戦闘開始
思惑
「ダコール!コイツらを全員殺せ!!!!」
広い礼拝堂に、女神の使者であるKの怒声が響く。先程ジェームズを引き留めようとしていた神官たちは、壁際に下がり、震えて声も出ないようだった。それ程、Kの命令を受けたダコールという人物はドス黒いオーラを纏い、巨大な魔法円を空中に召喚した。ダコールは全く躊躇せず、壁際に佇むジェームズ達に向かって致命傷を与える程の水魔法攻撃を打った。
ドオォォ…と、大きな音をたてて激しい水流が真っ直ぐ飛んでいく。
アシェルは隣にいたヘンリーを抱え込んで座り、ジェームズは相殺すべく火魔法を放った。しかし、押し戻されてしまう、ヘンリーと距離がある為強化魔法をかけて貰えないのだ。
(くそっ、…足りない!)
ジェームズが歯を食いしばる。
水流が届く前にベンジャミンが土壁を作り、皆を護る。しかしダコールは間髪入れず、次々と水魔法を放つ。ダニエルは剣に火魔法を乗せ、水流を壊して行くが 膨大な数だ、対処し切れない。捌き切れない水流がアシェル達を襲う、ベンジャミンが土壁を作るが、一撃で壊されてしまう。
(どうしよう…!!このままじゃ…!早くジェーちゃに強化魔法をかけなきゃ…!)
ヘンリーがアシェルの腕の中で もがくが、ヘンリーを守ろうと必死になっているアシェルは、ぎゅうぎゅうとヘンリーを抱き締める。これでは身動きが取れない。
「ハハハ…!良いぞ良いぞ!邪魔されるかと思ったが、これはチャンスだ!ダコール、トドメをさせ!」
またヘンリーがジェームズに強化魔法をかけ、一掃されてしまうかと思っていたKは、アシェルの善意によってヘンリーが拘束されているのを見ると勝ちを確信したように嗤った。
常人であれば、とっくに魔力切れを起こしていてもおかしくない程の攻撃魔法を放っていると云うのに、ダコールと呼ばれた男は、顔色ひとつ変えず高速で水魔法攻撃を打っている。このままではいずれ致命傷を受けてしまう。
鞭の様に、四方から放たれる水流をダニエルとジェームズが火魔法で打ち消す。すり抜けた水流は、ベンジャミンが土壁を作って防御するが、一撃で壊されてしまう為何度も作り直さなければならず、魔力を大量に必要としていた。
(…マズイ、2人が八割方 対処してくれているとしても、このままでは私の魔力が切れてしまう…)
ベンジャミンの額に汗が流れる。
(外にはアーヴィンが兵を引き連れて教会を取り囲んでいる筈だが…)
「とうめい な おとこ を みた」と言うヘンリーの報告をベンジャミンから受けて、国王陛下アーヴィンは情報収集と証拠固めを行って来た。今では全容を把握し、新勢力は『女神の使者』が中心だという事も分かっている。先程の騒ぎが引き金となり、王宮は正式に教会を告発しに来ているはずだった。
しかし、ベンジャミンが教会に潜入し、ジェームズが乱入した後、Kが配下の土魔法を使える司祭達に命じて、教会の外周に防御魔法を張り巡らせたせいで、簡単には中に入れない。
本来の計画にヘンリーの誘拐は含まれておらず、それによってジェームズが教会に乱入していると報告を受けたKは慌てた。(どうしてここだとバレた?)慌てて出入りを封鎖したが、外には王城騎士団と共に国王陛下が来ている。解除しなければ即、牢屋行きとなってもおかしくないが、指示を出したKは戦闘中で新たな命令を出せず、黒い影のメンバーが焦る中、更に黒い影に与していない司祭達が「開門しろ」と詰め寄って来た事により場は混乱を極めた。
「開けよ!国王陛下のご命令であるぞ!」
王城騎士団長が教会の門前で大声を上げる。しかし返る声は冷やかだ。
「ここは教会でございます。いかな国王陛下と云えども、大司祭様の赦し無く 立ち入る事は出来ません」
