第二章-1-
《つかの間の休息》
こんばんわ、ヘンリー・ディラン4歳です。
突然始まった大魔人との戦いで、魔力を使い果たしてしまったジェーちゃとダニエルくん。僕はテオ兄様達とそのまま地下へ行くつもりだったんだけどね、テオ兄様から「ジェームズ王子殿下が ちゃんと休むか、見張るように」って指令を受けちゃったからね、仕方なく こうして王宮まで一時待避して来た訳ですよ。ジェーちゃはさっきまでの事を国王陛下に報告する為に、先触れを出したんだけど、国王陛下は秘密の場所?に居るみたいで、まだ返事は返ってきて無いの。それまで、少し休憩しようって事になったんだ。
勿論、王宮はとっても広いから、普段ジェーちゃが住んでる王子宮殿まで行くには時間がかかる。空いてた部屋(多分、応接間)を借りて、まずは汚れてた服を着替えて 軽く身だしなみを整える。ジェーちゃとダニエルくんは何か難しい話を始めたから大人しくしてたんだけど、僕のお腹はそうじゃ無かったみたい…くうぅぅ〜って…でもさ、僕、何だかんだ今日 色々あって朝ごはんしか食べてないんだよ。それも、魔獣暴走を沈静化しに行くつもりだったから、簡単な食事しか摂って無かったの。だから仕方ないよね?
僕のお腹が鳴った後、すぐダニエルくんのお腹も鳴ってた。もう夜ご飯の時間だし、さっきまであんなに忙しく戦ってたんだもん、そりゃお腹も空くよね!でも、僕を抱っこして汚れた顔を拭いてくれてたジェーちゃは、全然お腹空いてないみたい…ジェーちゃだってお昼食べてないのにね。きっと、今頃 めっちゃ強い大魔人と戦ってるであろうルーカス王子殿下が心配なんだろうな…。
『正史』だったら、ジェーちゃとルーカス王子殿下は憎みあって殺し合う関係だったのにね、やっぱり虚史の方が良いんじゃない?って思っちゃうよね。
あとあと〜、ダニエルくんが女神の使者から聞いてた話をジェーちゃにしてたんだけどさ、Kって言う名前らしいんだけど、その人は女神に召喚されてこの世界に来たんだって!つまり、ジェーちゃの命を狙ってるのは、ジェーちゃが心からの信仰を捧げてる女神アレクシスって事なんだよ!でも多分、本の中に閉じ込められてた魔女さんが、本当の『女神アレクシス』だと思うから、その人?は、偽物だと思うんだよね。
でも、僕がそう思えるのは 僕が居た未来の世界にはそこまで女神信仰がないから(そもそも、魔法がほとんど無いし)すぐ疑えるけど、この世界の人にとっては 本当に唯一神だし、疑うなんて それだけで不敬!なんだろうな。しかもその神に”死ね”って言われたようなもんだから…ジェーちゃは本当に傷ついたみたい…。食欲も無くなるよね。
それでも、僕のお腹の事を思いやって、フーフーしてスープ飲ませてくれるなんて、本当にジェーちゃって良い人だよね。僕がいっぱい強化魔法かけてあげるからね!
