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短編物語

ルウと愉快な仲間たち

作者: 0


 学園の校舎裏。

 不良のたまり場の定番。


 例に漏れず、そこにいたのは学園でも指折りの不良たち。

 その輪の中心で壁を背にする形で胸ぐらを掴まれているのは、灰髪灰瞳の少年――ルウ・ぺセス。


 この日に入学してきたピカピカの編入生だ。


「まって! 違うんだ! 暴力はやめて!」

「おー、新入り。いまさら泣き言か?」


 平均身長よりも低いルウは上級生に胸ぐらを掴まれ、その踵は浮いていた。

 それを周りの不良たちはニヤニヤとした笑みを浮かべて囲んでいる。


「噂の中途入学生はたまり場(ここ)へ来る前に知っておくべきだったな。ちんけな正義感を振りかざすとどうなるかってことをよ」

 ポキポキと指の骨を鳴らしながら、

「こわーい。今から先輩たちが教育的指導してやるからよ」


 ルウの視線は胸ぐらを掴む不良を見てはいなかった。

 さらにその後ろ、いつの間にか姿を現していた三人の怪物たちに注がれていた。


 眼前には”石化の蛇姫”の異名をもつ蛇人族のシスヴァーラ。

「ルウからその薄汚い手を離しなさい」


 左手には”古代の悪魔”も異名をもつ精霊族のアミア。

「ルウルウ。もう大丈夫だからな」


 右手には”ルウの下僕”を自称する機械人族のアン。

「ルウ様に仇なす害悪は駆除します」


 三人が三人目麗しい美女だった。

 瞳をアイマスクで覆ったシスヴァーラは、ルウよりも頭一つ以上大きな女性。

 腰まで伸ばした緑がかった黄色の美しい髪が波を打っている妖艶な美女。


 勝ち気な赤い瞳をもつアミアは、ルウと同じ身長をもつ女性。

 癖の強い黒髪はうなじが見えるほど短い健康的な美女。


 おっとりとした目つきのアンは、ルウより頭一つ分だけ身長が小さい女性。

 肩甲骨のあたりで綺麗に切りそろえられた後ろ髪、ぱっつん前髪の家庭的な美女。


 三人が手をワキワキさせながらルウへとにじり寄る。

 艶のある笑みを浮かべるシスヴァーラ。

 悪戯な笑みを浮かべるアミア。

 無表情のアン。


「まって! 殺しちゃだめーーッ!」

 

 先日、十五歳の誕生日を迎えたルウは、入学初日にして身内の刃傷沙汰にて退学の危機を迎えていた。


 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ルウの住む屋敷の一室。

 ノックの音に続いて扉が開く。

 

「ルウ様。朝でございます」


 入ってきたのは屋敷の家事を一手に引き受ける機械人形――アン。

 人類の繁栄を目的に作られた、最高にして最後の人工生命体。


 アンの呼び声にベッドの上から返事はない。

 

