罪人、牢に入る。
「ジェームズ、お前を罪人として牢に入れる事になった。」
あくる日、いつもの様にお庭で日向ぼっこしていると、王城に戻って居た筈のルーカス王子殿下が、護衛と共にやって来てそう言った。
え?
ルーカス王子殿下、迎えに来てくれたんじゃないの?ジェームズ王子殿下は この間、そう言ってたよ?
僕を抱っこしてるジェームズ王子殿下の手に力が入る。一緒に日向ぼっこしてたテオ兄様も顔を顰めて、警戒してる。
「兄上、それはどう言う…」
「まあ、落ち着いて聞いてくれ、とは言っても時間が無いんだ、予想通りと云うべきか予想外と云うべきか…」
ルーカス王子殿下が両手を傾げて、やれやれとため息をつく。
「…ルーカス、それは『黒い影』に関する事か?」
ブラックシャドウ?何それ?
「そうだよ、テオドール。奴らの動きは思っていたより速い、こっちは防戦一方だ。」
キョトン顔の僕と同じくらい、分かってない顔してるジェームズ王子殿下を置いて、テオ兄様とルーカス王子殿下が話してる。
「…とにかく!今すぐ移動しよう。話は馬車の中でするよ。悪いけど、ヘンリーも一緒だ。」
「ぼくも?」
「そうだよ、ジェームズだけだと寂しくて泣いちゃうだろうから、一緒に牢屋に入ってくれるかな?」
「…はい!」
僕に視線を合わせて優しい口調でとんでもない事を言うルーカス王子殿下。
「「ヘンリー!!」」
お、テオ兄様とジェームズ王子殿下の声が揃いましたね。二人って本当に気が合うよねえ。
「俺は泣いたりしない!簡単に頷くな!」
「そうだぞ!ヘンリー!牢屋が何だか分かって居るのか?!」
両脇から怒鳴られて、なんて叱られてるのか聞こえないよ〜。
「ほらほら、そんな怖い顔をするな。ヘンリーが怯えるだろ」
「ルーカス!お前が変な事をいうから…っ」
「そうですよ、兄上!」
「はいはい、とりあえず馬車に乗ってくれ。あ、テオドールは駄目だよ。やってもらう役があるからね。」
「おい!そんな勝手な言い分があるか!せめて、ちゃんと説明をしてから…!」
裏に馬車を止めてるみたいで、そこまで連れて行こうとするルーカス王子殿下とテオ兄様が揉め始めてしまった。そこへテオ兄様の侍従が慌ててやって来る。
「…失礼します!すみません、テオドール様 帝国騎士団の方がお越しになっています!」
「…なんだと?…帝国騎士団?」
「あー!ほらほら、もう来ちゃった!行くよ、二人とも!テオドール、後は適当にやっといて!」
「はあ?!…おい、ルーカス……!」
帝国騎士団の名前を聞くや否や、走り出したルーカス王子殿下。釣られてジェームズ王子殿下も僕を抱えて走り出す。テオ兄様は対応する為に応接間に向かったみたい。
えええええ、ずっと平和が続くとは思って無かったけど、一体これからどうなっちゃうの?疑問符だらけの僕を乗せて、馬車は走り出した。
◇◇◇◇◇
馬車は王都の方へ向かってるみたい。とは言っても、王都まで三刻(六時間)掛かるから、着く頃はもう夜だろうけど。馬車は黒塗りで紋章が無い、きっとルーカス王子殿下達がやって来た時に使った馬車かな。カーテンもひかれてて、外からは中の様子が見えない。その馬車の席に向かい合って僕達は座っていた。
「…兄上、そろそろ 話しては貰えませんか?」
メイドさんが僕達に用意してくれた紅茶を、ゆっくり飲んでからジェームズ王子殿下が喋りかけた。
「ああ、勿論だとも。テオドールが上手いことやるだろうから、私達はのんびり王都に戻るとしよう。まあ、途中でちょっかいを掛けられるかも知れんが、その時はその時だ。」
