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悪役令息の務め  作者: 夏野 零音


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第二章-2-

《光の王子》


「そもそも、教会に地下があったとは驚きだ」

 ジェームズ達と別れて、女神の使者である『K』を追って教会の ほの暗い階段を降りていたルーカスは、誰に言うともなく そう呟いた。

「…女神信仰の筆頭である教会は独立した権力を持つ。この国の国王陛下ですら、おいそれと命令出来ないんですから、秘密の部屋が 一つ二つあったとしても不思議では無いでしょう」

 尊き身分であるこの国の第一王子 ルーカスの前に立ち、用心深く階段を降りながらテオドールが答える。教会と王政はあまり仲がいいとは言えない。それはこの国の唯一神である女神の言霊を聴く事が出来ると言われている木魔法の使い手である大神官が、権力を欲しいままにしていた過去があるからだ。

 また 木魔法使いは教会で治癒師となることが ほぼ強制であり、治癒師無くして健やかな生活は送れない。今は落ち着いているが、元々 アデルバード王国は戦争の国だ、この国には病院が無い為、病や傷を負えば教会に通うしかない。また、優秀な治癒師がたくさん居たからこそ、戦争に勝ち続けて来たとも言える。下手に事を荒立てて、治療をして貰えなくなって困るのは自分達なのだ。だから教会の内部については、報告される以上の事を知る術は無い。それでもまさか、地下まであるとは思って居なかったルーカスは、心から驚いていた。仲が良くないとはいえ、教会は王政の支配下にある。たまに礼拝に訪れる事もあるし、王侯貴族にしか開かれていない場所もある。

 

「随分、落ち着いてるんだなテオドール。まさか王家の影でも入り込むのが難しいこの教会にも精通しているのか?」

「…何を馬鹿な事を。影が入れないような場所に、俺が入れるわけ無いだろう。只の推測だ」

 この場には魔女アレクシスも一緒にいるので、一応ルーカスに敬語で話していたテオドールだったが、つい いつも通り砕けた口調になってしまった。それはここまでゆっくり階段を下っている間に、魔女が会話に加わらなかったせいもあるだろう。魔女はずっと口をつぐみ、何か別の事を考えているようだ。


「…大魔人って云うのは…どれくらい強いんだろうか…」

 地下へと下る階段は長く、暗闇からの攻撃を警戒して 殊更ゆっくり降りているので、まだ下にはついていない。しばらく進むと、またルーカスが独り言を漏らした。ルーカスは実際、大魔人が戦闘する様を観ていない。あくまで魔女が言った事を信じるしかないのだが、いざ、駆け付けてみれば、災厄と言われる大魔人は、ジェームズらによって倒されていた。

 あのジェームズが魔力枯渇を引き起こす程、大変な相手だというのは分かっているが、義弟であるジェームズに倒せるのなら、自分とテオドールにも倒せるのでは無いか とルーカスは思い始めていた。もしかしたら、恐れている程 大魔人は手に余る存在ではないのかも知れない。


「…どんな戦いが行われたのかは分からないが、ヘンリーが側にいたんだ。間違いなく強化魔法(バフ)をかけられたジェームズ王子殿下が、魔力枯渇する程の相手だぞ。それに、あの場に居たダニエルは魔獣相手に戦い慣れしてる上に、 ジェームズ王子殿下の魔力量と同等の魔力量を持っていた筈だ。その二人があの様だと言う事を、良くよく考えた方がいい。 」

