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第7話 泣いているらしい

「あっ、おかえり! 買えた?」


 キッチンに入ると、リズが生地をこねている最中だった。


「買えた。いつものビターチョコでいいんだよな?」

「さすがノエル。じゃあ二人とも、手を洗ってチョコを刻んで」

「よぉし、腕の見せ所!」


 おれは腕まくりをして気合を入れた。

 なのに、ノエルは水道の蛇口をひねっりながらいやいやと異を唱えてくる。


「チョコ刻むのに、どんな腕の見せどころがあるんだ」

「え、いやなんかスピードとか」

「出、す、な。手ぇ切ったら治すの誰だと思ってんの?」

「それはもちろんノエルよね」


 楽しそうに生地をかき混ぜながらリズが言う。


「そういうこと。余計な魔力使わせんなって」

「えぇ~、早くクッキー食べたいじゃん」

「怪我なんかしたら余計遅くなんだろ」

「しないから」

「信用できない。チョコは俺が刻む」


 手を洗い終えたノエルは当たり前のように包丁とまな板を取り出し、自分の目の前に置いた。どこに何があるか分かっているのが、さすがの幼馴染である。


「ほらルイ、チョコよこせ」

「なんで珍しくノエルが張り切ってるんだよ」

「たまには俺も真心込めてみようかなと思ったんだよ」

「…………」


 そこでおれは合点のいく仮説を思いついた。


(おれが頭痛いかもとか言ったから……?)


 調子が悪い人間に刃物を持たせると危ないとか思ったのかもしれない。


「……やっさしいなあ! もう!」

「ぇえ? 何って? あーもう、なんでもいいから、チョコ!」

「ノエルがそんなに刻みたいって言うなら、しょうがないなー」


 チョコをノエルに手渡し、おれは何か別のことをしようととりあえず手を洗い始めた。

 隣で生地をこねていたリズは、そのタイミングを見計らっていたらしく、おれにこっそり耳打ちしてくる。


「珍しいよね、何かあった?」

「んー、ノエルってやっぱお兄ちゃんだなぁって感じ?」

「聞こえてんぞ」


 おれの右隣はリズだったが、すぐ左隣にはノエルがいた為、ひそひそ話はあまり意味を成さない。

 ノエルの低音のツッコミに、おれは思わず笑ってしまった。


「俺は弟とか妹がいたらもっと自立するよう育てるね」

「えー、ルイはともかく、あたし自立してると思うよー」


 言いながら、生地をこね終えたリズは、おれのあとに手を洗い始める。

 おれはクッキーの成形の時に敷くであろうオーブン用のシートを取り出して適当な大きさに準備していく。

 おれも立派な、勝手知ったる隣の家的立場にいるらしい。


「何言ってんだよ。小さいときからびぇーびぇー泣いて俺の後ろくっついてきたくせに」

「えぇっ、それ今と関係ないじゃないっ」

「へぇ~、リズってそんなんだったんだ?」

「ややや、やだもう、ヘンに想像しないでよルイっ」

「変な想像って……あぁ、向かいの家の結婚式に呼ばれた時さ……」

「えぇえっ、ちょっと待って!」


 いきなりノエルが始めた昔話にリズはすぐ反応した。

 何を話されるかすぐに理解できたらしい。


「余所行きの綺麗な格好になって可愛いねとかって褒められて嬉しくなってお姫様気分になったのに、いざ目にした新婦の方がお姫様みたいでショック受けてびーびー泣いたこと?」

「うそおっ」


 リズは赤くなって、聞きたくないとばかりに自分の耳を塞いだ。

 自分の耳じゃなくてノエルの口を塞げばいいのに、よっぽどパニクっているらしい。

 おかげでノエルは話を続けてしまう。


「それとも、一緒にぶどう食べた時、一苦労して剥いた最初の一粒を幸せそうに食べたリズの隣で最初の一粒をじいちゃんにあげた俺を見て、最初にお父さんにあげなくてごめんなさいとか大泣きしたこと?」

「やだあぁ~、もうそんなこと忘れてよぉっ」

「はっはっは」


 現場を見たわけではないが、ノエルの話で小さい頃のリズは容易に想像できてしまった。

 よっぽど可愛かったんだろう。

 見たかったな~と思うと同時に、なんか怖いなと思ってしまう。


(ん……?)


 怖いって、なんでだ?


「あれ……」


 何か、自分自身に違和感を感じて、おれはふと自分の手元を見た。

 震えている?


「う……ん……?」


 意味が分からない。

 震える要素なんてあるだろうか?


 もちろん寒くなんてないし、怖いって思ったのも、意味が分からない感情だ。

 ここに怖いものなんて何もない。

 ただ話してただけだ。

 友達と、クッキー作りながら、他愛もない話をしていただけだ……。


「ルイ……?」

「どうしたの?」


 二人に話しかけられておれはハッと顔をあげた。


「ど、どうしたっ?」

「ルイ!?」


 二人は驚いたような声をあげた。

 そんなに、おれは様子がおかしいだろうか。


「大丈夫!?」

「おい、ルイ、そんなに具合悪かったのか?」

「いや……」


 なんて答えていいのか分からない。

 どうしよう。

 別に、何もない。

 何もないはずなのだ。

 具合も悪くないし、何か嫌なことがあったわけでもない。


「……な、なにもない……」

「んなわけあるか!」


 おれが必死で絞り出した言葉は、ノエルにすぐに否定された。


「何もない人間が、そんなボロボロ涙流すかよ!」

「へ……?」


 一瞬言われている意味が分からなかった。


「は……?」


 どうも、おれは泣いているらしい。

 本当に意味が分からない。


「ルイ、大丈夫? どこか痛いの?」


 ふわりと、リズの手がおれの背に添えられた。


「……あ」


 リズの手のひらのぬくもりのおかげで、何となく、自分の状態が分かってくる。


「あ、あたま……が」

「痛いの?」


 おれはこくっと頷いた。

 そう、痛みがあるのをやっと自覚する。


「頭痛かっ? どんな痛みだ? ほかには!?」

「なんか……嫌な……感じ、する」

「嫌な感じ? 吐きそうとかかっ?」


 ノエルに尋ねられたことを考えようとしたが、できなかった。

 急に頭の痛みが強くなったからだ。


「う……いやだ……やめっ」

 

 大気が、震えている。

 地の底から何かが迫ってくるような、圧迫感。


「なんだ……」

「ねぇ、何か、音が聞こえない?」


 家中から、カタカタと音が鳴り出した。


「なに……、何なの!?」

「っ、二人とも伏せろ!」


 リズと一緒にノエルに抱えられる。

 直後、激しい轟音と共に床が大波になったかのようにうねり始めた。


「きゃあっ」

「……ッ」


 立っていられなくなり、その場にしゃがみこむ。

 地上に存在する全てのものを、世界がどこか遠くへ放り出そうとしているみたいだった。


「いやあ! 怖い!」

「落ち着けリズ! 大丈夫だから!」


 ガラスの割れる音だけが鮮明に耳に飛び込んでくる。


 ここがどこなのか、自分の体がどこにあるのか、何もかも見失いそうになる感覚。

 世界が、壊れているのだと思った。



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