第93話 息がぴったり
おれたちは、剣舞に必要な剣を始めとした道具一式を抱えて、さっき食事をした広場の噴水前に戻ってきていた。
「話、トントン拍子だったわね」
隣でサラがにこりと微笑む。
きっかけは、近くで見つけた古物商の店だった。
そこの店主の人は、おれが柄のよろしくない男たちと乱闘してたのをみていた野次馬の一人だったのだ。
剣舞ができそうな剣を時間貸ししてもらえないか聞こうとしたら、「坊主はさっきの」と言われたのが始まりで、話は怒涛の如く進み、結果的に飾り剣二本の他に、皮張りの打楽器と、それらしく見せる為の衣装代わりとして同じ色の大判の刺繍布まで貸してもらえることになったんだから、まさしくトントン拍子である。
それから店主さんは店を早仕舞いして、さらには周りの店に声をかけて、広場で出し物をやるらしいと言いふら……、宣伝しまくったため、すでに見物客がちらほら集まりだしてしまっている。
「どうしよう、失敗できなくなった……」
「失敗するの?」
おれの心配をよそに、サラは剣の具合を確かめながらそんな風におれを煽ってくる。
「そりゃ、舞は失敗しないけど、この時代でも受ける舞かどうかは分かんないじゃないか」
「なるほど、そっちの心配だったのね」
「そうだよ」
言いながらおれも、剣を振ったり握りなおしたりして、重さや重心を確かめる。
「でもルイは結構ブランクがあるんじゃない?」
「封印魔法かけてたこと忘れてるだろ」
「手足が伸びた分の感覚はズレてるわよ?」
「もう散々戦ってそこは馴染ませたし」
おれが煽りを跳ね返し続けていると、サラはふっと笑って肩をすくめた。
「失敗した時の逃げ道を用意してあげてたのに」
「えぇ?」
分かりづらい優しさである。
「……まぁうん。それはありがとう」
「えっ」
おれが素直に礼を言うとは思わなかったらしい。
サラはちょっとだけ驚いたような顔をして、それからふっと息をはいた。
「どういたしまして」
***
「思ったより、大きなイベントになってない……?」
広場の噴水前で準備を始めたルイたちから少し離れたところに、見物場所をキープしたリズは、隣に立つノエルにそう尋ねた。
周りには古物商の店主が集めた見物人がいるため、話を知らない食事客や通行人たちも、何か始まるらしいとざわめいている。
「そうだな。でもどうせやるなら観客は多い方がいいんじゃないか?」
「そうだけど……」
「まだ自分のせいだって思ってんのか? あの時財布持ってたのが俺だったら俺が盗られてたよ」
「ルイだったら盗られなかったかもしれないわ」
「今のあいつならそうかもな……」
ノエルは目を閉じつつ渋い顔をする。
「でもま、こうなった以上は楽しんだほうがいいだろ」
「まぁ、それはそうなんだけど」
言葉では肯定しつつも、まだ申し訳なさそうな顔で、リズは噴水前に視線を向けた。
人々の期待の視線を受けながら、ルイとサラは剣の具合を確かめている。
二人は同じ色の刺繍布を体に巻きつけ、左肩から長く垂らしていた。
それだけで何かの衣装のように見えるから不思議である。
少し離れた噴水のへりに腰かけたシオも、打楽器をぽんぽんと打ち鳴らして音の響き具合を確かめており、その音も、広場の人々の注目を集めるのに役立っていた。
「投げ銭がいくら集まるか賭けるか?」
「賭ける金があるなら投げ銭に入れてやれよ」
「なんだよ〜、つれねぇな〜」
上機嫌なロジェと呆れ顔のユーグが二人で軽口を言い合っている。
「イリヤ君とジュリさんもいたら良かったのにな」
一方、自分が踊るわけでもないのに、一番緊張した顔でクライドはポツリと呟く。
「まぁ、術車の見張りゼロにも出来ねぇし、今回はタイミングだな」
答えるロジェのノリはクライドとは真逆の軽さである。
やがてルイとサラは何やら目配せをし、サラがシオへと合図を送る。
