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第84話 不覚にも程がある

 現代の発明品である術車を弟が利用するということを、スティアは全く考えたことがなかった。

 弟が予想外のことをしたということに面白味を感じないわけではなかったが、それ以上に不快感の方を覚えて、スティアは思考を巡らせる。

 術車自体は特に気に入らないというわけではない。

 問題は術車を動かしている者のことである。

 過去から追いかけてきた者たちがこの数日であれの技術を習得したとは考えにくく、仲間が増えている可能性が高いとスティアは考えた。


 だが、魔力も魔術も弱体化した現代人にとって、スティアの力は数百年前以上に驚異となっているはずである。

 図書館で起こした戦闘はそれを明らかにしたはずで、それでもこの戦いに加わるというのなら、その人間に何か考えがあるのだとしかスティアには思えなかった。

 だからスティアは、ただ待つのはやめて、近くまで様子を見に行こうと思った。

 幸い、分身であるこの体は弟たちの近くにあり、様子を伺いに行くのには何の不都合もない。


「出かける」


 家の裏口で洗濯物を取り込んでいる最中のアイシャにスティアはそう告げた。

 最近、洗濯はアイシャの仕事だ。母親は横になって眠っている時間が長くなり、今も部屋で休んでいる。


「えっ、ど、どこに?」


 振り向いたアイシャの手から洗濯籠の中へ、洗いたての柔らかいタオルが落ちた。

 そよそよと風の吹く午後である。


「弟のところだ。ちょうど近くにいてな、様子を見てくる」

「お、弟さんがいるの……?」

「あぁ」

「も、もう、か……帰って、こない……よね?」

「……なぜそう思う」


 帰ってくるかと問われるのは想像していたが、帰らないことを確認されるとはスティアは思っていなかった。


「だ、だって、ここにいたら、お母さんにずっと勘違いされたままで、め、迷惑でしょう? ……う、うん、そうだよ、帰ってこない方がいいよ、うちなら、大丈夫だから……」

「……驚いた」


 たいして驚いたような顔もせず、スティアはそう呟く。


「お前、心細いんだな?」

「えっ、いや、そんなこと、は」


 アイシャは否定の言葉をもごもごと呟く。

 スティアが驚いたのは、アイシャが心細がっていることではなかった。

 アイシャが心細がっていることに気付いた自分に驚いたのだ。

 まだそんなものを理解できる感覚が残っていたとはと、スティアは自嘲気味に口元を歪ませた。


「不覚にも程がある……」




   ***




 日が落ちる頃になってミッドガルドを出発した一行はわりと大きめの町に辿り着いていた。

 さすがにミッドガルドとは比べられないが、設置されている魔物よけの吸収装置(プラント)も外壁も、途中いくつか通過した宿場町と比べると大がかりなものが設置されている。

 町の出入り口には出入りの業者や物資の輸送を請け負う大型術車のための広場が大きく作られており、一行の術車もそのスペースの隅にひっそりと停車中である。


 今その車内に残っているのは、サラとシオの二人だけだった。

 術車に積んできた食料は、行程の全てを賄いきれる程の量はなく、できる限り現地調達することが前提になっているため、術車と魔蓄機(タンク)の見張りを残して交代で食事に行くことになったのだ。

 まだあまりお腹が空いていないという理由で最初の見張りに立候補したのがその二人である。


「なぁ、サラ」


 二人きりになってしばらくした後、シオは腰掛けた荷台の階段から、助手席に座るサラにそう話しかけた。


「……何?」


 術車の中から、月のない星空を眺めていたサラは、視線をそのままに、返事だけを返す。

 ほんの少し、間があった。


「イリヤはすごいな」

「あぁ……昼間のこと?」

「そうだ。アスカ……いや、ルイだな。今のルイとも、すぐあんなに喋れるなんて、才能だぞ」

「そうね……。シオなんて、ルイの雰囲気がちょっと変わっただけで、どう接していいかっておろおろしてるのに」

「酷い言い草なんだが」


 苦笑するシオである。


「ルイとイリヤは、仲が良いのか悪いのか分からないわね」

「今のルイも、イリヤには相変わらず嫌そうな顔をしていたけどな」

「あら、ルイがそういう態度を出すのは、相手に気を許してる証拠よ」

「あぁ……なるほど」


 シオは腑に落ちたというように呟いた。


「なるほどって?」


 サラは夜空から視線を外し、開けっ放しの荷台への扉を振り返る。

 シオの姿は位置的に見えない。


「どうりで、サラには結構暴言も吐くわけだ」

「……やめてよ」


 急にサラの声からは温度が消えた。


「どうしてだ? お前たちは同じ修道院の出身で幼馴染みたいなものだろう。ルイはサラに気を許してるんじゃないのか?」

「同じ修道院出身の修道師は、私のほかにもたくさんいるわよ」

「じゃあ、サラにとってルイはなんなんだ?」

「……なにって」


 明確な答えを用意できず、サラは口ごもる。


「……仲間、でしょう」

「そうか?」

「何が言いたいの?」


 サラの少しばかりの怒りを込めて、静かに尋ねた。


「……サラ、お前、精霊と契約してるだろう」


 サラははっと息を呑んだ。




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