 ベッドの上には毛布にくるまったこんもりとした山ができていた。


「ルウ様?」


 そっと布団を捲ると、

「またシスですか……」


 そこにはルウと、ルウに絡みつくシスヴァーラの姿があった。

 シスヴァーラの下半身は蛇の下半身(それ)であり、それがルウの体に巻き付いていた。


 シスヴァーラは夢でも見ているのか、適度にぎゅうぎゅうと締め付けてくる彼女の体に、ルウの顔色はあまりよくない。少しうなされているようでだ。


「う、うーん……」

「ルウ様!」


 とぐろを巻くように絡みついたシスヴァーラの体はルウから離れる気配がない。

 それどころか、引き離そうとすればするほどいっそうルウの体に強く巻き付く。


 アンの膂力は常人のそれを遙かに上回るがそれでもびくともしない。


「シス! あなたはもうッ! ――アミアッ! 手を貸してアミアッ!」


 幾ばくかの格闘を経て痺れを切らした様子のアンは、屋敷の同居人へ助けを呼ぶことにした。


 アンの呼び声からしばらくして姿を現したのは、

「なんだよもー。人がせっかく気持ちよく寝てたのに……。ま、私は人じゃないんですけど」

 褐色の肌をもつ精霊族の女性――アミア。


 目を擦りながら入ってきたアミアであったが、

「あ”ーッ! またシスが抜け駆けしてるー! こらー! アタシも混ぜろー!」


 ベッドの上の二人を見つけると、混ざろうと飛び上がった。


「こら、アミア。今日はルウ様の学園への学園初日の大事な日なのよ。忘れたの?」


 アミアの乱入は、アンに片手で首根っこを捕まえられる形で取り押さえられた。


「えー? そうだっけ? 人の(こよみ)の流れは早くてアタシたちは覚えてられないよ」


 ルウ以外の三人は人族ではない。

 三人が三人、ある種の不老の存在だった。


「今という時間を大切にしないと――ルウ様もいつまでも私たちの傍にいてくださるわけじゃ、いるわけじゃ……あり、あり、ありませ……」


 アンは言葉に詰まると、ぶわっと滝のような生理食塩水の涙を流しはじめた。

 屋敷に住む四人のうち、ルウだけが定命(じょうみょう)の存在。


「自分で言って、自分で泣くなよ……。

 大丈夫だよ。ルウルウの魂はいつまでもアタシとある。

 それにルウルウも誓ってくれただろう? アタシたちを一人にしないって。

 アンはルウルウの言葉を――ルウルウを信じられないの?」


 試すようなアミアの発言に、アンの滝のような涙がピタリと止まる。


 途端に剣呑な雰囲気を醸し出したアンは、

「私のルウ様に対する忠誠は永遠です。それを疑うなんてアミアでも見過ごせません」

「う、うん……ごめ、ってちっがーう。なんでアタシがあなたに謝んないといけないのよ!」


 二人がベッドの前であーだこーだと口論を繰り広げていると、

「おはよう。二人とも朝から元気だね」

 ルウが目覚めていた。

「おはようございますルウ様」

「おはよールウルウ」


 口論をやめてベッドへと近づく二人にルウは、

「とりあえず、ちょっと助けてくれない?」


 寝ぼけたシスヴァーラに締め付けられたルウの体は、ミシミシと嫌な音を立てはじめていた。


 それに気がついた二人は慌てて彼女の尻尾を取り外しにかかった。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇


 結局、シスヴァーラを無理やり起こすと、洗顔を済ませて、四人で仲良く一階にある食卓で食事をとる。


 椅子に座っているのはルウとアミアだけ。

 シスヴァーラは自身のとぐろの上に座っており、食事を必要としないアンはルウのすぐ脇に控えていた。


 アンのお手製の朝食を済ませると、

「ルウ様。本日の学園への編入の件ですが――」

 食後の紅茶を注ぎながら予定を確認するアンに、

「あー、そのことなんだけど、学校に行くのやめようかなー、なんて……」

「やったー! じゃあルウルウ、これから遊びに――ぶへぇぁ!?」


 飛び上がったアミアの脳天へ、シスヴァーラの手刀が炸裂した。

 残像が見えそうなほどの速さで繰り出された一撃に、アミアは床に沈んだ。


 シスヴァーラが心配そうに体を寄せた。

「どうしたのルウ? あんなに四人で話し合って決めたことじゃない」

「どこかお加減が優れないのでしょうか? 私の眼では観察眼(スキャナーアイ)では異常は検知できませんでしたが」

「う、ううん。体調の問題じゃないんだ……」


 機械人形の瞳は人の体調を見抜くことに特化していた。

 それは些細な風邪の兆候すら見逃さない優れモノだ。


 ルウは顔を伏せて遠慮がちに、

「ぼくは学校に行くより三人と一緒にいたくて……」


「はぅッ……」

 シスヴァーラが胸を両手で抑えて、体を軽く折り曲げた。


 ルウの隣に控えるアンも、

「情報処理機構に深刻な異常を検知」

 そう言って膝を折った。

 