「大罪を犯した司祭を引き取りに来た!開けぬならば押し入るぞ!」
団長も負けずと声を張り上げる。騎士達は防御魔法を壊す用意を始める。
「…やはり、自らは開けぬか」
アーヴィンが独りごちる。先に潜り込ませたベンジャミンが今どうしているかも気にかかる。少し待てば、すました顔で罪人共を引きずって扉を開けてくるのでは無いかとも思う。
そこへ息子の第一王子ルーカスが駆け付けてきた。
「陛下、黒い影に与した貴族はひとり残らず捕縛しました。主犯は?」
「立て篭っておる。様子見をしているが、開けぬようなら強行突破も仕方なしだな」
「中にはジェームズが居る筈です。直ぐに出て来るでしょう」
親子二人がそう話す隣でテオドールは嫌な予感が身体中に広がるのを感じた。後はもう、『女神の使者』と呼ばれる男を捕まえば終わりの筈なのに。
「これは長くなるかもねぇ…」
その時、ずっと姿を消していた魔女アレクシスがテオドールの後ろに音もなく現れた。
「…!女神…っ」「し!」
振り返って名を呼ぼうとしたテオドールの口に人差し指を押し付け、声を奪う。
「女神なんてガラじゃないって言ったろ〜、それに寄りによってこんな場所でその名を呼ぶんじゃないよ。気付かれたらどうすんのさ」
テオドールの耳元で魔女アレクシスが文句を言う。
「…今まで、何処に行っていたんですか?行動の自由を許す代わりに、行先は必ず報告する約束だったでしょう」
相手がこの国の神であったとしても、テオドールにとっては 陛下やルーカスに対する態度と変わらない。
「ちょっと忙しかったから忘れてたよ。何しろシャバは久しぶりだからね〜」
少しも反省せず、ニヤニヤしながら魔女アレクシスが答える。
「それは後でルーカス王子殿下に報告して下さい。それより、『長くなる』って言いましたよね?」
「ああ、中から”大魔人”の気配がする。禁忌を破ったね」
魔女アレクシスは、ニヤニヤの顔からガラリと真面目な顔になる。
「”大魔人”…?」
聞いた事の無い名称に、テオドールは首を傾げる。
「『人を辞める魔術』か――」
そこへ、黙って話を聴いていたアーヴィンが口を挟む。
「『人を辞める魔術』?」
ルーカスも知らないらしく、ポカンとした顔をする。
「そう、ある地方にある『生命の泉』と呼ばれる赤い石に、特殊な呪法をかけると出来上がる 不死者を作る魔術だよ。」
「「不死者?!」」
テオドールとルーカスの声が重なる。
「勿論、”禁術”。その存在自体が禁忌だ。何故なら、成功例はこれ迄に、たった4つだけ。それも、『成功』とカウントして良いか悩むレベルだしね」
「では、失敗するとどうなるんですか?」
声を潜めて話す魔女アレクシスにルーカスが質問する。
「そんなモン決まってる。自我の無い化け物になるんだよ。人だった頃の十倍以上の魔力を得る代わりに、人として歩いて来た記憶は全て焼かれ、もう死んでるようなモンなのに、胎内の何処かに隠された赤い石『生命の泉』を壊さない限り、活動を停止する事は無い。首を切っても直ぐに再生するよ。…アタシの生まれた国が滅んだ理由のひとつだ。」
「陛下!直ぐに突入しましょう!」
事を重く見たルーカスは、振り返ってアーヴィンに進言する。テオドールも魔力を腕に集め始めた。号令があれば何時でも突入出来る。
「”大魔人”の気配は一つですか?」
アーヴィンが魔女アレクシスに敬意を払って問う。
「いや、二つ……奥にもう一つか、三つ。この中には三つの”大魔人”の気配がある」
目を瞑り、中の気配を探っていた魔女アレクシスはそう断言した。
「貴女なら、この事態を抑える事が出来ますか?」
