をあたってみたが、『大魔人』その者が禁忌である故、たいした手掛かりは見つからなかった。不死者となり、無尽蔵に魔力が補充される大魔人を倒すには、核である、赤い石を破壊しなければならないようだが、攻撃による損傷よりも、自己回復が上回ってしまい、魔力が有限である我らでは不利だ。倒すつもりならば、自己回復を上回る攻撃魔法を一撃で叩き込む必要がある。」
「そんな…」
そんな事を出来る人は居ない――。誰もが口をつぐんだ。
「しかし、このまま放置は出来ない。今現在も王子達が戦っており、抑えられなければ やがて地下から外へと出て来るだろう。大魔人には自我が無く、破壊する事しか頭にない。あっという間にこの国は滅ぼされてしまうだろう。何しろ奴等は、魔力が枯渇しないのだ。」
「では、陛下――、我らに一体 どうしろと…?」
貴族の一人が そろそろと意見を求める。
「勝てるか勝てないかは分からない。ただ、今、全力を出す必要がある。出来るだけ多くの精鋭を集め、教会を取り囲み、攻撃に備える。幼子や老人は出来るだけ他国へ避難させるべきだろう。」
「国王陛下、それなら私がサイラス王国へ 国民を受け入れて貰えるよう、話をつけます!」
その為に私は嫁いで来た、と言わんばかりに王妃が声を上げる。
「済まない、そうしてくれると助かる。」
「いいえ、こんな時ですもの!」
王妃は直ぐに側近に、母国サイラス王国へ取次ぐよう命令を出した。
「しかし、陛下、囲うのは異論有りませんが、それでは ただの時間稼ぎの肉壁にしかならないのではないですか?」
どんなに強い魔法使いでも、大魔人を一撃で倒せる者など居ない。貴族達の頭の中には かの黄金王の姿が浮かんで居たが、自らの喉を焼いた黄金王は魔法が使えない、と残念がっていた。実際は大魔人を1体倒す功績を成したのだが。
「それに、王城騎士団もそうですが、戦力は各地に散っていて、今すぐ集めるのは難しいですよ。招集伝令が届くまでに三、四日。戻るのにまた三、四日はかかるでしょう。」
騎士団長がそう言うと、会議室を叩く音が聞こえた。
「誰だ?」
急ぎの連絡かと、陛下の側近が扉に向かって声を掛ける。
「…ワタクシは、ジェームズ王子殿下の侍従、ファーニーと申します。」
「殿下の侍従?それが何用か、今は緊急会議中であるぞ」
そう言われたにも関わらず、ファーニーは許しを貰う前に、勝手に扉を開けた。皆が無礼な態度にギョッとする。
「国王陛下様!是非、聞いて頂きたい事がございます!」
「おい、お前…ッ」
「良い!…ファーニー、だったな。今はどんな話でも聞きたい。申してみよ」
ファーニーを追い出そうと腰を上げた貴族を制して、国王が話を聞く。
《飛ぶヘンリー》
スカッと大魔人を倒した黄金王は、魔力が枯渇してしまった。国王アーヴィンのアドバイスにより、全ての魔力を一撃に乗せたお陰とも言える。しかしヘンリーはもうちょい手加減しても倒せたのではないかと残念に思っていた。まだヘンリーの強化魔法を掛けておらず、もし余力を残して倒していたなら、残りの魔力に強化魔法を掛けて三体目も倒せていたかも知れない、と。あくまで可能性であって、もし手加減して二体目が倒せなかった場合は最悪の事態に陥ってしまったので、これで良かったと云える。
とは言え、今現在、大ピンチである事に変わりは無い。
ガラガラと壁を突き破って現れた三体目の大魔人。精鋭揃いながらも魔力が枯渇してしまったメンツ。いくら、ジェームズの母、即妃プルクラの回復魔法があったとしても、全滅するのは目に見えている。
そこでヘンリーは、ハッと気付いた。どうして忘れていたのか、それは今まで使った事が無かったから思い至らなかったのかも知れない。
((魔女たん!僕をアイツに向かって投げて!))
