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悪役令息の務め  作者: 夏野 零音


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26/34

K


「テオドール!探したぞ!」

 禁術によって不死者となった大魔人を、ようやく倒したジェームズとダニエルが魔力切れを起こし、座り込んでいると勝手に教会の門を突破して駆け出したテオドールを追いかけて来たルーカスが、ようやく皆がいる大聖堂に辿り着いた。

 王都にあるこの教会は、国中で1番大きくとても広い。無理やり突破した門の周りでは神官たちが右往左往していて、事情を聞いても要領を得ない。それはテオドールがどっちへ向かったか?どこで戦闘が起こっているのか?と聞いても同じだった。仕方なく走り出したルーカスは、騒音が響く方へと向かったが、いざ着いてみれば”大魔人”の残骸らしき物がゴウゴウと燃えている。

「…凄いな、まさか倒したのか?」

 自分も戦闘に加わる気でいたルーカスは拍子抜けした。《生命の泉》と呼ばれる赤い石を、胎内の中から探し出して破壊しない限り、何度でも蘇ると女神アレクシスから聞いていたが、どうやら破壊出来たらしい。腹の辺りに砕けた赤い石が見える。

 

「正直、俺はここで死ぬのかと思いましたが」

 そう言ってダニエルがサッとルーカスに礼の姿勢を取る。

「……」

 ジェームズはルーカスから目を逸らして気まずそうにしている。

「良くやってくれた2人とも!」

 ルーカスが笑顔で労う。

「いえ、俺達だけの力ではありません。後方ではディラン伯爵が土魔法を使って防御してくれていました。魔力が切れた後も、その体を使って…。それに、ヘンリーも…」

 ジェームズがスッと立ち上がりながら兄ルーカスに報告する。

 

「そうだったのか…、それでディラン伯爵は?」

 ルーカスが隣のテオドールに向かって問いかける。

「…大丈夫だ。アシェル様が治癒魔法をかけてくださって、命に別状は無い。さっき、外へ連れ出してくれるように頼んだから、屋敷へ戻されるだろう」

「そうか…すまないな、テオドール」

「いいえ、()()()()()()殿()()我が父がお力になれたのなら、大変栄誉な事でございます」

 テオドールが頭を下げてそう言う。それを聞いたルーカスがハンッとため息をつくと、続けてテオドールが喋る。

「だが、問題はここからだ。使者が次の大魔人を連れに地下へと降りたらしい。女神の話ではあと2体は居る筈だが、頼りの二人は魔力切れを起こしている。回復するのは早くて明日の朝だろう」

 テオドールの話を聞いたルーカスは、頷きながら同意する。

「不死者相手に魔力切れを起こすのは当然だろう。だが、困ったな…私は浄化や目眩しは得意だが、あまり戦闘には向いて居ないんだよな…」

 そう言うルーカスに間髪入れずテオドールが「知ってる」と言う。ルーカスは軽くテオドールの肩を叩いた。

「だが、このまま追わない訳にも行かないでしょう。大丈夫ですよ、こうなったら物理で…」

 グッと力こぶを作りながらダニエルが焦って言う。

 基本的な鍛錬はするが、魔法使いは魔力を使ってこそ魔法使いだ。殴る蹴るをした事の無い 育ちのいい3人は無言になる。


 

「おお〜!1体倒したのかい?思ってたより早いじゃないか!」

「女神!」

 意気揚々と現れた魔女アレクシスにルーカスが声を上げる。

「女神って呼ぶなっていったでしょ!何回言わせんのさ!」

 ガハハと魔女アレクシスが笑う。ダニエルは目を丸くした。

「あの…さっきもちょっと聞きましたけど…、《女神アレクシス》って言いましたよね…?この女性が…?」

 ダニエルは魔獣暴走(スタンピード)の防衛掃討中にテオドールらと合流した時に、この女性とも挨拶したが、確かに空中を飛びながらの魔法は凄かった。何者なんだろうと思い、さり気なく聞いても うまくはぐらかされてしまっていたのだが、《女神》と言われても納得出来る。それくらい強い魔法だった。


