第58話 みんな、大嫌いだ
たった三年だ。
たったの三年、一緒に暮らしただけの相手を、命の危険を犯してでも助けたいと思うものだろうか。
おれにはそれが分からなかった。
リズのように生まれた頃から一緒に育った幼馴染でもない。
血も繋がっていないのに。
そんな相手にいちいち自分の命をかけていたら、命がいくつあっても足りないだろう。
「ノエル……、もしノエルが死んだら、じいちゃんは? 一人にするのか?」
おれは方法を変えることにした。
おれを助けようとする意思を否定するより、助けたくても助けられない理由を並べる方が簡単だと思ったのだ。
「そ、れは……」
案の定、ノエルの表情は強張る。
「ノエルのお父さんとお母さん、事故で亡くなったって言ってたよな? そのうえ孫まで失くすなんてことになったら、おれはじいちゃんに合わせる顔がないよ」
「…………」
「おれのせいでノエルが死んだら、じいちゃんはおれのこと恨むかもしれない。そんなことにさせないでほしい」
「……っ」
ノエルは苦しそうに顔を歪めて息を詰まらせた。
そして、おれから視線をそらし、顔を伏せる。
「……じいちゃんは……、そんな、恨んだりしない……っ」
苦し紛れの答えなのは明らかだった。
確かにじいちゃんは、おれも尊敬している立派な人格者だ。
身元不明のおれを引き取って学校にまで通わせてくれて、医者としても近所の人から慕われている。
だけど、じいちゃんだって人間だ。
「おれが現れなければ、引き取って面倒なんてみてなければ、違う未来があったかもしれないって、一瞬くらいは思うよ、いくらじいちゃんでも」
「…………」
おれの聞き方はズルかったかもしれないが、それでノエルを止められるなら何でもいいと思った。
だけど。
「……それでも、嫌だ」
ノエルは理解不能なほどに、頑なだった。
「嫌って、なにが……?」
「っ」
ノエルは自分の前髪をくしゃりと掴む。
「意味が、なくなる……っ」
え、と思った次の瞬間、ノエルの体がふらりと揺れた。
動けなかったおれとは反対に、その体をリズが支える。
「ノエル……っ、大丈夫っ?」
「はぁ……」
ノエルは深く息を吐いた。
「ノエル……?」
「……せっかく、父さんと母さんの死が、無駄じゃなかったって思えたのに」
「え?」
何の話なのか分からなかった。
だが隣にいるリズはどうやら事情が分かっているらしく、何か言いたげな様子でおれに視線を向けてくる。
けれど、口にできる言葉が見つからなかったらしく、心配そうな様子でノエルへと視線を戻した。
「……父さんも母さんも、術車が突っ込んできた事故で死んだんだ。俺も目の前にいた」
「え……」
そんな話は初耳だった。
ノエルの両親が事故で亡くなったのは聞いたことがあったけれど、目の前でなんてのは今初めて聞く話である。
「二人とも即死じゃなかった。意識があって、すぐに治療できてれば助かったって。応急医療魔法師の到着が遅れて……」
ノエルは拳をぎゅっと、白くなるほど握りしめている。
「父さんも母さんも、じいちゃんと同じ医療魔法師だったから、俺も将来はそうなりたいって思ってた……。でもその時俺は、簡単な治癒魔法すら使えなかったんだ……。もし少しでも二人から何か学んでれば、応急医療魔法師が到着するまで、持たせられたかもしれないのに……」
「…………」
「だから俺は、なりたいなんて思ってるだけで何もしてこなかったことを後悔した……。だからじいちゃんに頼み込んで、医療魔法を教えてもらい始めたんだ」
「……」
言葉を区切って顔をあげたノエルと、目が合う。
「三年前、ルイが瀕死で、俺が今すぐ治療しなきゃ死ぬって状態で倒れてて……、ここでルイを助けられたら、二人の死が報われるって思った……」
「…………」
「あの時のことがあったから、俺は応急医療魔法を必死で学んだ。そのおかげで誰かを救えたなら、父さんたちが死んだのも無意味じゃないって」
「……ノ、エル……」
そんな。
「確かに……じいちゃんには心配かける……。でも、ルイを助けられて救われたのはじいちゃんも同じなんだ。だからルイを引き取るって決めたんだ」
「ま……って、よ」
「だから、ルイが命懸けでやらなきゃならないことがあって、それで俺が役に立てるなら、じっとなんかしてられない。それは父さんたちの死を無駄にするのとおんなじだ」
「…………」
さっきまで苦しそうにしていたノエルは、いつの間にかしっかりとした口調で、おれの目をまっすぐ見つめてきた。
隣でノエルを支えていたリズは、ノエルの言葉に心配そうにしつつも、何も言わないでいる。
きっと、ノエルの両親の事故と、ノエルのその後悔と努力を傍で見てきて知っているのだろう。
だけど。
そんなのは……。
「おいアスカ、ここまで覚悟決めてたら、もう何言っても聞きゃしないんじゃねぇの?」
「…………」
おれが何も言わないことに痺れを切らしたのか、イリヤがそんな言葉を投げかけてきた。
「それに、本人が決めたんだから、お前が駄目っつー権利なんかないだろ」
「…………は」
小さく息を吐きながら、おれは周りを見た。
ノエルの参加を完全に決定事項のように捉えているイリヤと、強い意思を宿した様子のノエル。
その横で心配そうなリズと、おれが頷くのを待っているサラ。
その後ろでジュリもシオも、ノエルの意思に納得を示したような表情をしている。
「……はは」
思わずわらいが漏れた。
「は……はは……」
「アスカ?」
サラが怪訝そうに問いかけてくる。
けれどもう、取り繕おうとも思わなかった。
「……みんな、大嫌いだ」
「え?」
「今の話聞いて、それでもまだノエルを付いてこさせようなんて……っ、頭がどうかしてる……ッ」
おれが口にした言葉は、サラたちの顔を曇らせた。
ノエルとリズだけが、意味が分からないという顔をしている。
それだけでもう、分かった。
「誰も何も言わなかったけど……っ、本当は気付いてるんだろ!? スティアを倒すのに何が必要か! なんで一度目は失敗したのか!」
曇っていたサラたちの表情は、さらに強張ったようだった。
「僕の命だ! スティアを倒し切るには、僕の生身の存在力も全部魔力として解放しなきゃ足りないんだ! 一度目に失敗したのはっ、これ以上力を解放したら死ぬって分かって、怖くなって僕が躊躇ったからだ!!」