ルーカス王子殿下はいつも通り、落ち着いている。打ち合わせ無しで置き去りにされたテオ兄様、大丈夫かな…。それだけ信頼してるって事なのかな…。はは…。
「…『ブラックシャドウ』については、まだお前に話してはいなかったな?ああ、気にするな。怪我をしていたんだから仕方ない」
「…でも、テオドールは知ってるんですよね?あいつも俺と同じ様に怪我を負って戻ったのに…」
むっとした顔で拗ねるジェームズ王子殿下。
「まあまあ、そう拗ねるな。」
「別に…拗ねてなんか……っ」
「テオドールにはテオドールの役割がある。勿論、お前にはお前にしか出来ない役割がある。分かるな?」
「…はい。」
仕方なく頷くジェームズ王子殿下。ジェームズ王子殿下は戻ってからずっと僕と一緒に居たからね、あんまり難しい話に入っていく暇が無かったんだよね。
「ブラックシャドウについてだが、まあ一言で言うなら『第一王子を王にする派』だ。または『強烈な第二王子排除派』、今までも王宮や貴族の中にあった派閥だが、それが最近加速している。」
なるほど、暴君アンチね。
「陛下が王太子を決めれば収束するだろうが、まだまだ私達は頼りない様で決める気にならないらしい。陛下自身も現役で、十年二十年くらい難なく国を治められるだろうしね。」
「兄上、俺は、兄上を支えて行こうと思っております。」
キリッとした顔で告げるジェームズ王子殿下。
あんなに王に固執してたのに……。
「聞いてたかい?陛下はまだまだ決める気になってないんだよ、お前も気が早いね。」
あははと軽く笑うルーカス王子殿下。
「まあ、それは置いておいて。彼等はジェームズの足を引っ張ろうと画策してる。ヘンリーを攫ったのもそいつらだ。知っての通り、そのメンバーには透明化使いが居る。それだけでも厄介なのに…」
「兄上、待ってください!どうしてそれで ヘンリーが攫われると言うんです?」
「身に覚えが全く無いのかい?…あれだけ、毎週、ディラン伯爵家に通っていれば、利用価値を見出す奴も居るだろう?」
ジェームズ王子殿下がヘンリーにご執心なのは、割と噂になってるんだな。
「そんな……じゃあ、ヘンリーが危険な目に合ったのは、全部、俺の……」
「あー!待て待て待て!言い方が悪かったな。確かにヘンリーはお前の急所に見えるだろう。だが、覚えているか?その前からヘンリーは命を狙われていたんだ。」
「………そう言えば…」
「ここからが、大事なんだけどね。元々あった排除派に最近加わった組織があるんだ。どこだと思う?」
「いえ、分かりません…」
「なんと、『教会』だよ。」
「そ、そんな!有り得ない!」
思わず立ち上がるジェームズ王子殿下。馬車がガタガタ揺れる。
え? 今、なんて言ったの?
「勿論、教会の総意じゃない。だが、上の方が排除派を後押ししているのは確認が取れた。ステルス使いを匿ってるのも彼らだ。道理で後を追ってもたどり着けない訳だよ。」
「…信じられない……」
唖然と呟くジェームズ王子殿下。教会は聖職者の集まりだし、貴族間にも常に中立の立場だというのに、一体どういう事? でも、権力に溺れる人間はいつの世もいる。でも、ジェームズ王子殿下が驚いてるのは、そういう事じゃ無くて、アシェル様の事なんだろな。
アシェル様はまだ十一歳だけど、既に『聖女』と呼ばれるほど木魔法を使いこなしてて、教会の運営にも関わってるって聞いた。教会が排除派だとするなら、アシェル様は…。
「落ち着いて、ジェームズ。言っただろう、教会の総意では無いよ。だからこそ、アシェルは私に情報を流してくれたんだから。」
「え?」
え?
