覚醒
コレは夢だな、俺は直ぐにそう思った。
何故なら、目の前に俺とそっくり同じ男が居るからだ。だが、いくらか年を重ねているのか、今の俺よりも背が高く青年と呼ぶに相応しい容姿をしている。
この男は随分暗い顔をしている。まるでこの世の不幸を一身に受けているかの様だ。
ヘンリーが居なくなって魔力暴走していた時の俺も、こんな顔をしていたのだろうか。
そんな事を考えて居ると、バスルームに続くドアから麗しい青年が薄い寝巻き姿で現れた。湯を浴びたばかりなのだろう、銀髪はまだ乾いておらず、しっとりと濡れた体には、えも言われぬ吸引力がある。慌てて俺は目を背けた。見てはいけないものの様な気がする。
「…本気なんですか?」
銀髪の青年が口を開いた。その声に聞き覚えがあった。俺はまた青年を見る。
「…愚問だな。お前だって、了承したからココへ来たのだろう?」
ベッドに腰掛けた青年の俺が低い声で応える。声変わりは済んでいるのだろうが、その声は随分と低い。まるで地獄から響いて来る様だ。そんな喋り方をしていては皆から嫌われてしまうのでは無いかと、夢の中だと言う事も忘れて心配してしまう。
「…はい」
銀髪の青年が短く返事をする。美しい顔は深く沈みこんでいた。なんだか見ていて胸が締め付けられる。
「…この件が上手くいけば、ディラン伯爵家の当主はお前だ、ヘンリー」
ヘンリー?! この青年もヘンリーという名なのか?!
否、目の前に俺が居ると云う事は、これがあのヘンリーなのか?!
「本当ですね?約束して下さいますよね?」
「ああ…、もうファーニーが動いている。明日になれば、お前は当主だ。」
何の話をしているのだろう。ヘンリーはディラン伯爵家の三男だ、上に腹が立つくらい優秀な義兄が二人もいるのだから、ヘンリーが当主に成るなど有り得ない。
義兄が二人とも死亡すれば、現実になるかも知れないが、用心深いテオドールがそんな失敗をするとは思えない。それに、そもそもヘンリーは義兄が大好きで、当主になりたい等と願わないだろう。
考え込んでいると、青年の俺が青年のヘンリーをベッドに押し倒した。
目の玉が飛び出すかと思うくらいビックリした!何をしているんだ!俺!
「…ジェームズ様、あの…やっぱり…」
ここに来て怖気付いたのか、青年のヘンリーが抵抗を見せる。
「駄目だ!もう後に引けぬ所まで来てしまったんだ。お前の祝福は俺の為に使え。」
ヘンリーの祝福…? それと、今の体勢に何の因果があるのか?。嫌がる青年のヘンリーを無視して、青年の俺は構わず身体を暴いて行く。飛んでもない暴行ではないか!最早、強姦!これが王太子候補のする事か!
俺は慌てて、青年の俺を止めようとしたが、俺の手は二人をすり抜けてしまい誰にも触れる事が出来ない。
そうだ、これは『夢』だった…。
しかし、どうしてこんな夢を見る必要がある?俺に、こんな醜い欲望があるとでも云うのか?…吐き気がする。
一刻程だろうか、そうしてただ見ているしかない時間が終わりを迎える。ヘンリーを傷つけたのに、満足したらしい青年の俺は、スっと部屋を出て行った。後にはヘンリーのすすり泣きだけが木霊する。
ヘンリーを護る事も、頭を撫でて慰めてやる事も出来ず、怒りに駆られた俺は、青年の俺の後を追った。
俺が休憩時に使う、小さな執務室に青年の俺は居た。さぞや傲慢な顔をしているのだろうと憤慨して近いたが、青年の俺は、今にも泣きそうな顔をしていた。理解に苦しむ。だったら、あんな事しなければ良いでは無いか?!。
「…ジェームズ様」
そこへ、廊下から声が掛かる。この声も知っている。これは…
「…入れ、ファーニー」
やっぱり!ファーニーだ!
