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第91話 やばい、とっとと帰ろう

「……リズっ」


 リズは女の子二人に捉えられ、顔をこわばらせている。

 その頬には何か光る小さなものが突きつけられていた。


「彼女の顔に傷をつけたくなかったら、大人しくすんのよ!」

「…………」


 争いごとに巻き込まないよう、少し離れていたのが仇になった形である。

 相手の仲間にいた女の子二人が乱闘に加わってはいなかったのを、流石に男に混じって格闘戦に参加してはこないだけだろうと思っていたおれは大馬鹿だ。

 仲間の少年たちが劣勢なのを見て、反則技に出たらしい。

 こういう行動に出られる可能性を、おれは考えるべきだったのだ。


「ルイ……っ、ご、ごめんなさい……!」


 リズの頬に押し当てられているのはクロスのペンダントだった。

 ナイフみたいな刃物でないのは不幸中の幸いだけど、クロスの先端はだいぶ尖っており、切るのは無理でも刺すには十分効果を発揮しそうである。


「聞いてんの!?」


 促されて、おれは構えの姿勢を解き、両手をあげた。


「ルイ! お願いあたしなんか放っといて!」

「あんたはうるさいっ」

「きゃっ」


 髪を引かれたらしいリズが悲鳴をあげた。

 おれはぐっとこらえて唇を噛む。


「やんなら早くやっちゃいなさいよっ」


 女の子たちは仲間の男たちに声をかけた。

 地面に転がされていた男が一人、仲間の女の子に手助けされたことにちっと舌打ちをしながら近づいてくる。


「やめて! いやっ、ルイ!」


 男がおれの肩に手を置く。


「……ぅぐっ」


 腹を殴られて、おれは身を折った。

 そのまま膝を折って崩れ落ちる。


「ルイっ、ルイ!!」

「さぁ、んじゃ話つけに場所移そうぜ」


 自分たちの優位を悟ったのか、男は人目を避ける事に考えが戻ったらしい。

 周囲でちらちら視線を向けてくる通行人や野次馬に、散れと声をかけている。

 おれは、しゃがんだ姿勢のまま顔をあげて、リズの後ろでクロスを持つ女の子に視線を向けた。


「ル」


 リズがおれの名前を呼ぼうとしたが、風を切る音と甲高い金属音がその続きを遮る。


「いたっ!!」


 女の子の悲鳴が上がった。

 その頃にはおれはもう、地面を蹴っている。


 女の子が起こった事態を把握しようとする一瞬の隙に、おれはリズを取り返していた。

 足元でからんと音がする。


「な、なに」


 おれの腕に付けていた、魔法封じの黒いリングである。

 殴られた腹を抱えてうずくまるふりをして、リングを外していたのだ。

 それを、女の子のクロスを持つ手に向かって投げたのである。

 ほんの少し魔力を込めて、万が一にもクロスがリズの頬を傷つけたりしないよう、コントロールは万全にしてあったが、それはリズには内緒だ。


「ル、ルイっ、あれって魔法封じのっ」

「平気平気。魔物相手でもないのに、つい使っちゃうなんてないから」


 心配そうにするリズを安心させようと、おれは緊張感のない答え方をする。

 リズが再び人質に取られることがないよう、おれはリズと一緒に通りの端の壁の方へと回り込んだ。

 逃げ場は無くなるが、リズの安全を考えたらベストな位置どりである。

 そもそも、逃げ場なんて無くても問題ない力量差だ。


「ルイ、お腹は……っ」

「大丈夫。うまく殴られたから」


 相手の振りかぶり方を見ればどこを殴るつもりかも分かりやすかった。


「ふっざけんじゃねえぞてめぇ」

「ガキがいい気になりやがって……」


 男たちは人質作戦もあっさり失敗に終わり、頭に血が上っているようである。


「このっ」

「てめっ」


 怒りのままに突っ込んできた男たちの拳を避けて、おれはさっきとは違い、男たちを思いっきり投げ飛ばした。

 殴ったら腕が痛いし。


「ぐっ」

「うが!」


 だが投げ飛ばす着地点を同じにすることで、相手へ与えられるダメージはかなり増える。


「ぐふッ」

「うぅぅ」


 さっきまでは素人相手なんだからと手加減をしていたが、それはもう終わりだ。

 痛い目は見てもさすがに大怪我はしないようにとしていたのに、リズを人質に取るようなら話は別である。

 まぁ人質にしたのは女の子たちだけど、こういうのは一蓮托生、連帯責任だ。


「……やばい、とっとと帰ろう」


 ふと気がつくと、周りの地面は痛みにうめく素行の悪そうな若者だらけという地獄絵図と化していた。


「いいぞ小僧ー!」

「坊主、でかいの相手にやるなぁ!」

「かっこいいわよ!」


 いつの間にか周囲には遠巻きな人だかりができていた。

 そもそも、大通りほどではないにしろ、人がまぁまぁ行き交っている通りでの出来事なのだ。

 野次馬が集まらないわけがない。


 リズが人質に取られていたのを見ていた人々は、とりあえず正義はおれたちの側だと理解したらしく、暢気な喝采を送ってきている。

 男たちのような血気盛んな若者が普通に歩いていることからして、この辺りではこのぐらいの喧嘩は日常茶飯事なのかもしれない。

 だけど都警隊のようなこの街の治安維持の団体を呼ばれたら面倒だ。

 早く姿を消そうと、おれはリズに駆け寄った。


「ほら、リズ、行こう、はやく」


 おれが話しかけると、リズははっと瞬きをした。

 よほど怖かったのか呆けたようにおれを見つめてくる。


「もう大丈夫。ノエルたちのとこに戻ろう」


 リズの手をぐいっと引き、人だかりの間に割って入る。

 するとなぜか、左右にいる人たちから、よくやった、見事だと肩を叩かれ頭を撫でられた。



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