シオが頷いたのを確認して、二人は切っ先を下にした剣を縦に構え、一歩前へと足を踏み出した。
そのたった一歩が辺りに緊張感をもたらし、周囲のざわめきや話し声は波を引いたように消えていく。
その様子を見ていたリズはこくんとつばを飲む。
ととん、とリズムを刻む音がした。
一拍の間があって、二人の剣は糸で繋がっているかのように全く同時に動き出した。
長さもほぼ同じ二本の剣は、複雑な軌跡をたどってくるくると円をいくつも描き、打楽器のリズムに合わせて右に左にと風を切る。
その剣を操る二人の体はまるで羽でも生えているかのように軽やかだ。
剣を大きく操り舞う様に動いたかと思えば、小刻みにリズムを取った繊細な動きで観客を惹きつける。
驚くべきことに、二人の動きには互いに寸分の狂いもない。同じ軌跡を描く剣、同時に伸びる手足。
体の動きにあわせて揺れる刺繍布まで同じ翻り方をしているようにリズには見えた。
広場は一気に歓声に包まれる。
「……わ、ぁ」
感嘆のため息しか出てこず、リズは瞬きも忘れて二人の剣舞を見つめたまま両手を握り締める。
「……うぉお」
ノエルも同じように驚きの息をはき、それっきりである。
広場のあちこちから視線をやるだけだった人々が近くまで寄ってきて、周囲にはあっという間に人だかりができていた。
二人の剣舞は、魅せる為だけの剣さばきかと思えば実際の剣技に使うような型が入っていたりもする。
振り下ろしたり薙いだり突いたりする動きのどれひとつを取っても、その動きは全く同じだった。
やがて二人は互いに向かい合い、要所要所で打ち合うような動きを見せ始める。しかし音がなることはなく、ほんの僅かな隙間を残して寸止めしていることが伺えた。
打楽器のリズムに合わせて観客が手拍子を送る。
「……ねぇ」
目の前の光景に素直に驚いて楽しめたらどれだけいいかとリズは思った。
隣のノエルに声をかける。
「…………すごいね」
「あぁ……、剣舞って、こういうやつだったんだな」
「うん……、息ぴったり」
呟いたリズの心の内を悟ったのか、ノエルはリズを振り返る。
「ルイとサラさん……、すごい、息がぴったり……」
「……まぁ」
上手く答えられなくて、ノエルは言葉を濁した。
二人の同調は、共に過ごした時間の長さを物語っているように思えたからである。
「修道師の巡礼で奉納の舞……だっけ?」
「そんなこと言ってたね」
「現代には全然残ってない文化だな」
「そもそも教会がないもの」
「もしかしたらすごい貴重なもの見てるのかも」
「そうだね……」
リズは剣舞を踊る二人を目を細めてじっと見つめた。
観客は増える一方で、歓声も手拍子も時が過ぎる事に大きくなり盛り上がっていく。
そこに取り残されたような感覚を抱きながらも、リズはルイの動きを追った。
綺麗に伸びた背筋と集中して真剣なルイの表情は、普段あまり見かけるものではない。
心臓が、鼓動を早めようとしているのか、打つのをやめようとしているのか、リズには分からなくなる。
だが胸が苦しいことだけは確かだった。
やがて打楽器のリズムはたたみかけるように速さを増し、周囲の盛り上がりは最高潮をみせる。
ふいに二本の剣が宙へと舞った。それらはぶつかることなく空中で交差し、二人は相手が投げた剣に向かって手を伸ばす。
飾り剣とはいえ、おもちゃでない以上、刃は本物だ。
だが観客のそんな心配をよそに、二人は当たり前のようなしぐさで剣の柄を掴み取る。
そしてその動きを利用した流れるような動作でくるりと身を翻すと、互いに向かい合い、それぞれの右肩に剣の先を置く。そしてそのまま目を閉じ静かに片膝をついた。
同時に打楽器のリズムがきりよく締めの一打を辺りに響かせる。
一瞬の静寂の後、割れるような拍手が辺りに巻き起こった。