 その隙をついたかのようにアミアが飛び上がった。

「あー、もう無理無理無理。可愛い可愛い可愛い。すぅーはぁーすぅーはぁ――ぼはぁ!?」

 勢いよくルウを抱きしめるとその頬へと頬ずりを繰り返す。

 そのままルウの首元に顔を埋め深呼吸を繰り返すが、今度は再起動したアンの手刀により再び床へと這いつくばることになった。


「このバカーミアは放って置いて。本当にどうしたのルウ?」


 誰がバカーミアだ、というアミアの叫びは当然の如く無視された。


「うん。学校でもバカにされたらどうしようって思って」

「私たちの」「ルウを」「バカにする?」


 三人の眼が据わった。


 屋敷の庭にいた鳥たちが一斉に羽ばたき、ちょうど屋敷の周囲を散歩していた犬が情けない叫び声を出しながら飼い主を引きづっていく音が遠くから聞こえてきた。


 やけに静かな時間が訪れた。


 シスヴァーラは満面の笑みで、

「気にしなくていいわ。もしも――もしもルウをいじめる人がいたら言ってね。それが学園長であっても殺すから」


 ルウは呆れたように、

「うん。だからぼくは心配なんだ。もしもぼくがバカにされても手を出さないでくれる?」


 ルウは自分が三人に大事にされていることは知っていた。

 苦楽をともにした仲である。ルウにとっても三人はかけがえのない存在だ。


「ぼくもそうだけど、みんな君たちみたいに大人じゃないんだ。意見をぶつけあって、ときには喧嘩だってするかもしれない」


 喧嘩と聞いて三人が三人、その端麗な顔を(しか)めた。


「わかってくれる?」


 互いの関係性を踏まえた上でも、三人はルウへの過保護が行き過ぎるきらい(・・・)があった。

 ルウの心配事とは、自身が学園の生徒と揉めたときに相手の生徒が無事でいられるか、ということにあった。


「魔法――」

「――もダメ」

「毒――」

「――ももちろんダメ」


 暴走し始める二人に、

「シア、アンだめだぞ」

 床から起き上がったアミアが待ったをかける。


 ルウは、

「アミア……」

 見直したよ、と期待の眼差しを向けるが、

「アタシのルウルウをバカにしたんだ。すぐに殺すのなんて生ぬるい――」


 彼女の方がもっとひどかった。


 そして、すべてを聞き終えた二人は、

「くっ、さすが悪魔の癖に信仰を集めていただけあるわね」

「はい。悔しいですが、一秒でも長く苦しめてルウ様に対する所業を理解させるという点。おみそれいたしました」


 ――何にもわかってないなこいつら。


 この場で最年少のルウは額に手を当てた。

 ただ、その心配は嬉しくてその口元が緩んでしまうのを隠すことはできなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◇ ◇


 その後、なんとか三人の不干渉を取り付けたルウは学園へと訪れた。

 ルウにとっては初めてとなる学園生活。


 緊張と興奮がないと言えばウソになる。


「――というわけで、今日からみんなの新しい級友になる転入生だ。さ、自己紹介を」


 担任の教諭から促されたルウは。

「はい。ルウ・ぺセスです。この町に来てまだ日が浅いので色々と教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」


 ルウがペコリと頭を下げると、まばらな拍手がそれを祝福した。


 転入生ということもあって、授業時の休憩時間はルウの机に人だかりができていた。

 