「事は滞りなく済みましたか?」
「…そっちこそ、あのディラン伯爵家の跡継ぎ共を始末して来たんだろうな?」
「ええ、私の木魔法、そして祝福で一瞬で老化が進み 眠るように亡くなられました。」
「…そうか。」
「ヘンリーはどうですか?王子宮殿に居る事でアリバイが出来る予定なんですけど」
「…俺の寝室に居る」
「そうですか!では…?」
ファーニーが嬉しそうに青年の俺に問いかける。
「…本当にこれで良かったのか…」
「ええ!ヘンリーの祝福は、契った相手に自身の能力を自由に使用させるものです。これで、ジェームズ様は何時でもヘンリーの月魔法を使う事が出来ます。ステラを増やす修練の度にヘンリーに強化魔法を施して貰う必要が無くなりますよ。戦闘においてもこれは有利でしょう。」
凄く嬉しそうに、ファーニーが歌う様に言う。
「…しかし、俺がヘンリーの魔力を引き出せば」
「当然、魔力枯渇状態になりますね。でもだから何だと言うのです?彼はそれでもと、望んだのでしょう?」
いいや、ヘンリーは嫌がって居た!俺は観ていたぞ!なのに、この男と来たら…っ。
しかし、直前で躊躇ったとは云え、どうしてヘンリーはこんな取引に応じてしまったんだ…。そんなにディラン伯爵家の当主になりたかったのか…?
と、云うか…。ファーニーが言っていたのは事実なのか?ファーニーが木魔法使い…?アイツには魔力を作る”魔肝”が無かった筈だが…。魔肝無しで、魔法を操る事は出来ない。嘘をついて青年の俺を騙しているのでは…!
そこで我に返る。そうだ、これは『夢』なんだから、現実と違うのも納得出来る。しかし…余りにも…。これは、兄上を差し置いて王になる為の準備なんじゃないか…。
確かに昔はそんな事を考えた事もあったが、今、王に向いているのは間違いなく兄上だと確信している。それなのに、まだ俺の心にはそんな野望があって…、だからこんな夢を観ているのか…?
誰も、幸せに なれない夢――――。
◇◇◇◇◇
「…ジェームズ様!」
ハッ
「大丈夫ですか?!ジェームズ様!」
「…あ、すまん。急に目の前が暗くなって…」
俺の体を支えるようにファーニーが居る。
「まだ目覚めたばかりなんですから、仕方ないですよ。ほら、ベッドに横になって下さいね。でも薬湯は飲んで、少しでも体力を回復しましょう」
苦い薬湯を飲んで、柔らかい毛布に包まれたが、俺の心は少しも解ける事は無かった。
『夢』の内容を覚えている――――。
今までは、辛い気持ちで起きる事はあっても、何の夢を観ていたのか忘れてしまうのが常だった。なのに、今回は全部覚えている…。あんな自分勝手な夢なら、覚えて居なくて良いのに。
そうだ、俺は『俺』から、ヘンリーを護らなくてはいけない。ヘンリーをあんな目に合わせたくない。どうして好いた相手にあんな酷い事が出来るのか、理解りたくも無い。
……『夢』の中で、ファーニーは何でも知っている様だった。そうだ、夢の中のファーニーが、ヘンリーの母親は暗殺されたと言っていたんだ!どうして…、俺も知らない事実を、夢の中のファーニーは知っていたんだ…?
今 寝たら、続きが観れるのだろうか?
