第71話 古着は雑巾にする
外壁の吸収装置の復旧作業が終わったのは、スティアが襲ってきた日から三日後の夜だった。
思っていたより随分早い復旧である。聞けば対住民用の吸収装置をいくつもかき集めてきて出力を上げたもので代替ができたらしい。
おかげでその次の日の日没までに魔物の掃討を終えることができていた。
「おいっ、てめぇ何だよその消耗は!」
都市の中に魔物の気配がないことを確認して図書館に戻ってきら、目を釣り上げたイリヤが仁王立ちで待っていて、おれはその場に立ち止まる。
相手をしている体力は正直なかったりする。
「片付くのも早すぎだしな!? お前っ、最初っから最後まで精霊の力解放したまんまだったな!?」
「……そりゃ、都市の中の魔物の気配を追うには、そうしないとダメだし」
「話すり替えんな!! 俺はずっと解放状態を続けたことを怒ってんだ!」
「なんで」
「なんでぇ!?」
イリヤはワナワナと体を震わせる。
少し後ろに立つジュリが、イリヤを宥めるべきか、変に刺激しないようにするべきか、判断つきかねて立ちすくんでいた。
「都市中の魔物の気配を四六時中把握してる必要なかっただろ! 定期的に把握し直して、その都度俺らに場所の指示を送るっつー話になってたろうが!」
「それだと二日かかる……」
「別にかかってもいいって話をしただろ!」
「そうだっけ……」
「聞いてなかったフリすんじゃねえ!」
誤魔化そうとしたが、疲れた思考では雑な誤魔化ししかできず、どうもイリヤを納得させられない。
「だって……一日伸びたら……その分誰かが、どっかで魔物に襲われるかも」
「んなこた分かってんだよ! だけど魔物の数もだいぶ減ってて、たいした被害はもう出てないって話だから二日かけてもいいって決めたんだろうが!」
「…………」
そんな話をしたような気もする。
「お前は投げやりに自暴自棄になってるだけだろ!」
「……別に」
そんな風に言われる謂れはないと思ったおれは、ムッとした感情を隠すことなくそのまま態度に出した。
「言うに事欠いて別にたぁなんだ!!」
「……」
「ほんっと相変わらずムカつくガキだな! 自分が無理して周りの誰かが心配したり泣いたりすること考えねぇのか!」
「……あー」
そんなことを今さら言われても、考えなかったんだからしょうがない。
「いいよ……おれのことで泣かなくて……」
「……っ、言われてハイそうですかって言えるのは俺くらいだ!」
「…………」
なんか変なことを言われた気がしておれは瞬きをした。
「お前を死なせないって意固地になってるサラにも面と向かって同じことが言えんのかよ!」
「……」
「この三年一緒に暮らしてたっていうお前の『家族』にも同じことが言えんのかよ!?」
「…………」
具体的に対象を指定されるとようやく思考が働いてくる。
サラと……、ノエルやリズに、ってことだろう。
それはまぁ、言うと面倒なことになる気はする。
「まぁ……言わない、けど」
「お前は自己犠牲が過ぎんだよ! イライラするくらいに!」
イリヤはどうしても、おれを自己犠牲主義にしたいらしい。
だけどおれは別に、自分を痛めつけたいわけではない。
一番合理的だと思ったからそうしただけで、結果ちょっと自分が無理をすることになったけれど、別に自分が無理をするのが目的だったわけではない。
「なんだよ、不満そうな顔しやがって!」
「おれは、捨てるの分かってる古着は雑巾にする」
「…………」
視界の中のイリヤがほんの一瞬固まった。
と思ったら視界がすうっと薄暗くなる。
「てめぇっ」
鋭い怒りがこもったイリヤの声と、胸元に伸びてきた手。
ジュリがおれを呼ぶ声が聞こえた気がして、世界が暗転した。
***
頭に血が昇っているイリヤより僅かに早く気付いたのはジュリだった。
「イリヤ!」
「っくそ、こいつ!」
ルイの体がふらりと揺れ、イリヤは慌てて胸倉を掴もうと伸ばしていた手で相手を支えに回る。
「倒れてんじゃねぇか!」
気を失ったルイを抱きとめ、顔を引きつらせながら叫ぶイリヤである。
「言い逃げにも程があんだろ!」
『捨てるのが分かっている古着』が指し示すものに気付いた時、イリヤは絶句した。
それは『死ぬのがわかっている自分』に他ならない。
そしてそんな自分を雑巾として扱うと言ったのだ。
使い古した古着を捨てる前に雑巾にするのと同じように、どうせ死ぬのだから、いくらでもボロボロになって構わないのだと。
しかも、疲れ切ってよく回っていない思考の末に。
本心から出た言葉であるのは間違いなかった。
「魔力の使い過ぎね……。怪我はしてないかしら」
イリヤが抱え上げたルイの様子を、ジュリが心配そうに確かめる。
「群れてるならともかく、こいつが普通の魔物相手に怪我なんかするかよ」
「そうね……」
「サラとシオはまだだよな?」
「えぇ……。もうすぐだと思うけど……」
ジュリの答えにイリヤは深いため息をついた。
「またサラが怒るな」
「言っちゃ駄目よ」
「今の雑巾発言か?」
「えぇ……」
「いくら何でも、自分で自分を雑巾扱いしてるとか言うか? そりゃ自己犠牲通り越して、自虐じゃねーか」
「そうね……」
ジュリは目を細めながらルイを見つめる。
「まぁ、流石にな。笑えな過ぎてサラには言えねーよ」
「アスカが言ったのが、私たちで良かったわね、ある意味」
「そうだな」
「サラが聞いてたら、ショックを受けてたわ」
「ショックっつーか、大激怒してたんじゃねーの。弱気になるなって」
「分かってないわね」
「え?」
ジュリの言葉にイリヤは顔をあげる。
至近距離でジュリと目が合い、二人はしばらく無言で視線を交わした。
「……そうなのか?」
理由には思い至れないまま、イリヤはひとまず、ジュリの言葉をそのまま受け入れる。
「えぇ、そう」
ジュリはただ頷いた。
「よく分かんねぇけど……まぁ、分かった」
「アスカを運びましょう。休ませてあげなきゃ」
「あぁ、だな」
腕の中の『相変わらずムカつくガキ』を室内の休める場所へ運ぶべく、イリヤは意識のないルイの体を抱えあげてため息をついた。
「ったく、やってらんねぇぜ」