「まあまあ、そんな事より。ジェームズと君はもう魔力が切れてるね。一旦引いて回復するまで休んで来な」

「いや…、まだ敵が…」

「魔法使いが、魔力切れで何が出来るって言うのさ?取り敢えず、1体はアタシが何とかするから、残りの1体はアンタらが頑張ってよ。分かった?」

 魔女アレクシスにそう言われても、ジェームズはまだブツブツ言っていたが、ルーカスに宥められて仕方なく頷いた。実際、魔法が使えなくては なんの役にも立たない。


「ジェームズ、多分、陛下は古書堂にいると思う。報告を頼めるか?」

 古書堂は国王陛下しか入れない 最高機密文書を管理している部屋だ。

「…分かりました。ルーカス兄上、気をつけて下さい。魔力が回復したら、直ぐに戻りますから…」

 生きた心地のしない戦いを終えたばかりなので、またあの戦闘が繰り広げられると思うとジェームズは心配だった。いくら馬鹿強い魔女アレクシスが居るからと言っても、何度でも再生する敵と言うのは心が折れそうになる。

 キュッと手を握ったヘンリーに気づいたテオドールは、抱き上げてジェームズへ手渡した。

「ヘンリーも殿下と一緒に休んでいなさい」

「?!」

 着いて行く気満々だったヘンリーは、テオドールの言葉に固まった。

「え、え、なんれ?いっちょ!」

「疲れただろう?1度休んで英気を養いなさい」

「やー!」

 ジェームズの腕の中で、ヘンリーはじたばたと喚いた。

「だいじぶ!つかれ、ないない!いっちょ!」

 実際、アシェル嬢にガッチリと捕まえられていたヘンリーは、魔力を使う暇がなく 歯噛みするばかりだった。それから幾らか強化魔法(バフ)を掛けたが、ステラが5つ持ちのヘンリーにはまだまだ、たっぶり魔力が残っている。


「ダメだヘンリー。…ジェームズ王子殿下がちゃんと休むよう見張っててくれ。出来るな?」

 テオドールは、ヘンリーに魔力が残っていようがいまいが、戦場から引き離すつもりだった。危険な目には合わせたくない。

「ええ〜」

 しかしヘンリーは、あんなヤバい奴の相手を これからするテオドールが心配だった。いくら魔女アレクシスとルーカスが居るとは言っても、あのジェームズとダニエルですら負けるかと思ったくらいだ、大怪我を負う可能性の方が高い。ヘンリーが強化魔法(バフ)を掛ければ3倍以上の力を出せるのが分かっているのに、着いて行けないのが納得出来ず、珍しくヘンリーは涙目で駄々をこねた。

 しかしテオドールは甘い顔を見せず厳しい声で言った。

「ヘンリー、返事は?」

「……あぃ」

 テオドールに反抗する事が出来ず、しょげかえってヘンリーが同意した。それを見てひとつ頷くと、今度はジェームズに向かって頼む。

「ジェームズ王子殿下、ヘンリーを宜しくお願いします」

 深々と頭を下げるテオドールに、ジェームズも目を剥く。

「あ、…ああ、分かった」


 そんなやり取りを見ていたルーカスが、パンと手を打つ。

「よし、それじゃ二手に別れよう!幸運を!」

「幸運を!」

 ジェームズとダニエルとヘンリーは王城へ、魔女アレクシスとテオドールとルーカスは地下へと、それぞれ進んで行った。



 ◇◇◇◇◇

「…くそ!」

 もう少し、という所でジェームズが魔王になってしまった。『魔王になった』は語弊があるのだが、ジェームズとヘンリーが組んだ状態をKはそう呼んでいた。この世界に召喚されてから、日々 順調に進んでいた計画はどこから歪み始めたのか。

 実際、Kの計画は悪くなかった。

 ひとつ上げるとするなら、狙うべきヘンリー・ディランの中身がノア・アードルフになっていた事だろうか。

 ヘンリー親子が乗っていた馬車は、正史でも事故に合っていたが、Kは更に念入りに谷底に落ちるように細工した。本来であればそこで《ヘンリー暗殺計画》は完了している筈だったが、馬車が落下中にノアが未来から飛ばされて来てしまい、生き延びてしまった。


 だが、ジェームズの評判を落とし地下牢に入れる事に成功したし、表舞台からは消す事が出来た。しかしまさか、魔獣暴走(スタンピード)を止めるために牢破りをするとは思わなかった。それも空を飛び、凄まじい速さで攻撃魔法を打つ姿は人々の心象を良くした。これでは地下牢に入れられた恨みで魔獣暴走(スタンピード)を引き起こした犯人に仕立て上げられない。