「ジェームズ様、ヘンリー様の食事はワタクシが面倒をみますから、どうぞご自分の栄養を摂って下さい」
王宮の前で久しぶりに再会した、ジェーちゃの侍従のファーニーさん。ずっとお顔を赤くしたり青くしたり、色々手配もしてくれて、このご飯も用意してくれたんだよね。ファーニーさんも、凄く良い人…だと思うんだけど、前にこっこり僕の闇魔法の祝福で『鑑定』してみた事があるんだけど、その鑑定画面に ちょっとおかしな事が書いてあったんだよね…。
何が と言えば、ファーニーさんはずっと昔からジェーちゃの侍従らしいんだけど、魔法が使えないんだって!王子殿下の侍従が、魔法を使えない なんて事、あると思う?ここは魔法使いの国だし、魔力のステラランクで差別までされるような世界だよ?王宮に務める人なんて、皆 凄い魔法使いばっかりだし、祝福持ちだってたくさん居ると思う。本当に 魔法を使えない人を、大切な王子殿下の侍従にするかな…。それとも、そこまで嫌われる程、幼い頃のジェーちゃは暴君だったのかな?それはそれで 心が痛いな。
確かに オアシスで皆が襲われてた時も、ファーニーさんは棒切れを一生懸命振って戦ってた(当たってなかったけど)もし、魔法が使えるなら そんな事するわけないし、事情があって隠してたとしても、生きるか死ぬかの時に使わないなんて有り得ないよね。だから、本当に 魔法が使えないんだと思うけど…、鑑定画面には『木魔法使い』って書いてあったんだよね…。
それに、『異世界者』って書いてあったのも気になる。
僕の鑑定画面にも『異世界者』って書いてあるから、きっとファーニーさんも僕と同じく どっかの世界から魂だけやって来た人なんじゃ無いかなって思うんだけど、僕はヘンリーの魔法も祝福も使えるのに、なんでファーニーさんに入ってる魂は、ファーニーさんの木魔法が使えないんだろう?
何か、良くない事を企んでるんじゃ無いかなとか、これだけ命を狙われて来た僕としては不安な訳ですよ。『分からない』事は、人を不安にさせるよね。ジェーちゃをこれ以上悲しませたく無いから、ファーニーさんには 是非とも『良い人』で居て欲しいんだ。
…もし、『良い人』じゃ無かったら…僕は、奥の手を使ってファーニーさんを懲らしめるしかない。何しろ僕は、”悪役令息”なんだからね!
「いや、俺は軽く 果物を食べれば充分だ。それに、ヘンリーの世話は俺の特権だからな。」
僕がブツブツ考え事をしてるうちに、ジェーちゃがファーニーさんに断りを入れた。
「いけませんよ!ジェームズ様。いつ、何が起こるか分からないんですから、食べられる時に食べなくてはいけません!勿論、携帯食もご用意がありますが、それは戦いに向かう時に持って行く事にして、今は 目の前の食事を摂ってください。どれもサッと食べられてしっかり栄養が摂れる物をご用意したんですよ。朝までに魔力を全回復なされないといけないんでしょう?」
食べないジェーちゃに猛然と立ち向かうファーニーさん。
「あー!もう、分かった分かった!」
ジェーちゃは煩そうに片耳を覆ってファーニーさんの話を遮った。
「それにこれから陛下に報告を差し上げるんでしょう、そんな青い顔で行ったら、陛下が心配して外出禁止を言い渡されるかも知れませんよ〜」
「分かったと言ったろう!」
普通の侍従だったら、主に注言するにしても ひと言二言だし、遮られても喋り続けるなんてファーニーさんしか見た事ない。なんか、前も思ったけど、”侍従”って感じじゃ無いんだよねぇ、ジェーちゃも、本気で嫌がってる訳じゃ無いし。
「またそんな大声をあげられて…昔に逆戻りですか?ずっと離れ離れで、やっと再会出来たと言いますのに…よよよ」
嘘泣きするファーニーさんに、僕がクスリと笑っちゃったら目が合った。ファーニーさんが、パチンと片目をつぶる。
「………食事を摂るから、ヘンリーの介添えを頼む。」
