第70話 不条理が、許せないだけよ
「さっき伝空通信で連絡が入ってな。外壁近くの避難所の人たちが、近場の対住民用の魔法力回収装置をかき集めて、回収率を最大設定にしてぶっ壊れた吸収装置の代わりにしてってるらしい。全部で八箇所のうち、三箇所はどうにかなったって話だ」
「おっ、そんな手もあんのか。そんじゃ、修理が長引きそうなとこは最初っからその予定にすりゃいいし、いけそうだな」
「でも、たった五日で都市内の魔物を全部倒すの……?」
不安げに尋ねたのはリズだ。
サラは頷いた。
「……大丈夫。さっきルイが、都市の中にはそんなに大きな群れはもういないって確認したから」
「そうなんだ……」
リズはほっとして胸を撫で下ろした。
「そんじゃ、何とかなりそうっつーことで、早く小僧に知らせてやんな。助かるってさ」
「…………」
ロジェの勧めにサラは無言で首を振る。
「その吸収装置っていうのと、術車を目の前に用意してからにしたいの。可能性だけ示しても、きっとルイは否定するから」
「おぉ……そうなのか?」
「前は勝って生き残る可能性を信じながら戦ってたの。だから失敗したと思ってるのよ。そうやって可能性に期待して死ぬ覚悟をしてなかったから失敗したんだって……」
サラの言葉を聞いて、ノエルははっとしたようにサラに視線を送った。
「さっきあんなに俺のことを拒否ってきたのは、可能性を信じちゃ駄目って思ってるからか?」
ノエルからの問いかけに、サラはゆっくりと頷いた。
「私があなたに一緒に来て欲しいって言ったのは、戦力になるのもそうだけど、半分は、終わった後に帰る場所として目の前にいてほしかったから」
「…………」
「もう一度生きて帰るんだって希望を持ってほしくて……。自暴自棄に目を瞑ってたら、いざ奇跡が起こってもそれに手を伸ばせないかもしれないから」
「ルイのこと、大事なんだな」
「……」
サラはほんの僅か、口ごもってから、唇を開く。
「……不条理が、許せないだけよ」
「不条理?」
「誰よりも頑張ったのに、報われないなんて、許せないじゃない」
「……そうだな」
「あの……」
言葉を差し込んだのはリズだった。
「あの、スティアっていう……お兄さん……? を、倒すために作られたって……ルイが言ってたのは……。あの、お母さんも一緒って、どういう……」
リズは恐る恐るといった様子でサラに問いかける。
それを聞いていたノエルはぐっと表情を強張らせた。
ノエルも当然、気になってはいたことである。
「……そうよね。気になるわよね。ルイったら、あんな中途半端な説明をして……」
数日前、ルイが自身の生まれについて、不親切なほど簡潔に説明していたのを隣で聞いていたサラは、困ったようにため息をついた。
「……教会は、スティアの存在を知った時、スティアを殺そうとしたらしいんだけど、母親は最初、スティアを連れて逃げたそうなの」
「守ろうとしたってこと……ですか? 危険な人殺しなのに……?」
「その頃はまだそうじゃなかったみたい」
「え、じゃあ誰も殺してない子を、教会は殺そうとしたってことですか?」
「そういうことになるわね」
「そんなの、人を恨むようになるの当然じゃないですか」
「そうね……。だけど、時間の問題だったと思うわ。半分とはいえ、魔物としての本能を生まれ持ってるんだもの。些細なきっかけで、たがは外れたと思う」
「でも……」
「それに教会が悪かったからって、スティアの気が済むまで人を殺させるわけにはいかないのが現実だから」
「……そ、れは……そう、ですよね」
たらればの理想論を話していても現実問題は解決しない。
そのことを言外に指摘されて、リズは消極的な同意を示す。
「すみません……。それで、どうなったんですか?」
「母親とスティアは逃げてあちこちを転々としていたそうなんだけど、何年か経ったあと、母親が教会に話を持ちかけたそうよ。もしスティアが人間に敵対するようなことになっても、倒せる力のある者がいれば止められる。自分は混じり子が産める特異体質だから、精霊との間に子供を生む。だから自分たちを保護してほしいって……」
「………………」
「…………」
リズもノエルも、サラの説明に無言だった。
言葉を失ったように、真っ青な顔をしている。
「混じり子は人間と魔族の間の子って誰もが思ってた。精霊との混じり子なんて前例はなかったの。でも魔族と精霊は精神体である点は同じだから、それも有り得ない話じゃなかった。混じり子を身籠れる人間は滅多に現れないし、精霊を信仰する教会は、精霊と人間の混じり子が欲しくてその話に乗ったのよ。その代わり、人間に敵対しない限りスティアを殺さないことを約束して精霊の盟約が結ばれたわ。そうして生まれたのがルイよ」
話し終えたサラは静かに目を閉じた。
「…………そういう、ことか」
ノエルは絞り出すように呟いた。
「で、そいつが人に敵対したってのは……?」
「……ルイが七歳の時。原因はよく分からないわ。本当に突然」
「七歳……」
この時代なら、学校で将来の夢なんて作文を宿題にされるような年齢である。
そんな年に兄を殺すことを宿命付けられたのかと、ノエルは唇を噛む。
母親に、意図的にそう生を与えられたせいで。
「……絶対に、死なせたくないの。私は近くで見てたから知ってる。ルイはずっと、人と精霊の子として、他の子よりも厳しい修練を受けて育ってきた。あいつが裏切ってからは本当に戦うための修練ばかりだったわ」
サラは思い出しているかのように目を細めて虚空を見つめる。
「……私は修練が好きだった。一日の修練が終わる度に空気が澄んだように感じられて、気持ちが良かったの。修練を積んで、立派な修道師になるんだって思ってた。ただ漠然と、広がってる未来に希望を抱いてたのよ。……でもあの子の修練の先には……それがなかった」
両の手を握り締めて呟くサラは、表情を変えないように努めているようだった。
無表情な青い瞳と、両手の力み具合が対照的だ。
「人はいつか死ぬわ……。悲劇なんてあちこちにある……。だけど、私はあの子のこと、数ある悲劇のひとつにしてしまえない……どうしても、代われるなら代わってでも……私は……」
小さな声だったが、その口調は切実で、強かった。