慌てて叫んだので、ヘンリーは新たなる祝福である言語通信を、魔力を流した事のある全員と繋げてしまった。
「ヘンリー?!」
突然のヘンリーの声にジェームズが慌てる。しかし、むんずとヘンリーを掴んだ魔女アレクシスは、そのまま言われた通りに襲い来る大魔人に向かってヘンリーを投げた。綺麗な軌跡を描きながらヘンリーが空をすっ飛んで行く。
「「ヘンリー!!」」
ジェームズと、義兄であるテオドールの絶叫が辺りに響き渡る。ヘンリーはその小さな手を精一杯伸ばし、必死に大魔人に掴み掛った。
突然の奇行に誰も咄嗟に動けない。魔女アレクシスは崩れる防御壁をもう一度作り上げ、皆を庇った。
大魔人には自我が無く、ヘンリーが肩の辺りにしがみついても、気にする素振りは無い。それよりもアチコチへと攻撃魔法の詠唱をする事に夢中になっているようだ。基本的には前面に向かって放っているのだが、時々自身を水の刃が掠める。血が出ようと 大魔人は一向に気にしない。直ぐに治るからか、そもそも痛覚が失われているのか。
しかし、大魔人にしがみつくヘンリーは溜まったものではない。幼い身体から血しぶきがあがるのを見て、ジェームズとテオドールは駆け出した。
「ちょっと!アンタらが行っても何も出来ないでしょ!」
魔女アレクシスの声も耳に届かず、近付こうとするが、大魔人の攻撃魔法に阻まれる。
「くそっ!ヘンリー、コッチへ来い!」
ジェームズが我鳴る。
「ヘンリー!」
テオドールも必死に呼びかける。
《懇願》
円卓会議の真っ最中、ファーニーがそこへ乱入した。通常であれば即捕まり、地下牢行きも免れない。しかし今は非常時である。ファーニーは言った。
「国王陛下様、私に考えがあります!」
「申してみよ」
今からファーニーが言う事は、荒唐無藝であり、確信も無かった。しかし出来るはずだ、と云う根拠の無い自信だけがあった。
「お話を伺いましたところ――、大魔人相手に、ひとりで対峙するのは得策とは思えません。」
「……」
陛下は無言でファーニーを観ている。
「ですから、皆様の魔力をひとつに集める、と云うのはどうでしょう?」
「何だと…?」
魔力を集める。それは、ひとり一人は ささやかな魔力だとしても、数十人、数百人となれば莫大な魔力になる。木魔法である治療魔法は、己の魔力を他者に与える物だ。つまり、魔力譲渡は不可能では無い。それがファーニーの考えだった。
「そんな…魔力を他人に渡す、だと…?!」
戦って死ぬ事は誉となっても、魔法使いにとって魔力はその人の価値、そのものである。だからこそ、ステラでランク付けを行い、より魔力量が多いものが優遇される。魔肝が保持する魔力量こそ、貴族の威信そのものであった。まさか、それを他人に渡すなど、普通の魔法使いならば考えも着かぬ事だ。
「そんな事、前例が無い――そもそも、木魔法使いでも無いのに上手くいくのか?」
貴族達からは懐疑的な言葉ばかりが出る。
「普通の手段では難しいでしょう。」
ヘンリーの義父、ディラン伯爵が言った。
「そうだな、属性の隔たりもある。上手く行くとは思えない。」
アシェル嬢の父、アードフル公爵もそれに続いた。
「何か策はあるのか?」
陛下はファーニーに問い掛けた。
「私が道筋を作ります!」
「道筋…?」
「はい、特別な魔法円を描き、ひとり一人を繋げます!皆さんはそこへ魔力を明け渡してくだされば…」
必死に説明するファーニーに、遮るように反対意見が飛ぶ。
「しかし、特別な魔法円などと言っても…すぐには難しいだろう。前例のない事だ…!もし魔力が暴発してしまったら、事は重大だぞ!」
ザワザワと会議室が揺れる。魔力は、貴族にとって、近親婚をしてまで継承して来た唯一の物だ。手放すのを良しとしない者が多い。恐れていると言い換えても良いだろう。
「しかしですね…ッ」
声を張ろうとしたファーニーに、ヘンリーの声が響く。
((魔女たん!僕をアイツに向かって投げて!))