ジェーちゃが長い事黙ってから、ボソリと呟いた。ファーニーさんは「ええ、ええ、お任せ下さい!」って言いながら僕をジェーちゃから受け取って抱いてくれたんだけど、僕、普通にひとりでご飯食べられるんだよねぇ。そんなに赤ちゃんだと思われてるのかな?むむぅ。
「うわっ!」
僕達がヤイヤイ言い合ってると、隣の席について黙々とご飯を食べてたダニエルくんが、突然叫んで顔を伏せた。
「…!どうしたっ ダニエル!まさか、毒が…ッ」
ジェーちゃがバッと立ち上がって駆け寄る。「まさかそんな…ッ」ってファーニーさんも僕を抱きしめて目を開く。
「う…、こ これ、これ…」
ダニエルくんが震える指で指すのは、真っ赤な苺。王都の名産であり、人気の高いフルーツだ。
「苺…? これがどうかしたのか? 毒か?」
ジェーちゃが険しいお顔をしたまま、ダニエルくんを覗き込む。
「これ これ………めっちゃ美味いですね……!」
「………………」
急にキラキラした目で苺を褒めるダニエルくんのひと言に、皆が黙る。
「俺、こんな美味いフルーツ、初めて食べましたッ!瑞々しくて甘くて、見た目も可愛いし、これはなんて名前のフルーツなんですか?」
興奮したままダニエルくんが喋る。
「…これは苺だ。この辺の名産だぞ」
ダニエルくんの様子に毒気を抜かれたジェーちゃが答える。
「こ、これが苺?! 本当にこれが苺ですか?俺、乾燥したやつしか知りません…」
心底驚いた様子で声を震わせるダニエルくん。そうか〜、そう言えば なんか王都以外では苺の栽培やってないって、誰か言ってたよねぇ。それで地方に出荷される時は日持ちするように乾燥させるみたい。それでも他のフルーツより高価で、庶民にとっては見ることも出来ない 幻のフルーツかも知れない。子爵家のダニエルくんでも、お茶として乾燥苺は良く飲んでたみたいだけど、生の苺は初めてだったんだなぁ。
「あい、どーじょ」
僕がフォークに刺した苺をダニエルくんへ差し出すと、ダニエルくんは「えっ」と驚いた。苺、美味しいよね!僕も大好きだよ!
「…ハハッ ハンチ、俺にくれるのか?ありがとうな」
パクっとひと口で食べて、僕の頭を撫でてくれるダニエルくん。僕の名前はヘンリーなんだけど、上手く伝えられなかったせいで、ダニエルくんの中では 僕は『ハンチ』で固定されちゃってるみたい。今はもう、『ヘンリー』だって知ってる筈なんだけどね…へへ。
「………」
その様子をジッと黙って見てるジェーちゃ。あれ、ジェーちゃも苺が欲しいのかな?
「…さ、食事にしましょう、皆様。先触れに出した護衛が戻れば、直ぐに陛下に謁見する事になりますから」
ジェーちゃにも苺をあげたかったけど、ファーニーさんがその場を取り成してくれたので、ササッと食事が再開された。
◇◇◇◇◇
《昔取った杵柄》
アデルバード王国の中央に位置する王城の最深部、国王陛下しか入れない古書堂で、国王陛下アーヴィン、側妃プルクラ、伯爵ベンジャミン、公爵ショーラの4人は顔を突き合わせていた。
突如として現れた最大の禁忌である”大魔人”を制する為に、ここから 僅かでも良いから弱点なり何なりを探し出して、今まさにそれと対峙している王子達に朗報をもたらしたい。最悪の場合は国が滅ぶだけでは済まないかも知れない、”大魔人”は不死者であり、『人間を辞める魔術』の成れの果てだ。生死の際限を超え、多くの魔力を得て災害級の力を使う事が出来るが、成功率はゼロと言っても過言では無く、失敗すれば自我を失い 破壊を繰り返すだけの化け物と成る。
凄まじい魔力は枯渇する事も無く、死を超えた大魔人を止められる者は少ない。たった ひとり、ふたりの大魔人でも、大国を壊滅状態にする事が出来る。
「…それが本当なら…とんでもない事ですよ…」
突然 国王に呼び出され、今 初めて事のあらましを聞いたショーラは愕然となって呟いた。
「…ひとりでも国が滅ぶのに、大魔人が3人も居るんでしょう…?」
プルクラの顔色も悪い。
「…確かに、アレは人に止められるモノじゃ無いかも知れない。でも、ジェームズ王子殿下と少年のふたりは、怯むこと無く立ち向かい、倒す事に成功していましたよ…」
