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第80話 誕生日はいつだったの?

「なぁ」


 おれが鼻水をすすると同時に、イリヤが(いぶか)しがるような声音でノエルに声をかけた。


「泣き虫って、こいつそんなしょっちゅう泣くの? 俺は実のとこ、めっちゃ引いてんだけど」

「は? 何が?」


 イリヤの物言いに対して苛立ちを何も取り繕わないノエルである。

 まぁ、イリヤの言い方はデリカシーが欠けに欠けまくっているので、慣れていないとムッとするのは当然だろう。


「いや、まぁ、俺が追っかけ回した時も相当な軟弱っぷりを発揮してたからな……」

「ちょっと、イリヤ」


 イリヤの言い草を咎めるように声をかけたのはジュリだ。

 イリヤはジュリを振り返ると肩をすくめて笑ってみせた。


「どうやらこれがこいつの素らしいぜ」

「そう……みたい、ね」


 ジュリはおれに対して申し訳なさそうにしながら、そうやんわりと肯定する。

 まぁ否定しようがないのも事実だ。


 確かに、おれは過去、イリヤたちには努めて冷静に振舞っていた。

 元々スティア打倒の元に集まった同士だったし、そんな仲良しこよしする関係性ではなかったんだから当然といえば当然かもしれない。

 だけどそれ以上に、当時、おれだって自分の素がこんなんだとは思っていなかったんだから、しょうがないじゃないか。


「悔しいじゃねーか。俺たちずーっと寝食共にしてた仲間だってのに、俺たちに見せてなかった素をこいつらには見せてたなんて。なぁ~?」


 正面いに座るイリヤにぐい~っと身を乗り出してこられて、おれは泣き顔を身近でみられるのが嫌で顔をそむけた。


「わ、わるかったな……っ」

「お。なに、流さないでムキになったりすんの。そうかぁ~」

「ぅ……」

「しっかしまぁ、本当改めて……でかくなったよなぁ、いきなり」


 独り言を呟きながらまじまじと見つめてくるイリヤの視線から逃れようと、おれは揺れる車内をよろよろと移動した。

 ノエルの隣のリズの、さらにその隣、後ろ側の一番端に座る。


「やだ、ルイ目が真っ赤」

「う、うん……」


 ここ最近まともに話していなかったのに、普段と変わらない調子で話しかけられて、おれはおっかなびっくり返事を返した。

 いつも通りの返事がどんなだったかを気にしながら。

 だけど、あまりにいつも通りに反応を返すと、イリヤにからかわれる羽目になる。

 他の皆には、からかわれこそしなくとも、暖かい視線を向けられるのは必至だ。

 そういう雰囲気や暖かい談笑などとは今まで無縁だったのだから、居たたまれなさすぎる。


「……なんか、いろいろ、思って」

「色々?」

「ん……、そう……、いま、色々……」

「そっか、色々か……」


 リズは深く追求することはせずに、小さく笑って頷いてみせた。

 それから、何かを思い出したように瞬きを一度する。


「ねぇ、そういえば、聞こうと思ってたの。ルイの誕生日はいつだったの? そういうのも思い出したんでしょ?」

「え、誕生日……?」

「今までルイが来た日ってことでお祝いしてたけど、これからはちゃんとホントの誕生日にやるの。ね、いつ?」

「あ、あー……えっと、いつだっけ……、たしか、冬の……、そう、冬至の日だ」


 ぐるぐる考えて答えたルイに、リズは疑わしそうな視線を向けた。


「……なんか、今すごく思い出すの時間かからなかった? ホントにその日? 適当に言ってない?」

「え、いや、ほ、ホントだって。……誕生日とか、たぶん皆だって聞かれたらちょっと考えると思うよ……」


 皆、とおれが言ったのと同時に、討伐隊の面々はぴくりと反応した。

 おれたちの会話に聞き耳を立てていたのが丸わかりである。


「うそ、そんなわけないじゃない」

「いやー……、そうかなぁ……」

「ねぇサラさん、サラさんはいつなんですか?」


 リズの正面にいたサラにリズは話題を振った。


「えっ、私?」


 リズは何がいつなのかとは問わない。

 そこには、話は聞いていましたよねという無言のメッセ-ジが含まれている。

 サラはリズに話しかけられて若干姿勢を正したようだった。


「私は、……分からない……ん、だけど」

「……え、分からない……んですか?」


 思ってもみなかった答えだと不思議そうに首をかしげるリズ。


「……その、結構小さな時に、家出をしたものだから。……教えてもらった記憶も、自分で尋ねた記憶もないの」

「え?」

「リズ、あのね」


 サラの回答を補足をしようと、おれはリズに話しかけた。


「サラはおれと同じで修道教会の出身なんだけど、修道教会って、半分孤児院みたいなものだから、サラみたいに出生があやふやな人、結構いるんだ」

「えっ、そうなのっ?」

「うん」

「さ、サラさんごめんなさい……」


 リズは申し訳なさそうにサラに謝罪したが、された当の本人はきょとんとしている。


「……もしかして、誕生日が分からないのは気まずいことだったりする?」

「え?」

「誕生日なんてあんまり話題になったことなかったから、そんなものだと思ってたんだけど……。時代の違いかしら」

「っつーか、誕生日把握してどうすんだ?」


 そしてまた、イリヤが会話に入ってくる。


「え、お祝いするじゃないですか。それで歳もひとつ増えるし」

「祝いぃ? 歳なんか、暦が次に行ったら増やすだけの話だろ?」

「え、そうなんですかっ?」

「この時代は、誕生日を祝うのか? 人も多いしよ、んなの毎日どっかで祝いだらけじゃねぇか」

「友達とか家族でするお祝いですし……」

「あ、そういうやつ? 祝いっていうから祭りみたいなもんかと」

「昔はお祝いっていうと、盛大にやるものだったんですか?」

「そうだなー。祝いと言えば収穫祝いだな~。あとは魔物の討伐祝いとかもたまに」

「へぇ」


 なぜだかリズとイリヤが普通に会話しているのを見て、おれはなんだか心境が複雑である。


「収穫祝い、この時代はやってないのか?」

「季節は秋ですか?」


 それになぜか、ノエルまで会話に入り始めている。


「収穫だからな」

「だったら、秋の祝日がその名残かも」

「あ、確かに!」

「祝日?」

「学校のとか仕事がお休みになる決まりの日があるんです。秋の祝日のほかにも色々あるんですけど、きっと収穫祝いが祝日になったんですね」

「へぇ~」


 なんで二人はイリヤと険悪にならずに普通に会話ができているのか……。

 おれには不思議で仕方がない。


「収穫祝いってどんなことしたんですか?」

「そりゃまぁ、普通に食うだろ。ちょっと豪華な飯を」

「宴会ですか」

「そうだな。あと踊りだな。精霊に奉納するやつ」

「へぇぇ」


 だけどこの状況は悪くないかもしれないと思った。

 三人が話している間は、そっとしておいてもらえるのだから。


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