その声にゾッとした。ヘンリーの魔力を流してある者には言語通信が届いたのだろう。ディラン伯爵と国王陛下が揃って立ち上がった。続いて、ジェームズとテオドールの声、彼等は今 正に、大魔人と対峙しているのだ。
「あ、あんなに幼いヘンリーくんでさえ!今 大魔人に向かって行ってるんですよ!貴方達 貴族は、自分の保身しか考えないんですかッ!!」
「貴様…ッ」
「良さんかッ!今は言い争っている場合では無い!国王陛下として命ずる!命を捧げられる者だけが教会前に集まれ!」
「陛下…ッ」
「どうせ、大魔人が外へ出れば、皆同じですよ。国王陛下、残っている騎士団は全て教会前へ集合させます!」
騎士団長は、言うなりすぐに席を立った。団員を集めなくてはいけない。
「えーっと…ファーニーくん?特別な魔法円だと言うが、それは離れていても繋げられるのか?」
ディラン伯爵がファーニーに問い掛ける。
「どう言う事でしょう?」
「多くの者は各地に散らばっている。先程もあったように、教会前に全てを集合させるのは無理だ。しかし、もし、遠くにいても魔力を渡せるとしたら、それは大きな力になるだろう。」
「……確かに、そうですね。分かりました!やってみます!」
ファーニーは幾らか考えたが、”出来る” と云う根拠の無い自信だけが、また湧き上がるのを感じた。自分にはそもそも魔肝が無く、魔法使いですら無いと云うのに、この自信は何処から来るのだろう?とファーニーは不思議な気持ちになった。しかしゆっくり考えている暇は無い、大切なジェームズ王子殿下が 今わの際に立たされているのだ。今すぐ何とかしないと、また失ってしまうかも知れない。ファーニーは追い立てられるように、教会前へと走った。
《落ちるヘンリー》
ガッチリと掴んだ手はもう痺れている。早くしないと振り落とされるかも知れない。ヘンリーは、使った事なのい弱体化魔法を大魔人に掛けた。ひと時、大魔人は動きが弱まった。
(やった!)
目覚めてすぐ――、ヘンリーは怪我だらけだった為、早く治るようにと 薬を飲む時に強化魔法を掛けた。
巨大な魔獣と戦っている皆を観て、初めてヘンリーはジェームズに強化魔法を掛けた。
傷付いた兄弟を助ける為に強化魔法を掛けた。
ヘンリーは今まで、強化魔法しか使って来なかったのだ。月魔法には強化魔法と弱体化魔法があると云うのに。ヘンリーにとっての月魔法は、助ける為の魔法であり、弱らせる為に使う必要が無かったのだ。それに魔法を掛ける際、詠唱の出来ないヘンリーは対象者に引っ付く必要がある。その為、余計にその存在を忘れていた。
そして今――、ヘンリーは大魔人に引っ付き、弱体化魔法を初めて掛けた。みるみる大魔人の魔力が弱まる。しかし、大魔人は赤い石がある限り、無限に魔力が湧いてしまう。弱体化魔法だけでは倒せない。しかも、掛け続けなければ意味が無い。いくらステラ5つのヘンリーの魔力量でも、無限に湧き出る大魔人には敵わない。ヘンリーに出来るのは、このまま大魔人に引っ付き、弱体化魔法を掛け続け、誰かに大魔人を攻撃して貰うのを待つ事だけだ。
しかし手は痺れ、幼い身体のアチコチから、余波の攻撃で血が飛び散る。ヘンリーの体力が追いつかない。
そうこうしているうちに、暴れ回る大魔人が天井に穴を開け、とうとう、そこから飛び上がってしまった。光を求める習性があるのだろうか、ヘンリーは振り落とされまいと必死にしがみついた。だから地上の事にまで気が回らなかったが、教会前には巨大な魔法円が刻まれていた。
ファーニー主導の元に、優秀な魔法使い達が刻んだ特別な魔法円だ。その周りには大勢の魔法使い達が居た。
((ヘンリー!))
遠くの空に魔女アレクシスが浮かんでいる。
((ま、魔女たん…?))
((良いかい?私が遠くにいる魔法使い達の魔力を一身に集める!その魔力を魔法円の中心にいるジェームズに渡す!それなら、魔力枯渇してるジェームズでも攻撃魔法が撃てる!))
