第90話 向こうで話つけようか?
走り出したリズをやっと見つけたと思ったら変な奴らに絡まれていて、おれは本当に肝が冷える思いだった。
このタイミングで見つけられてなかったらどうなってたことか。
ノエルに顔向けができないことになるところだった。
「大丈夫? 探したよ、急に走り出すから」
「ご、ごめんなさい……」
リズの目は若干潤んでいた。
おれの中で、何かがふつっと湧き上がってくる。
「ちょっとちょっと。お前いきなり現れて何なの?」
リズに絡んでいた連中は、苛立ちを隠そうともせず話しかけてきた。
おれはリズを背中でかばうようにして再びそいつらと対峙する。
おれより少しだけ年上っぽい男が二人。
「すみません、急ぐのでこれで」
顔面からすっと表情を消しておれは淡々とそう言った。
怖い思いをして怯えているリズの前で、荒事を起こすわけにはいかないと、自重した結果である。
そんなおれの背中に、リズはそっとくっついてきた。
よっぽど怖かったに違いない。
「ええ? 何それ、そんなあっさり言われて納得できないんだけど」
「言っとくけど、その子がぶつかってきだんだぜ?」
「そうそう、僕ら被害者」
二人はどう見ても加害者のノリで被害者ぶったことを言う。
「何やってんのー?」
「そいつら誰?」
そうこうしているうちに、通りの向こうから二人の知り合いらしい男女が数人やってきて周りを取り囲まれてしまった。
「あ、女の子いるじゃん。どうしたの?」
「俺らにぶつかってきたんだよな」
「そうそう、可愛いし、お詫びも兼ねてちょっと付き合ってよって話をしてたんだけど」
「なんか彼氏がでしゃばってきて?」
それだけで周りは大体の事情を自分たちの都合よく解釈したらしく、あーなるほどーと呟いて頷いた。
「そっかそっか。んじゃお前、ちょっと向こうで話つけようか?」
男女の中で一番体格のいい少年が、親しそうにおれの肩に腕を置く。
遠目に見たら友人同士に見えなくもない動きだ。
「ルイ……っ」
相手が暴力的なものに訴えようとしているのは明白で、リズの声には悲痛な響きが含まれていた。
「大丈夫だから」
おれは肩を組まれたまま首を回してリズに視線を送った。
今さらだけども、スティアや魔物の討伐が至上命題みたいにして育てられたおれは、戦闘能力に関しては普通の人間に負けることはまずない。
そもそも半分人間じゃないのだから当然である。
だけど問題は、人外相手に対する強さしかリズには見せたことがないことだ。
おれが人間相手に立ち回る姿がリズには想像できないのかもしれない。
あ、おれが今魔法を使わないようにしているのを気にしている可能性もある気がする。
「あぁ? 大丈夫ってヨユーだねぇ彼氏ぃ?」
おれの大丈夫宣言にいらっとしたらしい男はおれに対してすごんできた。
荒事……にはなるべくしたくなかったけど、これはもう、言葉で切り抜けるのは無理そうである。
そして魔法を使うとリズが自分のせいでおれに魔力を使わせたと気にするかもしれないので、魔法は使わない方向性で対処するしかない。
となると、とれる行動は限られてくる。
「リズ、ちょっと離れてて」
おれは数歩歩いてリズから距離を取った。
「んぉ? お前……」
おれを押さえつけていたつもりらしい男は、おれの数歩の移動につられる形になって意外そうな顔をする。
「おれたちは、話すことないです」
おれは肩に回されていた男の手をすっと掴んで捻りながら身を引いた。
「ぉ、え?」
すると男はあっけなく地面に転がる。
「はっ?」
「え、何してんの?」
地面に倒れた男も、周囲の仲間たちも、何が起こったか分からない様子だ。
「え、ルイ?」
「大丈夫なんだよ。おれ、相手が魔物じゃなくても強いから」
リズを安心させようと言った言葉で、周囲がわっと沸いた。
「てめぇどういうつもりだ」
「こっちが優しくしてやってりゃ調子にのりやがって」
「いつのまに呪文なんか唱えやがった!」
どうやら魔法を使われたと周囲は思ったらしい。 人体構造を理解して修練を積めばできる動きなんだけど、知らなければそうなるのかもしれない。
ちなみにサラもこういう修練は積んでいてできるので、おれが特別何かの達人というわけではない。
「覚悟はできてるな?」
「やっちまえ」
「リズ離れてて」
おれはリズを騒乱の輪の外にそっと押し出した。
地面に倒された男も起き上がっておれの周りを取り囲む一人になっている。
「ルイっ!」
さすがに多勢に無勢ではないのかという心配そうな響きが、リズの声には含まれていた。
通りにいた人々が何事かと視線を向けてくる。
しかしおれを取り囲む男たちは、最初は向こうで話そうとか言っていたことも忘れて殺気立っている。
「このくそガキがっ」
「調子にのりやがって!」
二人に同時に殴りかかられそうになったので、おれは姿勢を低くし半身になって一歩下がる
それだけで攻撃は簡単に空振った。
たたらを踏んだ二人の服の袖を引っ張ったら二人は互いに頭をぶつけ、地面へと崩れ落ちる。
「なっ」
「てめぇえ」
その光景に逆上した周囲の面々は怒りのままに突っ込んでくるが、おれは全ての攻撃をかわして、相手をどんどん地面に転がしていく。
「ル、ルイ……」
聞こえてきた声のトーンから察するに、どうやらリズは、おれが魔法を使わなくても強いと分かってくれたようだった。
ひと安心である。
と、思った矢先だった。
「きゃっ」
「そこのあんた! 止まんなさい!!」
リズの短い悲鳴が聞こえてきて、おれは自分の迂闊さを呪った。
リズが相手の仲間にいた女の子二人に後ろから羽交締めにされている。
「大人しくしないとこの女が痛い目みるわよ!」




