第96話 気に入らない
「え……、ナタリア……か?」
空気を伝わった信号波を術機が再生した声を、クライドは正確に聞き取って、身を乗り出す。
一体どこからの通信だというのか。
それに、聞こえてきた声が、かすかに震えているのは何故なのか。
「ナタリアか? どうしたっ? お前、どこから通信して……」
伝空通信の術機など、一般人がすぐに手に入れられるものではない。
しかもミッドガルドとの距離を通信できるタイプのものとなると、それこそ都警隊の術車にあるものか、舎内にあるものを使うしかないはずである。
『あ、兄貴……、ご、ごめんなさい……』
「なん、何だ? どうしたんだ?」
通信の向こう側がどういう状況なのか把握できないクライドの表情は険しい。
同じように厳しい顔で通信を聞いているシオの後ろから、リズとノエルが心配と不安を混ぜたような表情で運転席を伺っている。
『ど、どうしようもなくて……あたし……』
「ナタリア? 一体どうしたんだ? 何かあったのかっ?」
クライドが焦ったように事態の説明を催促した時だった。
『無駄なおしゃべりはいい。埒が開かない』
男の声が聞こえてきた。
シオの表情が一変する。
「レクスティーア……!!」
「えっ!?」
「嘘!」
「な、なんでっ」
シオの一言は車内を一気に凍りつかせた。
「お前そこで何をしている……!?」
怒気を含んだ低い声をシオは腹から絞り出した。
『僕も魔力の温存にいそしもうと思ってね』
術機から聞こえてくる声の調子は軽い。
『正面切ってやりあうと本気の戦いになるからな。下手をすれば中途半端な最後の戦いを始めることになりかねない。せっかく最後の舞台を用意したのにそれじゃ詰まらないだろ? それともいっそのこと今から始めるか? 僕はそれでもいいが、アスカはまだ魔力が回復しきってないんだろう? この都の魔物を全部倒したばかりだそうじゃないか。……僕なりの折衷案さ』
「……何を言っている」
『分からないのか? 僕はお前たちが用意したその、魔力の足し、が気に入らない』
「………………」
黙りこんだシオの代わりに言葉を発する者はいなかった。
『僕がわざわざ力ずくでやらなくても、お前たちが壊してくれるだろう?』
「……………………」
人質は、ナタリアだ。
いや、ナタリアだけではない。ミッドガルドそのものを押さえられていると思っても過言ではない。
「ま……待ってくれ……、ナタリアを……妹をどうするつもりだ……?」
『あぁ、お前が兄か? アスカの新しい仲間の中に家族がいる者を探してみて正解だった。可愛い妹じゃないか。やるのはお前か?』
「待っ……」
クライドは真っ青になって腰を浮かし、思わず魔蓄機を設置している荷台の方へと視線を巡らせた。
その瞬間、自分と同じくらい真っ青になっている二人の子供たちと視線が絡み、クライドは息を呑む。
どいてくれと頼まなければならないのだ。
ルイのことを家族だと思っている二人に。
「………………」
魔蓄機を壊せば、妹は殺されないかもしれないが、ルイは確実に助からなくなる。
それを二人が受け入れることはないだろう。
だが自分も、妹を諦めることなど受け入れられるはずもない。
クライドは状況のあまりの過酷さに愕然とした。
「やめろ……、やめるんだ、レクスティーア」
飛空伝信の術機のそばに膝をついたシオが、唸るように呟いた。
『……は』
「もう、やめにはできないのか……?」
嘲るように笑うスティアには構わず、シオはそう真剣に問うた。
『……もしかすると、僕の勘違いでなければ、戦い自体をやめろという意味だったりするのか?』
「そうだ、もういい、こんな数百年も後の世界になって、なぜまだ縛られたままでいる必要がある……?」
『アスカは僕を殺す為に生まれてきたんだから仕方ないだろう』
「そうじゃない、縛られているのはお前の方だ」
『………………』
通信波の向こう側から沈黙が返ってきた。