 本来なら、アチコチで一斉に発生した魔獣暴走(スタンピード)を止める為に王城騎士団の半数が対応に当たっても手が足りず、中程まで進む筈だった。そして、王都にこっそり連れて来た魔獣を離し、大混乱に貶めるつもりだったのに、外側の魔獣暴走(スタンピード)は手際良くあっという間に沈静化させられ、王都に離した魔獣達もアッサリ片付けられてしまった。


 そこで始末した筈のヘンリーの姿を見たKは驚いた。

あのオアシスからどうやって逃れたのだろう?不思議だったが、見つけた以上 放っておく訳には行かない。直ぐに透明化(ステルス)を使い攫って、取り敢えず教会の地下の部屋に閉じ込めた。

 予定外な事は他にもある。

 いつもの様に地下で報告を受けていたKは、盗み聞きしていたアシェル嬢を見つけたのだ。アシェル嬢はいずれルーカスの妃になる為、始末する訳にはいかないが、計画を聞かれた以上、放っておく訳にも行かない。仕方なく拘束し、記憶をいじれる奴がいないか探さなくてはいけなくなった。


 その矢先にジェームズが教会に乱入して来たのだ。

 どうしてここにヘンリーが居ると分かったのか?勿論、ヘンリーの新しい祝福(ギフト)、言語通信で連絡を取り合ったからだが、それを知らないKは頭を傾げるしかない。そんな情報、《女神アレクシス》から聞いて居ないのだから。

 (ことごと)く裏目に出て、こうなった以上はもうヤルしかない。やらなければ、こっちがやられる。Kは魔獣暴走(スタンピード)を収束させた後に”大魔人”と呼ばれる不死者を放し、ルーカスとダニエルに討伐させるつもりだった。

 元々、魔獣暴走(スタンピード)も、正史で勇者となるダニエルと、第1王子ルーカスとの絆を深める為のレクリエーションのつもりでいたのだ。本物の魔獣暴走(スタンピード)が起きた時にも、この経験は生きるだろう。

 召喚され、この国の正史を聞いていた時に《女神アレクシス》から”大魔人”の話が出て、素直に『カッケェ!』と思ったし、せっかく勇者が居るのなら対決させたいと思ったので、黒い影(ブラックシャドウ)の財力を使い赤い石も手に入れた。流石に禁術と云う事もあって、協力的だった黒い影(ブラックシャドウ)の中でも意見が割れたが、Kは強行した。


 本来で有れば、魔法陣の上に赤い石を起き 錬成する必要がある、時間がやたらかかる儀式をせねばならないのだが、異世界の、科学が進んだ世界からやって来たKは、呪式を埋め込んだ赤い石を砕き、粉末にした物を水と合わせ更に呪式を練り込むと云う、もはやレシピを無視した新しいレシピを作り上げ、ほぼ失敗すると云われている成功率を格段に引き上げた。

 三体試しに作った所、意識が残っていたのは、あのダコールだけで、残りの二体は失敗だった。それでも今までの確率から言えばとんでもない数値だ。暴れ出す前にダコールによって制圧され、氷漬けにする事で地下に保管してある。


 大聖堂にジェームズが現れ、何故か拘束した筈のアシェルとヘンリーを見た時はマズイと思ったが、ダニエルも居るし、何とかなると思っていた。それに大魔人も居る、禁術の大魔人だ。しかし、いい所でジェームズがヘンリーと組んで魔王になってしまったので、残りの二体を解放するしかない。まさかダニエルがジェームズ側に回ると思わなかった。勇者と魔王 対 大魔人なんて、負けるに決まってる。「もう、後の事なんか知るもんか!」それが今のKの正直な気持ちだった。

 元々、ゲームをこよなく愛する普通の青年だったKには、異世界を正史に戻すなんて、”ちょっと面白いかもな”程度の気持ちだったのだ。歴史をめちゃくちゃにされた女神には同情していたが、こうなったらもう、最初からやり直せば?と云う気持ちになっている。

 ここまで、一応頑張ったんだがら、レデナツの世界へ移動させてくれなきゃ割に合わない。そんな事を思いながらKは保管してある大魔人の所へ急いで駆け下りて行った。

 

「取り敢えず! ジェームズだけは倒してやるッ!」

 

 

 

 

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