((お、おお〜))
ブンブン振り回されているヘンリーは、説明されても頭に入らない。相槌だけは打ってみた。
《生か、死か、》
「俺には出来ない!」
ヘンリーと大魔人を追って地上へと駆け込んだジェームズ達は、そこでファーニーや国王陛下と合流した。説明は国王陛下に任せ、ファーニーは騎士団のメンバーに呪文を伝え詠唱を始めて貰った。難しそうな顔をしていたが、皆、思った通りの働きをしてくれて、見事 特別な魔法円は輝き出した。地方にいる者たちからの魔力集めの為に、もう一つ魔法円を描こうとしたのだが、そこに居た魔女アレクシスが「私がやる」と申し出てくれた為、その手間は省けた。
誰が攻撃魔法を撃つか、の段で国王陛下はジェームズを指名した。実際、一体目討伐に尽力しているし、無力化されているハズの黄金王を、人前に出すのは躊躇われた。また別の問題が勃発してしまう。
しかし、ジェームズは首を縦に降らなかった。
攻撃魔法を撃つ、それは弱体化魔法を掛けてくれているヘンリーごと攻撃する、と云う事だからだ。
「俺には出来ない!」
「解った、じゃあ、俺がやる」
「テオドールッ、貴様……!」
気色ばむジェームズにテオドールが怒鳴る。
「誰かが殺らねばならない!このままではヘンリーが力尽きて落ちる!そうなれば大魔人は元の攻撃量を取り戻すだろう!この特別魔法円での魔力譲渡が、どれ程集まるかも解らない!今殺らなければ、誰も掬われないッ!お前が殺らないのなら、俺が殺る!ヘンリーは俺の大事な弟だからだッ!」
ジェームズが唖然と言葉を失う。ポンッとルーカスがジェームズの肩を叩く。
「ジェームズ、私も同じ気持ちだよ。でも、ファーニーの話では魔力譲渡は複数人よりも、ひとりの方が集めやすく成功率が高いって言ってたろ?だから、テオドールにお願いするしかない。」
ジェームズは拳を握り締めた。中から血が滲んでくる。
ヘンリーを殺す、それは絶対にあってはならない。
そうならないように、ジェームズは慎重に路を選んできたのだ。
「私が、出来る限りヘンリーくんの周りに防御壁を巡らそう」
アシェル嬢の父であるアードルフ公爵が進言した。「ま、ベンジャミンのように器用では無いが、直撃は防げる筈だ」
その言葉にも、ジェームズは顔を上げられなかった。どうしても「俺がやる」と言えない。
「ジェームズ様!魔法円の準備が整いました!」
ファーニーにジェームズの元へ駆け付けてくる。
「お、俺は――」
「ファーニー、何処に居れば良い?」
テオドールがファーニーに指示を求める。
「あ、えと、テオドール様が攻撃なさるのですか……?」
「俺では不満か?」
「いえ、ただ…私はジェームズ様の魔力の側にいつも居りましたから…魔法円もそれよりになっておりまして…」
申し訳なさそうにファーニーが答える。
魔力には属性があり、個性がある。異なる属性をひとつに纏める事は難しく、それをひとりの人間に譲渡するのは更に難しい。ファーニーの描く魔法円はジェームズへと無意識に偏っている。
「つまり、ジェームズ以外だと成功率が落ちる…?」
ルーカスの問いかけに、ジェームズの肩が ビクリと跳ねる。
「――…ええ、そうですね。ハッキリ申し上げますと、そうなります。」
全員の目がジェームズに注がれた。ここまでの恐怖をジェームズは産まれてから感じた事が無い。
「ジェームズ!シッカリしなさいッ!大丈夫よ!もし、ヘンリーくんが死んでしまっても、私が必ず!命を懸けて、ヘンリーくんを蘇生させてみせるから!!」
母である即妃プルクラに言われ、ジェームズが ウッと息を飲む。そこへ――
((お、おねがい!は、はやく!))
ヘンリーの切実な声が聴こえた。
「ヘンリー!!」
皆がヘンリーの名を呼ぶ。
((ジェーちゃ! は、はやく、僕を撃って…!))
ジェームズは両手でパアンと頬を打った。
「ヘンリー!待ってろ、すぐに助けてやる!
