一難去ってまた一難
「ちょーちょ!」
本日はディラン伯爵家、総出でお出掛けに来ております。家から一刻程行った 森も丘もある草原で、仲良く並んで軽食を食べました。僕が少し歩けるようになった事で、部屋に籠りぱなしも良くないだろうと、義父が休みを取ってくれて、テオ兄様とティム兄様も一緒に連れられてやって来ました!
事故前は母親としか居なかったヘンリー。
存在は感じつつも、どう対応するべきか、戸惑っていたディラン伯爵家のみんな。
そして、事故で母親を亡くし、自身も死の瀬戸際に立たされたヘンリーに同情して、歩み寄ろうとしてくれたみんな。
僕のニコニコキャンペーンが効き始めて、一緒に居る時間が少し増えて来た頃に、暴君殿下による「俺に寄越せ(要約)」発言を受けて 家族が団結し、一気に仲良くなれた気がします。こうして、遊びに来れた事がもう嬉しい。これは暴君殿下のおかげかも?ふふ。
これからもこうやって、のんびり暮らしたいですねぇ(フラグ)
「見てご覧、ヘンリー。こっちにはお魚さんも居るよ」
後ろには小高い丘、右側には森、そして目の前には大きな川が緩やかに流れている。義父とテオ兄様は芝生の上にふかふかの絨毯を敷いて胡座をかき、何やら難しいお話をしているみたい。
その側にはメイドと護衛が控えている。僕は、ティム兄様と川べりまで来て、一緒にしゃがんで川の中を覗いた。餌を貰えると勘違いしてるのか すぐそこに魚影が見える。塩を振って焼いて食べると美味しいよねぇ、まあ4歳児の僕では無理だけど。
「あー」
「うんうん、ヘンリーは初めて見るかな?お魚さん」
やっぱりまだ上手く喋れない僕に、ティム兄様がいっぱい話し掛けてくれる。嬉しい。手をパタパタしちゃう。ティム兄様はそれが、初めて魚を見たせいだと思ってるみたい、もっとよく見せようと近づいた…その時。
バッシャーン!!!
川から半透明な手が伸びたのを見た。あっと思う間もなく僕の足を握って引っ張る。抵抗する力もなく、気がつくと水の中だった。
僕が落ちた瞬間、ティム兄様もすぐさま落ちるように水の中に入って来たみたいだ。近くで水音がして、周りがアワアワで何も見えないから。
「ウィリアム!!!」
それを見たテオドールは走って水の中に入った。テオドールは水魔法の使い手だ、すぐに魔法を使い水を掻き分けウィリアムを抱きしめる。しかしまだ幼いその体は、ウィリアムを抱きとめただけで精一杯。父親が飛び込むのを見て、一度 岸にあがる。
「…ウィリアム!大丈夫か?!ウィリアム!」
「ぼっ僕は、大丈夫っ!へっヘンリーが…!」
ゴホゴホ噎せながらも義弟を気にするウィリアム。
「大丈夫だ!今、父が…っ」
そう言って水面を振り返ると、ブハッと顔を出す父親のベンジャミン・ディラン伯爵。周りには護衛の姿も見える、みんな慌てて飛び込んだんだろう。
また息を吸い込むと深くに潜っていく。まだヘンリーを見つけられないのだ。真っ青になった兄弟は、また川に戻ろうとする。
「ぼっ僕も…!」
「バカ!お前はここにいろ!俺が…っ」
ウィリアムを制すテオドール。そして、川底がドッと言う音を立てた。
何者かに足を引っ張られた僕。大慌てです。でも、水は濁って無かったから上に行こうともがく。でも、半透明な手はグングン下に引っ張る。よーく見ると、男の姿が見えた。きっと何か魔法を使ってるのかもしれない。でもお口からたくさん空気を吐き出してしまって、もう思考が続かない。どんどん下に引っ張られてる気がする。
折角、みんなと仲良くなれてきたのに…こんな所で終わりなの…?フラグ回収早くない?
すると、男の下から何かがせり上がってくるのが見えた。ん?かなり広範囲…あれ、なに?ぶ、ぶつかっ…!
ドーーーーン!!と音がして、僕はせり上がってきた川の底と共に空へ浮き上がった。えっ と思ってる内に意識が無くなる。もう限界だったみたい…。
◇◇◇◇◇
後から聞いた話によると、義父が土魔法を使ったらしい。土魔法は、土を自在に変化させられる。主に壁を作って防御する事が多いけど、ゴーレムとかも作れるし、騎士団には欠かせない人間だ。
そんで義父は土魔法使いの中でも、かなり広範囲魔法が使えるみたいで、川に入っても僕を見つけられなかったから、川底を水面に出して僕を救ってくれたんだって。深さも広さもあったのに、本当に凄い!もう終わりかと思った。
と、言う訳で。またベッドで寝て暮らす生活に逆戻り…。ティム兄様は、「僕が側に居たのに…」て自分を責めるし、テオ兄様は「あの時、ヘンリーも抱えられていたら…っ」て自分を責めるし…。気にしないでって言いたいのに、僕のお口は説明する事も出来ない。悔しい。
あの後、事件の可能性も考えて、一帯を調査したらしいんだけど、不審な人や物は無かったらしい。
僕が見た、あの男は どうしたんだろう?