ひとりでも厄介な”大魔人”が三体。もし暴走すれば魔獣暴走と同じか、それ以上の大災害となる。たった二体の”大魔人”によって国が滅ぼされたと伝えられている、歴代の国王のみが閲覧出来る歴史書を学んでいたアーヴィンは『女神アレクシス』に期待を込める。これで断られるようなら、もう誰にも止める事は出来ない。
この国は滅ぶだろう。
「まあ、ひとりならアタシが止めてやるよ。ご存知の通り、アタシは不死者だからね。その内いつか勝てるでしょ。でも残りのふたりは、第一王子と第二王子の仕事だよ!」
「え!」「本気ですか?!」
何でもない事のように言う魔女アレクシスに、ルーカスとテオドールが驚きの声をあげる。
「そりゃそーでしょ。アンタは次にこの国を背負って立つんでしょ?これは王様の仕事だよ」
「それを言うなら、私はまだ王じゃないんだが…」
ポリポリと頭をかくルーカス。
「王様の仕事と言うなら…陛下が…」
チラリとアーヴィンを見ながらルーカスが言う。
「勿論、子供に全ての責任を押し付けるつもりは無い。私はこの国の王だ。私に出来る事は全てやろう」
相手が”大魔人”と聞いても 顔色ひとつ変えることなく威厳に満ちた声で応える。
「じゃあ、王様はこの辺りの人間に避難命令を出して、備蓄の確認や避難にかかる経費の捻出に精を出してくれる?」
「…分かった。無駄だとは思うが、王都に防御魔法を張り巡らし、”大魔人”を閉じ込められるように尽力しよう」
思わぬ事を言う魔女アレクシスにも順応するアーヴィン。
「ちょっと ちょっと ちょっと!父上…っ、あ、へ、陛下は火魔法使いで、かなり魔力が多いんですよ?技も色々あって…!」
言い募るルーカスに、つれなく魔女アレクシスが言う。
「でもアンタの半分だよね」
「……えっ」
「ジェームズと比べるなら、3分の1だ。」
容赦の無い魔女アレクシスの返答にルーカスが固まる。
「ルーカス、良いんだ。私は黄金王の資質を受け継げなかった、君達と違ってね。私と弟よりも、末の妹の方が似ていたかな」
今まで何を聞いても顔色が変わらなかったアーヴィンに影が差す。生まれた時から抱えている棘だ。
「父上…」
「私は魔力よりも、頭で戦う事にしよう。ぶつかるだけが正解では無い筈だ。民を避難させ、防御を張り、歴史書をひっくり返して打つ手を考えるよ」
「…分かりました、私も全力で戦います」
国王から父親の顔になったアーヴィンに、腹を決めたルーカスが力強く応じる。
王城騎士団は先日の魔獣暴走で出払っていた為半数だったが、その更に半分をこの場に残し、国王陛下は王宮へと戻って行った。
その時、中で轟音が響いた。
ドオォォ…!!!!
「…?!」
「今のは?!」
「こんな時の為の言語通信でしょ。ヘンリー?ヘンリー聞こえる?今何処にいる?」
焦るテオドールとルーカスに、魔女アレクシスは冷静に言う。
「そうだった!ヘンリーの新しい祝福!」
((まじょ たん?))
((そうだよ、ヘンリー。今どこ?))
ヘンリーは魔女アレクシスとだけ通話している様で、ルーカス達には話が聞こえない。
((ヘンリー!大丈夫か?))
テオドールが割り込む。
((だいじぶ、ない!だめ!))
((えっ?))
『だめ』を聞いた瞬間、テオドールはありったけの魔力を教会の門に叩き付けた。
「おい!テオドール!待て!」
慌ててルーカスが止めるも、テオドールはヒビが入っただけの門に更なる詠唱を始める。
((ヘンリー!アシェルは?一緒では無かったのか?!))
((あちぇる ちゃま、はなちて、ゆって!))
ヘンリーが涙声でルーカスに訴える。
((???あ、アシェル?おい聴こえているか?アシェル?))
((ハッ、その声はルーカス王子殿下?))
((アシェル、何だか良く分からんが、ヘンリーが…))
ルーカスの言葉の途中で、アシェルが叫ぶ。
((あ!…駄目よ、ヘンリーくん!危ない!!))
ドオォォ!!!!