あの凄まじい戦いを間近で観ていたベンジャミンは、そっと声を出した。息子の名を聞いて、プルクラの顔色がまた変わる。
「と、言う事は、倒す事が出来るという事だな?」
アーヴィンがベンジャミンに問いかけると、軽く頭を振ってベンジャミンが答える。
「私は、途中で倒れてしまったので、最後 どうなったのかは分かりません。ただ、アシェル様が 瀕死の私に木魔法を使って下さった時には、大魔人は消し炭になっていたと思います…。その後も朦朧としていて、ハッキリ意識を取り戻したのは ついさっきですので、何とも言えませんが…」
ベンジャミンの返答に場は静まり返る。もしかしたら、その消し炭が再び立ち上がり、今もまだ王子達は戦って居るかも知れないのだ。
「…魔女殿の話では、大規模な儀式で用いるのは『生命の泉』と呼ばれる赤い石で、それを体のどこかへ埋め込むのだが、そこから魔力が湧き出る事によって大魔人は魔力切れを起こす事も、首を斬られても死ぬ事も無い。その赤い石を破壊しなければ大魔人は止まらないそうだ。」
神妙な顔で語るアーヴィンに、皆の視線が集まる。
「”大魔人”については、昔 古書堂へ連れられて来た時に、知識として頭に入れたが、まさか実在するとは思っても居なかった。先代王も、あくまで そんな話がある、くらいの口調だったし、危惧視はして居なかったと思う。だが、こうして現実のものとなってしまった。…本来なら、私が先頭に立って臨まねばならないのだが…、魔女殿に指摘された通り 私は、黄金王の資質を受け継げなかった………。もし、今の国王が 父であったのなら…、もっと違った道を選べたのかも知れない…」
説明しながら無意識に両手を握りしめるアーヴィンに、プルクラが固く握られた拳にそっと触れる。
「今の国王は、貴方よ。アーヴィン」
俯き加減のアーヴィンの斜め下から、真っ直ぐな瞳を向けるプルクラ。
「…今、の国王が あの黄金王であったなら、私はとっくに首と胴体が離れていたでしょう。貴方が国王で良かった。国王陛下アーヴィン様」
ニヤリと笑ってベンジャミンが畏まる。
「そうですねぇ、黄金王は些細なミスも赦しませんし、何より ベンジャミンが王宮務めを断った時点で処刑されていたかも知れませんね。」
ショーラもニヤニヤしながらベンジャミンを見る。
黄金王と呼ばれる先代王の異名は、方々にまで広がっている。偉大な英雄であり、残忍な処刑人でもあった彼の 大き過ぎる後を、継ぐ事を期待されて育った2人の息子と1人の息女には、残念ながらその資質は見られなかった。寧ろ平凡と呼んでもいい。子供達は その期待と落胆を肌で感じる度に、重い枷を付けられているような気になった。
そしてそれは、今この瞬間にも続いている。
「…ふ、私には大した力は無いが、我が息子達には 父の資質が受け継がれている。だがソレも闇雲に立ち向かえば、不死者相手では分が悪いだろう。私に出来る事は、ここで何かしかの手がかりを掴み、息子達に有利な情報を伝える事だ。その為にも、皆の協力が必要だ、頼まれてくれるな?」
添えてくれたプルクラの手を握り返して、アーヴィンが言う。
「勿論。昔、蔵書館に忍び込んだ事を思い出すわね」
プルクラに続いてベンジャミンが言う。
「あの時は…イタズラしてたらアーヴィンの頭に猫耳が出る魔法が発動して、慌てて蔵書をひっくり返して大変だったな」
「懐かしいなっ、あの時は護衛の人間も巻いていたから、見つかったら 本当に命が危なかった!」
「でも、あの時も 何とか父にバレる前に戻る事が出来たんだ。”『俺達』に出来ない事は無い”だろう?」
アハハと笑うショーラに、アーヴィンが重ねる。
「もう、今 幾つだと思ってるのよっ、…でもそうね、調べ物は 『俺達』の十八番ですものね」
まだ幼かった頃を思い出しながらプルクラが微笑む。
そうして4人は、狭くは無い古書堂のなかで、あるかも分からない大魔人についての本を探す為に散らばった。




