第76話 娘に似とるよ
嵐みたいにごちゃ混ぜになった感情は、おれの中から溢れ出て、そこに溜まってた色んなものを根こそぎ持っていってしまったようだった。
気がついたら背中越しにサラに抱きしめられていて、そのことに気付いたあとも、その腕を振り解きたいとは思わなかった。
「……サラ」
おれが名前を呼ぶと、サラはおれの肩に埋めていた顔をあげる。
至近距離で目があって、やっと、おれは自分が今どんな顔をしているかに思い至った。
真っ赤に腫れた目でくしゃくしゃに違いない。
「……ふふ」
サラは笑った。
「なんだよ」
おれは精一杯の強がりを返した。
それから、ふと空を見上げる。
高く澄み渡った空に、薄くて白い雲が朝の日差しを浴びてキラキラと輝いていた。
「…………」
ずっと視界には入っていたのに、久しぶりに空を見た気分だ。
再び隣を見ると、サラも空を見上げていた。
おれの視線に気付いたサラと、再び目が合う。
おれが目を逸らすとサラはふっと笑みの息をこぼして立ち上がった。
「……落ち着いた?」
「……うん」
おれは頷いて立ち上がる。
かなりよろよろした。
自分で自分が情けない。
けれど、それでもいいかと思う自分がいた。
みんな助けようとしてくれた。
手を伸ばしてくれた。
おれがどれだけ拗ねて突っぱねても、おれを掴んで引き上げてくれた。
最初から、伸ばしてくれた手を掴み返していれば良かったのだ。
「…………」
おれは、ノエルとリズが旅立ちの挨拶をしているところに、覚悟を決めて足を向ける。
ちゃんとしないといけないと思った。
「ノエル……リズ……」
だけど、ほんの少し勇気が足りず、俯いたまま小さく呼びかけるのが精一杯になる。
「……じ、じいちゃん、……おじさん」
でも四人は、おれを振り返ってくれた。
「おぅ、ルイ。泣き止んだか?」
「な……っ」
あまりにいつもと変わらない調子のノエルの第一声に、おれは思わず顔をあげた。
「……いてな、ん……か……」
ない、と条件反射のように言おうとしたけれど、この泣き腫らした顔でそれを訴えるのはだいぶ無理があると気付き、言葉が尻窄みになる。
「ふふ、ルイ、目が真っ赤」
「……そりゃ、こんなの、泣くよ」
リズにも指摘され、おれは開き直って認めることにした。
リズは満足げに微笑む。
「…………」
おれは緊張の唾をごくりと嚥下した。
「じいちゃん……エリックさん……」
おれは震えそうになる足を叱咤して、二人の前に進み出る。
「……ごめんなさい。こんなことに、なって……、っごめんなさい」
おれは深く頭を下げた。
記憶を取り戻してから、おれはじいちゃんやエリックさんとは一度も話していなかった。
もう、自分に関わらない方がいいと、事情の説明にも行かなかった。
「ノエルたち、巻き込んで……。おれなんか、居候……させてくれたばっかりに……」
三年前の選択を後悔しなかった訳がない。
「ルイ」
静かに名前を呼ばれて、一瞬の沈黙ののち、おれは恐る恐る顔をあげる。
「お前は、ノエルと同じ、わしの孫だ」
「……え」
言われた意味が分からなかった。
そんなおれに、じいちゃんはしょうがないなというような優しいため息をつく。
「驚くんじゃない」
「……え、あ」
「ノエルの両親が事故で死んだのは聞いとるだろう?」
「……う、うん」
「お腹に赤ん坊がおってな。生まれておれば二人目の孫だった」
「…………」
そんな話は知らない。
今初めて聞いたことである。
そんな、そんな悲しいことがあったなんて。
どう言葉を返せばいいのか分からない。
じいちゃんはふっと目元を細めた。
「ノエルは父親に似とるようだが、お前は母親に……わしの娘に似とるよ」
じいちゃんの言葉を聞いた瞬間。
「…………ッ」
全部流れ出たと思った感情が、一気に込み上げてきて決壊する。
おれは慌てて口元を押さえて俯いた。
「二人とも、わしの大事な孫だ。間違えんと、うちに帰って来い」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、おれは身を強張らせる。
切ないとしか言いようがない感情が胸の奥をきゅううと締め付けた。
じいちゃんがくれた気持ちが深くて暖かくて、感謝してもしきれない大きさで、それが申し訳なくもあって、嬉しいけれど苦しいような感じ。
やめろよという声が隣から聞こえてきて、横を見れば、ノエルもノアから同じようにされているのが見えた。
「……ふ、……へ」
色々言いたいのに全く言葉にならず、おれはせめてもとばかりに懸命に首を縦に振った。
じいちゃんへの感謝が少しでも多く伝わるようにと願いながら。
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