第69話 負い目に感じるからか?
「お、俺に都警隊の術車を盗めってか……!」
例によって作戦会議室となっている厨房に呼び出されたクライドは、顔を青く引きつらせてひっくり返りそうな声を出した。
「素っ頓狂な声出さないでよっ」
呼び出した張本人であるナタリアがぴしゃりと兄の弱気を諌める。
「ちょっと待て、話の整理を……、あの魔物退治してる連中が過去の人間で……? ルイ君も実はそうで……?」
「そうそう、一回で理解してくれるなんて、さすが兄貴」
「いやナタリア……」
どうやら話を整理する時間を一切許さないらしい妹の物言いに、クライドは脱力気味にたじろんだ。
非常用の魔蓄機を足りない魔力の足しにする計画には、大型の荷術車を手に入れることが必須条件である。
そこでツテとして選ばれたのが、都警隊の隊員であり、ナタリアの兄であるクライドだった。
都警隊の部隊が出動の際に使う術車が魔蓄機の運搬にはベストだと話が進んだのでである。
クライドの手を借りるには妹のナタリアを引き込んだほうが話は早いということで、ナタリアは兄より先にここに呼び出され事情を聞かされている。
実際、ルイが記憶を取り戻した時に現場にいたナタリアは、ノエルたちの説明を受け入れるのは早かった。
だがそれと同じ理解の速さを、ナタリアは兄に求めており、横で聞いていたノエルは少しばかりクライドに同情する。
「盗みだ何だと細けぇことより、何が人として正しいかだ、クライドさんよ」
説得を試みるロジェだが、話についていけていないクライドをからかっているように見えなくもなかった。
ノアとエリックは今この場にはいない。
二人はすぐ隣の診療所でひとまず仕事に戻っている。
エリックが診療所で何の仕事かと言えば、医療魔法に使う魔術具の調整作業中である。
「お、俺は都警隊の人間だぞ! んなことがバレたらクビだ、どうしてくれるっ」
「人の命がかかってんだぜ? それも、俺たちをここまで送り届けるのに一人で戦ってくれた、あの小僧の命が」
「それはそうかもしれないがっ、他に方法はあるだろうっ」
クライドの反論に、ロジェは肩を竦めて短く息を吐き出した。
「都警隊の出動術車以外にベストな車体があるってか? あれで都警隊はいつも二部隊くらいいっぺんに移動すんだろうが。魔法エネルギーの魔蓄機のっけて更に人も乗れる。それに武装車で頑丈だ。そんな術車目の前にして、引越し屋の荷術車でも使えってのか?」
「だ、だがなんで発想が盗むなんだ!? 上に正式に申請すれば事情が事情だ、正当な手続きで貸与ってことも……」
「おいおい。この地震騒ぎでまだあちこち混乱してるっつうのに、上に申請って、何寝ぼけたこと言ってんだよ。それができるようになるのにどれくらい時間が必要だ? その間に痺れ切らした例のお兄ちゃんがまた襲ってきたらどうすんだよ? また被害者が出るだろうが。頼むぜ全く」
「で、でもだな……」
「盗むんじゃなくて、借りるのよ。そう考えればいいだけの話でしょ? 一体誰のおかげであたしたち生き延びてここにいると思ってんの」
「まぁ……それは、そう……なんだ……けども」
「なに?」
「……わ、分かったよ」
とうとう根負けしてクライドは首を縦に振った。
「いよっしゃ。話が分かる男で良かった」
「さっすが兄貴。いざって時こそ頼りになるぅ」
にっこり笑うロジェと妹に、クライドは頭を抱えた。うまく扱われている気がしてならない。
「話がまとまったところで。具体的にはどうする?」
ロジェが茶化す役ならユーグは真面目に話を進める進行役だ。
「戦うのは満月の日がいいの」
話の切り出しを待っていたかのように間髪入れずに答えたのは、サラだ。
「満月……?」
サラの隣にいたリズが理由を求めて聞き返す。
「ええ。私たちの魔法は、自分たちの魔力を代償に、精霊に現象の発生を依頼するもの……なのは、この時代にも伝わってる?」
「あぁ、学校でも低学年で習う基礎知識だ」
ノエルの言葉に一同は頷いた。
「その精霊は、満月の夜に一番その影響力を増して、新月の日に一番弱まるの」
「そうなのか?」
初耳だと呟くノエルと、周りは同じような反応だ。唯一リズだけがはっと顔を上げた。
「術具を作る時、月が満ちていく期間はプラス効果の術具向きで、欠けていく期間はマイナス効果の術具向きっていう話があるわ」
「精霊の影響力が原因で起こる事象ね。普通の人間からしたら月の満ち欠けによる魔法効果の増減なんて微々たるものなんだけど、存在の半分が精霊のルイにとっては重要なのよ」
「そうなんだ……」
「あいつは、私たちがいた修道院がまだ残ってて、そこで待ってるって言ったらしいの。ここからだと、歩けばふた月の距離よ」
「ってなると、術車なら一週間……いや大型の術車だし、道によっちゃ迂回も必要になるかもしれないから十日くれぇか?」
「行程に余裕を見るなら半月だろう」
ロジェとユーグで行程の見積を計算する。
「それくらいだな。次の満月はいつだ?」
「つい最近満月になったばかりだから、あと二十日ちょっとだと思うわ」
誰にともなく尋ねたロジェの問いかけにサラが答える。
月の満ち欠けについてサラが把握しているのはルイの事情を考えれば当然のことである。
「ということは、出発までの期限は一週間くらいか。それを逃がしたら次はさらにその一か月後だ」
「あまり時間はかけられないかも。スティアが暇つぶしに何を始めるか、分かったものじゃないから……」
「じゃあ目標は一週間後だな」
「それまでに、魔物よけの復旧作業が終わるといいんだけど。できれば都市の中の魔物を全部片づけて行った方がいいだろうから」
「おぉ、そこまで面倒みてくれんのか?」
「スティアによる犠牲は減らせるならなるべく減らしたいから」
「負い目に感じるからか?」
サラの言葉に疑問を挟んだのはノエルだ。
サラはノエルを振り返り、目を細めた。
「……そうね。いくら否定しても、自分の失敗のせいで多くが死んだって、ルイは思うだろうから」
「けどよ、この都市の魔物よけの吸収装置を復旧させんのは時間がかかんじゃねぇの?」
「あ、あぁ、それなんだが」
クライドが手を挙げた。