アードルフ公爵、ヘンリーの防御を頼みます!母上!もしもの時はヘンリーの事を頼みます!ファーニー!俺は何処へ立てば良い?!」
ヘンリーの声で覚悟が決まったジェームズは、特別な魔法円の中心に立った。いくらヘンリーがステラ5つとは云え、もう いくらも持たないだろう。幼い身体の方が先に限界が来るかも知れない。
一撃に、全てを乗せる。
詠唱を唱え出したジェームズの周りに、集まった騎士団員や貴族達から魔力が魔法円を介して譲渡される。更に各地から集められた魔力が魔女アレクシスを媒介し、特別魔法円へと注がれる。
勝負は、一度――――…。
轟音を轟かせて大魔人は粉々に飛び散った――。
《権力と無力》
その男は、男爵家の嫡男として産まれ 水魔法の属性もあったが、祝福は持って居なかった。それでも、水魔法の修練を積み、やがては男爵家当主として立派に家督を継ぐつもりだった。そもそも、祝福を持って産まれてくる子は、それ程多くない。特に伯爵家よりも下になると、その率はぐっと増える。祝福は高位貴族の物なのだ。
それでも、男は幼なじみと婚約し、挙式の日を楽しみにしていた。アデルバード王国は、女子の割合が少なく、嫡男以外の男子は男嫁を貰い、家と家の繋がりを強化する為に政略結婚させられる。男も女も、家の駒として政略結婚させられるのは同じだが、女子と違って男子は子を産む事が出来ない。よって男嫁を貰った者は、自分の子孫を残す事が出来ないのだ。
そんな中、嫡男として産まれ、幼なじみの女子を嫁に貰う事が出来るのは、ひとつのステータスでもあった。血を分けた自分の子をもてるのは、嫡男以外では有り得ない。
しかし、その道は突然途絶えた。
男爵家よりも上の、伯爵家が 幼なじみを妾へと所望したのだ。相手が伯爵家では抗議するのも難しい。「子を残すのはより、高位貴族の務めだ」と言われてしまえば、コチラは黙るしかない。しかも、男は祝福も持っていない。先に婚約を結んだのはコチラなので、一応、色々と抗議はしてみたが、横槍は覆らなかった。
嫁入り前の夜、幼なじみが最後の挨拶だと訪ねてきた。
「…ねえ、私と一緒に、逃げてくれる…?」
相手の伯爵は二十も離れた男で、既に嫁も子も居る。しかし、国王陛下然り、即妃、一般的に言えば妾だが、それを娶るのは珍しい事では無く、高位貴族は沢山の妾を抱え、財力を誇示する意味合いもある。
ポツリと零れた幼なじみの言葉に、その男は一瞬、何も言えなかった。
幼い頃に婚約を結び、家の為とは言え 交流を深め、この人と結婚するんだと思って過ごした日々は突然消えた。二十も上の、子持ちの家に入る事に、抵抗があるのは良く分かる。抱きしめて「一緒に逃げよう」と言ってやれれば良かったのか。大した地位も金もない男爵家の嫡男では、逃げた先で どうすれば良いのかも解らない。
言葉に詰まった男の反応で、幼なじみは ニコリと笑った。
「なーんてね、冗談よ 冗談。」
どうか体には気を付けて…、そう言って彼女は帰って行った。
それが、彼女の姿を見た 最後の記憶だった。
その夜、彼女は静かに自らの命を絶った。
それが彼女に出来る ささやかな反抗だったのかも知れない。理不尽な運命に、先の見えない未来に絶望し、彼女はこの世に見切りをつけた。
誰も 助けては くれない……。
男は心の底から後悔した。
どうして一言、「一緒に逃げよう」と言えなかったのか。
出来る出来ないでは無く、ひと言、言えていたら 彼女はまだ生きて居たかも知れない。男は絶望した。理不尽な仕組みも、貴族階級も、祝福を持たない自分にも、ひと言の嘘さえつけない自分に、絶望した。そして力を求めた。
何でもいい、何でもいいから力が欲しい!
例え自分が 壊れたって構わない!
全てをぶっ壊したい!
何かに怒りをぶつけなければ精神が崩壊してしまう。
大魔人が粉々になる前に、その記憶が何故かヘンリーの頭の中に流れ込んで来た。彼の境遇には同情する。同じ立場だったら、ヘンリーもそうしたかも知れない。
しかし、彼はヘンリーの大事な人達を傷付けたのだ。
”僕は、君をゆるさないっ!だってぼくは、悪役令息なんだからねっ!温情かけたりなんか、しないんだからっ!”
悪役令息の務めだーっ!と 心の中で叫び、ありったけの弱体化魔法を掛けた。
その直後、ジェームズの凄まじい火龍がヘンリーごと大魔人を貫いた。
粉々に飛び散る欠片を見ながら、ヘンリーは(流石、ジェーちゃだ…)と思った。その体はアードルフ公爵の防御壁で護られてはいたが、渾身のジェームズの攻撃魔法が防げるはずも無く、幼い身体からは 無惨にも血しぶきが吹き出し、真っ逆さまに落ちて行った――…。
そのまま、ヘンリーの意識は途切れる。




