第87話 自分いじめが趣味だったからなあ
「ごちそうさま」
久しぶりのちゃんとした晩ごはんだった。
おれにとってちゃんとしたというのはつまり、パンに加えて料理とスープがあってあったかい、という食事のことである。
「めちゃくちゃ美味しかった……」
ここ数日、おれは適当なビスケットとか余り物のパンとかしか口にしていなかったから、あったかいごはんでこんなに感動するとは思わなかった。
ここは、ミッドガルドから術車で一日移動した先の町の広場の食事処である。
そこは魔物の被害を受ける前のミッドガルドのように、陽が沈んだ後も活気に満ちていた。
やっぱり地震や魔物はミッドガルドだけだったのだ。
だけど逆に言えば、ミッドガルドだけで済んでいるうちに、早くスティアをなんとかしなくちゃいけないということでもある。
もしおれが時渡りをして追いかけてきていなければ、スティアは今頃、手当たり次第にあちこちを壊して回っていたはずで、ここもこんなに平和ではなかったかもしれない。
「えっ、ルイももう食べたの? 早い!」
噴水の置かれた中央広場の一角には、テーブルと椅子を並べた食事処があり、仕事を終えた人たちでいっぱいである。
だけど酒を飲む場所ではないらしく、長居をする人がいないせいか、ちらほらテーブルは空くようだったので、おれたちは数組に分かれて順番に食事の最中だった。
今ちょうど、最後に座った警護屋さんの二人とクライドさんが注文を終えたっぽく、イリヤとジュリはすでに食事を終えて、サラとシオと見張りを代わるべく食事処を後にしている。
おれたちのテーブルはというと、ノエルが既に食べ終わっていて、おれがごちそうさまを言ったとたんリズが慌て出したところである。
「二人とも食べるの早いっ。ノエルとか早食いがクセになってるでしょ!」
リズは皿に残っていた野菜を一生懸命フォークで刺し、口の中へと運ぶ。
「焦んなって」
「そうだよ喉詰めたら大変だ」
ノエルもおれものんびりと声をかけるが、リズは大急ぎで口を動かしている。
「そんな急がなくたってまだ店閉まんねぇよ」
「……、だ、って、残り物より……、おいしい方が、……いい、じゃない」
もぐもぐと口を動かしながらリズは途切れ途切れに答えた。
おれたちには、食事の後に仕事がある。
明日の車中食の調達だ。
日持ちのする非常用の携帯食は術車に積んであるが、それは向かう先に都市や町がなく、食糧が手に入らなかった場合の備えで、出番は目的地が近くなってからだ。
戦いの地となる修道院のある場所は、現代においては僻地となっている。
数百年前はすぐ近くに街があり多くの人が暮らしていたが、その街はすでに地図から消えている。街どころか小さな村すらない可能性もあった。
ゆえに、食糧はできる限り現地調達するという計画に基づいて、おれたちがその任務の最初の担当となったのである。
「残り物は安くなってるかもしんないだろ」
「……そ、れも……そうだけど」
パン屋も果物屋も、広場に来るまでに多く確認済みである。
自宅に持ち帰れる料理を売っている店も多くあり、早々に店じまいをする気配もなかった為、おれたちの意見は食事の後に買出しということで一致していた。
そもそも十人分の食糧を抱えていては混み合う食事処に座れないというのが一番の理由である。
「……でも、……、悪いものは買いたくないもの」
終わりが見えてきたところでリズはフォークを握り締めて言う。
「……まぁ、腹下しの治療薬はさすがに想定外だしな」
「お腹壊したらジュリに治してもらえばいいよ」
「え、あの人、薬なしで呪文だけで治せんの?」
おれの言葉にノエルは意外そうな顔をした。
病気に対する治療は、現代においてはそのほとんどが薬を併用するものであり、呪文は薬のサポート的な役割を担う、らしい。
おれもノエルが詳しくなかったら知らない情報だったけど。
「いやまぁ、単純に体の回復力を高める魔法で、お腹壊した程度ならっていう……じいちゃんみたいな症状に合わせた正確な治療じゃないけど」
「風邪は?」
おれの説明ではノエルは話を終わらせる気がないらしい。
「え、風邪は……、咳くらいなら回復魔法でなんとかなるだろうけど、発熱とかあるならちょっと複雑なのやって休養もとらせなきゃ」
「ん? もしかしてお前もそういう呪文使えんの?」
「え、いやそりゃまぁ、呪文だけなら一通りね……。でも医者じゃないから何の呪文がベストかはジュリに判断してもらわないと」
医者としての修練を積んだことはなかったが、魔術に関する修練はそれこそ他の分野を犠牲にしても時間を取って積んできたのだ。
時渡りの魔術こそ指導書や研究書を参照したが、使えと言われて使えない呪文はほぼなかったりする。
「……魔力の温存さえしなくていいなら、お前無敵だな」
「え、あはは、現代魔法はさっぱりだけど」
テストは合格しないよと付け加えて、おれはふと、全てを終わらせた後のことを自然に考えている自分に気が付いた。
「そういや呪文唱えてないもんなお前」
ノエルはわずかに顔を引きつらせながら笑う。
呪文を唱えずに魔法を使うおれを見たら何と言って文句を言い出すのか、想像したらしい。
「あー、うん、まぁ。精霊介さないで属性なしの魔力を使う時とか、ほぼイメージだし」
「うわ。意味が分からない」
「あ、あとは、理論とか頼む精霊とか、構成が簡潔で、頭できっちり組み立てやすいのはそう。……ほら、おれって属性の半分が精霊だから、わざわざ言葉にしなくても精霊がお願いを聞いてくれるっていうか」
「精霊は身内に優しいわけだ。でもお前、呪文がいらないなら、使おうと思うだけで使っちゃえるんだろ? 魔力は温存しなきゃなんないのに、使おうって思っちゃったらアウトじゃないの?」
「あぁそれなら大丈夫」
言っておれは両手をノエルの前に差し出して両袖をまくった。
両手首に、黒い色のリングがついている。
「一応、魔力封じの腕輪。おれの場合、気合い入れたら関係なしに呪文使えちゃうけど、とっさについ使いそうになる分には止めてくれる。まぁちょっとくらい使ったってそこまで影響ないんだけど」
「……いつの間に」
「さっきね。サラがつけとけって。自分の見てないとこで魔法の無駄使いしてたら困るって」
「お前信用ないのな」
「……まぁ、うん」
おれは笑うしかない。
「自分いじめが趣味だったからなあ。あはは」
開き直るしかないじゃないか、こんなもの。
「笑い事か」
「あはは、は」
そりゃ笑い事ではないけれども。
自分に対して呆れ笑いをすることくらい、許してほしい。
「……はぁ、ごちそうさま!」
ようやく最後の一口を飲み込んだリズが手を合わせて食事の終了を宣言した。それは、食糧調達の任務開始をも意味する。
セルフサービスの食器類を返却口に返し、警護屋さんの二人とクライドさんに食料調達に行くことを告げて、おれたちは食事処を後にした。




