第二章-4-
《陛下の決断》
((ヘンリー!ヘンリー、聴こえる?))
((?! えっ!まじょたん?!))
本来なら国王陛下しか入れない古書堂で、この国の第二王子であるジェームズが大魔人との戦闘を報告していると、突然 ヘンリーに魔女アレクシスから『言語通信』が入った。この祝福は、魔女アレクシスによってヘンリーに 新たに与えられた祝福のせいか、まだヘンリーに馴染んでおらず、度々 魔力を流した相手ならいつでも こうして通話出来る事を忘れている。頭に響いた声に驚いて、体がビクついたヘンリーにジェームズが目を向ける。
((ヘンリー、悪いんだけど今すぐ教会の方に来れるかな?大魔人一体はアタシが請け負うつもりだったけど、思ったより魔力使っちゃったんだよねぇ))
魔女は、ヘンリーの義兄であるテオドールとこの国の第一王子ルーカスと共に教会の地下へと大魔人討伐に向かっていた。ルーカスは希少な光魔法使いだが、戦闘には向いていない。テオドールの水魔法は なかなかの攻撃力があるが、それでもジェームズには及ばない。つまり、地下へ向かった三人の主戦闘力は 魔女アレクシスなのだ。その魔女からの強化魔法要請、ジェームズの魔力は枯渇しているがヘンリーにはまだまだ魔力がある。もし、魔女の魔力が低下しているなら 大魔人を討伐どころかこちらが討伐される可能性がある。ヘンリーは慌てた。
「ジェーちゃ!ぼく、いかなきゃ!」
突然 慌てだしたヘンリーにジェームズが言う。
「どうした?ヘンリー、誰かから通信が入ったのか?俺にも繋いでくれ!」
ヘンリーは歳のせいもあるが、馬車事故の影響で上手く喋る事が出来ない。そうそうに説明を諦め、魔女との通信にジェームズを繋いだ。
((俺だ!どうかしたのか?))
((ジェームズ? ああ、一緒にいるんだね、悪いんだけどヘンリーの祝福が必要なんだ。思ったより魔力使っちゃってね、直ぐに教会の地下に来てくれる?…多分、間に合うとは思うんだけどさ…))
((兄上は…?!、今の状況を説明してくれ!))
頼みの綱だった魔女が応援を寄越せと云うなら、側で戦っている筈の二人も 無事である可能性は薄い。大魔人がいかに強いか、それを身に染みて解っているジェームズは 真っ青になって叫んだ。
((あー、大丈夫大丈夫、まだ致命傷は受けて無いよ〜))
呑気な声が返る。
((おい!それは「大丈夫」とは言わない!!!))
真っ青から真っ赤になったジェームズは、クルリと陛下に向き合って声を張る。
「陛下!地下にて戦闘している部隊が苦戦しております!これより向かいます!」
ヘンリーもうんうんと首を降っている。その様子を黙って観ていた一堂の顔色は様々だ。ヘンリーの義父であるベンジャミンは既にヘンリーに『言語通信』と云う新たな祝福が与えられている事を身を持って知っていたので驚く様子は無いが、ジェームズの母であり側妃であるプルクラと、アシェル嬢の父親であるショーラは何が行われているのか分からず、キョトンとした顔をしている。
陛下は静かに声を出した。
「ジェームズ、だがお前は魔力が枯渇しているだろう。向かった所で役には立つまい」
「…っ! す、少しは…魔力も回復しております…」
それは嘘では無かったが、回復量は微々たる物だ。魔法使いは魔力が無ければ ただの人間である。それを承知していたから、あの場から泣く泣く一時待避して来たのだ。
「私が出よう」
落ち着いた声で陛下が宣言する。
「は、はぁ?おい、本気か?!」
思わず声を上げたのは柔和な顔立ちのショーラだった。普段は落ち着いた公爵然として過ごす事の多い彼だが、この緊急事態に、次々と起る驚きの連続に、すっかり幼い頃に戻ったような気持ちになっていた。
「…アーウィン、それは…」
ベンジャミンもプルクラも、幼い頃 無茶を言い出すアーウィンを諌める口調に戻っている。しかし陛下は尚も続ける。