僕の祝福効果で透明化は溶けた筈なんだけど…、見つからなかったと言うことは またステルスを使ったのかな?それとも仲間が居たとか?
それとも見間違い? いやいや、しっかり足を掴まれて、グングン沈められたよな〜。確かにまだ幼児だから、頭が重くてドボンする可能性もあるけど、ちゃんとティム兄様が 僕の体を支えてくれてたんだ。それなのに、凄い力で川底に引きずり込まれた。
そもそも…、透明になる魔法なんてあったかな?
誰かの祝福効果かな?祝福は特殊魔法だから、その人だけに使える魔法があってもおかしくないもんね…。
でもそれだと、凄く怖くない?透明になって、誰かを刺しても捕まらないって事でしょ…?ええ…。
ふかふかのベッドに埋もれながら、アレコレ考えていると、ティム兄様がやって来た。
責任を感じちゃって、前より一層側にいようとしてくれる。今日は紙とペンを持って来て、ここで勉強するつもりみたい。そこで ハッと稲妻が走る僕!言葉で言えないなら、文字にして伝えれば良いんじゃない?!
どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう!
まあ、紙とペンが側に無い生活だったんだから、仕方ないよね、はは…。
「ティムにいさま」
「ん?」
「ぼくも、これ…」
「あぁ、ヘンリーお絵描きしたいのかな?」
そう言ってペンと、ノートから1枚破って紙を渡してくれる。
良し!さて!そう言えば、この世界の文字って、未来の世界と同じなのかな? ほぼほぼ、ベッドで暮らす生活しかおくってないから、ちゃんと文字見た事無いんだけど…言葉は通じてるから、きっと大丈夫だよね?
まあ、伝わらなかったとして、幼児が書く事だし、大目に見てくれるよね?不審がられないよね?
ちょっとドキドキしたけど、とりあえずジャブ程度に 『ティムおにいさま、だいすきです』と書いてみた。そして、ティム兄様に見せる。
「…………!!!!」
ティム兄様は真っ赤な顔に両手を充てて、わなわな震えている。えっ ダメ?
「…へ、ヘンリー!!!僕もだよ!僕もヘンリーが大好きだよ!!!」
良かった、ちゃんと伝わったらしい。ギュッと抱きしめてくれるティム兄様は涙声だ。と、言うことは ”言葉” も ”文字” も、この世界と未来の世界は共通だと言う事だ。
ティム兄様の腕の中で頭をグイグイ押し付ける。離して欲しいって意味だったんだけど、ティム兄様はそれを甘えてると勘違いしたみたいで、更にギュウギュウと抱きしめてくる。いや、嬉しいんだけど!でも今は、あの不審者について伝えねば…!
「ティムにいさま…」
僕が声をかけるとドアが開く音がした。
「ウィリアム、ここに居たのか」
テオ兄様でした。
「あっ、テオドール兄様…」
気まずそうな顔で 僕を離してくれるティム兄様。
「勉強は終わったのか?鍛錬は?ヘンリーの事は、お前の責任では無いと言っただろう」
「はい…」
ティム兄様が心配で眉をよせるテオ兄様の態度に、しゅん と項垂れてしまうティム兄様…。今こそ!真実を伝えねば…!紙とペンを取る僕。
「…? ヘンリー?お絵描きしてるのか…」
僕が何か書き始めたのを見て、テオ兄様の視線が僕に移る。
『かわ の なか に、とうめいな おとこ が いて、あし を ひっぱられて かわ に おちました』
僕が書いた文字を見て、驚愕するテオ兄様。本当は更に ”だから、兄様のせいではないんです” と書きたかったんだけど、大声のテオ兄様に遮られる。
「ヘンリー!それは本当か!?」
大声にびっくりする僕とティム兄様。
「あっ!…す、すまん!つい、声が大きくなってしまった…」
口を抑えて謝ってるけど、視線は僕の書いた紙から外さない。
「ヘンリー、これは大事な事だ。透明な男とか足を引っ張られたとか、嘘では無いんだな?」
