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第57話 やめられないだろ


 都立図書館の敷地内でも人が多くいる本館に戻るわけにはいかず、おれたちは混乱に紛れて西館へと場所を移した。

 提案したのはおれだ。

 ついこのあいだ、何も覚えていなかった時にスティアに連れられて来た閉架式書庫である。

 人気のなさではそこ以上にいい場所はないだろうと思ったのだ。


「ジュリ、大丈夫だった?」


 場所が決まってから魔術による連絡で集合場所が伝えられ、図書館全体の結界強化の為に唯一広場にいなかったジュリが姿を現すと、サラが声をかける。

 最後の一人が集合するまでに、散らかっていた書庫の中は七人が集まれる程度には片付けられていた。


「アスカ、大丈夫なの? 力を解放したって……」

「うん、少しだけだから、問題ない」


 ジュリの心配そうな声に、おれは小さな声で返答する。

 隣で、ノエルが治療呪文を唱え終わったところだった。


「他に怪我は?」

「あ、うん。大丈夫……」


 痛いなと自覚のあるところはもうない。


「ねぇ……」


 傍らから、サラが声をかけてきた。


「ちょっと見せて」


 床に座り込んでいたおれたちの横にサラはしゃがみこみ、おれの手を取って、傷口のあった場所をまじまじと見つめてくる。


「……傷跡が、全く分からない。時間もあまりかけてないのに」

「は? そんなもん残すかよ」

「もしかして、この時代では残らないのが当たり前なの? あなただからではなくて?」

「何言ってんだ?」


 ノエルは怪訝そうな顔をして首をかしげた。


「そうなの?」

「……医療魔法師はみんな、外傷の治療に関しては、あとに妙な引きつりや違和感とか、傷跡を残さないのを目指してる。俺は外傷の治療呪文が一番得意分野だし、そういうのに関してなら、正規の医者くらいの力はあると思ってるけど。それがどうしたんだ?」

「驚いてるの。アスカ、違和感はないの?」

「え、ない……と、思う。……あぁ、そうか。凄いよね」


 おれは手を握ったり開いたりして腑に落ちたような心地だった。


「ここの感覚に馴染みすぎて、思いつかなかった……。凄いことなんだ。人の魔力はすごく減少してるのに、医療魔法の効果は、進歩してる」

「なんなんだ?」

「昔はね、魔術はもっと高度で複雑で、その効果も今より数段上だったの」


 ノエルの疑問への回答役を買って出たのはサラだ。


「最初はそれが衰退の一途をたどっていると知って驚いたわ。でも、魔法都市の建設と、魔法力をエネルギーとして効率よく利用するシステムを知って納得したの。人は、利便さを追及して魔術の簡素化を図ってきたのよ。でも、医療に関する魔術だけは、簡素化するわけにはいかなかったのね」

「……医療魔法は毎日研究されてるよ。もっと多くの人が助かるようにって」

「どうりで、私たちの誰よりも早く綺麗に治せるわけだわ」


 サラの呟きに、おれは嫌な予感を覚えた。


「……サラ、何考えてるんだ?」

「医療魔法が強いのは、もうジュリだけでしょう。でも、ジュリ以外に医療魔法に専念できる人が一人いたら、ジュリは防御や補助魔法に力を割ける。戦力としては上がるわ。全体の消耗も少なくなる」

「なに馬鹿なこと言ってんだよ」

「別に強制はしないわ。本人が了承するならの話よ」

「だ、駄目に決まってるそんなの……」

「ちょっと待て」


 横からノエルの待ったがかかる。


「もしかして、俺を戦力として加えるかどうかの話をしてるのか?」

「駄目だ。そんな話はしてない。サラが勝手に言ってるだけだ」

「勝手じゃないでしょ。普通に考えればいてくれた方が助かる実力を持ってる」

「何が普通だよ! 普通は誰が死ぬかも分からない危ない戦いに素人連れていこうなんて言わない!」

「素人じゃない力があるから言ってるんじゃない!」

「医療魔法はそうでも他が素人だろ!」


 おれは叫びながら横にあった本棚にガンと握りしめた手をぶつけた。

 サラはぐっと言葉に詰まる。


「最低限、襲ってくる魔物から自分の身を守れるくらいじゃないと、危なすぎて話にならない……っ」

「だったらみんなが使ってる結界の魔法教えてくれよ」

「な……」


 とんでもない伏兵におれは絶句するしかなかった。

 伏兵は、ノエル本人だ。


「何……言ってんだよ、ノエル」

「現代人の魔力じゃ扱えない魔法なのか? それにしては、このでっかい図書館の敷地をずっと覆い続けるとか、そんなに膨大な魔力が必要そうな魔法には見えないけどな。自分一人分の結界なら、俺にも何とかなりそうな気がするんだけど」

「待って、ノエル」

「はははっ、いいじゃねぇか。そんなの俺がいくらでも教えてやるよ」


 横から入ってきたのはイリヤだ。


「教えるなよ! 余計なことするな!」

「余計って何だよ、魔物から自分の身が守れたらいいんだろ。そいつ結構肝据わってそうだしな。ジュリの負担が減るのは助かるじゃねえか」

「何勝手なことを!」

「ねぇ待って!」


 待ったをかけたのはリズだった。


「ねぇ、ノエルまで何馬鹿なこと考えてるの!? ルイを止めるんじゃなくて一緒に行こうとするなんて、ありえない!」


 リズは、おれのことも含んでノエルを止めたいらしいけれど、とりあえずノエルを止めてくれるならおれは何でも良かった。


「ほら、リズもそう言ってる」

「じゃあお前も戦いに行くのやめるのか?」

「それとこれとは話が別だ」

「リズは別と思ってないぞ」

「そうよ、二人ともやめて!」

「やめられないだろ。向こうがルイを放っておいてくれないんだから」

「……っ」


 ノエルの端的な指摘にリズは口ごもった。


「ルイも言ってたけど、人質に取られて改めて分かった。あいつは、ルイだけを気にしてる。そりゃ、自分を倒せる力があるのがルイだけってなったら、放っておいてはくれないよな」

「ノエル……」

「ルイが戦わなきゃならないのを止められないなら、ルイが無事に勝って帰ってくるために俺は自分にやれることをする」


 ノエルは、強い意思と覚悟でおれに視線を向けてきた。



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