アシェルの『ヘンリー、危ない』の言葉を聞いたテオドールは、防御魔法に護られ鉄壁を誇る教会の門を粉砕した。そして、ルーカスが止める間もなく中へと走り出した。
「ああー!もうっ!」
「ルーカス王子殿下、私達も突入しますか?」
もう後ろ姿も見えないテオドールの後を追おうとして、騎士団長に声を掛けられる。
「…いや、君達はここに残ってくれ。もしかしたら飛び出してくる奴が居ないとも言いきれない。辛い役目だと思うが頼んだよ」
「いいえ、光栄に存じます。どうぞお気を付けて」
騎士達に見送られながらルーカスは、教会内へと進んで行った。魔女アレクシスの姿もいつの間にか消えている。
*****
ダコールと呼ばれた人物は、ジェームズやダニエルの度重なる攻撃魔法を受けても平然としていた。魔力が切れる様子も無い。それどころか、辺りに立ち込める血の匂いに興奮している様に見える。
ヘンリーは何とかアシェルの腕の中から逃げ出す方法を考えていた。早くジェームズの近くへ行って、強化魔法をかけなくては勝ち目が無い。しかし恐怖からか、アシェルはヘンリーをキツく抱きしめて離そうとはしない。きっと身を呈してヘンリーの命を護ろうとして居るからだろう。
そこへ、魔女アレクシスから言語通信が入った。授かったばかりの新しい祝福と云う事もあって、それまでその存在を忘れていた。ルーカスからアシェルに言って貰えれば、離してくれるかも知れない。
ヘンリーは必死だった。
アシェルは、突然ルーカスの声が響いた事で、驚いて手を離してしまい、結果的にヘンリーはアシェルから逃れジェームズの元へと走り出した。走り出した…と本人は思っているが、事故の後遺症で歩く事しか出来ない。ヨチヨチと歩き出したヘンリーをアシェルが捕まえられなかったのは、恐怖で腰が立たなかったからだ。
ベンジャミンは既に魔力切れを起こしてしまい、体をはって盾になっていたが、その体も今は床に横たわっている。ヘンリーは必死にジェームズを呼んだ。
「ジェーちゃ!」
「おい!危ないぞ!ハンチ!!」
ジェームズより近くにいたダニエルが、ヘンリーに下がれと声をかける。それでもヘンリーは両手を前へと出し、必死にジェームズを呼んだ。
「ヘンリー!」
向かって来た水流を蒸発させ、ジェームズがヘンリーを抱き留める。
「ヘンリー!直ぐに逃げ……っ」
「んんんん!!!」
ジェームズの腕の中で、ヘンリーが力を込める。するとジェームズの体が光出した。
力が漲る。
「おい!」
その様子を見ながらダニエルが声をかける。四方から水流が迫っていた。
ジュアァァアァァ!!!!
あれ程 苦戦していた水流を、纏めて打ち砕く。ジェームズの紫色の瞳が光っている。ダニエルは言葉を失った。
「くっそ!チンたらしてるから、”魔王”になっちゃったじゃんか!責任持って皆殺しにしろよ!俺はもう一体を持ってくる!」
そう言うなら、戦闘中にサッサとヘンリーを殺しておけば良かったのに、地団駄を踏みながらKが悪態をつく。そして、身を翻し地下へとかけて行った。
先程までの乱闘が嘘のように、ヘンリーを抱えたジェームズは次々にダコールの体を焼いていく。そして遂に、ダコールの体は消し炭となった。
「ヘンリー!!!」
そこへ、教会の中を探し回っていたテオドールが合流する。
「!…ておにいさま!」
泣きじゃくって、ぐしゃぐしゃだったヘンリーの顔が その姿をみとめた途端、パッと華やぐ。
ジェームズは床に降り、ヘンリーを離すと ストンと座りこんでしまった。それには気付かず、ヘンリーはヨチヨチとテオドールの方へ歩き出す。
「…第二王子殿下」
そこへダニエルが歩み寄って声をかける。
「…今のって…何?。ヘンリーは…何者なんだ…?」
死闘を繰り広げていた事は、共に戦った自分が1番良く分かっている。何度でも再生を繰り返す相手に『勝てない』の文字が頭に浮かんだ。ジェームズの憔悴している姿を見れば、能力を出し惜しんでいた訳では無いのも分かる。
それが、ヘンリーを抱きしめた瞬間、まるで別人になったようだった。圧倒的なまでの攻撃魔法を繰り出し、再生の機会も与えない。立ち竦んでいる間に、『勝てない』と思った敵は、消し炭になっていた。
正直、何が何だか分からない。
こちらはもう、魔力切れを起こしていると云うのに。
これが、Kの言っていた、『魔王』たるジェームズの力なのだろうか。これなら、確かに国を傾けると言うのも頷ける。ただ…、
「…俺は…弱い人間だ……」
誰にも及ばない魔力を漲らせながら、下を向いたままのジェームズが、ポツリと零す。
