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第59話 次はちゃんと死ね

 あの時のことは、よく覚えている。

 魔力がゼロになったあの瞬間。

 あともう少しで兄さんの魔力を削り切れるというところで訪れた、自分の限界。その一歩手前。

 最後の一歩は、自分の死を意味していた。


 そこで急に怖くなったのだ。

 死ぬかもしれないことを覚悟して望んでいたはずの戦いなのに。

 自分が生まれた意味も使命も、しっかり解っていたはずなのに。


 何のために生まれてきたのかと、思ってしまった。


「スティアを追い詰めるのに死んでった仲間もいたのに……っ、おれは自分の命惜しさに、仲間の死を無駄にしたんだ……!!」


 自分が犯した罪に気付いた時には、もう何もかもが遅かった。


「スティアに休眠されたせいで僕らはっ、もう戻れない時渡りをすることになった! それもこれも、ぜんぶ僕のせいだ……!」


 嫌な言い方をしているという自覚はあった。


「そのことを指摘もしないっ、責めてもこないのはみんなの優しさだと思ってた! でも違ったんだ……っ」


 でも止められない。

 これ以上は駄目だと思うのに、口がいうことを聞かない。


「僕に面と向かって、次はちゃんと死ねって言えないから、そのことに気付いてないふりしてただけなんだ!!」


 みんなの中に緊張感が走ったのが分かった。


「死ぬのが決定事項みたいに……! しっかりしてよ!」


 そんな中、サラがおれの肩を掴んでくる。

 それをおれは振り払った。


「ちょっと考えたら分かるだろ! 僕らは人数も少なくなってる! 前より不利な状況だ! ノエル一人戦いに加わったところで、僕が勝って生き残る可能性はもうゼロなんだよ!」

「アスカ……っ」

「それなのにっ、おれを助けて両親の死が報われたとか言ってるノエルを連れてくって!? 気付いてないふりしてるうちに本当に考えなくなったんだな!! おれが死ななきゃならないこと、途中でバレてたら、ノエルはおれを止めようとするだろ!! それでおれがまた躊躇うようなことになったらどうするんだよ!!」


 おれはサラに向かって怒鳴り続けた。

 視線をノエルとリズの方にやるのが怖かった。


「みんなが気付かないふりを続けてバレなかったとしても……! 絶対死ぬって分かってる戦いに行くのにっ、隣でずっと生きて帰る話をされ続けるの、おれは嫌だ!!」


 さっき、二人とも生き残るのは無理かもしれないという話をおれはサラとした。

 けれどサラは大丈夫だと答えた。

 本当は分かっているのに。

 おれだけは生きて帰れないのが確定していることを。


「言いたいことは、それだけ……?」


 サラは、硬い声でそう言った。

 

 おれがこれだけ荒い感情をぶつけたというのに、酷く落ち着いた態度だとおれは思った。

 サラはいつだって、みんなに対してまっすぐで建設的なことを言う。

 前向きな、士気を高めるために必要な綺麗ごとを。


「次は、躊躇(ためら)わないようにだろ」


 その綺麗ごとに、ゆっくり首を絞められているようだった。


「おれの大事な存在を、守らなきゃいけない相手を目の前に置いておけば……」


 だから、こんな気持ちを吐き出すくらい、許されていいだろうと思う自分がいる。


「そうすれば、今度こそ逃げずに使命を果たすだろうって思ったんだろ」

「おいお前っ」


 イリヤがおれの発言を咎めるように呼びかけてくる。

 だがサラがそれを制するように手を伸ばした。


「……そうね」

「は……認めるんだ」


 だいぶ暴言を吐いたと思ったのに、あっさり認められて、わらいしか出てこない。


「だって逃げても幸せになれないもの。戦って、生きて帰ってくるしか、道はないから」

「…………」


 サラは形のいい唇で、静かにそう言葉を紡いだ。


「……サラ」


 サラが本気でそう思っていることが分かって、おれは背筋が凍りそうになる。


「叶わない望みを、ずっと持ち続けろってこと……?」


 サラは無言だった。


「……は、は……」


 わらおうとしたけれど、できなかった。


「最高にキツイ綺麗ごとだな、それ……」


「な、なぁ、ちょっと待ってくれ……。ルイが、絶対死ぬって……どういう意味……」


 ノエルが言葉に詰まりながら、疑問を投げかけてくる。

 おれはやっとノエルに視線を向けた。

 顔色を失くして呆然としているノエルと目が合う。


 おれはもう、色々とどうでも良い気分だった。


「魔力が高くなるような産み方をされたって言っただろ……。混じり子に普通の人間は敵わない。敵うのは同じ混じり子だけ。……おれも混じり子なんだよ」

「は……?」

「魔族に対抗できるように、精霊との間に作られた混じり子だ。でも実体化した精霊との間に作られたわけじゃない。人間に宿らせた精霊との子供なんだ。二人そろって人間に敵対しないよう、そう作られた。人間寄りで、生身依存が大きいんだよ」

「ま、ってくれ」


「だからおれ一人で兄さんを凌ぐほどの魔力は持って生まれなかった。何人も仲間と一緒に戦って、兄さんの魔力を削ってやっと勝負できるくらい。それでも足りないから、精霊の力使って生身の存在力を魔力変換しないと勝てないんだ」

「待て、意味が……」

「生身依存がおおきいおかげで、おれは兄さんみたいに休眠はできないのにさ。一度でも生身を失ったら、待ってるのはもう消滅だけなのに」

「………………」


 ノエルは黙り込んだ。

 おれの説明で全てが理解できたわけではないとは思う。

 でも一番大事な、兄さんを倒すためにおれの命が必要という結果だけは伝わったはずだ。


「……ノエル。おれがノエルに一緒に来られたくない理由は話した通りだよ」

「…………」

「せっかく助けてくれた命なのに、ごめん」

「ルイ……」

「でもこの命は、あいつを倒して、この時代を平和にするために使うから」

「ル……」

「それで許して」


 ノエルは眉をぐっと寄せて唇をぎりりと噛んだ。


「っ」


 俯いて、肩を震わせたあと、ぐっと膝に力を込めて立ち上がる。


「……ノエル、やだ」


 呆然と会話を聞いているだけだったリズが、ノエルの行動の意味に気がついて小さく拒絶の言葉を口にした。


「やだ……、ここにいる……、やだ……」

「……おじさんも心配してる。戻ろう、一度」


 ノエルの言葉に、リズははっとして、それから小さく頷いた。


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