続
木魔法をかけて貰ったディラン伯爵は、まだ意識が朦朧としたまま アシェル嬢に支えられ外へと連れ出された。ルーカスと入れ違いで出て来た2人を騎士団兵士は陛下の元へも運んでくれると言ったので、アシェル嬢は再び騎士団兵士が止めるのも聞かず、崩れ落ちそうな教会の門へと引き返した。しかし幾分も進まない内に、ヘンリーを抱いたジェームズとダニエルに行きあった。
「ジェームズ王子殿下、ディラン伯爵は外にいた騎士団に任せました」
「そうか。アシェル、君もディラン伯爵に多くの魔力を使っただろう。我々と共に一時引こう」
「アノヒトを放って大丈夫なんですか?」
てっきりジェームズは地下へと進むものだと思っていたアシェル嬢は呆気にとられた。
「ああ、俺もコイツも魔力が尽きてしまったからな…後を追った所で、ルーカス兄上の邪魔になるだろう」
「ルーカス?ルーカス王子殿下がいらっしゃったんですか?」
「ああ、入れ違いになったようだな。君が去った後、ルーカス兄上と魔女が来て、3人は『女神の使者』を追って行った」
「…大丈夫でしょうか?私も後を追った方が…」
アシェル嬢の魔力は、ディラン伯爵の治療で半分程 減っていたが、元々人よりも魔力量は多い。第1王子が危険へと臨むなら、傍には木魔法使いが必要だ。
「……そうだな。テオドールと、アホみたいに強い魔女が居るから戦力的には大丈夫だと思うが…兄上が怪我を負う可能性は充分あるだろう。もし君が行きたいと言うなら、俺は止めない」
「分かりました。では、私はこのまま彼らを追います。戦力にはなれませんが、少しは役に立つ筈です」
先程はあんなに怯えていたアシェル嬢だが、自分の責務を忘れる事は無い。最も尊い第1王子の命を護る為なら、彼女の足は前へと進む。
「俺達も、魔力が回復次第 後を追う。だがら決して無茶な真似はしないように」
そう言った所で、大胆な行動をとる事に躊躇をしないアシェル嬢が言う事を聞くとは思えなかったが、ジェームズは釘をさした。
*****
ディラン伯爵はぼんやりと目を開けた。その様子を近くで伺っていたプルクラは優しく声を掛けた。
「…ベンジャミン、気が付いた?」
「…プル…クラ……?」
2人に近付いた男性もソッと声を掛ける。
「まさか、君がそんなに重傷を負うとは思わなかったよ」
「”大魔人”とは、そんなにも強い者なんですか?」
今度はその男性に向かって、大柄な男性が問いかけた。
「ああ、何しろ、その存在自体が禁忌だからな」
男性同士が話し合う声を聴きながら、ディラン伯爵はゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。
「ダメよ、ベンジャミン、まだ起き上がっては…」
慌ててプルクラが静止したが、先にアシェル嬢の治癒を受けていたディラン伯爵はもう大方、傷が癒えていた。
「ここは…」
「ここは、『古書堂』だ」
プルクラの後ろに立ったこの国の国王陛下が答える。
「…国王陛下しか入れない筈だろう…、どうして…」
呆れながらディラン伯爵が呟くと、陛下の隣にいる大柄な男性、ショーラ・アードルフ公爵が言う。
「仕方がない。我らが国王陛下は、1番安全な場所に君を置きたかったんだ」
「ショーラ」
「その為だけでは無いぞ、今 頑張っている私達の子供達に、少しでも多くの情報を渡す為に古書堂の中身をもう一度精査しなければならない。ベンジャミン、体は大丈夫か?」
「ええ…、アシェル様に命を救われました。ショーラ、久しぶりだな。君の愛娘は本当に素晴らしい聖女だ」
「ふん…まだまだ、子供だよ。まさか部屋から抜け出して敵に拘束されていたとはな…、だがそれで君の命を救ったと言われては、叱る事も出来ないな」
「小さい頃の貴方ソックリね」
プルクラがくすりと笑って言う。
「プルクラ、君も私に治癒を施してくれたんだろう。すまない、有難う」
ディラン伯爵がプルクラに頭を下げる。
「なんでもないわ、治癒魔法を使ったのは久しぶりだったから上手くいって良かったわ」
「さて、諸君。こうして期せずまたこの4人が揃った訳だ。あの頃のように力を合わせて この難局を乗り切ろう」
陛下がパンッと手を打って皆に呼びかける。この4人は歳も近く、幼い頃から懇意の仲だった。育つに連れて様々な困難が4人を襲って来たが、こうしてまた顔を突き合わせる事になった。この国1番の脅威が暴れている最中でも、4人の強い眼差しはキラキラと輝いている。
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「ジェームズ王子殿下、先程はすみませんでした」
