第98話 今も憎いよ
ぎらりと光る黒い穴を向けられて、ノエルは目を見開いた。
「……クライ、ド……さ」
ノエル銃口をじっと見つめ、からからに乾いていく喉をごくりと鳴らした。
「ノエルっ」
リズがノエルの背中にしがみ付く。
クライドは、子供たちに銃口を向ける自分に激しい嫌悪を抱きながら、息を大きく吸った。
「お前たちの為だけに何十万人も犠牲にはできない……っ」
「よせっ! やめろ!」
何かの弾みで今にも引き金を引いてしまいそうなくらい震えているクライドの腕を、シオはしっかり掴んだ。
「っ、離せ!」
「レクスティーア! 聞こえるか!? お前は多くを殺したが、俺たちはもう、憎み疲れたんだ! お前を罰するのに犠牲を増やすことなんて誰も望んじゃいない! お前がやめると言えばこの馬鹿げた戦いは終わりにできるんだ!」
『……どうやらこの術機というのはあまり遠くの音を伝えないらしいな』
スティアはシオの訴えに応えない。
『人間たちの悲鳴が聞こえないからいまいち急ぐ気にならないのか? だったらここにいる者に役目をお願いしようか』
「やめろ……っ、よせ……!」
ここにいる者、がナタリア以外を指しているとは思えない。クライドの額から汗が落ちた。
『いや……、やめてよ……っ』
「ナタリアっ!」
「お前がやめると言うなら俺たちも戦いをやめられる! 魔蓄機も壊す! 魔物になるな! 人間になるんだ!!」
閃光が、一瞬四人を包んだ。
間を置かずに、激しい衝撃音が術車の中に重なり合って響く。
それぞれに怒号を散らしていたシオとクライドは、呆然と荷台へ続く出入り口に視線をやり、ノエルとリズは、がちがちに固まった体を何とか動かして、背後を振り返った。
ばちばちと雷が弾けるような音に混じって、戦闘の混乱が飛空伝信の術機から聞こえてくる。
「……ルイ」
「魔物たちを止めろ」
大きな声ではなかったが、ルイの声が、異音を放つ魔蓄機の音を遮るように車内に静かに広がって響いた。
***
エリックさんが持っていた携帯用の飛空伝信術機に通信が届いたのは、魔物を半分ほど片付けた時だった。
携帯用の術機では出せる信号波が弱いらしく、大型の術機同士の通信には割り込めなかったが、内容の受信は最初からずっとできていた。
だから、何があったのかは全て、把握済みである。
『……ふ、……はは。……予想外に面白い展開じゃないか』
言葉のまま、面白そうに笑う声が聞こえてきて、術機の向こうで小さく聞こえていた乱戦の声が収束していく。
スティアは宣言通り、魔蓄機の破壊とひきかえに魔物を引かせたらしかった。
魔蓄機には剣が刺さって青白い光を放っている。
光はもともとの剣の効果ではく、おれの魔力を高圧縮したものだ。
それを魔蓄機に撃ち込んだのだから、もはや魔蓄機はその機能を失っている。
『仲間に壊される方が面白くなると思ったんだが』
「……シオ、兄さんはもう、この時代でも人をたくさん殺してる。たとえ兄さんがやめたって言ったって、許されていいわけない」
スティアの言葉を、おれは意識的に無視した。
無視して、運転席側にいる姿の見えないシオに対して話しかける。
「…………」
「おれは、今も憎いよ。兄さんが」
「………………っ」
シオからの返事はなかった。
『アスカの決意が固くて結構だ。その調子だと今度こそ決着が着きそうだな』
「…………」
おれの沈黙は、怒りを向こう側へ伝えたらしい。
スティアは、くっと低く笑った。
『待ってるぞ』
スティアの言葉の直後、小さく息を呑む声を術機は再生した。
「ナタリアっ? 大丈夫か!?」
その声に反応したクライドさんが、一言一句聞き逃すまいと術機に向かう。
『だ、大丈夫……、き、消えちゃった……』
「無事か!? 無事なのか!?」
『あ、あたしは……大丈夫……。魔物も、もういないわ……』
「都警隊の奴らは!?」
『わ……、分かんない……、まだ、混乱してて……』
「お前はどこにいるんだっ?」
『も、門の近く……、都警隊の……術車の、とこ……』
「近くに人はいるかっ? 都警隊の隊員は!?」
『あ……っ、い、いる……! すぐ隣に……、あいつにやられて……、気を失ってるだけみたいだけど……』
「すぐに起こせ! 人のいるところに行くんだ!」
『あ、兄貴っ、こ、壊したの?』
ナタリアは従わず、質問を投げかけてきた。
『ルイなの……? ルイが壊したの……っ?』
音と声だけでもほとんどの状況がナタリアには把握できたらしかった。
クライドさんが返した沈黙が、答えになる。
ナタリアも何も言えなくなったらしく、しばらく沈黙が続いた。
「ルイ……!!」
大きな呼び声と共に、開け放たれている荷台の後ろの扉からサラが姿を現した。




