第95話 親戚のおじさんって感じ
「魔物だ、群れてる、仕掛けてきた」
ミッドガルドを出発してから四日目の夕方だった。
進む先にちょうど町も村もなく、一日目に稼いだ金で買った鍋で簡単に食事の準備をしようとしていたタイミングである。
「多いの?」
「少し多い、くらいかな。北の方角」
陽はさっき沈んだばかりで、辺りにはまだ光がある。
ミッドガルドを出てから魔物にはすでに何度か遭遇していて、初めてのことではない。
だけどそれは、街の外を歩いていれば普通に出くわす魔物たちで、言ってしまえば警護屋さんの二人が難なく倒せてしまう数だった。
基本的に魔物はそれほど大きな群れでは行動しないのだ。
しかし、今回は違う。
「スティアがよこしてきた、暇つぶしの牽制っぽい」
スティアが決戦の舞台を決めてきた以上、今回は本気の攻撃でないのは間違いない。
だけど適当なちょっかいを一切かけないままであれば、おれが魔力を温存する一方である。
「ルイ、くれぐれも魔力の使いすぎに注意して」
「うん、ありがとう」
サラの忠告におれはゆっくり頷き、腰に下げた剣の柄に手をやる。
剣舞で使った飾り剣ではない。
実用一辺倒のシンプルな両刃の剣だ。
刀身に破魔の陣が刻み込まれており、攻撃の都度魔力を使わなくても、剣に込めた魔力が切れるまでは魔物に対して有効な剣となる。
魔力を込めるのは使う本人でなくても良いので、魔力の消費を極力控えたいおれにとってはうってつけの武器と言えた。
今はシオによってきっちり限界まで魔力が込められている。
「じゃあシオ、ここは任せるわね」
戦闘要員が皆出払うわけにはいかない。
前回までは魔物の数が多くなかった為、いつも数人が残っていたが、今回残る戦闘要員はシオ一人だ。
だけどシオなら、一人でも守りに関しては十分だろう。
シオはおれ以外の四人の中では一番魔力が多い。
たとえ魔物の群れがこちらに来たとしても、ある程度の時間くい止めることができる。
「二人とも、絶対この中から出るなよ」
おれはリズとノエルに念押しをする。
二人は真剣な表情で首を縦に振った。
***
「……多いって、どれくらいかな」
術車にリズとノエル、クライド、そして護衛のシオの四人きりになっていくらか時間がたった頃。
重い沈黙の中、ぽつりと呟いたのはリズである。
「さあなぁ……ルイ基準の多いがさっぱりわかんねぇよ」
「それは確かに。なんか私たちの想像より多そうな気がしてきた」
「大量の魔物あっさり片してたルイが多いって言ったくらいだからな」
「まだかかるのかな? 夕飯も食べ損ねてるし、きっとお腹空いてるよ」
「おー、怪我とかの心配じゃなくて、腹減ってないかの心配?」
「あ、そうか……普通はそっちだよね」
「まぁ、ルイ、くっそ強いからな……」
二人の会話を聞いていたシオがふっと息を吐いて笑った。
「なるほど。君たちと一緒にいて、ルイが明るくなるわけだ」
「え?」
「はぁ」
キョトンとするリズと、シオの言葉の意図を何となく察したような生返事をするノエルである。
「ルイが出会ったのが、君たちで良かった」
「そ、そうですか……?」
優しく目を細めながら言うシオに、リズは少し照れたように答える。
ノエルはにっと笑った。
「はは、シオさんはルイの保護者みたいですね」
「…………」
シオは言葉を忘れたように、瞬きを繰り返す。
「なぜ、そんな風に思う……?」
「え……、いや、なんか……ルイを見る目が親戚のおじさんって感じで」
「…………」
「あ、すみません。おじさんとか言って」
「もう、ノエルっ」
無言のシオを前に、焦ったように取り繕うノエルを、リズは軽く小突いた。
その時である。
ざざざと、運転席から音が鳴った。
「つ、通信だっ」
いつでも車が出せるよう、運転席に待機していたクライドが、声を張り上げる。
シオは運転席への階段を真っ先に駆け上った。
都警隊の術車には伝空通信の術機が標準装備されている。
普段は都警舎や他の術車との通信に使うものだが、信号波を合わせればどんな術機とも通信は可能である。
今通信が入るとすれば、ロジェの持っているエリック作の携帯型術機以外にない。
戦闘中に何かあったのかと、シオは顔を硬くして通信の内容に耳を傾けた。
しかし。
『……あ、あに……き?』
聞こえてきたのは、少女の声だった。