空いていた部屋に、一時退却したジェームズ達は 陛下への先触れを出し、ソファに座って休んでいたが、突然ダニエルがスッと立ち上がるとジェームズの前に跪いた。
「?なんだ?」
ヘンリーの顔の汚れを白い布で拭いている最中だったジェームズが怪訝な顔をする。
「お…、わ 私は、不敬にもジェームズ王子殿下に刃を向けてしまいました。打首になってもおかしくありません」
Kと共に現れたダニエルは、最初 Kに言われるままジェームズを攻撃した。
「ああ…アレか、確かに不敬だったな。お前 俺を試しただろう?」
「!…気付いておられましたか…」
ダニエルは驚いて伏せていた顔を上げる。
「どんなつもりであの者と一緒に居たかは知らんが、お前の攻撃には殺意が無かった。俺がどう出るか、試した事くらい 直ぐに解る」
フンとジェームズが鼻を鳴らす。
「…私は、あの者から未来の話を聞いておりまして…、しかしジェームズ王子殿下と出会った時、印象が違いました。その後で地下牢に入れられたと聞きましたので、ジェームズ王子殿下が、本当はどんな方なのか 知りたかったのです」
ダニエルの話を聞いて、ジェームズが顔を歪める。
「未来の話、だと?」
「ええ、これからその話をお聞かせ致します」
ダニエルはKの事を心から信用していた訳では無かった。かと言ってジェームズの悪い噂は元々あったので、否定する事も出来ない。しばらく行動を共にして、何か情報を得られないかと思っていたのだ。
聞かされた話自体は、ジェームズが良く夢に見る内容だったので、特段驚きはしなかったが、それを指示したのが『女神アレクシス』だと云うのは寒気がした。
ジェームズは敬虔な女神アレクシスの信徒であるにも関わらず、その女神アレクシスが自分を討伐しようとしていた。こんな事を聞いて驚かない者は居ない。だが先日、囚われていた『魔女アレクシス』を解放したばかりだ。もしかしたら、魔女アレクシスを閉じ込めたのは その『女神アレクシス』なのかも知れない。
「あくまで可能性の話だがな…」
ジェームズがそう言うと、ダニエルも頷く。
「『女神アレクシス』が、そもそも誰かを殺させる、と云う事 自体がおかしくありませんか?女神アレクシスは慈愛の神ですよ」
「そうだな…かと言ってあの魔女が『女神アレクシス』と言うのもしっくりこないが…」
女神アレクシスは美しく、品があり、慈愛に満ちた微笑みを絶やさず、この国の民を愛し祝福を与える――そう言われて育ったジェームズには、ガハハと豪快に笑う やや品性に欠ける魔女が、女神だとは信じ難い。既に祝福を授かっているにも関わらず、その心は まだ認めていないらしい。
2人が真面目な話をしている横で、ヘンリーのお腹がなった。
くうぅ。
「! ヘンリー、何か食べるか?」
直ぐに気付いたジェームズがヘンリーに聞く。ヘンリーはこくりと頷いた。するとダニエルの腹からも豪快な音が響いた。
「ダニエル、お前もか」
「うっ、すいません…!」
「いや、良い。そうだな、食事を用意させよう、もう夕食の時間を過ぎていたな」
地下へと進んで行ったルーカス達が心配で、空腹も感じないジェームズとは違い、2人のお腹は素直だった。
「もう、隣の部屋に用意してありますよ。ジェームズ様」
この屋敷の前で再会してから 何かと動いていたジェームズの侍従のファーニーが言う。その言葉通り隣の部屋のテーブルには直ぐに食べられる食事が用意されている。この食事を見る限り、ジェームズが食べたらすぐ戦場に戻ると思って用意したのだろう。
「ごはん!」
ヘンリーの瞳がパッと煌めいた。突然現れた魔獣の討伐後、直ぐに拉致されてしまったので、ヘンリーは昼ご飯もオヤツも食べていない。それに気付いジェームズが、ヘンリーを抱き上げて言う。
「ヘンリー、急に食べるとお腹がビックリするからな、まずはスープから飲んだ方が良いだろう」
「あい!」
コクコクとヘンリーが頭を振る。ジェームズは野菜スープの汁だけをスプーンにとり、フーフーしてからヘンリーの口元に持って行った。毒味を経ていたので、既に冷めていたのだが、この間まで隠れ屋敷で暖かな食事をしていたジェームズはその事を忘れていた。
「ん〜♡」
一口飲み込んだヘンリーが両手を頬にあてながら、至福の顔をする。その様子をずっと見ていたダニエルは驚愕していた。子爵家でヘンリーを取り合ってテオドールとワイワイしていた様子を見ていたので、お気に入りなんだろうとは思っていたが、まさかここまでとは…。一国の、尊い王子殿下が、まるで我が子に接するようにヘンリーを甘やかす姿は、今まで聞いていた『悪辣ジェームズ・オン・アデルバード』の、どの姿とも違う。そしてヘンリーも、その扱いを受け入れている。
ダニエルはひたすら驚いていた。