凄ーく 真剣な顔をして念を押してくるテオ兄様。ティム兄様も凄く真面目な顔してる。
こくんと 頷く僕。それを見て、二人が息を飲む。
「テオドール兄様、透明な男とは…」
「うむ…、父様に進言しないとな。おかしな点は幾つかあったんだ。そもそも、お前が側に居て川に落ちる訳無いし、落ちたとしてもすぐに救助出来た筈だ。お前はすぐに飛び込んだんだから。」
「はい」
「しかし、ヘンリーはあっという間に深みまで沈みこんだ。重りでもつけていないとああはならない。ヘンリーを見つけていれば、父様が川底を持ち上げる事も無かっただろう」
「確かに…川の水は濁っていなかったのに、ヘンリーの姿が見つけられませんでした…」
「そして、ヘンリーを救助した後、辺り一帯を捜索したが、怪しい奴は居なかった…透明化が使えるなら、逃げるのなんか造作も無かっただろう」
「でも…透明になれる魔法なんて聞いた事がありません」
テオ兄様の説明に、顔を青ざめるティム兄様。
「………これは、当主教育で習うんだが…」
そう言って話だしたテオ兄様。
透明化出来る魔法は、光魔法使いの中でもステラが5つ、しかも祝福で授からねば使えないらしい。過去に記録があるのは何代か前の国王で、その力を使って国を大きくしたらしい。しかし、制約もあって使えるのは1日に3回、1回1時間程度。魔力を凄く使うから魔肝の消耗が早くて寿命が縮み、その国王は30歳で亡くなったみたい。ただでさえ、この世界の人間は短命なのに…。
そして、光魔法は7大魔法の中でも2番目に稀少で、今まで確認出来てるのは王家の人間だけ。王家の秘術とも言われ、その中でもステラ5つ持ちなのは数人。
どんな魔法が使えるかは、産まれた時に付与されるから、血で決まるわけじゃないんだけど…王家の人間に多かったのは確かみたい。
あ、1番 稀少なのは闇魔法ね!全体を100とするなら、月魔法60、土魔法15、水魔法10、火魔法10、光魔法4、闇魔法1、って感じ。
1番多い魔法と1番稀少な魔法を併せ持つ僕…。
「成程…光魔法の祝福ですか、それなら知らなくても納得ですね。」
「ああ、光魔法使いは、ほとんど王家。それも祝福効果となれば、当主教育を受けない者は、中々 知る機会も無いだろう。」
王家の情報とかってあんまり流れて来ないもんね。うんうん。
「問題なのは………、どうしてヘンリーが透明な男を見る事が出来たか?だ」
ハッ!!!
そうだよね、透明って見えないから透明なんだよね…!あわわわ…!僕、余計な事を…?!
「もしかして、ヘンリーの月魔法の祝福かい?」
ティム兄様が、瞳を大きくして言う。あ!闇魔法の祝福知らないんだ!そうだよね、闇魔法なんて光魔法より人数少ないもんね!そっか、それなら、月魔法の祝福って事で!それで行こう!
「あい!」
頭を大きく振って頷く僕。
「凄いね!ヘンリー!偉いよ」
パッと華やいだ顔で褒めてくれるティム兄様。なんか騙してる気がするけど、祝福は祝福だもんね!!へへ…。
テオ兄様は何も言わず、難しい顔で僕を見てる。え〜なに〜怖いよ〜。テオ兄様の祝福効果、”真実の瞳” じゃ無いよね〜?
そう言う祝福効果もあるんだよ、どんな嘘ついてても見抜かれちゃうってやつ……。
僕が内心 ビクビクしてると、テオ兄様は深くため息を吐いて、義父に報告してくるから、お前達はこのまま大人しくしていなさいって言い残して退室して行った。
とりあえず、セーフ。
その後、テオ兄様も義父も僕の部屋に来る事無く、ティム兄様もその内 鍛錬に行っちゃったから、僕はまたお昼寝する事にしたのでした。
◇◇◇◇◇
「ヘンリー、命を狙われたと言うのは本当か?」
次の週の頭、ひとりでお昼寝して目が覚めると、ベッドの側にしゃがんでいる暴君殿下の顔が目の前に…!
えっなに、暴君殿下…?なんで居るの?