「どこから来たの?」「ここに来るまでは何をしていたの?」

「どこに住んでいるの?」「趣味は?」「得意魔法は?」


「あ、えーっと。西の方から、ううん、もっともーと西。探し物があって数年間旅をしていたんだ」


『旅』という言葉に、おぉー、とルウを取り囲んでいた生徒たちが()いた。

 学園の生徒のほとんどはこの町で生まれ育った者たち。

 この町が彼らの知る唯一の世界だった。


「えっとえっと。あと、今は山の麓の森の近くに住んでいて、趣味は、特にない、かな? 魔法はあんまり得意じゃないんだ」


 ふと教室の隅にいる女生徒の姿が目に入った。

 集団の話から外れて、ただ一人で何をするでもなく座っている一人の級友の姿が。

 癖のある珍しい黒髪は、野放図に伸ばされており、前髪は目どころか鼻頭まで覆い隠していた。


「彼女は……?」

「彼女はヘレン。彼女のことは気にしないで。このクラスの疫病神みたいな子だから」


 ヘレン、とルウは彼女の名前を小さく舌の上で転がした。


 視線の先では、通り過ぎる男子生徒がわざわざ彼女の机を蹴り飛ばすのが見えた。

 蹴られた彼女はびくっと体を震わしたものの、何事もなかったかのように虚空を見つめて座り続けている。


 思わず立ち上がったルウに周囲がどよめく。

「どうかした?」

「え? あ、いや、彼女は、その、何かしたの……?」

「……呪われてるのよ彼女」

「そうそう。私が聞いたのは人体錬成で生み出された悪魔の子だって――」

「俺が聞いたのは、家族を呪い殺した悪魔そのものだって――」

「パパとママが彼女には近づくなって――」

「わかる! 僕も言われた!」「俺も!」「私も!」


「それに彼女のせいで、学園の怖い人たちにクラスが目をつけられていていい迷惑なのよ」


「怖い人?」

「……うん、お昼休みになればわかるわ」

 教えてくれて女生徒も、それを聞いていた他の生徒たちも気まずそうに顔を背けた。


 鐘の音が授業の再開を告げた。


 学園の授業は楽しかった。

 そうこうしていると、あっという間に時間が過ぎる。


 昼休みを告げる鐘が鳴ると、生徒たちの動きは二つにわかれる。

 教室に残る者と、学園が運営する食堂に移動する者だ。


 食堂に向かう生徒たちが、

「ルウは学食いく? うちの学食は安くて量も多いからおすすめだよ!」

「ありがとう。でも、今日は少しでも早くこの教室に馴染みたいから残るよ。お弁当ももってきちゃったし。よかったら明日案内をお願いできる?」

 

 わかった! じゃあ明日ね、と気のいい級友たちは教室を後にした。


 教室に残ったのはほんの数人だった。

 ルウとヘレンと、その他には二人組の女生徒がいるのみ。


 ルウはお弁当を広げるために、自分の机の上をかたずけていると、

「転入生くん。一緒に食べようよ」


 二つの机をくっつけて向かい合う二人組の女生徒から声を掛けられた。

 せっかく誘ってもらって断るのも悪いので、ルウはお弁当を持って移動する。


「転入生くんのお弁当すごッ!」


 ――アン。張り切り過ぎだって……。


 ルウの弁当のおかずは光り輝いていた。


 蓋を開けた瞬間に、その匂いが教室を支配した。

 完璧に火入れのされた最高級の肉に、色鮮やかな山菜。

 密封された小さな容器には、最高級の魚介から取った出汁(だし)のお吸い物。

 パンと比べて高級食材と白米は、ツヤツヤで粒がっていた。


「君って実はお金持ち?」

「え? 玉の輿チャンス?」

「はは、は……」


 その匂いに触発されたのか、ぐぅー、と腹の鳴る音が聞こえてきた。


「ちょっとはしたないわよ」

「失礼ね! 私じゃないわよ!」


 それはルウでもなかった。


 教室には四人しか生徒がいない。

 安い探偵でもわかる簡単な推理だった。


 ルウが彼女の背後に視線を送ると、ヘレンは相変わらず虚空を眺めていた。

 しかし、よく見ると髪その耳が真っ赤に染まっているのがわかった。


 ルウが声を(ひそ)めて、

「彼女も誘っていい?」

 黙って顔を背ける二人の反応は、お世辞にもよろしいとは言えはなかった。


「ごめんね」

 

 ルウはそう断ると弁当をもって席を立った。


「あっ……」

 ルウに声をかけた少女がその背中に手を伸ばすが、その手が届くことはなかった。


 ルウはヘレンの隣の先に座ると、

「一緒にご飯食べない?」

 そう言って机を寄せた。


 ルウはすぐに気がついた。

 ヘレンの机の上に何もないことに。


 ヘレンは顔を増々赤くさせて俯くと、

「私は昼ごはん……ない」

 消え入るようにそう言った。


「そっか……」


 お腹の虫が鳴るということは、少なくともお腹は減っているはず。

 転入初日のルウは彼女の事情は微塵もわからない。


「もしよかったらだけど――ぼくのお弁当一緒に食べてくれない?」


 それでも放って置けなかった。


「え?」


 彼女が屋敷で待っているはずの同居人たちと一緒に見えた。

 孤独な蛇姫に、優しすぎる悪魔、夢見る機械人形。


 そして、心を閉ざして、瞳を閉ざしていたかつての自分に。


 辛いことや、悲しいことをたくさん経験した。

 しかし、彼女たちと出会い、旅をしてルウの優しさは広がった。

 