「ヘンリーが私に強化魔法をかけてくれれば、ジェームズに近い攻撃が出せるだろう」
それは一大事を回避する為ではあったが、昔から凡庸だった自分の攻撃魔法が ヘンリーによる強化魔法で、どれ程になるかと期待する気持ちもあった。
「危険です!陛下…、奴らは本当に強く……!」
「私はこの国の国王だ」
ジェームズの反対意見に、アーウィンが遮るように言う。
「良いか、ジェームズ。国王は、国の為に死力を尽くさねばならない」
「………っ」
「……アーウィン…」
黙るジェームズに、プルクラが声を上げる。
「そうね、アーウィン。貴方はこの国の国王ですものね。行きましょう!」
「ちょっ、ちょっとちょっと!プルクラ?!『行きましょう』って君も行く気かい?ここは止める所だろう?前線に出る国王なんて、黄金王だけだよ!どこの国を見たって、国王は最後の要なんだぞ!王宮にて指示だけ出すものだろう!」
ショーラの最もな言い分を、ため息をついたベンジャミンが後を引き受ける。
「無駄だ…知ってるだろう、アーウィンがこう言い出したら絶対に引かない。仕方ない、行こうか」
「ベンジャミン、お前まで…!今 幾つだと思ってるんだ?!若い頃ならいざ知らず…っ、真っ向攻撃では埒が明かないから、こうして蔵書を調べに来たんだろう?!」
「そうだな、色々調べたが、禁術らしく詳しい資料はあまり無かった。結局胎内に埋め込まれている核を破壊するのが一番だ。」
喚くショーラに陛下が応える。
「だ、だからって……!」
この中で、いや国中で一番魔力量の多いジェームズでさえ苦戦したのだ。並よりは上だと自認はしているが 自分達に大魔人が倒せるとは思えない。例え、強力な強化魔法をかけれるヘンリーが居るとしても、相手は不死者なのだ。
「私が居るわ!」
「プルクラ?!」
「私はずっと魔力を…木魔法を使わなかった。普通は上限に達した魔力は消えてしまうものだけれど…知ってるでしょう?私は上限を超えた魔力を貯めて置けるのよ。これが『王妃に』と選ばれた要因でもある。」
時代の流れが違えば、王妃となっていたのはプルクラだ。全員が軽く息を飲む。
「だから、1人2人くらいなら 生き返させれるかもしれないわ!」
だから向かいましょう、とプルクラは続けた。『生き返る』など、いくら治癒能力に秀でた木魔法使いでも前例が無い。有り得ない。しかし、『不死者』が現れた。生命の泉と呼ばれる赤い石、核を破壊されれば砕けてしまうが、それも常識で考えれば『有り得ない』事だ。それなら、大量の木魔法を注ぎ込めば『生き返る』事も有り得るのかも知れない。あくまで場を和ませる為に言った言葉だが、意外にもショーラは頷いた。
「…良いでしょう。どちらにせよ、大魔人が外に出てしまえばこの国は無くなるかも知れません。私もお供しますよ」
こうして、教会へと全員が急いだ。
《テオドールの奮闘》
時は少し戻り――――教会の地下、大広間に踏み込んだルーカスとテオドールは、すぐさま詠唱を唱えた。
しかし間に合わず、Kによって大魔人は解き放れ こちらに向かって攻撃を放って来た。放たれた火柱はあちこちを焼く。テオドールの水龍が火柱を迎え撃ちながら、消火もする。器用なものだ。ルーカスも大魔人に向かって浄化をかけるが、大魔人には光魔法が効かないようだった。
「なんて事だ、テオドール。魔法使いは近接戦闘に弱い!」
魔法使いは詠唱によって魔力を形に変える。攻撃魔法を使う場合も日常生活に使う場合も、それは変わらない。そして詠唱中はどうしたって隙だらけになる。そして強い魔法を使う時程、詠唱文は長くなる。ヘンリーのように無詠唱でも魔法は使えるが、それは準備運動無しで池に飛び込むようなもの、体への負担が大きい。そもそも腹にある魔肝に溜まった魔力を、詠唱によって筋道を創り体外で形にする、それが魔法だ。無詠唱で魔法が使えるのは、ヘンリーがステラ五つの膨大な魔力を持っているからだ。