「…王子殿下!ヘンリーはお昼寝中です!」
ぼんやりしてると廊下からバタバタ走る音がして、バーン!と勢いよく開いたドアから 叫びながらテオ兄様が飛び込んでくる。後ろにはレイラの慌てた姿が有るから、止めても部屋に入って来た暴君殿下を何とかしようと、テオ兄様を呼びに行ってくれたんだね…。ありがとお〜。
「うるさいのはお前だろう!!」
まあ、確かに…。
「王子殿下!父上からご報告があった筈ですが?!」
「だから来たんじゃ無いか!こんな所にヘンリーを置いておけるか!」
あ、そうだった。この間の事があったから、暴君殿下の身に危険が及ぶ可能性があるから、しばらくの間 ディラン伯爵家に来るなって話になってた筈…。
「ぐっ…!ですからっ!それは今、調査中だと…」
「ステルスなんて王家の人間しか使えぬ!ルーカス兄上殿下がヘンリーの命を狙っているに違いない!」
「滅多な事を言ってはいけません!不敬罪になりますよ」
「俺は、正真正銘の”王子”だぞ!誰が俺を裁けるものか!!」
第1王子殿下の母上は、隣国から嫁いで来た王女様だから、純血の暴君殿下は確かに『正真正銘の王子』と言えるけど、それを自分で言う所が凄いよね…。
「…ルーカス王子殿下が、どうしてヘンリーを狙う必要が有るんです?」
「そんなモノ知るか!だが、今 光魔法が使えるのはルーカス兄上殿下だけだ。陛下は火魔法使いだし…」
そうらしい。だからこそ、調査は難航している。王家の、それも第1王子殿下を取り調べるには、伯爵家は余りにも力が弱い。下手すれば不敬罪で一族追放なんて事まで有りうる。
4歳児の戯言と、流されてもおかしくないのに、ディラン伯爵家は真摯に事にあたってくれてる。王家にも事実のみを報告したらしい。王宮で色々噂になってないかな…ちょっと心配だよ〜。
「だから、ヘンリーの身柄を他所へ移す!」
「王子殿下…!それはっ」
「仕方ないだろう!ルーカス兄上殿下がその気になれば、こんな警備の屋敷に入る事なんて 造作も無いぞ!」
「もし、ルーカス王子殿下が犯人であったなら…とっくにヘンリーはこの世に居ないのでは?」
「何?」
「ステルスが使えるので有ればもっと効率良く、自然に見せかけて亡きものにするくらい、ルーカス王子殿下なら簡単に出来るでしょう。それをしなかったという事は、ルーカス王子殿下の仕業では無いと云う事です」
「そう思うのは、お前がルーカス兄上殿下と親しいからだろ!随分、目をかけて貰ってるそうじゃないか!」
「他にもたくさんいる友人のひとりに過ぎませんよ。」
「ふん、どうだかな…」
へ〜そうなんだ。テオ兄様って第1王子殿下と仲が良いんだ〜。王子様の取り巻きの中でも優秀とか、流石ですね〜。
と言うか、伯爵家の子供ひとり殺すのに、わざわざ王子殿下が自ら出向くか?そう言う暗殺集団?とかに依頼すれば済むんじゃない?しかも、仲が良いとされてるテオ兄様の弟なんですが、僕。
「そもそも…ステルスを使うにはステラ5つが必要なんですよ。ルーカス王子殿下のステラは3つです、それに、祝福は修練で取得出来るものではありません。」
「だが…光魔法以外で、ステルスを使える人間など歴史に無い」
「この国の人間では、ですね。」
「どういう意味だ?」
ふう、ため息をついてテオ兄様が説明する。
「この国の人間は産まれた時に教会で、ステラと魔法の属性を見てもらいますよね。でも、魔法が使えるのは何もこの国だけじゃない。領地争いで戦争が多いといっても友好国も有りますし、国際結婚をする事によって血が混じり魔肝を得て、他の国でも魔法が使える者は存在します」
「他国の人間の仕業だと言うのか……!!くそぅ!開戦だ!!!」
血の気荒く、暴君殿下が雄叫びを上げる。待って待って待って!!!暴君まっしぐら!!!
「お待ちください!ですからっ 今、調査中だと申し上げたでしょう!!!陛下にもご相談している案件なんですよ!!」
今すぐにでも飛び出して行きそうな暴君殿下を、テオ兄様が必死で止める。事は、本当に戦争の火種になるかも知れないから、ちゃんと調べないといけないのに、掻き回すのは得意の暴君殿下サマ。
「…分かった。なら、そっちはお前が調べろ。俺はヘンリーの隠れ家を用意する」
「…………っっ」
1歩も引かない暴君殿下に、テオ兄様が青ざめて歯を食いしばる。王子じゃ無かったらぶっ飛ばされてそう。
「…私の一存ではお答えしかねます。父上に相談し、ディラン伯爵家としてお返事させて頂きます」
だから待て!と大人な反応を見せるテオ兄様と違って、こうと思ったらこう!なのが〜、暴君殿下〜!
「明日、準備を整えて迎えに来る。」
そのつもりで!と、爽やかに帰って行った………。あ〜、全然 人の話聞かない……。
地団駄を踏んだテオ兄様だったけど、すぐに我に返って駆け出して行った。多分、義父に相談するんだろうな〜。
いやぁ、伯爵家では王子殿下の命に逆らえないかもなぁ〜。これから、どうなるんだろう。