もしアレが、単なる『夢』では無く、起こりうる『未来』だとしたら――――――。
「ジェームズ様!ウィリアム様が、ドーナツを分けて下さいましたよ〜!」
真剣に思案していた俺の部屋にファーニーが陽気に入ってくる。コイツはいつもこんな風だ。夢の中のファーニーも俺に傾倒し過ぎているきらいはあったが、こっちのファーニーほど呑気では無かった。凄く計算高いタイプに見えた。
「あれ?どうしました?眉間にシワがよってらっしゃいますよ。」
「………」
「…大丈夫、きっと直ぐにヘンリー様も見つかりますよ、だってこの国の光と 呼び声も高いルーカス王子殿下が探してらっしゃるんですから」
ヘンリーの事を考えていると思ったのだろう、俺を安心させるように、優しい声音でゆっくり喋る。
「お前も、そう思うか?」
「ええ、それにこの国一番の魔法使いの、ジェームズ様が捜索に加わるんですし!」
たいの無い柔らかい笑顔。いつも見て来た、俺の侍従のファーニーだ。
「ジェームズ、入るよ!」
そこへ兄上がやって来た。先程、話をして退室したばかりなのに。
「兄上、どうなさいましたか?」
「捜索陣が、近くで滋養に良い果物を差し入れられてね、勿論 ちゃんと鑑定済だよ。せっかくだからジェームズに食べて貰おうと思ってね。」
ああ、こっちの兄上はなんて優しいんだろう。
「あの、俺だけ食べる訳には…」
大騒ぎして屋敷を半壊して、鎖に繋がれて暴れていた俺がそんなに優しくされる言われは無い。
「テオドール達にも、勿論食べてもらってるよ。特にテオドールには私のせいで迷惑をかけちゃったからね。」
そう言って珍しく、しゅんとした顔を見せる兄上。
「ほら、たくさん食べて元気になって私を手伝っておくれ」
だが、直ぐ茶目っ気たっぷりの顔をして、俺にフォークに刺した果物を差し出す。
「…あ、兄上!ひとりで食べられますよ!」
「なんだい?忘れたのか、ここでは”ルース”と”アムス”の、仲良し兄弟だろ?ほら、あーん」
「………!」
また続いていたのかっ あの設定!…しかし、まあ何だ、あの兄上がそう仰ってるんだから、口を開ける他無いだろう…。
そうして、皿に乗った果物を全て食べさせて貰う事になった。恥ずかしい。
隣ではそのやり取りを見て楽しそうに、俺に持って来た筈のドーナツを食べるファーニーが居た。
コイツ…。
◇◇◇◇◇
いつも現実は想定を超えてゆく。
『夢の中』で起こった事が単なる『夢』なのか検証する事にした俺は、まず、二刻程離れたオアシスと呼ばれる所へ行きたいと申し出た。
この辺りはジュード子爵家の管轄で、夢の中のファーニーが大きな魔獣が現れるのを利用して”勇者”と呼ばれる青年を始末していた。と、言ってもその魔獣で死ぬ程 勇者は弱くない。何せ、”魔王”たる青年の俺の宿敵なのだ。
夢の中のファーニーは、ヘンリーにその魔獣に強化魔法を掛け、更にわざと孤児院の子供達をオアシスに離し、勇者の勢いを削いだ。子供を護りながらの戦いで重症を負った勇者に、オーガスト公爵家から何のかんのいわれの無い罪を着せられ断罪された。悪辣と言わざる得ない。俺のファーニーがこんな事をするとは思えないが、夢の中で観たのは事実だ。
ヘンリーの捜索も難航している今、とりあえず、現場となったオアシスを観に行く事にした。二刻も離れた場所にヘンリーが居るとも思えないが、何か手掛かりに繋がる物があるかも知れない。
ひとりで行くつもりだったが、何故かテオドールが着いて来た。まだ傷も塞がって居ないのに、王子殿下を護衛する気のようだ。ちゃんと選りすぐりの護衛が居るからと断ったのだが、ヘンリーが消えた事で、いつも以上に神経質になっているのだろう。確かに、これで俺まで何かあったら、ディラン伯爵家にも沙汰が下るかも知れない。…まあ、兄上がそんな事はさせないだろうとは思うが。
そんな訳で、自分も行くと言い張るウィリアムを兄上の側に残し、テオドールと共にオアシスに向かった。
ここは昔、魔獣が溢れて幾つかあった村が全て飲み込まれてしまった。逃げ出した村人はジュード子爵家の庇護の元、新たな場所に集落を作る事になったので、ここには人が居ない。人が居なければ、それを食べる魔獣も居ない、そう聞いていたが、実際にはいくらかの魔獣が住み着いているようだ。気配がする。
これならば、あの大きな魔獣も本当に居るかも知れない。もし居るならば、『夢の中』の世界を単なる夢と片付ける訳にいかなくなる。もしかしたら、俺には《予知夢》を観る才能があったのかも。
考え込んでしまったのが良くなかった。
ギャー!!!と耳を劈くような喚き声と共に、バカでかい鳥…鳥と言って良いのか、竜のような大きさの魔獣が空から俺達を目掛けて真っ直ぐにやって来る。
敵意しかない。
又は、久しぶりの食事に心が踊っているのか。
「ジェームズ王子殿下…!」
直ぐに護衛とテオドールが前に出て、攻撃の構えをする。魔法使いは武器等持たない、自身の魔肝から魔力を練り上げ詠唱を持って攻撃とする。
俺も一緒に魔獣を攻撃したが、如何せん 遠すぎる。しかし近くと羽で薙ぎ倒されてしまう。土魔法使い達が大地から槍を作り出し魔獣を足止めしようとする。片足を仕留めたが、全然 威力は弱まらない。
強い。強過ぎる。
安易に来るのでは無かった。《部隊全滅》の文字が頭に浮かぶ。
ギャアアアア!
