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第81話 どこかのお姫様なの?

「あ、そういえば!」


 しばらくノエルとイリヤと会話していたリズが、何かを思い出したかのように唐突にそう言った。

 そしておれの方にぐるんと振り返ってくる。


「誕生日もそうなんだけど! ルイのホントの名前……! 謝らなきゃって思ってて!」

「え……? なんで……?」


 突然の謝罪宣言におれは困惑するしかないんですが。


「あの、ルイって名前なんだけど……ノエルが、ルイでいいんじゃないかって言ったじゃない? あの、それ……」

「あぁ、その話か」


 そういえば、ついこの間その話をノエルに聞いたばかりである。


「ノエルから聞いた。おれに名前尋ねて、リズが聞き取ってくれたって」

「そうなの……!」


 リズは首を縦にぶんぶん振った。


「ルイのホントの名前、アスカっていうんでしょ? ルもイも入ってなくて、全然違ってたの……嘘ぉって思って……!」

「あぁ、そういう……」


 リズが何を謝りたかったのかやっと理解ができる。


「ごめんねっ、全然違ったよね、ちょっとでもホントの名前に近いようにって思ったんだけど」

「え、いや、大丈夫……、おれ、本名アスカルティアっていうんだ……、たぶん、ルティがそう聞こえたんだと思う」

「え、ごめんもっかい言って」


 リズは急に真顔になった。


「いやだから、ルティがそう聞こえ」

「そうじゃなくて本名っ」

「……ア、アスカルティア」


 リズの勢いに多少圧されながらおれはぽつりと呟いた。


「……どこかのお姫様なの?」

「なんで」


 そりゃ多少、現代の感覚からすると女子っぽい響きの名前ではあるけども。

 修道院だと珍しくはなかったぞ。

 なんなら信仰している精霊の名前とかがそんな響きばっかだったし。


「身分とか高そう」

「どういう感想……」

「なんでそんなにカッコイイ名前なの?」

「え、カッコイイ?」

「だってなんか長いし、あたしなんてリズって二音しかないのいに」

「む、昔の人は多いよ、長いの……」

「え、だって皆は? サラさんとか、ジュリさんとか」

「サラは……サラだけど……確かジュリはジュリアンナって」

「そうなの!?」


 おれの説明にリズは食いついた。


「シオはシオドリクだよ」

「えっ、うそ」

「嘘は言わない……」

「じゃあホントにアスカルティア?」

「そうだよ……」

「なんでそんな名前なの?」

「え。なんで? なんでってなんで?」

「ちょっと待ってくれ! 俺はもう限界だっ!」


 いきなりイリヤが大声をあげた。


「え?」

「やめてくれ! お前がそんなフワフワした会話してんの見てるとっ! こうっ、なんか全身がもわもわすんだよ……!」

「何言ってるんだ……?」


 ちょっと言ってる意味がよく分からない。

 だけどイリヤは真剣らしく、両手で頬を押さえながら引きつった表情を元に戻そうとしている。


「なんなんだ、俺は今、どういう感情なんだ……」

「知らないよ……」


 一人で勝手に動揺しているイリヤに、おれは呆れるしかない。


「結構、毎日こんな感じですよ」


 ノエルがそう言って、イリヤはピクリと反応した。


「なんだって?」

「この三年、毎日こんなゆるーい会話です。二人だけで喋らすと、俺も時々顔が引きつります」

「毎日っ?」


 イリヤの顔はさらに引きつった。


「早く慣れた方がいいと思います……。今後の為に」


 ノエルはクソ真面目な眼差しをイリヤに向ける。


「あ、……あぁ、そうだな……。今後の為にも、それは必要だよな……」


 ノエルの落ち着き払った態度に感化されたのか、イリヤは背筋を伸ばして居住まいを正した。


「えーっと、あー……それじゃ、今後の為にひとつ気になってたんだけども。なぁアスカ」

「……なに?」


 イリヤに話しかけられると身構える癖がどうにも抜けないおれは、少しの間のあと返事をする。

 だけどイリヤはその間については特に突っ込んでは来ない。


「呼び方の話なんだけどよ。俺らの呼び方はこのままアスカでいいのか? ここじゃお前ルイで通ってるみたいだし、ややこしいっつうなら、なるべくルイって呼ぶように意識はしてみないこともねぇけど」

「………………」


 おれは沈黙した。

 完全にふいを突かれた質問である。

 まさかイリヤからそんな提案がされるとは思っていなかった。


 名前を呼ぶのに相手に希望を聞くなんて、まるでイリヤじゃないみたいだ。

 そこには明らかに、おれとの関係に何か変化を入れようとする意思があるように思えた。


「……いや、別に、どっちでも」


 だけどおれの方が、既に固定化されつつあるイリヤへの反応パターンをすぐに変えることができない。

 ついそっけない答えを返してしまう。


「いや俺だってどっちだっていいんだけどよ、最近サラはルイって呼び始めてるしさ」

「え、そうだっけ?」


 おれはサラに視線を向けた。

 サラは小さく笑いながら頷く。


「うん、まぁ。……気付いてなかったの?」

「う、うん……」

「かもしれないとは思ってた。反応が普通だったから」

「……まさかサラがルイって呼んでるなんて、思ってもみなかった」


 サラの言い方から察するに、すでに何回かはサラからルイと呼ばれているらしい。

 何も違和感を感じなかった自分に苦笑するしかない。

 それ程ルイという名はおれにとって自然で馴染んだものになっていたのだ。


「でも、なんで呼び方変えたの?」

「だって、ルイって呼ばれてるあなたの方が私、好きだから」


 ストレートに好みの話をされて、おれは固まった。

 恥ずかしすぎる。

 仲間の前では見せたことのない、というか自分でも知らなかった素の自分をこうも簡単に暴かれて、そっちの方がいいとか正面切って言われるの、羞恥心が持たないんですが。


「……し」

 

 おれは顔にぐっと力を入れて、サラから視線を逸らし、呟いた。


「……知らないし」

「うわぁぁちょっと待てお前っ」


 直後、ノエルが引きつった声を出した。

 何事だろうか。


「え、なに?」

「な、なにっておま、むか、ムカつく!」

「えっ、なにが?」


 急にムカつかれても不条理すぎて訳が分からない。

 だけど周りを見たら、みんなから妙にノエルの肩を持つような視線を向けられ、おれは眉を潜めた。

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