「何だ今更!そんな事…!」
詠唱の合間にテオドールが怒鳴る。ルーカスは属性が光と云う事もあり、あまり戦闘訓練は受けて居なかった。光魔法の真骨頂は浄化だ。魔獣暴走を鎮めて回っていた時も、広い野外で 魔獣が迫るまでに詠唱を唱えるのに何の問題も無かった。
しかしここは大広間とは言っても、限りある空間である。
相手…大魔人は、自我が無いようで、思考する無く次々と詠唱し攻撃魔法を繰り出してくる。あれだけ連続で魔法を出しても、まるで疲労の色が見えない。魔力が永遠に湧いてきて居るせいだろう。
ルーカスの光魔法は 浄化としては効かず、目眩しとして大魔人の眼前に出して見たが怯む様子は無い。最早、その濁った瞳は 何も映していないのかも知れない。テオドールの水龍は向かってくる火柱を相殺しているが、大魔人本人には届かない。このままの状態が続けば、いずれ倒れてしまうだろう。攻撃が通らない事に テオドールの顔から焦りが浮かんだ。
自分よりも魔力量は上だが、修練はジェームズよりも積んでいると自負していたテオドールは、ジェームズが大魔人を倒した事で 自分にもそれなりの戦いが出来ると思っていた。ルーカスが地下階段を降りながら言っていた事だ。
しかし実際は、防戦一方で攻撃が通らない。ルーカスを護りながら と云うのもあるが、大魔人の攻撃がひと時も止まないので隙が無いのだ。
「テオドール!このままでは消耗するだけだ!」
「解っている…!」
本来なら魔女アレクシスと共に戦う予定だった。この国を創ったとされる彼女なら、大魔人と渡り合うのにも問題無い。それなのに、いつの間にか消えてしまっていた。圧倒的 戦闘能力不足なのは分かりきっていたが、テオドール達は引く訳にはいかない。ジェームズもダニエルも、既に魔力枯渇しているのだから。
防戦一方とはいえ、互角の戦いをしているだけでも凄い事だ。いくら王城騎士団と云えども、ここまで戦えるのは幹部クラスだけだろう。しかし、強い攻撃魔法を連発すれば、魔力が削られる。壁や天井に当たった火柱によって瓦礫も飛んでくる。二人は徐々に追い込まれて行った。
「ルーカス…!」
足を取られたルーカスがよろけた所へ 横から瓦礫が飛んで来る。テオドールは詠唱が間に合わないと判断して、大きく飛んだ。
「テオ…!」
ガッと大きな音がして、ルーカスを庇ったテオドールの頭から血が吹き出る。しかし、構わず詠唱を続けた。大魔人は依然として火柱を繰り出し続けている。
「テオドール…!」
防ぎきれない火柱が増え、テオドールの魔力が枯渇しそうになった、その時――。
「ごめんごめん!遅くなった〜!」
呑気な声が、大広間だった空間に響いた。ゴオォ!と大量の水が現れ、辺りの火を鎮火させていく。
「…!女神!!」
ルーカスの顔に喜色が浮かぶ。
「すぐ戻るつもりだったんだけど、割と頑固な奴でさ〜思ったよりも時間がかかっちゃった!」
「…貴女は報連相と云うものを良く理解して頂きたいですね…」
言っても無駄だと思いつつも、テオドールが苦言を投げる。
パキンッ!と高い音がして氷の壁で防御壁を創った魔女は、へへへと笑ってこう言った。
「いやさ、本当は大魔人一体くらい倒せると思ったんだけど、長い事閉じ込められてた反動で暴れ回ったせいか、魔力が不安定でね。転移にもかなり魔力使っちゃったから、今 あんまり魔力残って無いんだよね〜」
ヒーロー降臨だと安堵したばかりなのに、突然 役たたず宣言をした魔女に二人は目を剥いた。
「まあ、あと少し待てば何とかなると思うけど…、それまで待つにはヘンリーが必要だよね」
強固な氷の防壁は ビクともしないが、大魔人の火柱は絶え間なく降り注いでいる。
((ヘンリー!ヘンリー、聴こえる?))
そうして、魔女はヘンリーに言語通信を行った。




