K
「テオドール!探したぞ!」
禁術によって不死者となった大魔人を、ようやく倒したジェームズとダニエルが魔力切れを起こし、座り込んでいると勝手に教会の門を突破して駆け出したテオドールを追いかけて来たルーカスが、ようやく皆がいる大聖堂に辿り着いた。
王都にあるこの教会は、国中で1番大きくとても広い。無理やり突破した門の周りでは神官たちが右往左往していて、事情を聞いても要領を得ない。それはテオドールがどっちへ向かったか?どこで戦闘が起こっているのか?と聞いても同じだった。仕方なく走り出したルーカスは、騒音が響く方へと向かったが、いざ着いてみれば”大魔人”の残骸らしき物がゴウゴウと燃えている。
「…凄いな、まさか倒したのか?」
自分も戦闘に加わる気でいたルーカスは拍子抜けした。《生命の泉》と呼ばれる赤い石を、胎内の中から探し出して破壊しない限り、何度でも蘇ると女神アレクシスから聞いていたが、どうやら破壊出来たらしい。腹の辺りに砕けた赤い石が見える。
「正直、俺はここで死ぬのかと思いましたが」
そう言ってダニエルがサッとルーカスに礼の姿勢を取る。
「……」
ジェームズはルーカスから目を逸らして気まずそうにしている。
「良くやってくれた2人とも!」
ルーカスが笑顔で労う。
「いえ、俺達だけの力ではありません。後方ではディラン伯爵が土魔法を使って防御してくれていました。魔力が切れた後も、その体を使って…。それに、ヘンリーも…」
ジェームズがスッと立ち上がりながら兄ルーカスに報告する。
「そうだったのか…、それでディラン伯爵は?」
ルーカスが隣のテオドールに向かって問いかける。
「…大丈夫だ。アシェル様が治癒魔法をかけてくださって、命に別状は無い。さっき、外へ連れ出してくれるように頼んだから、屋敷へ戻されるだろう」
「そうか…すまないな、テオドール」
「いいえ、ルーカス王子殿下我が父がお力になれたのなら、大変栄誉な事でございます」
テオドールが頭を下げてそう言う。それを聞いたルーカスがハンッとため息をつくと、続けてテオドールが喋る。
「だが、問題はここからだ。使者が次の大魔人を連れに地下へと降りたらしい。女神の話ではあと2体は居る筈だが、頼りの二人は魔力切れを起こしている。回復するのは早くて明日の朝だろう」
テオドールの話を聞いたルーカスは、頷きながら同意する。
「不死者相手に魔力切れを起こすのは当然だろう。だが、困ったな…私は浄化や目眩しは得意だが、あまり戦闘には向いて居ないんだよな…」
そう言うルーカスに間髪入れずテオドールが「知ってる」と言う。ルーカスは軽くテオドールの肩を叩いた。
「だが、このまま追わない訳にも行かないでしょう。大丈夫ですよ、こうなったら物理で…」
グッと力こぶを作りながらダニエルが焦って言う。
基本的な鍛錬はするが、魔法使いは魔力を使ってこそ魔法使いだ。殴る蹴るをした事の無い 育ちのいい3人は無言になる。
「おお〜!1体倒したのかい?思ってたより早いじゃないか!」
「女神!」
意気揚々と現れた魔女アレクシスにルーカスが声を上げる。
「女神って呼ぶなっていったでしょ!何回言わせんのさ!」
ガハハと魔女アレクシスが笑う。ダニエルは目を丸くした。
「あの…さっきもちょっと聞きましたけど…、《女神アレクシス》って言いましたよね…?この女性が…?」
ダニエルは魔獣暴走の防衛掃討中にテオドールらと合流した時に、この女性とも挨拶したが、確かに空中を飛びながらの魔法は凄かった。何者なんだろうと思い、さり気なく聞いても うまくはぐらかされてしまっていたのだが、《女神》と言われても納得出来る。それくらい強い魔法だった。
「まあまあ、そんな事より。ジェームズと君はもう魔力が切れてるね。一旦引いて回復するまで休んで来な」
「いや…、まだ敵が…」