 人は幸せにならなくてはいけない。

 それこそが、人に与えられた唯一の義務だから。


 その上で、もしも自分の幸せのおすそわけが、誰かの幸せのきっかけになることができれば、それはもっと幸せなことなのかもしれない。


「ぼくの、家の人がさ。ちょっと張り切り過ぎちゃったみたいなんだ。ぼくは小食だからさ。こんなには食べられないんだ。ぼくを助けると思ってさ、ね?」


 もちろん嘘である。


 アンが張り切ったことを疑う余地はない。

 しかし、主人(ルウ)命のアンが、ルウが食べきれないほどの量の弁当を作るわけがない。

 味付けや見た目だけでなく、その量までも彼女の緻密な計算の下で作られていることを、ルウは知っていた。


 再び開いた弁当箱はやはりとんでもなく美味しそうな香りがした。

 隣でヘレンが小さく唾を呑むのが見えた。


「……いいの?」

「もちろん。ぼくがお願いしているんだから」


 その真剣な眼差しに押される形で、少女はやがて小さくこくりと頷いた。


「よかった」


 見る者が見ればわかる高級食材をふんだんつかったお弁当。

 お弁当には、お箸とフォークとスプーンが用意されていた。

 ルウはフォークとスプーンを少女に渡し、自身はお箸を手に取った。


 受け取ったフォークとスプーンでおずおずと、おかずを口にするヘレン。

 震える手で肉にフォークを突き刺すと、おそるおそる口に入れた。


 次の瞬間、ぶるりと小さくヘレンの体が震えた。


 ぎょっとしたルウは、

 ――ちょ、ちょっとアン。変なもの、入れてないよね?


 三人の同居人の中では比較的まともだが、あくまで比較的。

 彼女もときおり盛大にやらかすことがあった。


 しかし、それは杞憂だった。


「……お、おいしい」

 どうやら美味しいで震えたようだった。


 ほっと胸を撫で下ろす。


 色んなおかずを口に入れては震え、口に入れては震えるということを繰り返す。

 なんだか餌付けをしている気分であった。


 ルウは肉を一切れ、野菜を少々、後はお米を口にして、後は目の前でアンの食事へと病みつきになっているヘレンを暖かい視線で見守る。


 よほどお腹を空かせていたのだろう。

 最初は遠慮がちだった彼女の手も、今は止まらなかった。

 お弁当の中身が空になるのにそう多くの時間はかからなかった。


「あ、ああ。わ、私ばっかり、ご、ごめ――」

「ありがとうね! 手伝ってくれて。よかったら明日もまた手伝ってくれる?」


 謝らせない。

 ルウはそれどころか笑顔で感謝を告げ、明日も、とお願いする。


「え?」


 隣に座ったことで、長い前髪の隙間からヘレンの目が丸くなるのがよく見えた。


「もちろん迷惑じゃなかったらだけど……」

「私は、その、でも……」


 そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。

 教室の後ろに座っていた二人の少女が怯えた声を漏らした。


 現れたのは制服を着崩した上級生。

「おう、ヘレン――ちょっと面貸せや」

 上級生は素早く教室を見渡すと、その視線はヘレンに固定された。


 これがこのクラスのほとんどの生徒が、昼休みは教室に残りたがらない理由だった。


「……ごめんなさい」


 そう言って少女は、ヘレンは立ち上がって教室の入口に立つ上級生の下へと向かっていく。


「今月分の借金の利息の取り立てだ。用意はできているんだろうな?」

「は、はい。これが今のわ、私の持っているお金の全部――きゃッ!?」

 