フッと微笑んでルーカス王子殿下が続ける。
「『今までの』ジェームズだったら、感情のままにこの馬車を真っ二つにしていただろう、聞く耳を持つのは良い事だ。」
「…からかわないで下さい、兄上。」
ストンと、また隣に座るジェームズ王子殿下。
「実はね、ジェームズの叱責を受けて瀕死になった者が教会に運び込まれたんだよ。それも一人二人じゃない、勿論、私達は別荘に居た訳だから、そんな事を起こせる訳も無い。だが、教会は『非人道的だ』と言って、この機にお前を幽閉、若しくは処刑まで視野に入れて動いている。人の命を救う聖職者が、一国の王子を処刑しようとしてるんだから、この国も大した物だ。」
最後は皮肉げにニヤリと笑う。
「…しかし、兄上。それは…」
「そうだね。故意にしろ無意識にしろ、お前の魔力暴走に巻き込まれて怪我をした人間が居たのも事実だし、お前を恐れていた人間が居たのも事実だろう。」
ジェームズ王子殿下が下を向く。
「だがな、ジェームズ。これからのお前はそうじゃない、そうだろう?。これでも私は見る目はあるつもりだよ。それに、そもそも大き過ぎる魔力を制御させられなかったのは王室の落ち度だ、お前のせいでは無い。」
「兄上……」
諭すように優しく語るルーカス王子殿下に、目を潤ませるジェームズ王子殿下。
ああ…麗しい義兄弟愛……。
「それに、最近のお前を観ている人間なら、皆 私の意見に同調すると思うね。だが、ブラックシャドウは大胆で素早い、この話をアシェルから聞いて居なかったら後手に回っていただろう。」
「…アシェルは…」
「大事な婚約者だ。勿論、危険が及ぶ事の無いよう、護衛をつけている。」
それを聞いて、ホッとした顔をするジェームズ王子殿下。いわゆる、告げ口をやった訳だから、アシェル様の事が心配だよね!アシェル様もオカシイと思ったから危険を顧みず行動に移してくれたんだね。涙。
「本当は、別荘に滞在して居た事を突きつけてやろうかと思ったんだが、それではこれからも変わらず危険が及ぶからな。とりあえずお前を牢屋に幽閉した事にして、王城に匿う。これで牢屋にやって来るのはステルス使いだけだろう、対策も選べる。
ヘンリーに関しては、あのまま行方不明と言うことにしようとディラン伯爵と話合った、生きていると分かればまた、攫われる可能性がある。何故ヘンリーが狙われるか、まだ解っていないからね。ジェームズと一緒に匿えば、ディラン伯爵家も安心だろう。」
「…成程、それで牢屋に と言っていたのですね。」
「そういう事だ。さっき別荘に来た騎士団は、王城に戻ったディラン伯爵が手配したのだろう、『ヘンリーは行方不明』を確かな物にしなくてはならん。勿論、真相は知らされていないが。」
「絶対に見つからないヘンリーを探させるのですか…」
何ともご苦労な事で……、すいませんね、騎士団の皆様。
「報告書が必要だからな、だが、ディラン伯爵は 流石に不正の片棒を担がせる気はなかったようだ。」
それから、ゆっくりと揺られながら王都にたどり着いた僕達でした。まあ、途中で僕は寝ちゃったんですけども。
◇◇◇◇◇
ふあ〜あ。起きたらベッドの中でした。
ここはどこだろう?ルーカス王子殿下が言ってた王城の隠れ家なのかな?むくりと起き上がって周りを眺める。ベッドサイドにロウソクが灯ってて、ほのかに明るいけど、お部屋全体は良く見えない。
でも、『牢屋』て感じじゃ無くて、普通に僕の部屋みたいな感じ。ふと隣を見ると、寝巻き姿のジェームズ王子殿下がスヤスヤ寝てる。
つまり、ここで、これからしばらくジェームズ王子殿下と二人で暮らすのかな?
あんまり急だったから、皆にちゃんとお別れが言えなかったのが心残りだな…。ティム兄様、心配してるだろうな…、また夜眠れなくなったらどうしよう。ティム兄様、僕がダニエル君のお世話になってる時、毎日僕を探して、夜も眠れなくてクマだらけになっちゃってたんだって。心配だなぁ。テオ兄様は、凄い怒ってそう……、ルーカス王子殿下に。あの二人、本当に仲がいいよね。
流石、歴史書で共に暴君を倒すだけあるね。いや、倒すのは勇者のダニエル君だっけ?僕が読んだ、改ざんされる前の歴史…。
うーん、仕方ないとはいえ、なんか歴史通りに修正されてない?
だって、皆はジェームズ王子殿下が暴君だから、牢に入れられたって伝わる訳でしょ…、これで うっかり殺されちゃったら、ルーカス王子殿下が王になって精鋭メンバーでスタンピードを撃破して、めでたしめでたし?
まあ、ハッピーエンドなのかも知れないけどさ…。
もうジェームズ王子殿下は、王にもアシェル様にも固執してないし(?)、良き王弟としての人生があると思うんだよね。勿論、僕にも。だから、やっぱり…このまま歴史を修正されるのは困るんだよ!
無理矢理、歴史を修正する気なら、こっちだって悪役に目覚めちゃうんだからね!ふんっ。
決意を新たにしていると、隣から声がかかった。
「…ヘンリー?」
あ、起こしちゃったかな?
