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第56話 歪んだ正論で

「……アスカ」


 固まっていたおれに声をかけてきたのはサラだった。

 おれは瞬きを一度して、サラを振り返る。

 そして視線をサラの後ろにいる、遠くからこちらを見ている人々に目を向けた。

 みな一様にひきつった表情をしている。露骨に視線を逸らし、後ずさって建物の中へ逃げていく者もたくさんだ。


「……それは、そうか」


 建物に入るところだったノーラさんたちまでもが人に避けられているのが見えた。


「………………」


 だが逃げる者がいる一方、こちらへ駆けてくる人たちの姿も目に入る。

 スティアの攻撃で倒れた人の家族や友人たちだ。

 おれはふらりと立ち上がって広場の方へと向かう。


「ノエル……」


 ノエルは治療の手をとめて、ただそこに座り込んでいた。

 治療は終わったのだろうか。

 体を起こしてぼんやりしている人がたくさんいる中、横たわったままの人もいる。


「あの、ごめん」

「……何に対してだよ」

「…………」


 そんなもの、色々ありすぎて、一言では答えられない。


「あぁ、記憶思い出したからって急に顔も見せに来なくなったこと?」

「……それもあるけど」

「俺が謝って欲しいのはそれだけだよ」


 そう言いながらもノエルはまだ何か言いたげな顔だった。


「……何人亡くなった?」

「…………いないとは思わないのかよ」

「そりゃ、思いたいけど……」

「一人……ダメだった、男の人……白髪(しらが)の……」


 言いながらノエルが指差した方向に、地面に倒れたままの白髪混じりのお爺さんがいた。


「そう、か……」

「自分のせいみたいな顔すんなよ」


 ノエルは静かに言った。


「その人が死んだのは、俺が見捨てたからだ」

「は……? なに言ってるんだよ」

「助かる可能性の高そうな他の人を優先した。若い人を」

「…………」


 かけられる言葉が見つからなくて、おれの頭は真っ白だった。

 ノエルは項垂れている。

 まさかそんな重い選択をノエルに背負わせることになっていたなんて。


「ごめん……そんなの、ノエルは何も悪くない」

「うん……」


 思ってもなさそうな声色でノエルは答える。


「じいちゃんに教わった。大きな事故や災害が起きたら、医療魔法師はこういう選択をしなきゃいけない時もあるって。でもそれは、自分のできる範囲で一人でも多くを救うためだって。……俺は最善を尽くしたよ」

「そう……そうだ。ノエルがいてくれなかったら、もっとたくさんの人が犠牲になってた」

「うん……。お前もそうだろ」

「え……」


 ノエルの話の運びが分からない。


「お前も最善を尽くしたろ。駆けつけて、あいつを追い払って、シーラも助けた。もっと殺されるかもしれなかったのを食い止めた」

「……そ、れは……同じじゃない、だろ」

「一緒だろ」

「だって巻き込んだのはおれだ! ノエルたちは、おれと一緒にいたから狙われて人質にされたんだ! 地震も、魔物をけしかけてきたのもあいつだ! この都市が襲われたのは、おれがここにいたからだ!」

「そんなの順番の問題だろ」

「え」


 おれが大きな声を出しても、ノエルは落ち着いた様子で、いや、どこか達観した様子で、悲しげにおれを見つめてきた。


「お前がいなきゃ、最初は別のところが襲われてたかもしれない。でも止められるお前がいなきゃ、ここにもいつか順番が回ってきてたはずだ。人間に敵対してるって言ってたよな。それってお前がいようがいまいが、どっちにしたって人を襲う奴だってことだろ?」

「…………」


 それは。

 それは、理屈の上ではそうかもしれない。

 おれたちが時渡りをしていなければ、ノエルの言う通りのことになっていたとは思う。

 おれとの決着にこだわっている兄さんは、おれが追いかけてこなかったと知ったら、きっと逆上して、手あたり次第に街や都市を襲っただろう。


「リズが言ってた通りだ。あいつは……俺たちの先祖がこの時代に先送りにした、俺たち全部の問題だ。俺たち全員が当事者で、お前一人に責任なんかない」


 でも。


「でも……そんな理屈で、殺された人は納得しないよ……」

「だったら俺も納得されねぇよ!」


 ふいにノエルは声を荒げた。


「何の根拠もなかったのに、助ける命と見捨てる命を決めたのは俺だ! 間違ってたかもしれない! 助けた方は息は戻ったけど意識は戻らないままだ!」

「そ……んなの……」

「最善を尽くしたなんて正論、殺された人には関係ないよな! でもお前は、俺は悪くないって思うんだろ!」

「……だってっ、ノエルをその状況に追い詰めたのはおれだ!」

「だったらお前のことだって、悪いのはお前じゃなくてお前の兄貴だろうが!!」

「……っ」


 ここに至っておれはようやく気が付いた。

 おれがノエルを悪くないと言っているのと同じ理論で、ノエルもおれを悪くないと言っているのだ。

 命を落としてしまった人を置いてけぼりにした歪んだ正論で。


「そんなの……もう何も言えないじゃん……」

「言う必要ない」


 ノエルの言葉と同時に、近くで悲痛な叫び声があがった。


 ノエルの近くで倒れている若い男の人のそばにその友人らしい男女が二人いて、その人を起こそうと必死に揺り動かしている。

 ノエルが言った、息は戻ったけど意識が戻らない人なのかもしれない。


 他にも意識を失ったままの人たちが何人かいて、その周りには家族や友人が集まりだしている。


「ノエル、行ってあげた方が」

「……いや……俺は正規の医者じゃないし、必要な人の応急措置はもう済んでる。次はお前の怪我だ」

「え」


 まさか自分の治療のことが話題に上がるとも思わなかった。

 確かに、スティア相手に無傷とはいかず、腕や足に少し傷をもらってしまってはいる。


「ここでやってる場合じゃないわよ」


 声をかけてきたのはサラだ。

 振り返ると、サラの後ろにシオとイリヤ、イリヤに背負われたリズがいた。

 おれは条件反射でつい、イリヤに何事かという視線を送ってしまう。睨んだとも言う。


「そう睨むなって。このお嬢ちゃん、腰抜けちゃってんだって」

「……な、リズ、大丈夫か?」

「ちょ、ちょっとびっくりしちゃって」


「リズ、ごめんほんとに……おれのせいで」

「あ、謝んないでよぉ……」

「ご、ごめ」

「謝るの禁止……っ」

「う、うん……」


 泣きそうなリズのお願いに、なぜかおれはあっさり折れた。

 ノエルとは盛大に言い合いをしたくせにである。


「とにかく、囲まれて大勢に問い詰められる前に、いなくなるわよ」

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