 上級生はヘレンが震える手で差し出した貨幣の入った小袋をひったくるように奪う。

 その拍子に、ヘレンが机を巻き込んで倒れるも上級生は歯牙にもかけない。


 そればかりか手渡されたお金を数えると、

「足りん、足りねぇなぁ……。これっぽちじゃあよ。舐めてんのか、あぁッ!?」

 倒れ込んだヘレンの黒髪を乱暴に掴みあげた。


 ヘレンの顔は恐怖で引きつっていた。


「ご、ごめんなざい」


 ルウは黙っていられなかった。

 つかつかと歩み寄ると、ヘレンを掴む上級生の腕を力強く掴んだ。


 その拍子にヘレンが上級生の手から解放された。


 上級生はルウを睨みつけると、

「なんだ、お前? 見ない顔だな?」

「それぐらいにしなよ。やりすぎだよ」


 上級生は顔を伏せるヘレンに向かって、

「はッ。俺たちに返す金で同級生の用心棒でも雇ったのか?」

「ち、ちがッ――」

「違うよ。彼女はぼくの友達だ」


 上級生はルウの発言に目を丸くした。


「は? ――ははは! 傑作だ! お前に友達? いひひひ! いくら払ったんだよ! はー、笑わせてくれるじゃねぇか」


 涙を拭う上級生をルウは黙って見つめる。


「お前――正気か? 今なら笑って済ませてやる」


 ルウは何も言わずただポケットに入っていたものを取り出し、上級生の手に握らせた。


「これでどう?」


 それは一枚の大銀貨だった。

 上級生がごくりと唾を呑んだのがわかった。


「……この場は見逃してやる。ただし放課後。校舎裏にお前一人で顔を見せに来い」

「わかった」


 そう言うと上級生は手にした大銀貨を遊ばせながら、教室を後にした。

 大銀貨一枚と言えば、一般成人の一ヶ月の生活費。

 思わぬ臨時収入に上級生の機嫌は見るからによくなっていた。


「大丈――」


 ルウが床に倒れ伏していたヘレンへと差し出した手は、他でもない彼女によって勢いよく払いのけられた。


「――ろい……?」

「え?」

貧乏人(わたし)をからかうのがそんなにおもしろいッ!?」


 上級生の手によっていっそう乱れた髪。

 これまで隠れていたヘレンの白の瞳が露わになっていた。


 それを聞いていた級友たちがヘレンへ非難の声をあげる。

「助けてもらっておいてその言い方はないんじゃないの!」

「それとも、あんた転校生が助けてくれたのもわかんないのッ!」


「うるさい!」


 ヘレンの瞳は濡れていた。


「あなたたちだって陰で私のこと馬鹿にしてるくせにッ!」


 そう言うが早いか、ヘレンは立ち上がって教室から走って出て行った。

 引き留めようと手を伸ばしたルウは、彼女の顔に流れた雫に気づくと、その手が止まった。


「大丈夫? 転入生くん」

「彼女のことは気にしなくていいよ」


 彼女が倒れていた床を見ると、小さな雫の跡があった。


 ルウは一度深呼吸すると、

「……少し話を聞かせてもらえない?」

 そう言って振り返った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◇


 放課後の校舎裏。


 指定された場所へと訪れたルウ。

 あのあと、ヘレンが午後の授業に戻ってくることはなかった。


「へへ、約束通り一人で来たみたいだ」

「他所の町から来たいいとこのボンボンか」


 そこにいたのは十人ほどの制服を着崩した上級生だった。

 ゴテゴテとしたピアスや指輪など、善良な学生に似つかわしくない服装。

 退廃した空気と共に彼らは校舎裏を占拠していた。


「おおよその話は聞いたよ。単刀直入に聞くね――彼女の家の借金はいくらあるの?」


 級友から聞いたのは、彼女の親が抱えた多額の借金。

 それが彼女の貧乏の理由だった。


「金貨三枚。それに加えて利息で毎月大銀貨二枚」


 金貨三枚は一般成人の丸三年以上の生活費に相当する。

 手に職を得た大の大人でもそれを捻出することは、容易ではない。

 それが普通の学生であれば言わずもがな。


「それ、ぼくが立て替えるよ」


 しかし、ルウは普通ではなかった。


「は?」


 上級生たちの眼が点となる。

 

「だから金貨三枚でしょ? はいこれ」


 そういって制服のポケットから出てきたのは三枚の金貨。

 夕日を浴びた金貨が掌で艶めかしく光る。


「……待てよ。金貨三枚だったか?」

 やり取りを見ていた一人の上級生が口を挟んだ。


 それを聞いてやり取りをしていた上級生は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたあと、

「……あぁ、そうだったな。白金貨三枚だった。悪い悪い。俺の勘違いだった」

 

 程度の低い三文芝居だった。

 周囲の上級生たちはそれをみてニヤニヤと笑っている。


 ルウは冷めた目で、

「……証文を見せてくれる? 共和国での金貨以上の取引には契約書が必須だよね。契約書のない口頭の借金は違法だよ。公安警察が黙ってないよ。それに虚偽の請求は詐欺にあたるからその発言が嘘ならみんな捕まるけど大丈夫?」