「ヘンリー、どうして泣くんだ、そんなに…俺の傍が嫌なのか…どうして…」
ジェームズ王子殿下はブツブツ言って涙ぐんでる。悪夢でも見てるのかな?起こした方が良いかな?悪夢見てる時は起こせって言うよね?
そうやって迷ってる内にジェームズ王子殿下の顔は苦悶に染まる。これはいかん!起こさねば!
「ジェーちゃ!ジェーちゃ!」
大きな声を出して、小さいお手てで、ゆさゆさ揺さぶる。言う程揺れてないけど。
「…へ、ンリー…また…俺を……」
まだブツブツ言ってる!苦しそう!もっと揺すろうとしたら滑って顔と顔がぶつかった!痛い!
「……?!」
流石にビックリして起きたみたい。ジェームズ王子殿下が起き上がる。
「…えっ…ヘンリー?」
「ジェーちゃ!あくむ!」
悪夢悪夢と連呼して抱きつくと、ジェームズ王子殿下が長く深いため息をついた。
「……そうか。『悪夢』か。俺は悪夢を観ていたんだな…」
随分、怖い夢だったみたいで、細かく体が揺れているのが寝巻き越しでも分かる。安心させるように、ぎゅうぎゅう抱きつく。テオ兄様も、ティム兄様も良くこうしてくれるもんね。
「…ヘンリーが『悪夢』から起こしてくれたんだな。…ありがとう…」
ジェームズ王子殿下は見たことも無いような、大人びた顔をして頭を撫でてくれた。
これから二人で生き延びなきゃならないんだから、しっかりしないとね!こう見えても僕、ノアだった時は十八歳だったんだから。
そして、また二人でくっ付いて毛布の中に包まれた。
「ジェーちゃ、いいゆめ、ん。」
そう言っておでこにチュッと挨拶をする。でも、ジェームズ王子殿下は目を見開いて固まってる。あれ?ジェームズ王子殿下はキスの挨拶の習慣が無いのかな?まあ王子様だもんなぁ、と思ってると、モゴモゴとジェームズ王子殿下が言う。
「…ヘンリー、そ、そう言うのはな、好いた相手にしか、しないもんなんだぞ。」
やっぱり、王子様には触れ合いの習慣は無いんだ〜。うっかり近寄って寝首かかれちゃ堪んないもんね。納得してると、僕のおでこにチュッと柔らかいものが触れた。
ジェームズ王子殿下の顔を見ようとしたら、ギュッと抱き込まれてしまった。まあ良いか、まだ夜だもんね。明日に備えてしっかり寝ないと。
「…おやすみ、ヘンリー」
「おや、すみ、ジェーちゃ」
そして、ジェームズ王子殿下の忙しない心音を聴きながら、僕はまた夢の中へと落ちて行くのでした。
**********
ヘンリーの寝息が聴こえる。
腕の中にヘンリーの小さな体がある。
これがどんなに得がたい事なのか、『悪夢』を見る度に痛感する。
繰り返し観る、いつもの夢は、いつしか傍観者から舞台役者になっていた。今の俺の意識は薄れ、青年の俺の気持ちに引っ張られる。何もかもが憎く、何もかもが欲しい、だがそう願えば願うほど、得る物は何も無い…。
先に待つのは己の死。だが、それよりも辛いのは、ヘンリーが俺の目を見るのを止め、俺から逃げ、この手で殺さなくてはならない事だ。
そんな事はしたくないのに、ヘンリーを失いたくなくて殺す。何度も何度も…。
今までは、夢の内容を覚えていなかった。
酷く悲しい気持ちだけが残っていて、それをもどかしく思った日もある。だが、ある時から、夢の内容を覚えている事が多い。場面は様々だが、繋ぎ合わせると俺は二度の人生を歩んでいたようだ。もし、あれが、俺の『過去』だと云うのなら、だが。
あれが予知夢では無く、未来ではなく過去であるなら、俺は三度目の人生を歩んでいる事になる。
そんな事が可能なのだろうか?
王位簒奪を企むのは、穏やかな死すら許されぬ愚行なのだろうか。
そう思ってしまう位には、俺の人生は酷いものだった。
ならば、今生きているのは、この世に尽くせと云う神の意思なのかも知れない。二度目の時はそれに気づかず、暴虐を繰り返した。そして、また俺は生まれた。この世界が円滑に廻るまで、俺は繰り返し生きるのかもしれない…。
だが、今、この手の中にはヘンリーが居る。
今度こそ、今度こそ…、俺はヘンリーを護ろう。決して殺してしまわぬように……。




