第65話 そうしなきゃ駄目なんだと
閉架式書庫をあとにしたノエルたちが向かった先は、食堂を利用した仮設の診療所だった。
先ほどの広場の騒ぎで自分たちが巻き込まれたことを知ったエリックは、まず診療所に向かい、運ばれた重症者の治療をしているノアと合流しているだろうというのがノエルの見解であった。
それは見事に的中し、さらに言うならば警護屋の双子もそこにはいた。
「待てノエル、……そんな話、……冗談にしか聞こえん……」
ルイに関する一連の説明をノエルとリズから聞き終えたノアは、弱りきったように額に手を当て、言葉を絞り出した。
現在、ノアやエリック、警護屋の双子は、ノエルとリズと共に、場所を食堂の奥に併設されている厨房へと移している。
食堂側は療養中の者やその家族がいるためであった。
地震の時に散らばった調理器具や食器類は炊き出しの為に外に運び出され、中は広々としている。
「俺がこういう手の込んだ冗談言うタイプじゃないの知ってるだろ」
「だがな……、時間を越えて来たなんて言われても……」
「俺だって口で言われただけじゃ信じられなかったかもしれない。でも色々見た。ルイの兄貴ってやつの有り得なさも、ルイの髪色が変わったのも」
口で説明しただけでは伝わりきらないもどかしさにノエルは唇を噛んだ。
「じいさん、信じられないのも無理はねぇ……。俺だってさっきの騒ぎ見てなけりゃ笑い飛ばしてたかもしれねぇ」
逆さになった瓶箱に腰掛けたロジェが手持ち無沙汰を解消する為に、使い損なってばかりの武器をいじりつつ口を挟む。
「そんな……まさかそんな……」
調理台に肘をつき、両手を強く握り締めたエリックが青い顔で同じ言葉を繰り返した。そんな父親の肩にリズはそっと手を置く。
「お父さん……本当なの……。あたしも、信じられないものを直接見たの……」
「ノエル、それでルイは今どこにいるんだ……?」
三年間だけとはいえ、ノアにとってルイは、同じ屋根の下で暮らした、孫も同然の子供だった。実の孫であるノエルと年の頃も同じで、診療所の手伝いこそノエルにしかできなかったものの、家の手伝いはノエルよりも熱心にしていたのをノアはよく覚えていた。
「仲間と一緒にいる……。このままじゃあいつ、自分の命と引き換えに戦うつもりだ」
「あぁあのガキならやりかねんな……」
「ここへの避難誘導も自己犠牲精神そのものだったしな」
ロジェとユーグは互いに同意見だと頷き合っている。そして同じように不満な顔をしていた。
「そうしなきゃ駄目なんだと思ってるんだわ……」
悔しそうに瞳を潤ませ、リズは呟く。
「その為に作られたなんて……、あんまりよ」
「ルイは思い出すのを嫌がってた。何を忘れてるのかも覚えてなかったのに。それが本心なんだ」
地震が起こる直前に発作のようなものを起こした時、ルイが泣いていたことを思い出しながらノエルは険しい顔をする。自分の生まれた訳だとか使命だとか、そんなものを抜きにすれば明確に拒否の意思表示ができたのだ。
今現在それができないとすれば、思い出した過去の記憶に縛られているとしかノエルには思えなかった。
「だから、俺は、俺たちは、ルイを助けたいんだ」
「それはもちろん賛成だけどよ」
ノエルの宣言に、ロジェの顔は険しい。
「助けるってどうするんだ? 実際のところ、あの人殺しをやれるのはあいつだけなんだろ?」
ルイのような戦闘能力が自分たちに望めないことは、この数日で嫌と言う程実感していたロジェである。問題点を指摘する声は悲観的だ。
ノエルはその指摘に真剣な顔で頷いた。
「そう、らしいです。……それにたぶんあの様子だと、こっちが戦いを放棄しても、向こうが仕掛けてくるんだろうと思います」
「実際問題、戦うしかねぇんじゃねぇか」
「だから、戦うんですよ。けど、命と引き換えには戦わせない。生きて勝つには魔力が足りないっていうようなこと言ってたんで、それさえ何とかできれば、前の戦いでも追い詰めたらしいし、生きて勝てるはずです」
「何か策でもあるのか?」
ユーグの問いかけに、ノエルは一瞬間を置いた。
「おじさん」
ノアはエリックに声をかけた。
「魔物除けじゃなくて、ミッドガルドの中にある対住民用の集積装置は壊れてないものも多いんだよね?」
「あ、あぁ……。供給ラインの断線直して、地震で作動した安全装置さえ解除すれば、集積装置はほとんど生きてるから、供給は始まるとこが多い……。ここもそうだった」
「てことは、集積装置は今でもミッドガルドの中の住人の魔力を少しずつ回収してるわけだ」
「え……ああ!」
何かに思い至ったようにエリックは声をあげた。
「なに、お父さん?」
「魔力の回収は自動的にされたままだが、この魔物騒ぎで復旧作業はみんな外の吸収装置にばかり集中している。供給されない魔法エネルギーは分配所に溜まっていく一方だ」
「おっ、そうか! その溜まってる魔法エネルギーなら、昔の人間に換算したってえらい人数分にはなるはずだ!」
「じゃあ今度奴が攻めてくるまでに、そのエネルギー使った攻撃システムさえ作っとけば……」
「待って! ここでは戦えないわ!」
にわかに見出された希望に一同が身を乗り出した時、凛とした声が響いた。
全員の視線が厨房の入り口へと集まる。
そこに、金髪の少女がいた。