魔獣が苦痛に吠えた。いつの間にか、知らない子供が戦闘に加わった。
「俺がアイツの首を狙う!アンタ達は足元を狙え!」
そう叫ぶとあっという間に魔獣に飛び乗った。深く考える間もなく、生き残る為に全員が死力を尽くし戦う。
しかし、強い。
攻撃が効いているのは明白だが、兎に角、強い。これでは消耗戦だ。せっかく勝ち目が見えたと言うのに!
「やあぁぁぁ〜!」
赤子の鳴き声が聞こえる。思わず声がする方を見ると、子竜に乗ったふわふわの赤子がコチラに手を伸ばしている。
「えっ」
目があった瞬間、赤子は子竜から飛び降りた。なんという事だ!あの高さから落ちたら一溜りもない!戦線から離脱して赤子を受け止める為に走る。軽い衝撃と共に腕の中に赤子が収まる。慣れた感触。
「へっ」
ヘンリーでは無いか!と叫ぶ間もなく後ろから魔獣の声が響き渡る。マズイ!俺が抜けたせいで不利になっている!
「やあ!」
ヘンリーが俺に抱き着いて、力いっぱい叫ぶ。怖いのかと思い、避難させようとするも、俺の体が光出し、信じられないような魔力が溢れ出す。これは…
興奮気味のまま、魔獣にありったけの火魔法を叩き込む。すると、あんなに手強かった魔獣が火に焼かれ、断末魔を上げて倒れて行く…。なるほど…、『夢の中』の俺は、この力が欲しかったのか………。
「ジェームズ王子殿下!」
護衛とテオドールが駆け寄ってくる。皆アチコチ怪我をしていて血だらけだ。寧ろ、良く生きていたと云うべきか。
「お怪我は…っ」
そこでテオドールが息を飲む。
「へっ」
「ておにいさま…!」
「ヘンリー!」
テオドールが俺から赤子を奪って大声で泣く。いつもシレッとしているテオドールの嗚咽に、俺はコイツの事も何も分かって居なかったんだと再認識した。
俺やウィリアムが激しく動揺する中、コイツはいつも冷静だった。だかそれは、ただの張りぼてだった。当たり前だ、不安だったに違いない、それなのに、俺達の前では少しもそんな所を見せなかった。
情けない気持ちと悔しさが喉にせり上がって来る。
「ジェームズ様、止血しますね」
ファーニーが俺の手当を始める。やはり、ファーニーには魔肝が無い。で無ければ、死ぬか生きるかのあの場面で、魔法を使わないなんて有り得ない。木魔法とは云え、使いようによっては人を殺す事も出来るのだから、魔獣相手にも何かやりようはあっただろう。
ぼんやりとファーニーに包帯を巻いて貰っていると、共に死地を乗り越えた少年が近づいて来た。やはり随分怪我が酷い。
「驚いた…まさか、第二王子殿下ですか…?本当に?」
「助力感謝する。君のお陰で我々は生きながらえたようだ」
慌てて礼の姿勢を取ろうとする少年を制して、ファーニーに怪我の手当をさせる。このままでは弱っていく、早くここから立ち去らないと、また魔獣に襲われたら面倒だ。
「総員、撤退だ!」
「しかし、ジェームズ様、別荘地まで二刻もかかります」
「だから何だ?早く移動しないと…」
「それなら、子爵家に居らして下さい。皆さんの手当も致します」
「子爵家だと…?」
「あ、申し遅れました。おれ、いや、私はダニエル・ジュード、ジュード子爵家の次男でございます。ここからほど近い所に屋敷がありますので、ご案内致します」
「やった!良かったですねっ、ジェームズ様」
呑気にファーニーが言う。ジュード子爵家って確か…。
ドサリ、音がした方を見るとテオドールがヘンリーを抱いたまま倒れている!なんて事だ!