「魔法使いが、魔力切れで何が出来るって言うのさ?取り敢えず、1体はアタシが何とかするから、残りの1体はアンタらが頑張ってよ。分かった?」
魔女アレクシスにそう言われても、ジェームズはまだブツブツ言っていたが、ルーカスに宥められて仕方なく頷いた。実際、魔法が使えなくては なんの役にも立たない。
「ジェームズ、多分、陛下は古書堂にいると思う。報告を頼めるか?」
古書堂は国王陛下しか入れない 最高機密文書を管理している部屋だ。
「…分かりました。ルーカス兄上、気をつけて下さい。魔力が回復したら、直ぐに戻りますから…」
生きた心地のしない戦いを終えたばかりなので、またあの戦闘が繰り広げられると思うとジェームズは心配だった。いくら馬鹿強い魔女アレクシスが居るからと言っても、何度でも再生する敵と言うのは心が折れそうになる。
キュッと手を握ったヘンリーに気づいたテオドールは、抱き上げてジェームズへ手渡した。
「ヘンリーも殿下と一緒に休んでいなさい」
「?!」
着いて行く気満々だったヘンリーは、テオドールの言葉に固まった。
「え、え、なんれ?いっちょ!」
「疲れただろう?1度休んで英気を養いなさい」
「やー!」
ジェームズの腕の中で、ヘンリーはじたばたと喚いた。
「だいじぶ!つかれ、ないない!いっちょ!」
実際、アシェル嬢にガッチリと捕まえられていたヘンリーは、魔力を使う暇がなく 歯噛みするばかりだった。それから幾らか強化魔法を掛けたが、ステラが5つ持ちのヘンリーにはまだまだ、たっぶり魔力が残っている。
「ダメだヘンリー。…ジェームズ王子殿下がちゃんと休むよう見張っててくれ。出来るな?」
テオドールは、ヘンリーに魔力が残っていようがいまいが、戦場から引き離すつもりだった。危険な目には合わせたくない。
「ええ〜」
しかしヘンリーは、あんなヤバい奴の相手を これからするテオドールが心配だった。いくら魔女アレクシスとルーカスが居るとは言っても、あのジェームズとダニエルですら負けるかと思ったくらいだ、大怪我を負う可能性の方が高い。ヘンリーが強化魔法を掛ければ3倍以上の力を出せるのが分かっているのに、着いて行けないのが納得出来ず、珍しくヘンリーは涙目で駄々をこねた。
しかしテオドールは甘い顔を見せず厳しい声で言った。
「ヘンリー、返事は?」
「……あぃ」
テオドールに反抗する事が出来ず、しょげかえってヘンリーが同意した。それを見てひとつ頷くと、今度はジェームズに向かって頼む。
「ジェームズ王子殿下、ヘンリーを宜しくお願いします」
深々と頭を下げるテオドールに、ジェームズも目を剥く。
「あ、…ああ、分かった」
そんなやり取りを見ていたルーカスが、パンと手を打つ。
「よし、それじゃ二手に別れよう!幸運を!」
「幸運を!」
ジェームズとダニエルとヘンリーは王城へ、魔女アレクシスとテオドールとルーカスは地下へと、それぞれ進んで行った。
◇◇◇◇◇
「…くそ!」
もう少し、という所でジェームズが魔王になってしまった。『魔王になった』は語弊があるのだが、ジェームズとヘンリーが組んだ状態をKはそう呼んでいた。この世界に召喚されてから、日々 順調に進んでいた計画はどこから歪み始めたのか。
実際、Kの計画は悪くなかった。
ひとつ上げるとするなら、狙うべきヘンリー・ディランの中身がノア・アードルフになっていた事だろうか。
ヘンリー親子が乗っていた馬車は、正史でも事故に合っていたが、Kは更に念入りに谷底に落ちるように細工した。本来であればそこで《ヘンリー暗殺計画》は完了している筈だったが、馬車が落下中にノアが未来から飛ばされて来てしまい、生き延びてしまった。
だが、ジェームズの評判を落とし地下牢に入れる事に成功したし、表舞台からは消す事が出来た。しかしまさか、魔獣暴走を止めるために牢破りをするとは思わなかった。それも空を飛び、凄まじい速さで攻撃魔法を打つ姿は人々の心象を良くした。これでは地下牢に入れられた恨みで魔獣暴走を引き起こした犯人に仕立て上げられない。
