第74話 なんで落とされてんだよ
目の前に用意された都警隊の術車と、それに載せられている魔蓄機を前に、おれは立ち尽くしていた。
説明は今、聞いたばかりである。
「ルイ? 早く言わなくてごめんなさい。魔蓄機をちゃんと、無事に手に入れられてからにしたくて」
サラはおれの反応を伺うように、そう言葉を足した。
魔物の掃討作戦が終わって二日後、スティアとの決着をつけに図書館を出発したあと、都市を出る前に寄るところがあると連れてこられたのが、図書館近くの工事現場だった。
そして工事車両に並列されている都警隊の術車と、その中身について説明されたのだ。
「…………」
おれは何を言えばいいのか分からないまま、呆然と見つめていた術車から視線を外し、サラを振り返った。
「……っ」
そうして気がつく。
サラの後ろに、ノエルやリズたちがいた。
じいちゃんやエリックさん、ナタリア、クライドさんに警護屋の二人だ。
みんな、優しい表情を浮かべている。
隣にいるシオや、イリヤ、ジュリたちはこの光景に驚いている様子はない。
どうやらみんな、知っていたらしい。
そういえば昨日の夜から、みんな口数が少なかった気がする。
「可能性だけ話して、やっぱり無理でしたなんてことにしたくなかったから……ちゃんと、目の前にしっかり証拠を用意してから説明したくて」
「…………」
説明が遅くなったことを詫びるように、サラが言う。
何か言葉を返さなければと思うのに、何も浮かんでこない。
おれは今朝、全てを断ち切るつもりで、ノエルやリズたちに最後の挨拶もしないまま、図書館を発った。
本当ならそんな恩知らず、見捨てられたって仕方がないのに。
みんなが向けてくる視線が優しい。
優しすぎて、信じられない。
「…………」
何を言うか決めないまま口を開いたけれど、声が何も出てこなくて、唇が震えるだけになった。
「……っ」
ふいに何かが込み上げてきて、おれは立っていられなくてしゃがみ込む。
「ルイっ?」
「…………、っ」
折った膝に顔を埋める。
顔がくしゃくしゃになっているのが分かった。
気を抜くと、変な声が漏れそうになる。
おれは諦めていたのに。
諦めて、みんなが心配するのが分かっていたのに関係ないとばかりに自暴自棄になって。
それなのに、こんな……。
こんな風に、おれのために動いてくれていたなんて。
「ルイ、大丈夫?」
サラに話しかけられて、おれは無言で、俯いたまま首を縦に振った。
今声なんか出せない。
「あの、ね? 命と引き換えにしなくても良くなったわけだし、ノエルが一緒に来ること……もう、反対しないわよね……?」
おれは、もう一度小さく頷いた。
「あと、それから……」
サラは小さな声で続ける。
「警護屋さんの二人も来てくれるって言ってるわ。それにクライドさんも。実はこの術車を運転できるの資格があるの、彼だけだったの」
おれは何度も首を縦に振った。
力になってくれるという声を拒否したおれが間違っていたんだ。
サラは本当に、希望を百集めたんだから。
***
「よぉーし、そうと決まりゃあさっさと出発しようぜ。この術車でっかいぜぇ。荷台に魔蓄機が置いてあんのに、他に九人座っても余裕なんだからな」
色々と待ちきれない様子のロジェの声が辺りに明るく響く。
「後ろに座るのは八人ですよ。クライドさんは運転で前なんだし」
冷静な指摘をしたのはノエルだ。
「いや? 九人で合ってんぜ」
「え? だって、ルイたちが五人で、俺とロジェさんたち二人で八人じゃないんですか」
「ははは」
「あたしも行くの」
話に割って入ったのはリズである。
「えっ? なんでお前っ、無理だろ、危ないし!」
「危ないので言ったらノエルだって一緒でしょ、戦えないんだし」
「俺は医療魔法でサポートする役割があるから危険を承知で行くんだよっ」
「あたしにだって役割はありますー。医療術具の再発動の調整処理とか」
「…………」
「使い捨てにするつもりで荷物にめいいっぱい詰め込んでたでしょ。ちょっと減らしてあたしの荷物入れといたから」
「……おっ、おまっ」
ノエルは足元に置いてあった荷物とリズを交互に見やる。
リズはしてやったりというような顔でにこっと笑った。
「あたしが何度でも使えるようにしてあげるから、数はそれで大丈夫」
「お、おじさんっ!」
自分ではリズを説得しきれないと思い至ったノエルは、エリックに助け舟を求めた。
父親なら娘の危険な行動を反対すると思ったのだ。
しかしエリックは、目に涙を溜めてノエルにゆるい笑み返すのみだった。
「ちょ、一人娘! 止めないでどうすんです!」
「ふふん、お父さんは昨日のうちに落としたもん」
「なっ」
「知らないのはお前さんだけってこった」
ロジェは同情の言葉を口にしながらにやついた顔でノエルの肩を叩く。
「な、なんで落とされてんだよおじさんっ!」
「……母さんにそっくりだと思ってなぁ」
エリックはしみじみと呟いた。
「か、母さんって、リズのお母さんっ?」
「あぁ。あいつも父親の反対押し切って俺のとこに嫁に来てくれたんだ。会社やめて店やるなんて将来分からん男のとこにな……。その行動力がなんか、被っちゃってなぁ」
「ちょちょちょ」
「早くに死んだから男手ひとつで育ててきたのに、ちゃんと娘は母親に似るんだなぁって」
「ちょっと……」
声にまで涙が混じり始めたエリックに、ノエルは顔をひきつらせる。
「おい、リズ……ちゃんと分かってんのか……? 旅行に行くんじゃないんだ。怪我するかもしれないし、最悪死ぬ可能性だって……」
「それはノエルも同じ条件でしょ?」
「お前は女だろっ」
「うん。でも、残ってる方が危険だと思うの」
「な、何がだよ」
「あの人、ルイに拘ってるって言ってたでしょう。それであたしたち人質に取られたじゃない。また同じこと考えないとも限らないでしょう? だったらルイたちの傍にいた方が安全だわ」
「そ、それは……」
「ノエル、その子の言うとおりだと思うわ」
助け舟を出したのはサラだった。
ただし、出したのはノエルではなく、リズに対してである。
「私から見ても、あなたたち二人は特に、あいつにとって面白くない存在だと思う。またどんな気まぐれを起こしてルイの身内として手を出そうとするか分からないわ」
「そ、それじゃ、うちのじいさんもリズのおじさんも危ないってことじゃないのか!?」
「でも、この前狙われたのはあなたたち二人だったわ。次があるとしたら、やっぱりあなたたちよ」
「………………口裏、合わせてたんだな?」
「彼女が貴方に黙ってた事は今知ったわ」
心外だと言わんばかりにサラは不服そうな顔をして肩をすくめた。
「……ったく。言い出したら聞かないからな」
「へへっ」
ノエルが折れて、リズは満足げな笑顔を見せた。