「おい!テオドール!おい!」
「…………」
完全に気を失っている。それも当然か、そもそもコイツは肩に大怪我を負っていたんだ。
「ておにいさまぁ」
「泣くな、ヘンリー。大丈夫だ」
俺は持っていた薬湯を固めた物をテオドールに飲ませる。これはウィリアムが改良した薬湯だ。元は苦い薬湯を何とかヘンリーに負担なく飲んで貰う為に試行錯誤していたらしいが、こうやって持ち運べる事によって、出先で体力を回復出来るようになった。
「んんん」
テオドールに薬丸を飲ませると、ヘンリーが踏ん張った。まさか、ここでうんこか?! 流石にそれはっ!
ヘンリーを抱き抱えると、テオドールが目を覚ました。
「ん?随分、薬の効きが速いな…」
「ヘンリーを返して下さい」
「おい!一言目がそれか!」
言うが早いか、直ぐにヘンリーを取られてしまう。うぐぐ、コイツ…!『夢の中』の俺だったら大変な目に遭っとるぞ!
「ジェームズ様、ほら行きますよ!テオドール様も大丈夫ですか?立てます?」
手を差し出すファーニーに、テオドールが礼を言って手を取る。とりあえず、ジュード子爵家に行って休むのが最優先だ。
◇◇◇◇◇
「…なるほど。では、ハンチはヘンリーだったと言う訳ですか」
ジュード子爵家に移動し手当を受けて、互いに情報交換が行われた。皆、だいぶ疲弊していたが、あの魔獣相手に死者が出なかっただけでも凄い。
「ずっと行方を探していました。君が保護してくれていて本当に良かった。心から感謝します。」
テオドールが頭を下げる。
ヘンリーは何故かオアシスに放置されていたらしく、このダニエル少年が保護してくれなかったら、既に死んでいただろう。肝が冷える話である。
「いえ、当然の事をしたまでですから。その『髪色』を観れば何となく事情は察します。」
「ああ、しかし俺達も今回の件がどういう思惑で動いているのか把握出来ていないんだ。ヘンリーの血筋を証明する物は無くてね。」
「そうなんですか…おれ、あ、私はてっきり…」
「敵が手強いのは間違い無い、油断したつもりは無かったがこうして連れ出されてしまうとはな。君には褒美を贈ろう、何か希望はあるか?」
「いえいえ、本当に…あ」
「ん?」
「何でも宜しいんでしょうか…?」
「ああ、言ってみろ」
ダニエルは唾を飲み込むと、思い切って話し出す。
「あの…もうご覧になったと思いますが、オアシスで弱っていた子竜をここへ連れて来て面倒をみていたんです。本来なら、直ぐに王家にご報告しなければならぬ所を…」
「ああ!あの子竜か、ヘンリーを乗せて飛んで来てくれた」
「はい」
「構わない、これからも君の持ち物として好きにすれば良い」
「え!宜しいんですか?!。希少種の竜ですよ?!何の沙汰もナシですか?!」
「ああ、お陰でヘンリーに再会出来たしな。希少種とは云うが、王宮にも何体か居るし、別に良いだろ」
俺がそう言うと、隣のテオドールが睨んで来た。何でだ!俺が勝手に王家の意向を決定したからか? 竜だって、王家でこき使われるより、大事にしてくれる奴の側に居たいだろ。なにしろ、ダニエルの危機を察して慌ててやって来るんだから。
結局、デカイため息を着いただけで、テオドールは何も言わなかった。何だかんだ、ヘンリーを保護して貰った恩があるからな。
「なんだか、ジェームズ王子殿下は聞いていた噂と違いますね…」
叱責されると思って覚悟していたのか、思わずという風にダニエルが言葉を零す。
「ぷっ」
それを聞いて、俺の後ろに控えていたファーニーと、隣に座るテオドールが吹き出すのが同時だった。むむ!
「あ、すいません…っ不敬でした……」
慌てて謝るダニエル。
「別に良い、どんな噂か知らんが、俺がワガママなのは間違いないぞ!」
そう言ってテオドールの膝に座って大人しくしていたヘンリーを抱き抱える。途端にテオドールが怒鳴る。
「ジェームズ王子殿下!」
「お前こそ、ヘンリーを独占して不敬だと思わんのか!」
「ヘンリーは俺の義弟です!返して下さい!」
「だから何だ!ちょっと優しくしてやればつけ上がりおって!俺だってヘンリーを抱きたい!」
「貴方がいつ、俺に優しくしたと?寝言は寝てから言って下さい」
「ずっと我慢してやってただろ!俺の番だ!」
目の前で突如始まったポメラニアン同士の言い合いに、ダニエルは呆気に取られた。