本来なら、アチコチで一斉に発生した魔獣暴走を止める為に王城騎士団の半数が対応に当たっても手が足りず、中程まで進む筈だった。そして、王都にこっそり連れて来た魔獣を離し、大混乱に貶めるつもりだったのに、外側の魔獣暴走は手際良くあっという間に沈静化させられ、王都に離した魔獣達もアッサリ片付けられてしまった。
そこで始末した筈のヘンリーの姿を見たKは驚いた。
あのオアシスからどうやって逃れたのだろう?不思議だったが、見つけた以上 放っておく訳には行かない。直ぐに透明化を使い攫って、取り敢えず教会の地下の部屋に閉じ込めた。
予定外な事は他にもある。
いつもの様に地下で報告を受けていたKは、盗み聞きしていたアシェル嬢を見つけたのだ。アシェル嬢はいずれルーカスの妃になる為、始末する訳にはいかないが、計画を聞かれた以上、放っておく訳にも行かない。仕方なく拘束し、記憶をいじれる奴がいないか探さなくてはいけなくなった。
その矢先にジェームズが教会に乱入して来たのだ。
どうしてここにヘンリーが居ると分かったのか?勿論、ヘンリーの新しい祝福、言語通信で連絡を取り合ったからだが、それを知らないKは頭を傾げるしかない。そんな情報、《女神アレクシス》から聞いて居ないのだから。
尽く裏目に出て、こうなった以上はもうヤルしかない。やらなければ、こっちがやられる。Kは魔獣暴走を収束させた後に”大魔人”と呼ばれる不死者を放し、ルーカスとダニエルに討伐させるつもりだった。
元々、魔獣暴走も、正史で勇者となるダニエルと、第1王子ルーカスとの絆を深める為のレクリエーションのつもりでいたのだ。本物の魔獣暴走が起きた時にも、この経験は生きるだろう。
召喚され、この国の正史を聞いていた時に《女神アレクシス》から”大魔人”の話が出て、素直に『カッケェ!』と思ったし、せっかく勇者が居るのなら対決させたいと思ったので、黒い影の財力を使い赤い石も手に入れた。流石に禁術と云う事もあって、協力的だった黒い影の中でも意見が割れたが、Kは強行した。
本来で有れば、魔法陣の上に赤い石を起き 錬成する必要がある、時間がやたらかかる儀式をせねばならないのだが、異世界の、科学が進んだ世界からやって来たKは、呪式を埋め込んだ赤い石を砕き、粉末にした物を水と合わせ更に呪式を練り込むと云う、もはやレシピを無視した新しいレシピを作り上げ、ほぼ失敗すると云われている成功率を格段に引き上げた。
三体試しに作った所、意識が残っていたのは、あのダコールだけで、残りの二体は失敗だった。それでも今までの確率から言えばとんでもない数値だ。暴れ出す前にダコールによって制圧され、氷漬けにする事で地下に保管してある。
大聖堂にジェームズが現れ、何故か拘束した筈のアシェルとヘンリーを見た時はマズイと思ったが、ダニエルも居るし、何とかなると思っていた。それに大魔人も居る、禁術の大魔人だ。しかし、いい所でジェームズがヘンリーと組んで魔王になってしまったので、残りの二体を解放するしかない。まさかダニエルがジェームズ側に回ると思わなかった。勇者と魔王 対 大魔人なんて、負けるに決まってる。「もう、後の事なんか知るもんか!」それが今のKの正直な気持ちだった。
元々、ゲームをこよなく愛する普通の青年だったKには、異世界を正史に戻すなんて、”ちょっと面白いかもな”程度の気持ちだったのだ。歴史をめちゃくちゃにされた女神には同情していたが、こうなったらもう、最初からやり直せば?と云う気持ちになっている。
ここまで、一応頑張ったんだがら、レデナツの世界へ移動させてくれなきゃ割に合わない。そんな事を思いながらKは保管してある大魔人の所へ急いで駆け下りて行った。
「取り敢えず! ジェームズだけは倒してやるッ!」




