第73話 じんと来ちゃうだろ
「しゃ、舎長……!」
クライドが上ずった声で男の肩書きを口にする。
一行が地震が起きたその日の夜を過ごした警舎の舎長ジイルがそこにいたのだ。
「あの、これには、その、わけがっ」
非常に良くない状況にクライドは慌てた。
大義があるとはいえ、やっていることは事情を知らない者から見れば立派な窃盗である。
聞く耳を持ってもらえなかった場合、都警隊すべてを敵に回しかねない相手だ。
「クライド、何をやっている?」
ジイルは落ち着いた声音でクライドに問いかけた。
「え、えっとですね、その……」
「君は、あの少年の身内だったな」
要領を得ないクライドを放置して、ジイルはノエルに話しかける。
ノエルは黙って頷いた。
“あの少年”がルイのことを指しているのは明白だった。
「それに警護屋の君までいるとはな……。その術車で何をしようというんだ? こそこそ動いていたということは、何かやましい理由でもあるわけか?」
「……舎長……違うんです、その……」
こうなってしまった以上はクライドの説得に全てがかかっているわけだが、しどろもどろなクライドの様子を見て、ユーグは目を細めた。
都警隊の人間といえど、舎長ともなれば日常は机仕事ばかりのはずで、まともにやれば楽に昏倒させるくらいのことは出来るだろう。
そんなことを、顔には出さずにユーグは思考する。
あとは、相手が目を覚ます前にここを発ってしまえばいい。
クライドが職を失うという問題は残るが。
「説明できんのか?」
「いえ……、あの、えーっと、何から……」
自分でもいまだに実感の沸かない状況をどうすれば上手く伝えることができるのか、イメージが湧かないクライドの言葉はキレが悪い。
都警隊の人間である自分が話した方が信憑性も説得力もあるのは分かっていたが、説明の役目を替わってほしくてクライドはユーグにちらと視線を向けた。
それを見てジイルは小さく息を吐く。
「……ちらと聞こえたんだが、まさか今度の地震が人の手によるものだとかいう話じゃないだろうな?」
「えっ、あ、聞いてたんですか……っ?」
「そんな世迷いごと、信じてるだけなら笑い話で済むが、その為に都警舎に盗みに入れば、笑い事じゃ済まんぞ」
「で、すよね……」
気弱な発言をし肩を落とすクライド。
ユーグはいつでも行動を起こせるように、床を踏みしめる足に力を入れた。
この作戦が成功しなければ命を落とす子供がいる。大人が一人職を失うくらいの事とは比べていられない。
そう考え、ユーグは床を蹴ろうとした。
直後。
「だが……」
ジイルのため息交じりの声が地下の駐車場に溶けて消えた。
「どうも世迷いごとじゃなさそうな雰囲気だな?」
「え?」
「この前、正面玄関の広場で起きた騒ぎも、何か関係してるわけか?」
「しゃ、舎長、その場にいたんですか?」
クライドは思ってもみなかったとばかりに眼を見開いた。
ジイルからその事に関する話題を振られたこともなく、現場にいたことを知らなかったのだ。
寧ろ、都警隊の術車を盗むという計画を抱え込むことになって、ここ数日舎長のジイルと顔を合わせにくくて避けていたくらいである。
「あぁ。小さな女の子と、この間の少年が戦うのを見た。人同士が争うのを見るなんて、荒くれ者の喧嘩やら無法者が起こす事件がせいぜいの人生だったはずなんだがな……なんだったんだアレは」
ジイルは眉間にしわを寄せて呟く。
「あの場にさえいなかったら、今ここでお前を説教して終わりにできたはずなんだがな……。見ちまったものはしょうがない」
「舎長……」
「お前は本当に、隠し事が下手だな、クライドよ」
「………………」
「お前の様子が変だから、何があったのか探ろうと思ったらこれだ」
まるでクライドの様子がおかしくなければ、こんな場面に居合わせることはなかったのにと言わんばかりの口ぶりである。
「俺にも立場がある」
苦々しい口調でジイルは言った。
クライドを含めた三人に緊張が走る。
「だから、俺は駐車場には来なかった。いいな?」
「え?」
ジイルの宣言にクライドは間の抜けた返事をした。
「そりゃそうだろう。その術車は地震と魔物の混乱で所在不明になったとするのが、一番面倒がない筋書きだ。俺が正式に許可したとなったらしちめんどくさい報告書が必要になるうえ、責任問題がお前にまで行く羽目になるかもしれんぞ」
「しゃ、舎長……!」
クライドは声を震わせる。
「というわけで、詳しい事情は分からんが、俺はここに来ていないから好きにするといい。あーそれから」
ジイルは明後日の方向に視線を向けた。
「明日には警舎にも人が戻るし、警備システムの強制ロックを解除しとかんとな」
そんな風に大きな独り言を話しながら、ジイルはくるりときびすを返す。
「そうだそうだ。俺はそれをしに警舎に来たんだった。復旧システム走らせると、チェック完了まで時間がかかるからな……」
散歩にでも行ってくるかのような気軽さで呟いたジイルはふらりと肩を揺らして背中を向け、そのまま出入り口から姿を消した。
「どうやら見逃してくれるらしいが」
「ロックの解除……?」
「武器庫だ!」
クライドが閃いたように声を張り上げた。
「武器庫?」
「ほら、俺らが今入れてるのは鍵がかかってない駐車場とか、隊員の共通キーで開けられる簡易倉庫くらいだけど、警備システムのロックが解けるなら武器庫にも入れるんだよ!」
「マジですか」
「復旧システム走らせてる間は魔法錠の部屋は全部ロックが解除されるからな」
「だけど、対魔物用の武器はこないだあらかた持ち出したんじゃないのか?」
クライドの興奮とは対照的にユーグの口調は落ち着いている。
そのユーグに対し、クライドはニヤリと笑みを返した。
「いいや。実はここ、都市間護衛が任務の隊が所属してる警舎なんだ。対魔物用の武器も、試作品やら最新型やら、保管するならここって感じで、旧型も含めれば量だけはあるんだよ。こないだので持ち出し切れる量じゃないから」
「ほお。そんな隊がいたなら、お目にかかりたかったが」
「そう言うなよ。任務で都市を離れてるんだからしょうがないだろ」
「タイミングだな……」
ユーグは肩をすくめてみせた。
「舎長……。俺は術車を盗もうとしてたってのに……」
「クライドさんに、普段の信頼があるからですね」
「よしてくれ。じんと来ちゃうだろ」
滲んでくる涙をこらえようとクライドは天井を見上げて目頭を押さえる。
「……泣いてる場合じゃないですって。魔法錠が無効になるのはちょっとの間だけなんでしょう?」
感動モードに突入しているクライドに状況を諭しつつも、ノエルは零れそうな笑みをこらえていた。