「自分の、自分の力では無いのに、…求めてはいけないのに……どうしても、欲してしまう」
ポタリと、雫が一粒落ちた。
「………」
無言でダニエルは、ドサリとジェームズの隣に座りこんだ。
「…まあ、あんな力を使えたら、誰だって欲しくなると思いますがね…」
「――――俺はヘンリーを酷使したくないんだ」
ダニエルの言葉に、ジェームズが返事とも言えないような言葉を返す。それでヘンリーが、ジェームズに強化魔法を与えていると聞いた事を思い出した。
「酷使…か、それ本人に聞いてみました?」
ヘンリーは自分からジェームズへと両手を伸ばしていた。
ダニエルにそう聞かれて、虚をつかれたようにジェームズが顔を上げる。
「ハンチ…じゃなかった、ヘンリー?に、ちゃんと聞いてみましたか?」
「…いや、でも――」
「例え血の繋がった親子でもね、言葉にしないと伝わらない事が多いんですよ。他人なら尚更だ。全て分かり合えなくても、解ろうとする為に『言葉』があるんですから」
緩く微笑みながら そう言うダニエルをジェームズはポカンと見つめた。
「ジェームズ王子殿下」
そこへ、テオドールの低い声が響く。座り込んでいた2人は反射的にそっちを向く。
「これ、薬丸です。傷が酷いですね、…ヘンリー」
ジェームズの姿を確認したテオドールが、倒れたベンジャミンに治癒を行っているアシェルに強化魔法をかけているヘンリーを呼ぶ。
トテトテとヘンリーが直ぐに向かってくる。
「ヘンリー、父様の方は大丈夫か?」
「あい!も、だいじぶ よ!」
テオドールの問いかけにヘンリーは、ニコッとして返す。
「なら、この二人に今から薬丸を飲ませるから、強化魔法をかけてくれないか?」
「あい!」
ニコニコと返事をするヘンリー。それを聞いてジェームズが慌てた。
「おい!テオドール!俺は大丈夫だ!ヘンリーに魔法を使わせるなっ!」
「その姿で良く言えますね。貴方に何かあったら 我々が裁きを受けなきゃいけないんですよ、一応 ”王子殿下”なので」
「一応っておま……!」むぐっ
抗議するジェームズの口に薬丸を放るテオドール。すかさずヘンリーが強化魔法をかける。「うっ」と呻いてジェームズは静かになった。元々、抜群に効くウィリアムの魔法薬だ、あっという間に体中の傷が治り、血と共に魔力が巡っているのを感じる。
「うわぁ〜これは凄いな…」
戦場でウィリアムの薬丸の存在は知らされていたが、他の人間と違い、剣を使うダニエルは切り傷を負っていなかったので、それがどの程度なのか解らなかった。そして、ヘンリーの強化魔法。一般的に月魔法使いは 役に立たない、魔肝無しの人間と変わらないと蔑まれている。領地にも月魔法使いは沢山いたし、強化魔法をかけて貰った事もある。
あれと、ヘンリーのコレではまるで違う。
まるで別の魔法のようだ。
もしこれを、治癒ではなく攻撃魔法の時にかけられたら…、ダニエルは先程の、紫色の瞳を妖しく光らせるジェームズの姿を思い浮かべ、体が震えた。
「ちゃむい?」
ダニエルが震えたので、心配したヘンリーが顔を傾げる。
「いいや、大丈夫だよ、ハンチ。ありがとうな」
ヘンリーを安心させるように笑い、頭を撫でるダニエル。
「さて、では行きますか」
アシェルにベンジャミンを連れて外へ出るように頼んだテオドールは、そう言ってパンッと手を鳴らした。
「行く?」
「どこへだ?」
ダニエルとジェームズの声が重なる。
「死闘を繰り広げて”大魔人”を倒した 貴方がたには申し訳無いのですが、アレと同様なモノが あと二体は居ます。ですから、座っている暇は無いんですよ」
「はあ?」
「あと、二体??」
淡々と魔女アレクシスに聞いた話をするテオドールに、ジェームズとダニエルの声が大きくなる。
「あ、でもアイツ、もう一体持ってくる…って言って無かった?」
余りに驚いて、第二王子相手だと云うのに敬語も無くなっているダニエルに、ジェームズも頷く。
「確か…そんな事を言っていたな…マズイな――」
「何で?ヘンリーとアンタが組めば最強なんじゃないの?」
「…魔力が残っていればな」
いかな王国随一と言われるジェームズの魔力量でも、あれだけの戦闘をすれば魔力は枯渇する。
「え……俺ももう、魔力無いんですけど…」
項垂れるジェームズに、白目を剥くダニエル。
「ええ、ですから、『申し訳ない』と言ったでしょう?。さ、立って下さい」
パンパンッとテオドールが手を叩く。
「「え、ええ〜〜〜」」
本来の勇者と、本来の魔王の、情けない声が大破した礼拝堂に響いた。




