第63話 外生まれ、だ
「お母さん……!」
少女の声が町の中からした。
「もう、いきなりいなくならないでよ! 探したじゃない!」
十二、三歳頃の少女が駆けてくる。
女は、走り込んできた少女を抱きとめた。
「あぁ、ごめんねアイシャ、もしかしたら、そろそろ帰って来るんじゃないかと思って……」
アイシャと呼ばれた少女は走ってきた勢いのまま、肩で息をしながら顔を上げる。
「お兄ちゃんならちゃんと帰ってくるよ! きっと通信機が壊れて連絡できなくなっただけだよ、大丈夫っ」
「そうよね……」
「急にいなくならないでよ」
「だって……帰ってきたような気がしたのよ……。でもお兄ちゃんじゃなかった、旅の人だったわ」
「旅の人……?」
言われて初めて気が付いたというように、アイシャはスティアを見上げた。
「……はじめまして!」
「…………あぁ」
まさか挨拶をされると思っていなかったスティアは、無視をした時に起こりそうな面倒な事態を忌避して、無表情に必要最低限の返事だけをする。
「一人で旅ですか? すごい」
「外生まれなんだそうよ」
「え! 初めて会った! そうなんですか?」
「……あぁ」
なぜ赤の他人と会話などしているんだと思いながら、適当な返事をするスティア。住人と関わる気などなかったというのに、現状は予定と大きくかけ離れていた。
「あれ、旅人さん、どっか具合でも悪いですか……?」
「なぜだ?」
「顔色が悪いような気がして……」
「……もとからだ」
「そうなんですか? 旅で疲れてるならどこか休めるところを……あっ!」
話している途中で突然大声をあげたアイシャにスティアはぴくっと顔を引きつらせる。少女の甲高い声が耳についた。
「どうしたのアイシャ」
「お母さん見て! 術車だ! あれ町の自警団のだよ!」
「えっ」
アイシャの指差す方向を見れば、こちらに向かって走る荷術車が街道の先に見えた。
スティアは金属の塊が自力で走る様子を、目を細めながら眺める。
かつては馬で引くしかなかった車が魔法エネルギーを動力に動くようになっているのは、スティアにとっては興味深いものであった。
「帰ってきたよ! 知らせなきゃ! ねえー! 門番さーん!」
アイシャは町の門の詰め所の中でのんびり雑誌を読んでいた男に走り寄り、身振り手振りを交えて事の次第を知らせる。男は慌てて詰め所から出てくると街道の先に目を凝らして荷術車を確認し、中に戻って何やら連絡を入れ始めた。
「ねっ、言った通りでしょ、ちゃんと帰ってきた!」
「そうね、一安心ね……」
心の底からほっとしたように母親は笑みを浮かべる。
記憶の底の何かに重なったような気がして、スティアは女から視線を逸らした。
やがて町の入り口には荷術車を迎えようと町の人々が集まり出し、スティアは人に紛れて母娘の近くからそっと離れる。
一緒に喜ぶわけでもないのに同じ空間は共有できなかった。
そのまま去ってしまおうとした時である。
「お、おいあれ……っ」
「なっ」
人々の間に暗いざわめきが走る。
スティアは何気なしに街道の方を振り返った。
「一体何があったんだ!?」
「ぼろぼろじゃないか!」
「いやだ! うちの人は無事なの!?」
小さな悲鳴や悲痛な叫び声があちこちであがる。
スティアが思わず視線を走らせると、先ほどの母娘が真っ青な顔で言葉を失っているのが見えた。
互いに強く手を握り合っている。
やがて術車は町の入り口までやってきてゆっくりと停車した。
町の人々がわっと群がり、運転席が開く。
「おい何があった!?」
「どうしたんだ!? 全員無事なのか!?」
運転席から男がひとり、よろよろと降りてくる。肩に大きな怪我を負っていた。手当てもそこそこに術車を走らせていたらしく、血がどす黒く服に染み込み腕にこびりついている。
「おい! 医者を呼べ! 医療魔法師だ!」
術車の荷台のドアを開けた男が叫んだ。
「帰ってきたのはこれだけか!? 残りはどうしたんだ!?」
尋ねられて運転手の男は弱々しく近くの人間に何かを告げる。
「ま、魔物に襲われただって!?」
運転手の言葉を聞いた若者が叫び、人々の間に動揺が走った。
「警護屋はどうしたんだ! やられたのか!?」
「……ありえない、群れで、襲ってきやがった……、逃げるのに、精一杯で……、警護屋もやられた……」
「何だって!?」
「ミッドガルドには行ったのか!? 出荷に行った奴らは!?」
「と、都市の方には、近付けてない……、とにかく、医者……後ろに、重症の奴がいる……、見てやってくれ……」
辺りは騒然となった。
後部の荷台から怪我人が降ろされ、駆けつけた医者が診て回っている。しかし医者は一人しかいないようで帰ってきた四人を同時に治療することが叶わない。こちらの方が重症だから早く診てくれという声が左右で上がった。
「……アイル、アイルは……?」
ふいに母親の声がスティアの耳に飛び込んでくる。
「あの子は……? まだ、まだ乗ってるわ、早く降ろしてあげて……っ」
ふらふらと術車の後部ドアへ縋りつき、中を覗く。だが血のにおいだけが残る空っぽの荷台を見て、首を振り後ずさった。
「お、お母さん……」
アイシャが震える手で母親の服にしがみ付く。
「そんな、アイル……、嘘でしょう……? どうしていないの! アイル……!」
母親はよろよろとよろめきながらアイシャの手を引き、運転席と荷台を行ったりきたりした。
「どこ、どこに隠れてるの、嘘よ……、嫌……そんな……」
「タリア落ち着くんだ、気をしっかり持て、死んだと決まったわけじゃない!」
町の住人の一人に声をかけられてタリアははっと身を強張らせる。はっきり言葉にされた死という単語がタリアに突き刺さる。
「お母さんっ!」
ふうっと倒れそうになる体を抱きとめたのはスティアだった。
いつの間にか傍に近づいていたのだ。
「大丈夫かタリアっ? ちょ、ちょっとそこに座って休めっ、おいあんた、そこだ、休ませてやってくれっ」
町の人間に促されるまま、スティアは詰め所の入り口脇に置かれている木箱の上にタリアを座らせた。
アイシャはおろおろと心配そうに母親に寄り添う。
黙り込んだままその様子を見ていたスティアは、ふいに二人に背を向けて歩き出した。
まっすぐに、人だかりへ向かう。
「……お前なんかじゃ埒が開かない。代われ」
医者に声をかけた。
「な、き、君は……」
髪に白髪が混じり始めた医者の男は、外套のフードを目深にかぶったスティアを怪訝そうに見上げるが、自分の手に負い切れない状況に救いを求めるように場所を明け渡す。普段、年寄りの腰痛や子供の風邪の治療しかしていない医者には命に関わるような外傷の治療は荷が重すぎた。
「お前たちは弱いくせに……」
誰にともなく呟きながら、腹部に裂傷を負っている男に向かってスティアは手をかざした。するとぼんやりとした光が生まれ、傷口がみるみる塞がってゆく。
辺りにどよめきが起きた。
「す、凄い、呪文もなしに!」
「あぁ、これで助かるわ!」
「あんた何モンだ!?」
自身の正体を尋ねてくるような質問に、スティアはしばらく考えて答えた。
「外生まれ、だ」