 むしろ良く死人が出なかった、と続けるテオドールは、ルーカスが事を軽く観ている気配を感じ、そう釘を刺した。

「…それなら、強化魔法(バフ)をかけて貰えない上に、戦闘ではたいして役に立たない私と一緒に戦わなければならないテオドールは、散々じゃないか?」

 小首を傾げてルーカスが言う。

「…ここには女神様も居る。戦闘力では引けを取らない筈だ…」

 そう言って、階段が終わり広い場所に出たテオドールが後ろを振り返った。ルーカスの後ろ、魔女がいる辺りを。


 しかし。

「…えっ」

「どうしたテオドール?」

 目を剥くテオドールの目線の先を振り返りながらルーカスが聞く。ルーカスの後ろ、そこには誰も居なかった。

「えっ!あれ?女神様?」

 慌てたルーカスがキョロキョロと辺りを見回しながら声をかける。しかし、応える声は無い。

「…いつの間に」

 道理で静かな筈である。

「おい、お前の後ろにいた筈だろう、居なくなった事に気が付かなかったのか?」

 呆れてテオドールがルーカスに問う。

「最初は居たんだ。おかしいな、横道なんてなかっただろう?ずっと階段を降りるだけだったのに…」

 ウムムと腕を組んでルーカスが唸る。

「…ま、相手は『女神様』だ。出たり消えたりしていたから、何か急用でもあったんだろう。しかし困ったな…完全に一緒に戦ってくれるものと思っていたから…」

「そうだよな、実質テオドールひとりと変わらない。」

 しーん、と沈黙が降りる。


「いや、きっとその内来てくれるだろう!でなきゃ、ここまで降りて来なかった筈だ!な?そうだろう?」

 パッと表情を明るくしてルーカスが言う。こういう場面で士気を上げるのが、ルーカスは上手かった。

「…それまでに俺が倒れて居なければ良いな」

 至って冷静にテオドールが返す。普段、ネガティブな事を言わないテオドールの一言でルーカスは顔色を変えた。

「おいおいおい、私より先に死ぬのは許さんぞ!」

 青い顔でルーカスが言う。

「阿呆、お前を先に死なす訳に行くか!第一王子」

 コツンとテオドールがルーカスの額を弾く。

「……ジェームズを呼ぼうか?ヘンリーに繋いで貰えば…」

「阿呆!既に一体倒して魔力枯渇してる人間に、また戦わせるつもりか?」

「う…しかし、お前ひとりでは……」

「大丈夫だ、きっと女神様は来てくれるさ。そうなんだろ?」

 笑ってテオドールが下を向いてしまったルーカスに言う。話しながら辺りを確認していたテオドールは、開けた場所はあまり広くなく、直ぐに扉に行き着いた。その扉は半分閉まっておらず、慌てて階段を降りて来たKが入ったままなのだろう。その扉を見て二人は頷き合った。そしていざ、扉から中へ入ろうとした時、ルーカスが呟いた。


「…私はやっぱり、テオドールには側近になって貰いたいな…」

「…またその話か、ここから生きて帰れるかも分からないのに」

 苦笑してテオドールが応える。テオドールとルーカスは幼い頃から気が合った。学友として側にいる内、ルーカスは「大人になったらテオドールは側近になって欲しい」と口癖の様に言っていた。しかしテオドールは嫡男で、伯爵家を継ぐ事が決まっており、領地もあるので管理しなければならず、王宮務めは難しかった。

「…国王陛下(ちち)は、ディラン伯爵が側近を断った事を、凄く寂しく思って居るよ。言わないけれど。私はあんな風に後悔したくないんだ。」

「…ルーカス」

「…父は、黄金王の嫡男だ。それだけでも重圧が凄かっただろう。それなのに魔力量は凡人程度、どれ程苦労したか 想像する事も出来ないよ。でもね、私は『混血』なんだ。この立場は決して安泰なんかじゃない。父と私の苦労を比べる事など出来ないけれど、せめて、心から気を許せる人間に側にいて欲しいと思うのは、そんなにいけない事なのかな…」

 薄暗闇の中で、ボツリポツリとルーカスが心境を吐露する。壁には明かりが点っているが、そこまで強い光では無い。これから死地へと向かうこの瞬間に、ルーカスの押し込めていた本音が零れた。

「…ここから生きて帰れたら…考えてやる。」

 前を向いたまま、テオドールが応える。

「…!本当かい?絶対?嘘じゃないよね?」

 パァと笑顔を見せてルーカスが喜ぶが、テオドールにジロリと見られて首を竦める。

「…俺は『考える』と言ったんだ。まさか、そう言わせる為に画策した訳じゃ無いだろうな?」

「違うよ!…こんな時にそんな事する訳無いだろう…私はただ、お前に側に居て貰いたいだけだよ…」

 現状、テオドールが側近になるのは難しい。ウィリアムは丸薬の研究を続けるだろうし、ヘンリーは体が不自由だ。当主となるには心許ない。しかし本音を言えば、ルーカスの側近となり、様々な者から護ってやりたい気持ちはずっとある。父、ベンジャミンが陛下の側近を断ったのは、近くでは無く遠くから護る為であった。それは信頼出来る人間が他に居たからだ。しかしテオドールにはそんな友人は居らず、出来るなら自分が側で護りたい。またルーカスもそれを望んでいる。

「…この話は、また今度にしよう」

「ああ、生きて帰れたらね」

 話を打ち切ったテオドールに、ルーカスが片目を閉じる。何はともあれ、言質は取ったのだ。


 扉の先は、大広間のようだった。廊下よりも明るいせいで、Kが大魔人を解き放とうとしているのが見える。すぐ様二人は詠唱を始めた。

「…!くそっ、今に見てろ!」

 テオドールが放った水龍とルーカスの光がKに向かって飛んで行く。しかし、一瞬遅く、大魔人はその氷着けの中から騒音をたてながら出て来てしまった。

「!」

 先程の大魔人は成功例で、自我があったが この大魔人にはそれが無い。雄叫びを上げながら四方八方に火柱を放つ。大魔人を解き放つとKはニヤリと笑い、直ぐにその場から消えた。


 

 

 

 

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