第62話 あなた外生まれ?
魔法都市の中でもその人口の多さでは大陸一だと噂されるミッドガルドから術車で北へ一日ほどのところに、その小さな町はあった。
周囲は見渡す限り緑で多い尽くされており、森と畑と果樹園が町の周りに広がっていて、農業が盛んであることは見ただけですぐに窺えた。
「なるほど、農用地ごと全部魔物よけで囲ってあるのか……」
畑の真ん中に敷かれた街道を、周囲を見回しながら歩く、フードを目深に被った外套姿の青年がいた。
「昔はこんなものなかったのにな……。どうりで人間が増えてるわけだ」
左右に大きく開かれた町の門の前で足を止め、スティアはアーチ状に掲げられた看板を見上げる。
長い間雨風にさらされたせいか、あまり目立っていなかったが、そこには町名が大きく書かれていた。
「アルフェイム……」
数百年前は町というより、ただの村だった場所である。
森の中にひっそりと佇んでいるような、小さな村。教会で暮らすようになる前に、スティアが母親と二人で一番長く住んだ土地だ。
無くなっていても不思議ではないと思い足を向けた先で町を見つけたのは、スティアにとっては意外なことであった。
それでも、きっと何もかも変わっているだろうと思っていたら、懐かしい町の名が掲げてあるのである。
その看板はスティアをしばらく無言にさせた。
「……あなた、どうしたの?」
ふいに声をかけられ、スティアは声の主へ視線を向ける。
四十頃と思われる女がいた。町の看板を見上げて佇んでいたスティアを不審に思って声をかけたらしい。
「……別に」
答えてスティアは考える。煩わしくはあるが、殺しても利益は、特にない。
今の自分の体は本物ではない。本体ともいうべき自分の本当の体は遠く離れた場所にあるのだ。
身の内の強大すぎる力の一部を切り離し、もうひとつ生身を実体化させて意識を映しているのが今の体であった。
予定になかった大量虐殺を行えば魔力は減少し、生身を維持するのが難しくなる。そうなれば残った力は本体へ吸収されるだろうが、すぐにそんな羽目になってはわざわざここに来た意味がない。
一人殺せば周りはうるさいだろうし、それだけで済むとも思えなかった。騒ぐ人間をずるずると殺して回るのも力の無駄遣いだとスティアは判断する。
「見ない顔だけど……、もしかして、旅の人? 護衛も付けずに一人で? あなた自身が警護屋か何か?」
「………………」
スティアはすぐには答えず女をじっと見つめた。
化粧っ気のない肌に、肩口でひとつにまとめた乱れがちな髪。来ている服も普段着のようで、何も着飾ったところはなかったが、綺麗な女だとスティアは思った。
「……護衛は必要ない」
「あら、もしかして、あなた外生まれ?」
「外生まれ?」
「ここみたいに魔物除けのある町や都市じゃないところで生まれ育った人のことを私たちはそう呼んでるの。魔物を追っ払ったり倒したりするのが日常茶飯事だからすごく強いって聞くわ。そうなの?」
「……あぁ、強いかな」
そんな人間もいるのだとスティアは初めて知る。
この時代に目覚めてからまだ十日と経っていない。実際に見たり本で読んだりして大体の世界の在り方は把握したが、完全に知ったとは言い切れなかった。
目覚めて最初にしたことは、追いかけてきたはずの弟の姿を探すことと、その弟が何も覚えておらず、自分の気配を流しても何も思い出さないと知った時の不愉快さを紛らわせる為に都市を壊すことだった。
「へぇ……やっぱりそうなのね……。そう……もうちょっと早く訪ねてきてくれたら良かったのにねぇ……」
女は表情を曇らせながらわらう。
「…………」
「ごめんなさい、こっちの話なんだけど……。ほら、強いなら警護屋さんとして頼めたのになって……。あなたが引き受けるかは別の話よね」
同じ笑みのまま女は言う。
「ちょっとね……、護衛は多ければ多い程いいのにっていうような事があったのよ」
「…………」
「……あなた、南から来たならミッドガルドには寄った?」
「ミッドガルド?」
自分が壊して魔物に襲わせた都市の名が、確かそんな名前だったとスティアは思い起こす。
「ほら、この町は見ての通り農業で成り立ってるでしょう? いつもミッドガルドに収穫したものを出荷してたんだけど、この間から連絡が取れなくなって……、荷術車も行ったきり帰って来ないし……。ミッドガルドまでの街道は魔物もそんなに出ないから、きっと都市の方で何かあったのよ……。それで三日前、町の若い子が様子を見に行ったんだけど、それもまた連絡が途絶えちゃって……」
何か知ってる? と女はか細い声で質問を付け加えた。
「……いや」
スティアは無表情に短い返事をする。
興が削がれたと思った。
かつてと同じ建物などひとつもないと分かっていたが、中を散策する程度の暇つぶしはしてみるつもりだったのだ。
しかし、女の話を聞いた直後ではそういう気分も萎えてしまう。
「…………」
黙ってそのまま踵を返そうとした時だった。