 淡々と語られた内容に、上級生に動揺が走る。

 公安警察は、後ろ暗いことをしている者たちにとっては聞きたくない名前の一つ。


「先輩たちは商人の息子相手にゆすろうとしてるんだよ?」


 今亡きルウの両親は、ここよりずっと西の地で鳴らした大商人の一人だった。

 その成功を妬む者によって亡き者にされたが、両親の愛と優しさは、その莫大な遺産と共にルウへ引き継がれていた。


「生意気な後輩だな」


 目の前にいた先輩がルウの胸ぐらを掴んで壁へ押し当てた。

 周囲を見渡すと他の上級生も立ち上がって殺気立っていた。


「こういうのはどうだ? 先輩にたてついた生意気な後輩は、先輩たちの教育的な指導で大人しくしている、っていうのはよ」

「そいつは名案だな。指導の証拠に少しばかり恥ずかしい写真を取らせてもらうけどな」


 写真とは念写の魔法で現像された映像写真のこと。

 上級生(ロクデナシ)たちは、暴力と脅迫でルウの口封じにでることにしたようだ。


「……本気なの?」


 そして、三人の怪物(かぞく)が現れた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あっという間の出来事だった。


「な、なんだぁ!?」


 シスヴァーラ、アミア、アンの前にあっという間に上級生たちはのされた。

 気を失った彼らの体は、一か所に折り重なって積み上げられた。


「ありがとう……ところで三人はなんでここにいるの?」


 シスヴァーラは明後日の方角を見ており、アンは無表情で芸術的な口笛を披露していた。


 ルウが残るアミアに視線を注ぐと、

「ぎ、ギクッ」

 露骨に汗をダラダラと流し始めた。


 かつては悪魔と呼ばれて信仰を集めていた彼女だが、壊滅的に嘘をつくのが下手だった。


「アミア?」

「う、うぅ……。アンが盗聴器? ってやつを仕込んで……」

「バカーミア。それは黙っている約束で――」

「アン?」

「――ごめんなさい」


 滑らかに流れるように崩れ落ちて生み出された土下座は芸術的だった。


「私は止めたの――」

「全部シスヴァーラの発案で」

「――ごめんなさい」


 ズザァァアア、という音がしそうなほど気持ちがいいスライディング土下座だった。


 怒ってます、と腰に手をあてたルウは、

「学生生活の不・干・渉! 約束だったよね?」

「う、うん。でも――」

 少し意地悪だと思ったが、

「それとも、ぼくのこと……そんなに信用できない?」

 一転して声の調子を落とすとその効果は覿面(てきめん)だった。


 おもしろいくらいに三人の顔が青白く染まる。


「そ、そそんなことないよ。念のために、ね? ね?」

「そうそう、ただルウルウが心配で」

「ワタシ、ルウサマ、イノチ」


 ルウが小さくため息を吐くと、びくりと肩を震わせる三人。


 三人ともルウを心配してこのこと。

 それに結果論ではあるが、助けられたのも事実。

 ルウ自身はただの商人の息子。戦闘力など皆無に等しい。


 それを思うと叱るに叱れなかった。


「シス。学校に忍び込める? できれば堂々と。この学園は何かちょっと変な気がする」

「それがルウの頼みなら」

「アミア。彼らの記憶を探ってもらえる? 元締めが知りたい」

「まっかせて!」

「アン。彼らの身辺を調べてもらえる? 杞憂かもしれないけど、なにか組織がいるかもしれない」

「承知しました」


 代わりに三人へこの件の解消の手助けを依頼する。

 幸か不幸か、この件を境にルウとその愉快な仲間たちは、この町の厄介ごとに次々と巻き込まれていくことになる。


 厄介ごとには暴力がついて回り、ときにはルウの身にもその火の粉が及ぶ。

 それをルウの周りが放って置くわけもなく、圧倒的な火力でそのことごとくを制圧。


 徐々に、だが確実にルウの同居人の三人の怪物ぶりは街中に知れ渡っていく。


 曰く、石化の蛇姫。

 曰く、魂を奪う悪魔。

 曰く、人型最終兵器。


 それに付随して彼女たちを従えているように見えるルウの名も広まっていく。


 やがてはルウ自身も怪物王子と呼ばれるようになる。


「ぼくは怪物でもなければ、王子でもないんだけど……」

 そう言葉を零すのはずっとずっと先の話――。


 今日もルウは愉快な仲間と共に厄介ごとに巻き込まれていくのであった。


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[良い点] 正しい暴力の使い方、いいじゃないですか。 あと、三人娘の心の平穏に、乾杯! [一言] こうやって、ハーレム要員が増えていくんですね。キャラが埋没しないよう、書き手の力量が問われる難作。
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