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第89話 誠意みせてよ

 ぶつかってきた相手をよく見ていなかったことを、リズは激しく後悔していた。

 分かっているのは、着ていた服が灰色だったことと、謝ってきた声で相手が男だということくらいである。

 結局、追いかけるべき相手を見失ってしまって、リズは通りの真ん中で途方に暮れた。


「……どうしよう」


 めちゃくちゃに走った後である。何度も道を曲がったし、小さな路地も通り抜けた。

 そして気付けば見知らぬ場所で一人ぼっちだった。


「お財布すられた上に迷子なんて……」


 ちらほらと歩いている人はいるが、さっきの大通りとは全然違う場所だ。

 何の店だか分からない看板がちらほらと出ているだけである。


「……どうしよう」


 呟く言葉すら他に思いつかず、リズはひとまず元来た方へ向かって歩き出した。

 しかし、


「ここどこ……」


 人通りこそ増えたものの、辿り着いた通りもさっきまでいた場所とは雰囲気が違っている。元いた場所へどう帰ればいいかが分からない。


「……うぅ……馬鹿だあたし……」


 生まれ育ったミッドガルドなら都警隊の詰所を頼るなど色々手は思いついたが、知らない街ではそういう場所もどこにあるか検討がつかない。


「ルイ……ノエル……」


 じっとしていてはいつまでたっても帰れない。そう思って一歩を踏み出そうとするのに、向かった先が間違っていたらと思うとっその一歩さえ踏み出せなかった。

 すると。


「あ……!」


 人の波の向こうに灰色の背中を見つけて、リズは小さく声をあげた。


「……っ」


 逃げる風でもなく、ゆっくり歩いている。人並みに紛れているつもりなのだろう。今走れば気付かれずに追いつけると、リズは走り出した。

 が。


「いてっ」

「きゃっ」


 遠くの目標ばかり気にかけて走り出した為、目の前を横切ろうとしていた相手に気付かず、思いっきりぶつかって転倒してしまう。


「いってぇ、なんだぁ?」

「大丈夫かー?」

「いきなり走り出しやがって」


 倒れた地面から顔をあげると、二人組みらしい少年がいた。一人が服の汚れを払いながら立ち上がり、もう一人がそれを横で見ている。

 どちらも十代後半らしく、明るい色の服を着て、派手なアクセサリーを無造作じゃらじゃらさせている、リズにとっては関わりたくない風貌の少年たちであった。


「あの、すみません、よく見てなくて……っ」


 とりあえずさっさと謝ってさっさとこの場を離れようと、リズは謝罪を口にしながら慌てて立ち上がった。


「ほんと、すみませんでした……っ」


 そう言ってぱっと走り出そうとしたところを、


「ちょっと待ちなよ」


 腕を掴まれて止められる。リズの顔から血の気がひいた。


「そんなビクビク謝られても微妙なんだけど。なんで僕らが悪者みたいな?」

「いえ、あの、そんなつもりじゃ……」

「あ。なんだ、君可愛いじゃん。ねぇ、お詫びにさ、ちょっと付き合ってよ」

「へっ?」


 急な話の流れに付いていけず、リズは間抜けな返事をしてしまう。


「俺らこれから連れと合流して遊びに行こうって話になってんだよ。大丈夫、女の子もいるしさ、付き合ってよ」

「え、いや、あの、ちょっと急いでて……っ」

「何なの、別にいいじゃん。ぶつかってきたのそっちなんだから、誠意みせてよ」

「せ、誠意……?」


 ラフに紡がれた言葉のその重さにリズは混乱する。

 上手く切り抜ける方法を考えられない。


「さ、行こーぜ。あぁ、ほら、あそこにいるの俺らの仲間。な? 女の子もいるっしょ?」


 言われて指差された通りの向こうに目を向ければ、同じような服装に身を包んだ男女がいて、こちらを発見したのか手を振って歩いてくる。


「あ、あの、離してくださ」


 あの人数に囲まれたらもうどうにもならない。なんとか逃げ出そうとするリズだが、腕を強く掴まれていて、離してくれる気配もなく、泣きそうになる。


「……すみませ、ほんとに、急いでて……っ」


 あ、駄目だ、本当に泣く……、リズがそう思った時。


「リズ……!!」


 声と同時に視界に入り込んできた背中があった。


「その手、離してください」


 安心する、しかし毅然とした声。

 掴まれていた腕の圧迫感がなくなったことにリズは気が付く。


「ルイ……!」


 リズが名前を呼ぶと、ルイは振り返ってふっとリズに笑いかけた。

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