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第78話 疲れてると、そうなる


「あれ、お兄さん、もう起きてるの?」


 部屋の入り口から声をかけられ、スティアはふと声の主へと視線を移した。


「……あぁ、目が覚めた」


 布一枚かかっただけの部屋の入り口の隙間からこちらを覗いているのはアイシャである。

 見知らぬ他人を兄として迎え入れた母親に動揺していたアイシャだったが、最近少し懐いたように話しかけてくるようになり、スティアは僅かに不快感を覚えていた。

 母親に、自分を兄だと言われ続け、もしや本当に信じてしまったのかとも思ったが、しかしその懸念は今のところ当てはまらないようである。

 スティアへの呼称は『お兄ちゃん』ではなく『お兄さん』のままなのだ。

 兄の死はちゃんと理解しているらしいとスティアは断じていた。


「早起きなんだね……。わ、わたし、喉が乾いて、今お水を飲んできたの」

「ならまた戻ってもう少し寝ればいい。お前の母親も、まだ食事の準備は始めていないだろう」


 深く関わることを避けようと、スティアは部屋へ戻ることをアイシャに促した。

 しかし、アイシャは少し考えるように首を傾けた後、布の仕切りを開き、中へ入ってくる。


「あの、あの、前から聞きたかったことが」

「…………」

「お兄さんの髪の色ね、珍しいから、どこの人なのかなって」

「………………」


 スティアは適当な答えを探すことも忘れて沈黙した。

 懐いたように話しかけてくるようになったとはいえ、それは相変わらず距離を計りかねながらという前提の話だ。いきなり部屋の中に入ってきて二人きりになる選択をするとは思わず、スティアは理解できないと思った。


「……ご、ごめんなさい」


 スティアが黙っていると、アイシャはそうぽつりと呟いた。


「なぜだ?」


 純粋にその思考過程が分からなかった為にそう質問する。


「え、だって……怒った……んでしょう?」

「なぜ?」

「え……、だ、黙ってるし……」

「……お前、僕のことを怖がっていたんじゃないのか?」

「えっ、な、なんで?」


 反対に問い返されたスティアは僅かに眉根を寄せる。

 いつも離れたところからおろおろと顔色をうかがうようにされれば、そう考えるのは当然だと思った。


「違うのか?」

「こ、怖くないよ! だって、村の人たち助けてくれたの、見てたもんっ」

「……見ててイライラしたから手っ取り早く片付けただけだ」


 あの時の行為がアイシャの中で自分を善人にしているのだと気が付いて、スティアは小さな苛立ちを覚える。

 自分のとった行動が期待した結果を生まないことは、何においても耐え難い。それでは、非力なただの人間と同じだ。力を持って生まれた意味が無くなってしまう。その為に多くの事が当たり前でなかったというのに。

 だが、あの時何かを期待して行動したのかと考えれば、何も考えていなかったような気もする。


「うん、だから、怖くないよ」

「……話を聞いていたか?」


 アイシャの言葉の脈絡を理解でなかったスティアは、目を細めながら低い声で尋ねた。

 だがアイシャはスティアの問いにあっさりと縦に頷く。


「聞いてるよ。えーっと、だから、嫌だったから、イライラ……したんでしょう? 怖い人は、皆が怪我して苦しんでても、嫌だとか思わないもの。だからお兄さんはいい人」


 アイシャの理論に、スティアはぴくりと瞼を動かした。


「……何も思っていない」


 根本的なところから否定したいのは山々だったが、その労力をかける意味を見出せず、スティアはその場しのぎの回答をする。


「なにも、思わないの?」

「あぁ」


 ミッドガルドで無差別に人殺しをしたのはついこの間である。

 地震を起こして外壁の魔力吸収装置(プラント)を破壊し、魔物をけしかけたのも数日前の話だ。

 数百年前も、同じように人の命を簡単に奪っていた。

 気まぐれの一回きりのことで善人扱いされるなど、いてもたってもいられない程の嫌悪をスティアは感じた。


「それは、疲れてると、そうなるかもしれない」

「…………なに?」


 あまりに予想外の答えにスティアはぴくりと顔をひきつらせた。


「疲れてるとね、どうでもよくなっちゃうの、周りが。お母さんなんか、思いっきり疲れると八つ当たりとかしてくるんだよ? そんでご飯も食べないで寝ちゃうの。でも起きたらけろっと機嫌よくなったりする。だから大丈夫だよ。元気になったら周りを大事にできるよ」

「…………………………、そうか」


 なら自分は一生疲れたままで構わないと、スティアは真剣に思った。



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